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3話 酒宴は終わり、くたびれ儲けが残った。



「寝ちゃったね」

「大怪我だったしな。それにしても、ソロ冒険者か。ここが中層だと言うのが本当ならば、ひょっとしたら中級か錬鉄か? 若いのに、大したものだ」

「えー。どう見てもおっさんだよ? そんなに若くもないっしょー」

「いや。確かに老け顔だが、肌や内臓の状態から見るに、せいぜいが二十歳前後だろうな」

「うっそ! 兄様達より歳下なの?」


 ソフィアとジュリア。十六歳と十五歳。大貴族であり、現シシリア議会代表でもあるアルティエリ・ネービ侯爵の娘達。

 二人はまだ新米。冒険者証明可能な紙位階から、若木の位階へ昇格したばかりの新人冒険者であった。


 何故、貴族の子女が若年で冒険者登録を行ったのかといえば、ロウムの学府が退屈であったからだ。

 生真面目なソフィアは学府内外で巻き起こる乱痴気騒ぎからは距離を置き、無難に一年間を過ごしていた。だが、末の妹であるジュリアが学府へと進学するともういけない。

 多感な彼女は風紀乱れる学府に我慢が出来ず、姉を冒険者の道へと誘った。


 彼女達が通うのは貴族子女の多く通う名門でこそあるものの、実力は中堅どころの学府であった。

 試験に合格し続ければ、講義への出席などは大して重視されない。

 それを良い事に、講堂内で巻き起こされる愛憎劇に辟易していたソフィアだ。二つ返事で頷いた。

 姉妹は学籍を置いたまま故郷へと帰り、冒険者として活動を行っている。

 神聖障壁の敷かれたロウムや近郊には、小規模な異界しか発生しない。

 依頼も簡単なものが多く、冒険者達の街であるカターニアの学園出身の彼女達には物足りないものだった。

 加えて、郷土愛の強い彼女達が故郷での活動を望んだ事もある。

 二足の草鞋に問題はない、交信の術式や網という術具。使えば学府修了程度、なんの障害にもならなかった。


 高位貴族の子女だというのに、なんとも自由な娘達である。

 これは王都近郊に封ぜられたアルティエリが男系を尊ぶ一族だからだ。

 彼女達は庶子であり、八名もの兄と、一人の姉がいる。

 どうあっても家を継ぐ事はない。他家の子息とも婚約などは結んでおらず、基本的に自由で暇だった。

 かといって、無為に過ごす訳にもいかないものだ。

 恵まれた者には義務がある。その力を社会へ活かせぬ様では恥となる。

 彼女達は、貴族家の子女としての務めを果たすにはと考えて、市井での問題解決を請け負う、冒険者となった。

 これには、アルティエリ・ネーピ侯爵家の特殊な事情も絡んでいる。

 父や母達、そして兄姉達は、彼女達には非常に甘い。だが、家としては特に女子を必要としていなかった。


 本来ならば政略結婚の駒となる娘の利用は有効な手段で、元々はアルティエリとて、それらの手段も駆使して力を付けた。

 彼女達の同窓である学府生達だって、そういう事情があるからこそ必死なのだ。

 だが、現在のアルティエリ家では子供達には恋愛結婚を推奨している。

 その為に求められるのは、自立して生きる事だけだった。



