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6話 死闘と戦果。

 

ちよこっと改稿。ハンノキの王=アールキングの説明を追加。ご指摘、ありがとうございます。


 読み易い様に改稿。細部の表現なども弄っております。少しでも、読まれると嬉しいな。



 大量の鋭く尖った木の枝が襲いくる。その鋭さは槍の穂先を超え、四方八方からレンツォの手にする鋼鉄製の大楯を穿たんと欲す。

 高い音が間断なく鳴り響く。鋭いが、軽い刺突である為なんとか凌げている。

 が、このままではジリ貧だとレンツォも理解していた。

 盾に角度を付けて捌いていくも、敵手には疲労がない。かといって、迂闊に動く訳にもいかなかった。

 今のレンツォの背中には、守るべき民が、希望を残すべき若者達がいる。


「抑えておくから、何とか君だけでも逃げろっ!」


 口調が強いものとなってしまう。

 背に庇うのは学生達。深夜、野営地から抜け出た少年少女だった。少年は太腿に傷を負っており、少女が薬草を当てて止血を試みるものの、血は止まらない。

 少年の太腿は杭により貫かれている。今襲われている、ハンノキの王と称される、妖樹によるものだった。別名としてアールキングとも呼ばれている。


 妖樹は死霊と霊獣の狭間にある植物だ。怨念を残して死した霊獣に影響されし樹木が、意思持つ擬似生物ともいえる、怪物となった。

 その目的は復讐で、その対象は人類種である。


「このままじゃ、放っておいたら、死んじゃう!」

「だから、さっさと先生を呼んでくれっ! 死なせたくなければ急げっ!」


 せめて、応急処置だけでも。と、試みていた少女は駆け出した。

 それでいい。その傷は、応急処置でなんとかなる様なものではない。

 『薬効無効』のエトナにおいて、強力な霊薬といえども、外由来の物では意味がない。

 エトナ低層産の薬草には治癒効果があるものの、これほどに深い傷を癒すものではなかった。

 治癒の術式に心得がある者でなければ、少年を救う事は出来ない。


「後は時間との闘いだな。気張れよ、少年。簡単に、死ぬんじゃねぇぞ」


 背中から呻き声が聴こえる。声が出せるなら、まだ大丈夫。

 ハンノキの王が好むのは滋養のある液体で、鋭く尖らせた枝を用いて人類種の血液を摂取する。

 太腿を杭の様な枝にて貫かれた少年が、吸血をされる前に枝を断てたのは、幸いだった。

 死んではいない。ならば、生き残る道はある。それは時間との闘いで、高等術式である治癒が可能な術師が、間に合うかどうかだ。


「アールキング。哀れなお前さんには誰も、殺させやしねぇぞ」


 アールキングは哀れな被害者だ。

 毒を以ってエトナを征服せしめようとした祖先の、その犠牲者である。

 それを知るレンツォは、だから彼の者へ加害者としての責任を問う訳にもいかない。彼等は殺された霊獣たちの成れの果て。

 絶滅の危機にあり、必死に生き延びようとした生命の、その残滓であった。


「俺の方が、俺達の方が、お前達なんかより、よっぽど、強いんだよぉっ!」


 怒号と共に、迫り来る枝を切り払う。

 妖樹は意思持つとはいえ、その知性は高くない。本能という欲望に忠実だ。元々が弱肉強食の野生に生きた霊獣の怨念から、産まれた怪物である。

 単純に、最も弱き者。今の場合でいえば、負傷した少年を狙うだけになっているのが、ありがたかった。


 だが、だからこそレンツォも動けない。


 少年に向かう枝を全て捌かなければ彼の生命はなかった。妖樹アールキングの枝は鋭く手数も多い。その上で体液を吸い尽くさんと貪婪だ。明白な脅威であった。


