13.ダンジョン特区と浮かれるリリィ
ダンジョン特区の中心を走る大通りは、賑やかだ。
舗装された広い道の左右に様々な店舗が並び、特区居住者がせわしなく出入りしている。
角を曲がった先に見えるのは、スーパーだろうか。
書店や洋服店なんかもあることを考えると、住人向けの店もかなり充実してることがうかがえる。
「どこか商店街的な雰囲気があるな」
変わっているのは、ダンジョンで得た素材の売買を行う店や、武器防具などの店が見られることだろう。
防具をつけた者たちが酒場にいる光景は、さながらファンタジーだ。
「この辺りは、ダンジョンならではだなぁ」
「そうですわね」
ダンジョン特区にあるという、ダークロードの部屋探し。
案内役を買って出てくれたリリィは、ご機嫌な足取りで進む。
淡い金色の長い髪に、映える青い瞳。
なぜか私服のシャツとスカートに着替えて来たリリィは、そのスタイルの良さもあって、通行人たちが振り返るほどだ。
「ダンジョンが想像以上にお金の動く場所と分かり、大量の探索者が集まってきたので、特区は発展も早かったのだそうです。今も次々に新たなお店が出てきていますわね」
「住み込むとなれば色々必要だもんな。さらに稼げると分かれば自然と支出も多くなるし……」
特区はもう、完全に一つの居住地となってるみたいだ。
ここから見知らぬ部屋を探すって、一体何から手を付ければいいんだろう。
「……おっ」
「どうされました?」
「カレーパン売ってるじゃん」
並ぶ商店の中に、見つけたパン屋。
探索者にも売りやすいように、店頭販売しているようだ。
さっそく駆け寄って、購入。
「リリィも食べる?」
「はい、いただきますっ」
追加でもう一つ注文した俺は、一つをリリィに渡してさっそく一口。
「おっ、これうまいな」
これは嬉しい発見だ。
程よい辛さで、思わず食が進んでしまう……っ!
「宗一郎さまは、カレーパンがお好きなのですね」
「そうなんだよ」
「わたくし、食べ歩くというのは初めての経験です。同じものを一緒にいただくというのは……思ったより悪くないですわね」
リリィはそう言って、「ふふっ」と上品に笑う。
買い食いの経験がないって、やっぱりリリィはどこかのお嬢さまなんだろうか。
「それに。ダークロード様の時は威厳のある感じでしたから、こういうお姿が見られてうれしいです」
そう言ってまた、一口。
小さく口を開いて食べる姿は、食べ歩きなのになんだか優雅だ。
「あっ」
そんなリリィの足が、不意に止まった。
すっかりウキウキの彼女は、小走りで駆け出した。
「宗一郎さま、見てくださいっ!」
そこにあったのは、洒落た雰囲気の小さな店。
「紅茶のお店ができています!」
嬉しそうにそんな報告をしたリリィが指差す店には、紅茶を始めとした様々な茶葉が並んでいる。
「最近は嗜好品のお店も多くなってきているのですが、ついに紅茶を特区で買えるのですね!」
目を輝かせながら、商品を順番に眺めていく。
俺がはしゃぐリリィを眺めていると、気づいた店員がこっちにやって来た。
「いらっしゃいませ」
そして小さく頭を下げて、俺たちを交互に見ると――。
「ご夫婦でいらっしゃいますか?」
「っ!」
リリィは両手で口元を抑えて、店員の方に向き直る。
「今、なんとおっしゃいました?」
「ご夫婦でいらっしゃいますか?」
店員の言葉に、今度は満面の笑みで問いかける。
「そう……見えてしまいますか?」
「はい」
「いやですわ、店員さんったら!」
そう言ってリリィは、満足気に店員の肩を叩いた後。
「実はまだ……許嫁なのです」
「そうなんですか! とても素敵な許嫁さんですね!」
店員は俺を見て、まぶしい笑顔でそう言った。
「……はぇ」
「はい」と言い切ることはもちろん「いいえ」とも言えず、二つが混ざった謎の返事をしながら、半笑いでうなずく。
リリィは通りがかった人たちが振り返るくらいに綺麗だから、素敵だと言うのは分かる。
分かるんだけどね、洗脳している可能性がね……。
あと、そんな素敵な許嫁が他にも三人いるみたいなんですけど。
店員さん、その話を聞いても変わらぬ笑顔でいてくれますか?
「何かお勧めはありますか?」
よほどうれしかったのか、リリィは商品の説明を求めた。
「もちろんです」
店員は並んだ茶葉の中から、一つを取り出し提示する。
「今はこちらがお勧めです、奥様」
「お、奥様!?」
「はい、未来の奥様ということで」
「その茶葉、いただきますわ!」
「そしてこちらもお勧めです、奥様」
「ではそちらも!」
「実はこれもとても美味しいんですよ、奥様っ」
「それなら、そちらもいただきますわっ!」
リリィはもう、言われるままに紅茶を買う。
すると苦笑いしている俺のもとに、店員が駆け寄ってきた。
「とても可愛らしい奥さまですね、旦那様」
「あはは……まあ、そうだね」
「店員さんっ! ここからここまで、全部いただきますわっ!」
「ありがとうございますっ!」
いよいよ上機嫌で、糸目をつけない怒涛の購入。
店員は意気揚々と、商品を袋詰めしていく。
「リリィ、これだと結構な大荷物になっちゃうぞ?」
「っ!」
俺が指摘すると、リリィはハッとした表情を見せた。
気が付けば箱入りの紅茶セットまで購入していて、その荷物は両手が塞がること間違いなし。
「……あとで取りに来ても、よろしいですか?」
リリィはちょっと恥ずかしそうに、店員に問いかける。
「もちろんです! ありがとうございました!」
それから店員の元気な挨拶に見送られて、店を出た。
「とても、素敵な時間でした……」
「いや、何の時間だったんだよ!」
ダークロードの部屋を探すっていう目的に、何の関係もない時間だったぞ!
俺がそう言うと、リリィは再び「ハッ」とした顔をする。
「つ、つい浮かれてしまいました。申し訳ございませんっ」
とっさに頭を下げたリリィ。
やがて、ゆっくり顔を上げると――。
「では、宗一郎さま」
「ああ」
「次はどこのお店に参りましょうか」
「だからなんで目的が買い物になってんだよ! ほら、部屋探しに向かうぞ!」
こうして俺は、浮かれるリリィを引っ張って特区を突き進むのだった。
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