1.記憶喪失と許嫁
「俺は一体、何者なんだろう……」
運転中、不意にこぼれた言葉。
「配達員、遠城宗一郎」
これは仮名で、本当の名前は分からない。
なぜなら、記憶がないからだ。
「知りたい、でも分からない」
自分が何者かは、各所が調べてくれたけど分からなかった。
そのため二年前に突然失った記憶は、今もそのままだ。
一方、体調に問題はなし。
推定三十三歳ほどらしい俺は、記憶を取り戻す瞬間を切望しながら配達の仕事をしている。
「今はこうして自力で生活できてるし、いつかきっと思い出せるはずだ……」
それに、知ったところで何も変わらないだろう。
俺は記憶喪失なこと以外、ごく普通の人間なんだから。
今日も自分にそう言い聞かせながら、好物のカレーパンにかじりつく。
「おっ、あれがダンジョンか」
軽トラを飛ばし、トーキョー湾に浮かぶ島へと続く専用道路を進む。
数年前に突然現れた、巨大な円形の島。
その中央に穿たれた穴の中には、何層にも渡る広大な地下洞窟があり、地球には存在しないような魔物たちが棲んでいた。
同時に、見たことのない鉱物や植物たちも。
だが何より驚かされたのは、魔法としか言いようのない新たな力の発現だ。
岩を砕き、炎を起こし、風のように走る。
なぜか洞窟内では、そんな奇跡を起こすことができるんだとか。
「まあダンジョンなんて、俺には関係のない場所だけど」
ダンジョン大橋と呼ばれる道の先には、ゲート。
警備員と簡単なやりとりを済ませて、俺は『特区』へと入り込む。
軽トラを止めて、一歩外に出れば――。
「今日は儲かったな!」
「新しい魔法が活きたよ!」
広がる街並みの騒がしさが、一気に飛び込んでくる。
最初は国が進めようとしていたダンジョン攻略。
だがその広大さと何層にも渡る複雑な地形が発覚するのと同時に、民間へ委託された。
今では奇跡や一攫千金を求めた人々が集まる、一大産業地のようになっている。
「荷物の送り先はダンジョン前……そして特急便」
積み荷は、金属製の全身鎧。
これはすぐにでも使いたいってことだろう。
命のかかる現場だし、一秒でも早く手元に欲しいよな。
「重たっ! ……よし!」
覚悟を決め、冗談みたいに重い全身鎧を背負って走り出す。
進む大通りには、立ち並ぶ無数の店。
ダンジョン用の武器や防具、手に入れた素材を売買する商店。
さらに日用品の店から、酒場のような娯楽を提供する所まで、全てがそろっている。
「これ、思った以上にキツイな……!」
探索者たちの腰に提げられた武器が、防具とぶつかってガチャガチャ音を鳴らす。
そんな特区特有の光景の中で、始まる息切れ。
俺はフラつく足に活を入れ、ダンジョン目指して一直線に走り続ける。
「はあはあ、こりゃすごい……」
ようやくたどり着いた、街の中心地。
そこにはしっかり石材で舗装され、古い神殿のようになったダンジョンの出入り口がある。
コロッセオを思わせる巨大建築は、圧巻の一言だ。
「おーい、こっちこっち」
俺を見つけて手を振っているのは、剣を提げた一人の青年。
苦しい呼吸を抑えながら駆けつけた俺は、その足もとに全身鎧を降ろした。
「……んー」
すると青年は全身鎧を軽く眺めて、苦笑いを一つ。
「やっぱこりゃ使えねえな。廃棄に流しちまおう。あ、もういいよ、おつかれ」
伝票を奪い取った青年は素っ気なくそう言って、サインだけ残して去って行く。
全身鎧を、雑に引きずりながら。
「……ありがとうございました」
まさかの徒労に、もれるため息。
「これで今日の配達は終わりか……せっかくダンジョンまで来たんだし、見学だけでもしていくかぁ」
俺は気を取り直して、石柱の続くダンジョン外縁を見て回ることにした。
日本のものとは思えない、異色の光景。
そのままフラフラと足を進め、人気のない側面部まで来たところで――。
「きゃっ」
誰かと、ぶつかった。
前を向くと、そこにいたのは二十歳くらいの女の子。
一本に結んだ艶やかな黒髪が美しい彼女は、俺の顔を見て――。
「……ッ!?」
その場に、崩れ落ちた。
「すいません、大丈夫ですか?」
当たり所が悪かったのか、座り込んだまま立ち上がれずにいる女の子に声をかける。すると。
「生きて、生きていらっしゃったんですね!」
「……はい?」
「う、ううっ……!」
「ええっ!? 何!? 何々っ!?」
まさかの感涙。
俺の顔を見上げながら、女の子はボロボロと涙をこぼす。
なに!? どういうこと!?