「先生っ! 俺はもうダメだっ! 先生だけでも、逃げてくれっ! 先生でも、一人で中層の怪物相手は無理だっ!」

「うるせぇっ! 消耗するんじゃねぇ!」


 勝手に野営地から抜け出したのは頂けないが、こういう性根は嫌いじゃない。

 アールキングは中層の怪物だ。逸れだろうが、個体能力にそう差はないだろう。

 いずれにせよ、強大な怪物だ。何せ、遭遇時の脅威度は熊よりも上である。存在そのものが人類種を殺す為にあるからだ。


「馬鹿餓鬼のせいで、優秀な冒険者が、死ぬ必要はねぇんだよっ! 逃げてくれっ!」

「黙ってろっ!」


 本当に、嫌いじゃない。熊の安全討伐ラインは役割分担した中級冒険者三名以上とされている。

 ハンノキの王はそれに加えて、破壊系術式を得意とする事が求められた。

 未だ錬鉄のレンツォには格上で、一人であったのなら一目散に撤退しただろう。

 だが、そうじゃない。

 お痛こそしたものの、矢張り最近の学生は優秀だ。覚悟が極まっている。死ぬ覚悟も、生かす覚悟も。

 しかし、それは思い違いであるのだ。レンツォの憧れた兵は、冒険者は、未来を生かす為にある。


「餓鬼に死ぬ覚悟なんざ、いらねぇんだよっ! 黙って助けを待っていろっ!」


 叫ぶ。

 レンツォだって、覚悟はとうに出来ている。

 兵は消耗品である。価値ある銃後の民を守る為、生命を賭す者こそが兵の誉だ。

 本物の兵にはなれなかったが、心根だけは捨てられなかった。

 だから冒険者として、中途半端でも立っている。憧れをそのままで終わらせない為に、一人でも、未来を繋げる為に。

 アールキング。ハンノキの王。大層な名付けだが、所詮は脳もない怪物だ。

 殺意だけは旺盛だが、それだけだ。手数は多いが単調で、鋭くとも軽い。

 戦力的には確かに格上だろう。だが、兵として民を護る術を磨き続けたレンツォが、対応出来ない相手ではない。

 倒す事こそ出来ないが、こうして足止めくらいならば可能であった。ならば、勝ち目はある。攻防が続く。



「中層の怪物が、のこのこ降りてきやがって。後悔しても知らないぜ」


 軽口は、己と後ろの少年へのものだった。レンツォにアールキングを屠る技はない。だが、援軍が来るまで少年が保てば勝つ。やがて——。


「お待たせしました。後はお任せください。彼を回収しますので、先生の号令にあわせて、退避を」

「彼を頼む。委員長」


 レンツォが委員長と呼んだ少女は治癒の詠唱と共に少年を軽々と抱き抱え、走り出す。

 アールキングが追おうと動くが、そうはさせない。攻撃の途切れに、盾を構えての突貫。シールドバッシュをお見舞いしてやれば、葉が枝が、激しく揺れた。庇うべき負傷者を預けたならば、足止め役として自由に動ける。


「お前さんの相手は、俺だ。来いよ植物」


 レンツォの狙い通りに、獲物を見失った脳なしの植物は、どうやら彼へと狙いを定めた様だった。

 枝が纏まり、杭の如き太さへと変わってゆく。レンツォもまた、全身に強化を掛けて、大楯を構えた。


 大楯に、もの凄い衝撃。

 なんとか耐えた。打ち出された杭による、速く、重い一撃だ。レンツォは強化の強度を更に高める。

 再度の衝撃。大楯はまだ無事で、腕に痺れはない。アールキングの杭打ちはエトナボアの突貫に匹敵する。しかも、連射が効いた。

 そしてまた、大楯に衝撃が響いた。


 熊以上の脅威であるとされるハンノキの王。アールキング。だが、この妖樹の行動パターンは単純で、既に人類種達には対策が出来ている。

 彼にとっての獲物が元気なうちは、重く速い杭による刺突のみを延々と繰り返す。獲物が怪我や疲れで動きが鈍れば、夥しい数の細枝を突き刺して、体液を啜った。強く速い。だが、奸智はなく、単純だ。技とも呼べない力押しである。

