21.おやすみマーガレット
マーガレットの部屋は、四階にある。
俺は窓から夜の特区を見ながら、風呂上がりの身体を冷ましていた。
今はマーガレットが風呂の時間で、部屋には一人きりだ。
「それにしても、本当に今日はとんでもない一日だったな……」
まさか今日だけで、ここまで大変なことになるなんて。
「……でも。失くした記憶を取り戻せるかもしれない」
ずっと頭の片隅にあった悩みが、解消される可能性をつかんだ。
そう考えるとむしろ、気持ちは前向きだ。
「まあ、その過去が洗脳系ダークロードおじさんだったっていう、最悪の可能性もあるんだけど……」
なぜか卓越してる能力を見せつけることで、女の子たちに許嫁を名乗らせるヤバいやつ。
もし俺がそんな危険人物だった時は、誠心誠意の切腹が必要になるだろう。
頬を引きつらせながら、振り返ると――。
「えっ?」
「わあっ!」
そこにいたのは、風呂から上がってきたばかりなのだろう、バスタオルを巻いただけのマーガレット。
濡れた肩までの白銀髪。
わずかに上気した頬。
細い肩にはまだ、水滴が輝いている。
「あっ、ええと、着替えを持ってくるのを忘れちゃって」
恥ずかしそうに、服を着てない理由を告げるマーガレット。
「あ、あるある! あるよな、それ!」
俺が慌てて肯定すると、マーガレットは買ってきたばかりの部屋着を乗せた棚に、足早に向かおうとして――――バスタオルが落ちた。
「っ!?」
「わ、わああああああ――――っ!」
大慌てでその場に座り込み、左腕で胸元を覆いながら右手でタオルを持ち上げ、マーガレットはあらためて均整の取れた身体を隠す。
「「…………」」
俺はマーガレットが動けるように、分かりやすく顔を背けてみせる。
これならタオルを巻き直すなり、何だったらそのまま裸で脱衣所に戻っても、何も見えませんよとアピール。
するとマーガレットは、その場でタオルをしっかり巻き直した。そして。
「宗くん」
「な、なに?」
「…………み、見た?」
まさかの問いに俺は少し悩んだ後、正直に答えることにする。
「……す、少し」
「そこは嘘でも、見てないって言ってよーっ!」
「ああっ! それはごめん!」
「もう。宗くんの…………ばかぁ」
ああそうか! 嘘でも「見てない」って言えば『何もなかった』という『設定』でいられるのか……!
いやそんなの、この一瞬で思いつくかーっ!
マーガレットは、買ってきた着替えを抱えて脱衣所に向かう。
それからしばらくして、そっとリビングに戻ってきた。
「っ!」
俺は思わず、息をのんだ。
まださっきの恥ずかしさが残ってるのか、耳を赤くしているマーガレット。
分かっちゃいたけど、完璧に同じ格好だ。
「えへへ、どうかな?」
その視線は、部屋の中にある姿見へ。
そこには同じ部屋着を身にまとった、俺とマーガレットが映っている。
「おそろいだね」
うれしそうに駆けてきて、俺の隣に並ぶマーガレット。
な、何だこの浮かれた感じ。
これ、思ったより恥ずかしいぞ……っ!
思わず息を飲む俺の横で、マーガレットはご満悦の表情。
「そ、そろそろ寝ようか」
俺は気恥ずかしさをごまかしながら告げる。
考えてみれば今日は、配達にダンジョンに特区にと駆け回った。
さすがに少し、気だるくなってきてる。
明日も特区を見たり、ダンジョンを進んだりしたいし、体力の回復が必要だ。
「宗くん、今日は私のベッドで寝て」
「いや、それは悪いよ」
「ベッドが届く前に使ってたマットレスがあるから、私はそれで寝るよ。宗くんはお客様なんだから気にしないで。今日は疲れてると思うから、ゆっくり休んで欲しいんだ」
そう言って、背中を押すマーガレット。
「……分かった、ありがとう」
俺はその言葉に甘えて、リビングからつながる部屋のベッドへ。
そのまま布団に入る。
……なんか、すごくいい匂いがする。
ふわっとした、甘い匂い。
それは洗剤か、柔軟剤のものかは分からない。
でも少し、落ち着く匂いだった。
「おやすみなさい」
マーガレットは、そう言って電気を消す。
やはり疲れていたんだろう。
初めて来た女の子の家なんて慣れない環境にも関わらず、目を閉じるとすぐに、眠気に飲み込まれていった。
◆
「……んん」
目を開くと、そこは見慣れぬ風景。
そうか、昨日のことは夢でも冗談でもなかったんだな。
俺は昨夜、マーガレットの部屋に泊まったんだ。
本当に、とんでもないことになったもんだ。
そんなことを考えながら、掛け布団をどかすと――。
「……ん?」
鼻先をくすぐる甘い匂いと、手に触れた柔らかな感触。
違和感に視線を下げると、そこには白銀色の髪。
「な、なんでっ!?」
同じベットで、マーガレットが寝息を立てていた。
まさかの事態に俺が硬直していると、マーガレットの手が俺の胸元をそっとつかむ。
そしてそのまま、俺の腕の中に収まるような形に。
「マ、マーガレット……?」
硬直したまま呼びかけると、ゆっくり目を開く。
「ん……おはよう、宗くん」
そして下から、俺を見上げるようにして笑う。
「ごめんなさい。寝ぼけちゃって、いつもの場所でって感じになっちゃったみたい」
あ、ああ、そういうことか。
夜中に一度起きて、そのままいつも通りのベッドに戻っちゃったってことだな。
「宗くん」
「な。なに?」
「もう少し……こうしててもいい?」
「はいッ!?」
「二年分の宗くん成分を、しっかり補充しておかないとだから」
そう言ってまた目を閉じて、穏やかな笑みを浮かべる。
「宗くん、私と同じシャンプーの匂いがする」
……な、何これ、可愛いくない?
い、いやダメだ! 忘れるなっ!
過去の俺、ダークロードには許嫁が四人もいるという事実を忘れちゃダメだ!
そもそもマーガレットにここまでさせるダークロードは、一体何をしたのかって方が問題だろ!
やっぱり……洗脳か?
すごく可愛いんだけど、同時に恐ろしい。
今も見えてこない過去の自分を思って、あらためて息を飲む。すると。
「……宗一郎さん」
そこに、聞こえてきた声。
「ん?」
「何を……しているんですか?」
顔を上げると、そこには――。
「サ、サクラ!?」
呆然としているサクラの姿。さらに。
「ふ、ふしだらですわ……っ!」
「リリィ!?」
その隣には、同じく唖然としたまま硬直しているリリィの姿があった。
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