「そうは言うがよ。お前らだって中級だ。そろそろ親父さんも、認めてくれたろ?」

「どうだろねー。お父様は、何も言ってくんないし」

「祝福しては貰ったぞ。それだけだったがな。良い師に巡り会えたおかげだと、先輩が褒められていたな」


 二人に助けられた後、レンツォは指名での、新人研修の依頼を受けている。

 報酬が良かったし、傷は癒えたとはいえ、装備は心許ないので新調する迄はソロで山へ登る気になれなくて、二つ返事で受けていた。

 その依頼人こそが、ソフィアとジュリアの姉妹であった。


「ありがたいこった。優秀な教え子達には、あっという間に抜かされちまったがな」


 その時こそまさかの依頼主に驚いたものだが、すぐに納得出来た。

 身形良く、明らかな新人でありながら、能力が高い。

 彼女達は組合の講習はあらかた受け終えたようであり、より実践的なものをと、望んだらしかった。堅実な冒険者は、先人から学ぶものである。

 それに多少なりともあの後は情報共有をしていて、二人が何故、あの場にいたのかも知っていた。

 話によれば、新人研修をしてくれるという男性四名の冒険者パーティから誘われて、薬草採集の依頼を受けたそうである。

 その最中に彼等に襲われ、返り討ちにした所でよく判らない場所にいたらしい。


 レンツォはそれが『花畑』であったのならば、妖精の悪戯だろうと教えておいた。『花畑』で乱暴狼藉を働くと、争い嫌いな妖精に追い出されるというのは、それなりの経験のある冒険者達にとり、有名な話であった。


 続けて、その研修は組合を通した依頼だったのかと尋ねれば、どうも違うようである。講習室を出た所で声を掛けられて、なんとなく着いていったらしい。

 恐らく、そいつらは新人食いだろうとも教えておいた。

 右も左も判らぬ新米冒険者を洗礼と称して食い物にしようとする輩は、どこにでもいるものだ。

 姉妹は見た目には綺麗な手弱女だ。下卑た下心もあっただろうし、そういった欲望を抑えられない者もいる。

 研修などは組合へ依頼として行うもので、それを通さない者を信用してはいけないとも、この時に伝えている。


「冒険者としては、先輩を追い抜いたとは、とても思えないけどねー」

「うむ。私達も学んではいるが、まだまだ未熟だ。だが、なんとかやれているのも先輩のご指導、ご鞭撻のおかげだぞ」


 謙虚な娘達である。レンツォにはこういった姿勢が眩しくて仕方がない。羨んだり妬むより、力になりたいと思ってしまう。美人相手だし。


「そう言われれば、悪い気はしねぇな。お前さん達のおかげで、今は安定した稼ぎにもなってるからな」


 僅か三、四年の冒険者生活で中級へ昇級した二人は、カターニアの冒険者達の中でも注目株である。

 その二人に新人研修をした事でレンツォ自身も組合の覚えが良くなって、今では時たまだが、指名依頼での新人研修を頼まれたりもするようになった。


「つっても、まだまだお前さん達にも伝えきれてない事はあるし、ひよっこ共だって目が離せねぇ。昔思い描いていた姿とは違うが、必要とされ、憧れてくれる奴らがいる。だからって訳じゃねぇが、俺にだって意地がある。もう少しだけ、頑張りたいんだよ……」