 ならば、杭打ちに耐え得る防具と、体力さえあれば足止めが可能となる。

 そして、レンツォにはそれらが備わっている。

 通常は二人交代で足止めし、本体である幹へと高火力の攻撃を叩き込み、活動を停止したところで火をつけた。

 アールキングは枯れ木であるのだから燃えやすい。これらが可能であるならば、滅せぬ脅威ではなかった。

 そして——。


「構えいっ! 照準開始!」


 信頼があった。確かに中層の怪物は脅威だが、それは中層にあるからだ。

 人類種の持てる火力は、中層においては大きく減衰する。だが、ここは低層である。『異界常識』、『機巧制限』は、ない。


「三っ!」


 号令を掛ける先生の声。同時に、十八もの術力のうねりを感じる。まったく、最近の若者は優秀だ。この短時間で体制を整えて来たのか。レンツォは若者達の頼もしさに、つい声を出して笑ってしまう。


「ニっ!」


 全力を以って、杭打ちを捌く。枝を伝って幹が大きく揺れ、慣性に従って捩れた。

 そこで、レンツォは反転。爆発的な一歩を踏み出す。背中から杭打ちが飛んでくる気配があるが、問題はない。強化をしているからだ。

 兵の駆け足は、音なんかよりも遥かに速い。


「一っ!」


 強化により視力が上がり、暗視すら可能となっているレンツォは、その先に予想通りの光景を見た。

 十八名の学園生達が陣を敷き、銃や砲、杖を構えている。その後方で、指揮を取るのは先生だ。

 先に逃した少女が居て、彼女は銃だ。

 貫通力の高い対物ライフル。戦車装甲すら損傷させるそれは、アールキングの幹さえも穿つだろう。腹這いとなった六人もの少年少女が、それぞれに構えて狙いをつける。

 あの大怪我をした少年もいる。

 顔色は悪いが、大口径の砲を抱えて踏ん張っている。あの大怪我だ。生命力の枯渇はかなりしんどいだろうに、男の意地か。

 やはりレンツォは彼が嫌いじゃない。男ばかりだが、これらも六名。砲は強力だが、重かった。相当な力自慢でもなければ、扱いが難しい。

 そして、杖を構える委員長達がいる。

 六名はいずれも少女達だった。破壊系術式を得意とする者達なのだろう。

 ビタロサにおいては往々にして、若年世代では男よりも女の方がそういった放出系術式の制御が得手である。

 一般的な家庭において幼少期の女の子達の遊びでは、繊細な念動術式を用いての編み物や刺繍などが好まれるからだ。

 放出系術式に、念動術式は非常に相性が良い。つまりは破壊系術式の扱いにおいても経験に長がある。


「零っ!」


 弾丸、砲弾、破壊術式の雨霰がハンノキの王、アールキングへと降り注ぐ。

 その幹を、枝を貫通し、剪断し、燃焼させるのは人類種の技術、叡智とも呼べる暴虐であった。

 これらを駆使して人類種は残酷な世界で、発展を遂げてきたのだ。

 正直に言うならば、レンツォにはこれらの兵器が恐ろしい。民に向かい、また自分に向かう恐れがあるからだ。事実、人類史には果てなく戦争の歴史があった。力に拠って(もたら)さられるのは多くが悲劇である。だが、それでも——。