意味が分からない。
なんで初対面の女の子が、俺を見て泣き出すんだ!?
「……いや。ちょっと待てよ」
まさかの事態に困惑する俺の脳裏に、一つのひらめきが走る。
「もしかして、俺の事を知ってるのか?」
たずねると、女の子はこくりとうなずいた。
「教えてくれ! 俺は、俺は一体誰なんだ!?」
もう居ても立ってもいられず、肩をつかんで問いかける。
「……貴方は」
「俺は!?」
「貴方様はっ!」
「俺はっ!?」
「――――ダークロード様です!」
「…………誰だよっ!!」
とんでもない返答に、思わず叫んでしまう。
女の子は、悲しそうな顔で続ける。
「どうして、私たちの前から消えてしまったのですか……っ!?」
また一粒、落ちた涙が石床に弾けて消えた。
「……俺、記憶喪失なんだ」
「記憶喪失!? そういうことでしたか、一体何があったのですか!?」
「それも分からないんだ。どうして自分が記憶を失ったのかも」
俺がそう言うと、女の子は得心したようにうなずいた。
「私たちは、同じ組織の仲間でした」
「組織? 俺たちは一緒に働いてたのか?」
「はい。漆黒の衣を身にまとい、素性を隠してダンジョンを駆ける闇の狩人。魔を払うその姿は、さながら暗闇の統制者。私たちは――――ナイトメアガーデンのメンバーなのです!」
「めちゃくちゃダサいな!! ていうか俺は、そんな恥ずかしい中二病組織の一員だったのかよ!!」
「一員ではありません!」
女の子は、首を強く横に振る。
え、違うの? 一体どういうこと?
「ダークロード様は、私たちのリーダーなのです!」
「俺がリーダーなのかよ!」
俺って三十歳過ぎて、ナイトメアガーデンのリーダーをやってたの!?
ヤバいだろいい年して! いくらなんでも恥ずかしすぎる!
「ええと、君は――」
「サクラと申します」
「ち、ちなみに、サクラとはどういう関係だったの?」
「私は……あっ」
俺が問うと、サクラは何かを思いついたかのようにハッとした。
そして頭を抱え出す。
今度はどうしたんだ、一体。
「ああっ、私の中で天使と悪魔が戦っています! がんばって私のエンジェル! ルシファーなんかに負けないで!」
いや、あの小さな天使にルシファーと戦えっていうのは、さすがに無理なのでは……?
俺がそんなことを考えていると、やがてサクラは静かに顔を上げた。
「それで、サクラとの関係は?」
「――――許嫁です」
「許嫁ええええええええ――――っ!?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 二年の寂しさが私を狂わせてしまったのです……っ!」
なぜか、めちゃくちゃ頭を下げて謝るサクラ。
ようやく得られた、記憶の断片。
その内容は、とんでもないものだった。
新作の第1話、お読みいただきありがとうございました!
本日第4話まで更新予定ですので、引き続きお付き合い頂ければ幸いです!
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