24.リコリスの手腕
「これは、どういうことでしょうか」
サクラが困惑の表情を見せる。
「この魔物、さっき倒れてたやつと一緒だよな?」
横たわっているのは、先を行ったパーティが倒したのであろう魔物。
見かけるのは、これで三回目だ。
俺たちは前に進み続けているんだから、これは明らかにおかしい。
するとリコリスが、倒れたままの魔物を見ながらつぶやく。
「たぶん……幻覚」
「そういうことですか。とりあえずもう一度だけ、同じルートで進んでみますか?」
「そうだな」
それがダンジョンの引き起こすものなのか、魔物の能力なのかは分からない。
とにかく俺たちは、幻覚などの効果であることを確かめるため、もう一度同じ道を進んでみる。
そして、たどり着いた先にあったのは……。
「間違いない。さっきの魔物だ」
「同じところを回っているということですね。次はルートを変えてみましょう」
宝のありそうな方向をマップで確認して、道を選んでいた俺たち。
次はあえて、違う方向へ続く道を選んでみる。
すると見える景色が変わり、魔物の死体が現れなくなった。
変化があったことに、自然と生まれる安堵の息。
「……ん?」
しかしループを抜けた代わりに現れたのは、夜の森のようになった道。
視界の多くを埋め尽くす木々は、不穏な気配をはらんでいる。
「ダンジョン内に木々が生えている光景はめずらしくありません。ただこの急な暗さは、今も幻覚の中にいると考えて良さそうですね」
どうやらまだ、幻覚の効果は続いているようだ。
だが他に進める道もなし。
俺たちはそのまま、森の道へと踏み込んで行く。
「っ!」
リコリスは驚きに身体を大きく震わせて、硬直した。
木々の隙間に突然現れたのは、大型のライオンのような魔物。
「……大丈夫、寝ています」
サクラがそう告げるとリコリスは、ドギマギした表情でそっと歩を進める。
すると濃灰色のライオンは、ゆっくりと霧散して消えた。
「今のも、幻覚だったのか……」
「ひっ」
次の瞬間、俺たちの数メートル前にある木々の間を横切っていく、二体目のライオン。
リコリスはビックリして、転んでしまった。
俺たちは歩を止めたまま、ライオンの通過を見送る。
それからリコリスに、手を伸ばす。
「……あ、ありがとう」
俺の手を引いて、立ち上がるリコリス。
すると二体目のライオンの幻影も、消えていった。
「こんなの、どうすればいいの」
明らかに、弱気になっているリコリス。
「まだだっ!」
思わず声をあげた。
木の陰から突然現れた三体目のライオンは、驚異的な速度で接近してくる。
飛び掛かりの狙いはリコリス。
俺は無意識にその肩を押し、同時に自分も反対側に転がる。
するとライオンの爪で、リコリスのローブがわずかに裂けたのが見えた。
「そいつは……本物だ!」
三体目のライオンは木々の隙間を駆けて反転、こちらに向き直る。
「「「っ!」」」
するとさらに三体の新たなライオンが、闇の中から現れた。
合計四体になった濃灰色のライオンたちは、一斉に走り出す。
木々の隙間に入り混じるように駆ければ、どれが本物なのかはもう分からない。
まずは先行してきた一体がそのまま、猛烈な勢いで喰らいつきに来る!
「っ!」
俺は大きなバックステップで、牙をかわす。
するとさらに前進する形で、押し倒しにきた。
これを真横への移動で回避して、思わず突き出す手。
「【フレアストライク】!」
振り返るのと同時に放った炎弾は、見事にライオンを捉えるが、すり抜けて炸裂。
大きな火柱を上げた。
一方サクラも、飛び掛かってくるライオンに対して下がり続けることで攻撃を回避。
敵の足が一時的に止まったところで、刀を抜き放つ。
「【稲妻】!」
得意の斬り抜けがライオンの顔面に決まり、その身体が煙のようにぐにゃりと曲がって霧散する。
俺たちが相手にしていたのは、どっちも幻覚か!
そんな中、残った二体のライオンはリコリス目がけて同時に特攻。
するとリコリスは大きく息を吸い、自分を奮い立たせるように強くうなずいた。
「【ウィンドアロー】!」
放つ魔法は、尾を引く四本の風の矢。
迫るライオン目がけて一直線に飛び、旋風を起こして炸裂した。
しかし、それも幻覚。
残った最後のライオンが本物か!
これは幻覚を攻撃している隙を、突かれてしまう形だ!
「【ウィンドアロー】!」
すでに距離を詰められた状態、敵は目前。
リコリスが右手で放った魔法の矢は、容赦なくかわされた。
「グルルルルルル――――ッ!!」
咆哮と共にライオンは高く跳び、猛烈な喰らいつきを仕掛ける。
鋭い牙の並んだ口は、そのままリコリスを飲み込むほどに巨大だ。
走る、強烈な緊張。
するとリコリスは伸ばしていた右手を払うように下げ、代わりに左手を前に突き出した。
「【サンダーボルト】!」
ライオンの眼前に突き出された左手に、強烈に輝く魔力光。
直後、生まれた閃光が炸裂して豪快な雷を巻き起こした。
千々になって、消えていく稲光。
吹き飛ばされたライオンは、一瞬で大きく燃え上がって倒れ伏す。
たった一撃で、勝負がついた。
「初撃の【ウィンドアロー】をかわしたことで好機だと踏んだライオンが、一発で勝負をつけに来た。しかし風の矢は敵に大きな動きの攻撃をさせるためのオトリ。まんまと真正面から飛び込んできたところに高火力の魔法を叩き込む。さすがリコリスですね、これだけ次弾を早く撃てる探索者はいません」
右手でけん制の魔法を撃った直後に、左手で本命の魔法を放つ……こんなことができるのか。
確かにダンジョンで見かけた魔法使いは一発ずつ狙い撃つ感じだったし、これは見事だ。
「リコリスの魔法、すごいんだな……」
思わずそう言うと、リコリスはうれしそうに口元を緩めてみせた。
「二人のおかげ」
それでもそう言って、小さく首を振る。
「皆の方がすごい。それに」
「それに?」
「ダークロード様は、もっとすごい」
「マジかよ……」
時間差攻撃を一人で行うことで魔物を騙し、たった一撃で消し飛ばす。
これ以上のことができるって、ダークロードってどうなってんだよ……。
忘れているのであろう自分の潜在能力に、あらためてちょっと引く。
「ライオンを倒したのに、森が消えませんね。これはダンジョン自体の特性なのでしょうか」
再び道を進みながら、状況を確認するサクラ。
「それはやっかいだなぁ」
「はい。ですが宗一郎さんと一緒でしたら、恐れる必要はありません」
サクラは、真っすぐに俺を見てそう言った。
するとリコリスまで、こくこくとうなずく。
「一体なんなんだ、その圧倒的な信頼は……」
「それだけのことを、してもらいましたから」
「それだけのこと……」
揺るがぬ、信頼の視線。
俺は思わず問いかける。
「……なあサクラ、その時の事って聞かせてもらえたりしないかな?」
「はい、もちろんです」
するとサクラは、うれしそうにダークロードとの出会いを語り始めた。
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