 彼等の表情は、民を、仲間を救わんとする懸命なものだ。

 英雄の貌で、兵の顔だった。正しき心で力を振るう。それが出来る者達だと、確信があった。


「止めーっ! 敵の沈黙を確認。味方損傷は無し。我等の勝利だっ!」


 やがて、勝鬨を叫ぶのは先生だった。少年少女は手にした武器へ安全装置を働かせ、不慮の事故など起こらぬ様にと備える。あの少年が、一歩前に出ていた。


「無理せんでも、良いんだぞ。眠いだろ」

「借りっぱなしで、グースカ寝てられるかよ。霊核を頼む。俺は流石に限界だ……」


 がくりと膝を崩した彼を支えたのは、あの先に逃した少女であった。ペコペコと伏し拝む姿が小動物じみて可愛らしい。


「君のおかげだな。迅速な報告、ありがとう。おかげで、彼も間に合った」


 野営地とこの場所は一つ山を越える事になる。故に時間との勝負であった。

 レンツォに交信(コンタクト)は使えない。学園生達の中にも、交信を使える者はまだいなかった。

 簡易的な遠距離連絡手段ともなる放送端末も、授業であるので持ち込みが禁じられている。結果、彼女が走破しなければ、状況は先生へと伝わらなかった。


「山歩きは、慣れてるんです。薬草集めが趣味で」

「そいつは凄いな。だから、彼も保ったのか」


 はにかみながらも答える少女に賞賛が漏れる。

 低層で採れる薬草に、劇的な治癒力はない。掠り傷や軽度の怪我には良く効くが、大怪我を癒す程の効果はなかった。

 だが、中には上質な薬草もあって、普通のものよりも僅かながらも効能が高い事がある。

 この少女が大量の薬草を所持していた事にも驚いたが、その全てが上質なものであった事こそが、真なる驚きだった。

 見れば判るのだ。通常の薬草は三つ葉だが、上質なものは四つ葉であった。


「でも、私。気が動転してて、正しい行動を取れませんでした。ごめんなさい」

「いや、結果的にだが、応急処置は最適な判断だったよ。間違いなく君の行いが、彼を救ったんだ。誇ってくれ。それより、悪いな。さっきは強い言葉になっちまった」


 こればかりは経験がものをいうのだと、慰める。エトナでの怪我や毒には、まず薬草で対処するのが基本であった。応急処置も、その後への備えとして大切だ。

 だが、訓練を始めたばかりの子供達というのは、大怪我などの経験が浅かった。

 そうなると、どの程度すれば良いのか、この状態で良いのかまでの判断がつかない。それが迷いになった。

 必要充分な応急処置だと判断したからこそ、レンツォは彼女を追い立てた。

 気が逸っていた事もあって、怒鳴りつけてもいる。彼女はそこは気にしてないのか、彼を休ませてきますね。と言いながら少年を背負っていった。


 大したものだと感心してしまう。本当はあの時だって、あの娘は少年を背負って行きたかったのだろう。

 その方が早くに治癒を受けられる。だが、そうはしなかった。

 動かしては危険だと気付いていたからだろう。正しい行動を取れなかったのだなんて、とんでもない。状態を省みて、最適な判断を下せている。


「レンツォ殿。霊核の回収に参るとしようか」


 隣に並んだ先生に誘われて、頷いた。アールキングにあまり有用な素材はない。

 素体は枯れ木であるし、討伐の為に燃やしてしまうからだ。だが、稀に当たりがあった。

 そうでなくとも、霊核を冒険者組合へ持っていけば怪物の討伐報酬として換金された。中層の怪物討伐は一律額となる。

 精々が日当仕事五日分程の金額であるが、これは常時依頼であって、特別に請け負わなくとも構わない依頼であった。持って行けば金となる。


「霊核はレンツォ殿にお譲りしましょう。生徒達の生命を救って頂いた、謝礼金代わりですな」

「いや、弾薬の出費もある事ですし、補填してくださいよ。俺の報酬は通常通りで構いませんて」


 錬鉄のレンツォにとっては悪くはない稼ぎであるが、遠慮してしまう。

 冒険者による討伐は原則倒した者の誉となるもので、霊核などの討伐証明品も倒した者にこそ所有権が認められた。

 それに弾薬は結構お高いもので、学園の予算は有限である。消耗品の補填にでも充てて貰う方が、心情的には平穏だった。


「心配めされるな。我等が居た頃の貧乏学園とは違って、ここの予算は潤沢でしてな。この程度の消費に問題はござらん。なんなら、講師の心象を良くする為の袖の下にでもした方が有用よ。遠慮などなさらずに、受け取られませい」


 そういう事らしい。

 なんでもこの学園。レンツォが通っていた庶民向けの就職を目的とした学園とは異なり、学園生の父兄からの寄付金などが潤沢なのであるそうだ。富裕層の子女達が、多く通うからだという。

