2.最強の帰還は『許嫁』と共に
「い、許嫁って……」
俺って三十歳越えてダークロードを名乗ってた上に、許嫁までいたの……?
なんだよそれ……。
「なあ、それってどういう――」
「そうです! 今ダンジョンは、大きな動きを見せているのです!」
俺が詳細を聞こうとすると、サクラは突然ハッと目を見開いた。
「大きな動き……?」
「ご案内します、ついて来てください! 見れば何かを、思い出されるかもしれません!」
「おっ、おい!」
そう言ってサクラは、早足でダンジョンへと踏み込んでいく。
――――ダークロード。
さすがに俺が、そんな常識外れな人間だったとは思えない。
でもこの子は過去の俺を知っているかもしれない唯一の存在で、初めて見つけた手掛かりだ。
「もっと、話を聞きたい」
俺はサクラの後を、追いかけることにした。
「ダークロード様がご不在だった二年で、ささやかれ始めた死亡説。そこからダンジョン攻略は争奪戦の様相を呈し始めました。しかし五階層の一角に現れた魔物は非常に強力で、停滞を続けていたのです」
「強過ぎる魔物のせいで、進めなかったってこと?」
「はい。ですが今日いよいよ、二つのギルドが一時的な協定を結び、特攻を仕掛けることになりました。そしてその様子をナイトメアガーデンのメンバーが見張っています」
「そもそもナイトメアガーデンって、何を目標にしてるの?」
「すべてはダークロード様の御心のまま。大いなる願望に向かっているとのことでしたが、それが何かまでは――」
「よくそれで付いてきたな!」
俺がそう言うと、サクラは穏やかな笑みを浮かべる。
「……それだけのことを、してもらいましたから」
そして愛おしそうに、そう言った。
「最深までたどり着けば、願いがかなうと言われるこのダンジョン。その各階には、目玉となるような『宝』が存在していました。ダークロード様はまさに次元の違う、驚異的な強さで一階層から四階層の全てで宝を入手されたのです。当然その名声は圧倒的な物となり、同時に宝を狙うギルドなどから、敵視されるようになりました」
「それはすごいな。本当にダークロードは、何を目指していたんだろう……」
「私には分かりません。ですが」
「ですが?」
「常におっしゃっていた『進め』『殺すな』そして『正しき者に与えよ』というお言葉が、私たちの指針になっています」
「なんだそれ……」
どうやらダンジョン界の超大物らしい、ダークロード。
やっぱり、俺がそんなとんでもないヤツのわけがない。
もしかして、よく似た誰かと間違えているんじゃないか?
「何か本名とか、個人が特定できる情報はない?」
「すみません。お顔以外はほとんど……」
申し訳なさそうに、首を振るサクラ。
鉄製の檻のような物をワイヤーで吊るしたエレベーターに乗り、岩場の多い層へ到着する。
「この先に、第五層の『壁』と呼ばれる難敵が居座る空間を、見下ろすことができる場所があります」
言われるまま洞窟を進んで行くと、たどり着いたのは、すり鉢状のホールのような空間の高い場所に突き出した足場だった。
「間に合いました」
広い岩場には武器を構えた多くの戦士たちと、灰色の翼を持った二足歩行のヤギみたいな魔物。
距離を取ったまま、にらみ合う両者。
「行くぞォォォォ――!!」
「「「オオオオオオオオオオ――――ッ!!」」」
リーダーらしき男が声をあげると、響き渡る開戦の叫び声。
駆け出した戦士たちは、一直線に魔物のもとへ。
「来るぞ!」
灰色の大ヤギが、魔法で先手を打つ。
目前に現れた氷塊が砕け散り、生まれた多量の氷弾が迫り来る。
「防御!」
指示に合わせて先頭部隊が盾を構えると、氷弾がぶつかり凄まじい衝突音が鳴り響く。
「魔法隊!」
反撃は、後方に待機させていた魔術師たちの同時攻撃。
三十人ほどで同時に放つ雑多な魔法が直撃し、大きな閃光を上げた。
「どうだ!? やったか!?」
あがる期待の声に合わせて、落ち着いていく光。しかし。
「無傷だと!? だがっ!!」
戦士たちは攻撃を魔法だけで終わらせず、一人の剣士を走らせていた。
「オラァァァァァァ――――っ!!」
人間離れした高い跳躍から放つ、全力の振り降ろし。
大きな両手剣が、魔物に叩きつけられる。しかし。
