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26.癒しの花

「今度は私が、誰かを助けられるようになりたかったんです」

「なるほど」

「ダンジョンには、生活に困って出稼ぎに来ている人もいると聞いてやってきました」

「そして危機にある者を救った時に、代わりに大きなケガを負ったというわけだな」

「……はい。私の唯一の価値である剣を、握れなくなってしまいました」


 サクラはそう言って、力の入らない右手で柄に触れる。


「剣に長い時間をかけた自分には他に価値がないので、治して取り戻したいんです」

「それが危険を冒してまで、ダンジョンを進んでいた理由だったのだな」


 サクラの真摯な面持ちに、うなずくダークロード。


「だが……私はそんなに怪しいか?」

「怪しいです」


 こんなに踏み込んだ話を聞かせたにも関わらず、絶妙な警戒と距離感を見せるサクラ。

 ダークロードを、ジト目を見る。

 全身真っ黒でフードをかぶり、鼻から下をマスクで隠して顔の判別も不可能。

 コートに付けられた金のボタンだけが、キラリと輝いている。

 ダンジョンでこんなふざけた中二病を発症している者は、もちろん他にいない。

 ダークロードは苦笑いしながら、ダンジョンの薄暗い道を進む。


「あれは……」


 円形の小さなホールに出たところで、不意にサクラが足を止めた。

 岩壁の続く空間の中に、孤島のように存在する草花の集まる一角。

 その中の一本、開く直前の白いチューリップのような花が、優しい輝きを灯していた。

 それは、奇跡を感じさせる光。

 見た瞬間に『特別なもの』だと分かる。


「あれが……宝」


 見たことのないその花は、間違いなくダンジョン特有のもの。

 自然と足が引かれるサクラ。

 真っ直ぐに、花のもとへ近づいて行って――。


「止まれ!」

「っ!?」


 ダークロードの叫びに、驚き足を止める。

 するとその直後、大きな影が天井から落ちてきた。

 それは高さ2メートルを超える、巨大な灰色のクマ。

 振り下ろす強靭な爪が、サクラの目前数センチのところを通り過ぎて行った。


「魔物……っ!」


 サクラはすぐさま左手で刀を抜き、先手を打つ。

 振り上げから続けて放つ振り降ろしは、綺麗に二発とも灰色クマを捉えたが、ダメージは微量。

【黄金のリンゴ】で力を覚醒させた状態でもやはり、利き手が使えない状況は厳しい。


「きゃあっ!」


 そのため灰色クマの早い反撃が始まり、体当たりに弾き飛ばされた。


「【ファイアボルト】」


 ダークロードは火力低めの魔法で、サクラが巻き込まれないよう攻撃。

 灰色クマはまんまと狙いを変え、猛烈な勢いでダークロードを狙いに来る。

 放つ飛び掛かりは、砂煙を上げるほどの跳躍。

 全体重をかけての攻撃だ。しかし。


「【屹立せよ、白亜の氷槍】!」


 ダークロードが発した言葉に応えるように、地面から突き上がる幾本もの氷の刃。

 空に舞った灰色クマに容赦なく突き刺さると、砕け散って雪片となり消える。

 落下した灰色クマは倒れ伏し、そのまま動かなくなった。


「あ、ありがとうございます」

「気にするな、お前が無事ならそれでいい」


 やはりダークロードの攻撃力は、圧倒的。

 無事に灰色クマを打倒した二人は、再び輝く白い花に視線を向ける。


「これが……ダンジョンの宝」


 サクラが思わず息を飲む。

 白いチューリップのような花弁の中心には、優しい輝きが溜まっている。


「僥倖だな」

「僥倖? どういうことですか?」

「その花に溜まっている露を飲めば、ケガの回復も成せるだろう」

「っ!!」


 サクラはその言葉に、目を見開いた。

 そして自ら一歩足を引いたダークロードに促されるようにして、輝く花に手を伸ばす。

 優しい治癒の輝きに、左手が触れたその瞬間。


「う、うう……」


 聞こえてきた、弱いうめき声。

 二人が振り返ると、草の中に一人の探索者が倒れ伏しているのが見えた。

 今倒した灰色クマに攻撃され、瀕死となったのだろう。

 血だらけの探索者は、息も絶え絶えの状態だ。


「呼吸が、弱い」


 駆け寄ったサクラが、探索者を見てつぶやいた。

 明らかに『死にかけ』の男は、もはや予断を許さない状況だ。


「…………」


 サクラは手にした草に溜まっている輝く露を、静かに見つめる。

 それから小さく、息を吐いた。

 伏したままの探索者の前に向かい、両ヒザを突く。

 そして輝く露を、探索者の口にそっと垂らした。

 すると柔らかな輝きが身体に広がっていき、あっという間に全身の深い傷が回復していく。


「……あれ?」


 目を開いた探索者は、不思議そうに自分の身体を見返す。

 そして光を失っていく花を見を見て、自分に起きた奇跡に気がついた。


「君が、助けてくれたのか……ありがとう、ありがとうっ!」


 涙をこぼしながら、歓喜の声を上げる男。


「いいえ、無事でよかったです」


 サクラはそう言って、うれしそうな笑みを見せた。


「どうやら俺には、ダンジョン攻略は向いてないみたいだ……大人しく引き上げて、もっと違うやり方を考えることにするよ」

「帰るのなら、気をつけてくださいね」

「ああ! ありがとう!」


 決心したのか、探索者は感謝を告げて去って行く。


「良かったのか?」


 腕のケガを治す最大のチャンスを譲ってしまったサクラに、ダークロードが問いかける。


「いいんです。助けたいと思ったんですから」


 サクラは完全に輝きを失った花を見ながら、そう言った。


「それに私は剣で誰かの助けになりたかったんです。それなのに自分のために使ってしまったら本末転倒じゃないですか。武器は、剣は、誰かを助けて初めて意味があるんです」


 あらためて見せる笑み。

 しかしその目には確かに、涙が揺れていた。


「そうか。ならばもう少しだけ、私に付き合ってもらえないか?」

「……いいですよ。ここまで来たらもう、乗り掛かった舟ですから。ちょっと……怪しいですけど」

「ああ、助かる」


 最大の好機を譲ってしまったサクラを連れて、ダークロードは一階層を進んでいく。

 その手には、かすかに鳴動する魔法石が握られていた。

ご感想いただきました! ありがとうございます!

「決まった!」「…………」しかしまだ心は開いていない模様……! 続きはご感想欄にてっ!


お読みいただき、ありがとうございました!

少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。

【ブックマーク】・【★★★★★】等にて、応援よろしくお願いいたしますっ!

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