 彼等は教育に金を掛ける事に躊躇いはないそうだった。

 なんとも羨ましい話で、そうなると、一般家庭の出である委員長は肩身も狭かろうと気を回してしまうのは彼がお人好しだからだろう。


「あの子も、委員長として頑張っておりますからな。研鑽や実力を尊ぶ気風が我が校にはあります。まぁ、力を合わせなくては、あの二校の後塵を拝したままとなる。それを誰もが理解しているのでしょうよ」


 シシリアの十二ある学園の内、最優とされているのは女学園で、若干名の編入者や転校生こそあるものの、義務教育以前の幼年教育からの持ち上がりが大半だ。

 ここは、十五での学府進学率が最も高い。成人を迎える前に学府へと進む者も、また多かった。

 生徒の所属数こそ少ないものの、貴族家や富豪の子女、天才などと呼ばれた才気溢れる女児達が通っている。


「ソフィアとジュリアも、あそこの出だもんなぁ。あそこ、どんな魔境なんだよ……」


 二人の姉であるアリアもそうだが、彼女は賢くも確りとした女性である。女学園の評判は、そういった少女達が支えている。

 だが、あの女学園は結構な割合で、とんでもない奴らが出ていた。


 近い年代では十七の若さで上級登録されたシュペー家令嬢。千言の魔女レーナ=シュペーや、その妹である学生拳闘王者リーナ=シュペー。十七にして五千名を越える反社会集団を剣技のみで屠り尽くした白金位階の冒険者、クーナ=シシリアーナに、十三という若年にして中級の極地、宝石位階へと登った二つ名をスカーレット・ウィッチと呼ばれるミリアム=フルングニルという少女も通う予定であるそうだ。


 このたった三年程という間にも、ちょっと勘弁して貰いたいくらいに、ヤベー奴らが数多く在籍していた。だけではない。

 何せ、レンツォの同級とその一つ上にはあの『聖女』と、ガリア王妹マリー殿下までいたのである。まさに、魔境であった。


「男子校だって、負けておりませぬぞっ!」


 その後を追う様にして男子校はあった。こちらも多士済々である。

 少しレンツォよりも年代は上がるが、上級登録者にして、元オリヴェートリオ筆頭騎士。そして現シシリア防衛大臣でもあるサルバトーレ=ファブリ。その主君にして、前シシリア領主でもあるヨアキム=オリヴェートリオや、元王太子殿下、アルティエリ姉妹の父親であるアレッサンドロも、男子校の卒業生だった。なお、先生の母校も同じである。


「まぁ、張り合いがあって、向上心があるのは、良い事ですよね……」


 人数は最大であるこの共学の学園も、中央値や下位の者の力量は決して負けていない。だが、一部のぶっ飛んだ存在により、二校には少々水を開けられている。

 この学園は男女独学の両校が幼年教育の始めから少数精鋭を育むのとは対照的に、奨学金や推薦などの制度を用い、各年代で広く門戸を開いていた。

 それでも追いつけず、だが、虎視眈々と越える事を狙っているのは、実にシシリアらしい気風であった。


「俺みたいな凡人にゃ、ここの子供達だって、ヤベー奴等なんですけどね。アイツら、もう銅級くらいの実力があるんでは?」


 この見立ては間違えていないだろうと、レンツォは思う。術式強度や技においては彼等の方が上手であった。だが、それでも。


「レンツォ殿。例えば、各能力を数値化して評価するならば、貴方よりも上手の者もいるでしょう。試合ともなれば、勝敗は時の運にも作用されるでしょう。勝ち越すのは生徒達かもしれぬ。だがな、戦場において生き残るのは、必ずしや貴方だろうよ」

「買い被りですって。でも、本当に良いんですか? 当たりがあるかもしれませんよ?」

「その時は、その時よ」


 先生が、こうまで言ってくれるのは非才の身でありながら、冒険者としてまがりなりにもやっていけている教え子への欲目からなのだろう。これまでの生き方を、肯定してくれている。ありがたい事だった。