「なん……だとッ!?」
剣が折れ飛び、剣士はヤギの大きな角にぶつかって転倒。
虎の子の一撃も、まるで歯が立たなかった。
次の瞬間、魔物の手に輝く魔力光。
「あ、あ……」
転んだままの剣士は、恐怖に震えることしかできない。
そして魔物の魔法が放たれようとした、まさにその瞬間。
「はあああああ――――っ!!」
突然場に飛び込んできた黒づくめの、超大型戦斧が直撃。
転がった魔物の手から、魔力光が弾けて霧散した。
黒づくめは、止まらない。
これまでただの一歩も動かなかった魔物に、凄まじい威力で斧を叩き込み、後退させていく。
反撃は、頭上から落下してくる氷塊の魔法。
黒づくめは斧を地面に差すと、大型車を超えるほどに大きさな氷塊を、なんとそのままキャッチした。
「はああああああ――――っ!!」
魔物に投げ返すと、粉砕して氷片が派手に飛び散る。
その圧倒的な強さは、たった一人で完全に大ヤギを押している。
……でも。
それでもなぜか、敵にダメージは見られない。
「っ!」
放たれた魔法は、シンプルな魔力の爆発。
ここで防御を余儀なくされた黒づくめは一転、放たれる連続の魔法に追い込まれていく。
「ダークロード様」
「……な、なに?」
「お力を、お貸し頂けないでしょうか?」
「俺!?」
「今戦っている者はガーデンの一員で、リリィと言います。そして彼女を助けられるのは、ダークロード様だけです!」
そう言ってサクラがリュックから取り出したのは、真っ黒なフード付きのコート。
それは各所に妖しい紋様が刺繍され、金のボタンで飾られた中二病全開の一枚だ。
「な、なんだその恥ずかしい服……」
「この日のために持ち続けていました。これが、ダークロード様のお召し物です」
「俺のなの!?」
うん! やっぱりダークロードは俺じゃない!
俺にはこんな格好、恥ずかしすぎる!
「お願いします! ダークロード様……っ!」
そんなこと急に言われてもなぁ……いや、待てよ。
脳裏にひらめく、一つの可能性。
衣装のサイズが違ってれば、ダークロードは別人だってことになるんじゃないか?
そうだよ、それで明らかになるはずだ!
ダークロードは、俺じゃないんだって!
目前の恥ずかしい中二病衣装に、俺はいそいそと身を包む。
そして、頭を抱えた。
「やだー! ピッタリなんだけどー!」
こんなのもう、俺のために仕立てたとしか思えないんだけどーっ!!
「リリィ……!」
サクラが悲鳴を上げた。
魔物が放った魔法は、地面から幾本もの氷刃を突き立てるという恐ろしい一撃。
「くっ!」
リリィと呼ばれた黒づくめは地を転がり、慌てて顔を上げる。
しかしそこにはすでに、向けられた手と魔法の輝き。
戦いは、あまりに非情だ。
見舞われた窮地に、リリィが唇を噛んだその瞬間。
「――――そこまでだ!」
身体が、勝手に動いていた。
俺はフードを目深にかぶり、右手を強く正面に突き出す。
「【ダークジャベリン】!」
すると俺の手から放たれた暗黒の槍が、大量に殺到。
響き渡る盛大な爆発音と共に吹き飛ばされた魔物は、岩場を派手に転がり壁に叩きつけられた。
「……な、なんだ、今の魔法は?」
静寂の中、ギルド勢からあがる驚きの声。
この場にいた全員が、唖然としながら振り返る。
「忘れたか? ならば教えてやろう。我が名は深淵の覇者――――ダークロード」
……な、なんか。
凄い魔法と死ぬほど恥ずかしいセリフが、勝手に出てきたんだけど――っ!?
信じられない事態に、始まる困惑。
ていうか、これで合ってるの?
ダークロードって、こんな痛い感じで合ってるの!?
「「「…………」」」
シーンとするのは止めてくれよ!
自分の言動の恥ずかしさを顧みて、顔が溶岩みたいに熱くなる。すると。
「ヤツだ……」
「ヤツが、帰ってきたんだ!」
「この威厳ある声と、尊大な立ち振る舞い。何より圧倒的な威力の魔法……本物だ!」
「ダークロード……闇の王の帰還だァァァァァァ――――っ!!」
蜂の巣をつついたように、騒がしくなる岩場。
ついに俺は、白目をむいた。
「どうしよう……俺、ダークロードかもしれない」
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