 管を巻きながら、大分酒が回っているな。と思うレンツォだった。

 公言してこそいないが、彼には夢がある。幼い頃に憧れた『英雄』、州兵への道は閉ざされたものの、カターニアに出て来て、冒険者という者達を良く知った。


 冒険者とは、本当に様々な者達がいて、破落戸もいれば、碌で無しもいる。

 仮成人を迎えさえすれば、誰にでも成れる職業だ。多くは副業として便利だからと、軽い気持ちで成った者達でもあった。


「俺だってよ。なりたいんだよ」

「何にさー?」

「そりゃぁなぁ。あれだよ。あれ……」


 だが、中には市井で平凡に過ごしながらも、事あれば問題解決を請け負う為に身体を張る冒険者達がいる。

 真摯に依頼と向かい合い、金銭や物品という報酬だけではなく、相手の喜びを報酬として受け取れる、気持ちの良い奴らだっていた。

 それは幼い頃に憧れた、州兵達の姿とも重なるもの。『英雄』の姿だった。


 そして中級冒険者となる事は、英雄の入り口に立つ事だとも呼ばれている。

 だからレンツォは冒険者として頑張りたい。中級冒険者と認められて、困っている誰かの為に身体を張れる、『英雄』になりたいのだ。





「寝ちゃったね」

「かなり飲んでいたしな。さて、どうしたものか」


 机の上に突っ伏して、グースカと鼾を掻き出したレンツォに困る姉妹であった。


「起こす?」

「そうするか。……いや、やめておこう」


 最初は起こそうとしたソフィアだであるが、あまりに気持ちよさそうに寝ているので、迷ってしまった。


「でも、先に帰るのも失礼だよね。待つの? それとも送ってく?」

「待つよ。ジュリアも眠たければ、先に帰っていて良いぞ。閉店まで起きなければ、送って行くよ」

「じゃぁ、私も待つよ。マスター。渋ーいお茶を一杯ずつ、お願いね」

 姉妹は先輩越しに語り合う。

 どうでも良い事や、最近の面白かった事などを。レンツォが言った訳ではないが、二人には判っている事があった。

 それは、彼が成りたいと望むもの。そして、もう成っているのだと、彼女達が認めるもの。


「……先輩って、凄いよね」

「ああ。自分に出来る事を迷わない、凄い人だ」


 それは、困っている誰かの為に、迷わずに手を差し伸べられる事。損得や効率などを考える前に、身体が動いてしまう心の在り方。

 それは、『英雄』のものだった。


「とっくに夢は叶っちゃってるのに、鈍いよね」

「そうだな」


 姉妹にとって、出会いの時からレンツォは『英雄』だった。見ず知らずの小娘達を助ける為に、身を張れる『英雄』であったのだ。

 それは二人が、こういう冒険者に成りたい。と、憧れるくらいに強烈な印象だった。笑い合う二人に、バールのマスターから、声が掛けられる。


「お二方。レンツォ殿が起きられなかったならば、私めが送って行きますので、ご心配無く」


 湯気を立てるお茶を出した彼は、薄手の毛布をそっとレンツォへと掛けた。

 ちょっと驚く姉妹であった。先輩は、毎日の様にこのバールで夕食を摂るのだが、マスターと親しいとは思っていなかった為である。


「孫が、お世話になっておりましてな。身体は頑丈なものの学問はからきしの悪たれでしたが、山でレンツォ殿に助けられ、今はパーティを組んで頂いております。あいつも近頃は社会人としての自覚も出て来たようで、その恩返しの様なものですな」

「お孫さんも、先輩に、脳を焼かれちゃった系?」


 失礼なジュリアに苦笑して、マスターは頷いた。

 ソフィアはレンツォの現在のパーティメンバーを思い出す。

 十六になる、三人組の男の子達だった。

 元は四人組のパーティだったが、数ヶ月前に無謀にも中層へと踏み入り、一人が命を落としている。

 三人は、その際にレンツォにより救われて、生命を保った。


「お嬢様方は、『英雄』の条件というものを、ご存知でしょうかな?」


 首を振る二人。否定の意味の、横にであった。


「受け売りでございますがな。その時、その場に居合わせる巡り合わせ。そして、悪運とも、天運とも呼ばれるそれに出会した時、迷わずに行動出来るかだそうです。レンツォ殿は、救われた孫や私にとっては、既に立派な『英雄』なのですよ」

 

 これに二人は頷いた。二人もそう思う。力があるから『英雄』なのではない。『英雄』とは、心の在り方にこそあると二人は考えている。だからこそレンツォは、姉妹にとっての憧れの『英雄』なのだ。





「うっわ。頭痛ぇ……」

「起きた?」

「おはよう」


 二人の美人顔に挟まれて、思わず狼狽えるレンツォだった。

 やがて目覚めたレンツォに、マスターから無言で差し出されるのは冷たい水と、オニオンコンソメスープ。


「悪いな。ちっと眠っちまったみたいだ。マスター。お勘定お願いします。お前達。送って行くな」

「いや。送りはいらない。私達は先に帰るから、酔い覚ましをしたら、先輩も帰るんだな」

「またねー」


 そう言って、アルティエリ姉妹は、実にあっさりと去っていく。

 取り残されたレンツォは水を飲み、オニオンコンソメスープを啜った。濃い味が腹に染みる。会計はやはり、本日の稼ぎが吹き飛ぶ額だった。


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