 アールキングの遺骸の元へと辿り着く。

 遺骸と呼んで良いのかも分からない、酷いものだ。もはや、跡形もない。だが、一つだけ無事な遺物がある。それは霊核であった。

 霊核はとても頑丈だ。銃撃や砲弾は愚か、極大破壊兵器にすら耐えるものである。不変不壊とまではいかないが、物理的に処分するのは難しい。ならば、どう処理をするのか。


「うわぁ、マジかぁ……。ここで、コレかよ……」


 通常は、体内術力を注ぐ事で起こる、消失反応という現象を利用する。

 名の通り、異界生物の核となる霊核へ理も律も異なる人類種が体内術力を注ぐと霊獣や怪物などの異界生物の遺骸は素粒子にまで還り、術力化した。

 指向性を持たされぬ術力は、世界の循環の中に組み込まれる事になる。物理的な存在も影響も消失するので、この現象は古来から、消失反応と呼ばれていた。

 なお、原理などは未だに解明されていない。


「まさか、たった一体で当たりが出るってなぁ……」


 当たりとは、『異界の華』の事である。今回は親指程の大きさの、薔薇の花の様に複雑に象造られた硬質な結晶だった。

 異界にて現れるアールキングなどは、死した異界生物の霊核を核として思念と自然と、濃密な術力より発生する死霊や物霊、妖樹などとも呼ばれる怪物達だ。

 彼等から霊核として稀に現れるのが『異界の華』だった。


「先生さぁ。前言撤回するかい?」

「いや、既に学園は謝礼金の支払い代わりに、遺物の所有者をレンツォ殿と決定している。約束は違えん」


 『異界の華』の資産価値は高い。薬の素材としての使い途は多岐に渡るし、触媒としても優秀だ。術具の素材としても悪くない。これは効能が有用にもかかわらず、滅多に発生しない為だった。

 この大きさであれば、適正価格で売れば、カターニアでも安い集合住宅でさえあるならば、一部屋を買い取れる。


「万分の一でしたっけ。統計上では」

「そう仮定されているな。やったな、レンツォ。運が向いて来たんじゃないか。さっさと回収しておけ」


 昔の呼び方で促されて、レンツォは『異界の華』をハンカチに包んでそそくさと懐へと仕舞った。

 実は、統計の様に生易しいものではない。

 まず、この様な異界擬似生物というのはそもそもが少なく、発生に時間が掛かった。屍となって霊核を残した異界生物へ思念と術力が積もり、成長した怪物であるからだ。

 発生には数年から数百年を要する。人類種も養殖や栽培などといった方法で人工的に生み出そうと目論んでいるのだが、成功例はなかった。故に、希少である。

 だが、高価とはいえ一般的に流通する程度には供給があった。

 冬場の異界には時として、擬似異界生物のスタンピートと呼ばれる災厄が発生していた。直近では昨冬だった。

 そのおかげで、委員長の兄達は希少な『異界の華』を入手出来ていた。三ヶ月もの長期に渡って冬の中層へ籠り、一人の生命を対価として。


「金にするも良し、行政へ献上し栄誉とするも良し。その功績があれば、念願の銅板に記されし者も夢じゃないぞ」


 なんとも魅力的な提案だった。

 銅板に記されし者、銅位階と認められるのには公共に対し、有益な人材であると証明する必要があった。

 古代に銅板に名を記された、偉人達を故事としているらしい。

 何も、上級登録や宝石の様な偉業や活躍の必要まではない。長期に渡る勤めの全うや、多額の献金。事業や文化的な実績などでも資格となった。

 ある意味では名誉称号である。どれも、長く時間の掛かる事績であった。

 非常時の戦時下や混乱期などであるならば、戦働きや武力に拠って認められる事もあるのだが、平和かつ安定した現代社会において、一足跳びの実績作りなどあまり縁はなかった。

