16.古い地図
教団製の水の購入と将来的な入信の話で、エデン教団の持つ『住所』の情報をもらう。
飯賀茂氏との交渉が、これで成立した。
「……あれは?」
すると応接室の外を、武器を抱えた男たちが通り過ぎていくのが見えた。
なかなか見かけない全身鎧の物々しさが気になって、思わず問いかける。
「あれはダンジョン探索部隊である『教団騎士』が、帰還したところですね」
「教団はそれほど攻略に力を入れている感じではなかったと思いますが、ずいぶん良い装備を使っていますわね」
それを見たリリィがつぶやく。
「はい、我々教団は攻略にそこまで注力していませんでした。ただ教主様が新しくなってからは良い装備品を色々と持ち込み、探索の方にかなり力を入れるようになったんです。同時に勧誘にも人数を割くようになりました。新人の入信者に【覚醒のリンゴ】を食べてもらい、戦技が優秀なら探索に回してる形ですね」
「確かに運営費などを稼ぐには、探索でダンジョン特有の鉱石や宝石を採取するのが一番ですわね」
「はい、中でも魔法石の採取は積極的に行うようになりました。お二人も探索に自信がおありでしたらぜひ。新教主様が今一番目をかけている部分なので。教団騎士は他にもダンジョンでの密命を帯びているという噂話もあるくらいで、とにかく特別な存在なんです」
「密命ねぇ」
どうやら新教主とやらは、ダンジョンでの行動方針を色々と変えてきているようだ。
「でも、興味があるのは勧誘部隊なんだよなぁ。実際問題どうなの? 特区の人の流れに関して詳しいの?」
たずねると、飯賀茂氏は大きくうなずいた。
「もちろん人の動きは把握しています! ……ただの一人も、逃さないように」
「怖いよ!」
「特区内の部屋を新たに借りれば、その時は貸主とのやり取りが生まれます。その名簿は教団に流れてくるんです。また借りずに住処を自分で作るとなっても、その製作には時間がかかるので、必ず誰かに見られています。その情報も教団に入るようになっているんですね」
「なんだか、すごい話ですわね」
これにはリリィも感嘆する。
「見たことのない人がいたら、とりあえず『どこまでも追いかけて勧誘しろ』が、我らのポリシーですから」
「だから怖いんだって!」
語る飯賀茂氏からは、勧誘チャンスは絶対に逃さないという、ノルマに駆られた教団員の執念を感じる。
この人はあれだ、穏やかさの中に狂気を秘めてるタイプだ。
「とにかく俺が今欲しいのは、探してる部屋についての情報なんだけど……」
「どのような部屋なんですか?」
「家主が二年前から帰ってない部屋になるのかな」
「なるほど。二年間留守のままになっている部屋、もしくは別の誰かに斡旋された部屋という形で絞れば、ある程度のところまでいけるかもしれませんね」
「そうか。借りてる部屋だと貸主が別の人に貸すために、片づけられちゃってる可能性もあるのか……」
「ただ問題もあって、特区全体からそういう部屋の一覧を作るとなると、少し難しいかもかもしれません」
「なんで?」
「もちろん現状の特区について、各地区の担当者に話を聞いたり、情報を集めたりすることは可能です。また勧誘マップがあるので、それがかなり役に立つと思います」
「地図があるのでしたら、助かりますわね」
「ただ今使っている地図には、載っていない区画があるんです。特区立ち上げ初期に作られた建物や、換金システムができる前にダンジョンで得た特殊な素材などを隠しておくために作られた秘密の部屋、荒れていた地域などは、特別なマップにしか載っていません」
「その特別なマップはどこに? やっぱり教主が持ってるの?」
「いえ、新教主様はそれほど特区にこだわられてはいません。特別マップを持ってはいないでしょう」
「それなら、一体どなたが?」
「特別マップを持っているのは、旧教主様なんです」
「旧教主?」
言われてみれば、新教主がいるってことは代替わり前の旧教主もいるってことになるな。
「ということは、その旧教主に話せば古い地図を見せてもらえるかな」
たどり着いた一つの答え。
しかし飯賀茂氏は、首を振る。
「それは難しいと思います」
「なんで? その旧教主っていうのは、今どこで何をしてるの?」
「もしかして、すでに特区にはいないということなのでしょうか?」
たずねると飯賀茂氏は、再びゆっくりと首を振った。
「実は、行方不明になってしまったんです」
「行方不明?」
「はい。あれは今からちょうど――――二年前のことでした」
「……二年前だって?」
聞き覚えのある年数に、俺は思わず目を見開いた。
お読みいただき、ありがとうございました!
少しでも「いいね」と思っていただけましたら――。
【ブックマーク】・【★★★★★】等にて、応援よろしくお願いいたしますっ!