 そうそう、異界攻略などは果たせるものでもない。

 レンツォとて、専業冒険者として長く勤めた実績で、引退する頃には、資格を貰えると良いな。などとも考えていたものである。そこそこ謙虚な男であった。


「マジかぁ……」


 そんな降って湧いた様な幸運を懐に仕舞えば、小心な所のあるレンツォだ。喜びよりも不安が勝った。


「帰ったら、飲みにでも連れて行ってやろう。英雄の始まりへの、祝いだ」


 少し呆然としているレンツォを心配し、元気付けようとしたのだろう。先生は冗談めかしてそう言った。

 年長者としては、若者が将来への重圧を感じ、興奮しているのだろうからと。

 だが、レンツォが呆然とした理由はそんなモノのせいではなかった。

 陣の撤収に、立ち働く若者達。その指揮を、責任者、統率者として執る少女にであった。


「先生。もし、この『異界の華』を換金したら、幾らになるんだ?」


 呆然としたまま尋ねるレンツォへ返った答えは、彼の予測した金額とそう離れていないものである。


「二十で割った額。それで、得られる金額で……」


 そうして彼が尋ねたのは、後天性術力過敏反応症候群の症状を緩和する、薬の分量だった。


「税支払い後であるならば、大凡、三週程度にはなるか。上手くやれれば、一月分にはなるな」


 ベテランの教員にして社会人は、英雄に憧れる冒険者、錬鉄の士へそう答えた。

 冒険者は返して曰く。


「なぁ。先生。誰でも良いんだ。もう少し、上手くやれる目はあるか? 二年分で、良いんだ」

「それは……。心当たりはある。……お前、まさか。いや、いかんぞ。お前には、イラーリアがいるだろう」

「違ぇよ。なんで、アイツが出て来るんだよ」


 歳食って、恋愛脳にでもなったのか? この厳ついおっさんが? などとレンツォが訝しむも、恩師の警戒は昨今の世相を省みれば、もっともだった。


「あんな、碌でなしや、猿達と一緒にしないでくれ。学生時代だって、俺の素行はそう悪くもなかった筈だろう?」

「いや、人は変わり続ける物なのだ。それを、人は成長とも言う。そうでなくとも、俺の生徒達に手出しはさせん」


 近年においては仮成人や、それ以前の少女に対し金銭などを与え、対価として性的な意味での手を出す、手懐けや飼い慣らし、公子光計画などと呼ばれる脱法行為が横行していた。

 それらは総じてパパ活と呼ばれ、少女達の側から持ち掛ける様な事さえあった。

 だが、一夫一妻制かつ、貞淑を尊ぶビタロサである。

 法においての罰則はそう重いものでないとはいえ、倫理的には忌むべき行為であった。

 それでも、横行してしまっている。

 これは現代の栄養状態の良好さにおける、発育の早熟さの為だとされていた。


 通常、男達も未熟な身体に発情する様な精神はない筈なのだが、昨今では仮成人ともなると、少女達は充分な肉体的発育を遂げていた。早熟の者ならば、それよりも遥かに早くに。

 だからこそ、その様な行為全てを犯罪とは断定出来ず、また法整備も追いついていなかった。

 婚姻は十五の仮成人で結べるものなのだ。なので倫理的には忌避されるものの、機能的にはまったく問題がなかった。

 一部、満たさない条件を好む者こそいるが、それは異常者とされている。当然ながら排斥された。法治国家の面目躍如であった。


「少なくとも、あの娘に恩を着せて、どうこうしようなんてつもりはない。まだまだ、子供じゃねぇか。それに、逝っちまったし、何も教えられてねぇが、弟子の妹なんだぜ」

「……ありがたい話だが、良いのか」


 教諭とて愚鈍ではない。レンツォの言葉と視線を追えば、その意味する所を知った。


「バディ同士は相互に状況を確認! 小休憩の後に問題がなければ、副委員長を先頭に、隊列を維持したまま陣へと戻ります。途中、接敵があれば先駆けと二組が連携して排除。殿は私が務めます。作戦開始!」


 キビキビと指揮を執る委員長がいる。小柄な、可愛らしい、まだ十五歳の少女だ。制服姿の彼女は他の学生達の様に華美な装飾、有用な術具など身に付けていない。携えるのは学園支給品の杖のみだ。

 貧しいからである。だが、誰も仕切る彼女を侮らない。

 眠ってしまっている少年を二人組で持たれた担架が運ぶ。付き添うのは薬草集めが趣味のあの少女。

 その前後には二組の少女達。副委員長を務める煌びやかな少女を先頭に、二組四名の少年達が後に続いた。こちらへ向けて一礼し、僅かに頭を下げるのは委員長。

 街中でも良く見られる淑女の礼ではない。戦場における略礼だ。塊となった隊列が、遠ざかっていく。


「やっぱりさ。才能がある奴らには、見合った教育とか、経験をさせてやりたいじゃないか」


 レンツォの両親も祖父母も、またその祖達も、代々がエンナの農家であった。レンツォの知る限り、祖先に他で生計を立てた者はいない。

 だから、性根の所では農民なのだと彼は想う。環境を整備し、育む事に拠って安心を得る性分なのだと。

 自分へ降り掛かる艱難辛苦などの諸問題を解決するよりも、手間を掛けたモノが健やかに育つ事に喜びを得た。


「なんとか均等割で譲り受けたとしても、借りになるのを嫌い、あの子が受け取らぬかもしれぬぞ。扱いが不公平にもなる。それに、他の生徒達だって不満を感じぬとは言えん」

「はっ! 心にもない事を。良いんだよ。俺は提案するだけだ。強制ではない。どう判断するかは、アイツら次第さ」


 まんま行政へ提供をするならば、最大で一年と三月分程の抑制薬を得られた。依頼として薬師や錬金術師へ持ち込んで、全てを上手く調合出来れば更に三ヶ月分程の分量になる可能性もあった。腕が良ければ、もう少し増えるかもしれない。賭けに出て、分の悪いものではなかった。


「アイツらの顔を見ただろう。それに、先生の教え子達だぜ。多少の不満は出るだろうよ。だがな、兵っていうのは、冒険者っていうのは、仲間の危機には駆け付けるものなんだよ」


 現在のパーティメンバーである三人と、もう逝ってしまった彼女の兄もそうだ。

 ここの尻の青いガキ共は兵士の貌をしていた。冒険者の顔だった。それに『英雄』と呼ばれる者は、そういったヤツらが成るのだとレンツォは願う。

 多少の割を食っても損であっても、どこかの誰かの為に戦えて、分かち合う事で喜びを得られる。それが、彼の憧れる『英雄』の姿だった。


「好機を棒に振りおって。そんなんだから、いつまでも燻ったままなんだ。馬鹿な奴だ」


 悪態を吐く先生だが、随分と機嫌が良さそうだ。それはそうだろう。これは、先生達の教えから形となった言葉なのだから。

 『英雄』に憧れる、十五の頃の糞餓鬼に、兵や英雄なんてものは、都合の良い生贄に過ぎないのだ。やめておけ。そう教え諭してくれた恩師であった。だが、否定はしなかった。

 どころか、口ではやめておけと言いながらも、熱心に教えを授けてくれた。そのお陰で、ずぶの素人が、力を付けられたという感謝があった。


「そりゃ、そうですよ。なんてったって俺は、ザック先生の教え子なんですから」


 恩師であるザッケローニもまた、冒険者上がりの教師であった。

 レンツォよりも年長のシシリアの男なので、当然兵役も経験している。だが、彼は兵士も、冒険者も長くは続けなかった。教員の道へと進んで今がある。そういった過去を教えられたのも錬鉄と認められ、学府への進学も決まった頃だった。


「現場教員なんて割に合わない仕事を全力でやって、出世を棒に振る馬鹿の教え子なんですから、仕方がありませんよ」

「そりゃ、そうだな。言う様になったじゃねぇか、若造が。死ぬんじゃねぇぞ」


 良い出会いがあって、多くの人達に支えられて今がある。レンツォはかつてのザックやセッシに伝えられた様に、若者達にそれを伝えたかった。賢くもなく、損なのかもしれない。だが、心とは。いつまでも強く輝き、残るものなのだから。

 

とても失礼と粗相を働いたのに読んで頂けて、アドバイスや応援もされて、めっちゃ嬉しいです。小説が上手になりたい。

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 流行りものチートとかはありませんが設定もキャラもしっかりしていて、とても面白いです。  実は晒しスレでブクマして少しずつ読み進めています。  忌憚のない意見や感想を求めていらっしゃったので、僭越な…
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