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25話 山登り。白き世界。


 よろしくお願いします。



「こちらが、ここ二年間での出入島名簿となります。個人情報となりますので、持ち出しはお控え下さい」


 そうして手渡されたのはかなり分厚い紙束だった。


「助かる。とは言えねぇなぁ。これって名前検索とか出来ねぇの? あと、その話し方キモいぞ」

「そういったサービスは行っておりません。——記録を見せてやるだけ、ありがたいと思え。あとキモい言うな」


 役所の相談窓口へと向かえば居るものだ。どう見ても見掛けはチンピラ紛いの癖に、意外と真面目に立ち働くフランシスコが。


「……世話をかけた。恩に着る」

「いえ。ごゆっくりどうぞ」


 頭を下げるファビオにも同じ紙束を渡している辺り卒がない。二人で見れば労力は半分で済んだ。

 名簿は日付順に並んでいるので、一年分ずつを確認すれば済む。

 レンツォは最も古いものから読み始めた。知りたいのは出島の記録である。古いものならば雑に読み飛ばしても問題はなかった。

 



「なかったな。まぁ予想通りか」

「……ああ。彼女はまだ島にいる。どうする? 買い出しに向かうか?」

「いや、先に組合に寄ってこうぜ。ついでにパーティ申請もしておこう」


 レンツォとファビオ。本日二人が街中を巡っているのは準備の為だった。

 低層での日帰りならば身体一つでも事足りる。二人共、そのくらいの力はあった。

 だが、今回二人が向かわんとするのは中層だ。入念な準備が必要となる。





「いらっしゃい旦那。こちらに来るのは珍しいね」

「そりゃ、パーティ申請なんて滅多にないかんな」


 パーティ申請用受付へと座るのは、手を止めたエルヴェンタ。丈高く胸も尻も豊満な美人で、小股の切れ上がった佳い女。


「はいな、申請書」


 今の彼女はのんびりとしていて、口調も受付らしからぬ普段のものである。先程まで編み物をしていた。

 それはパーティ申請受付が暇な仕事であり、休憩回しの様にして使われている為である。

 

「流行ってんのな編み物」

「柄じゃないんだけどさ。郷に入っては郷に従えっても言うからね」


 少し恥ずかしそうにする彼女であった。


 ビタロサにおける女の子の遊びの中で、特に好まれるのが編み物や刺繍だった。

 手指と同時に念動術式などを操って仕上げる。手先の動きや術式行使の練習にもなるし、並列処理(マルチタスク)の訓練にもなった。


 複数あっても構わないマフラーなどは替えとして同じ物を二つ作るし、手袋や靴下の様な二つ揃いで使う物では作成時間の短縮にもなる。

 そうした作品を親しい人々へ贈る事を、女の子達は楽しんだ。


 とはいえ、そういった遊びを楽しむのは愛し子と呼ばれる十二となる前までの子供達である。

 自由な外歩きや外遊びなどが許される様になるとやれる事なども増えて、編み物や刺繍に割く時間も減るものだった。

 こういった手芸や家事一般などを幼少期に仕込むのは、子供達を危険な家の外へ出す事を恐れた昔からの大人達の知恵でもあった。


 昨今は治安も行き届いているので、幼少期からの外出は少なくもない。それでも、なんとなくで受け継がれてゆく習慣であった。

 冒険者組合は働く女達の職場でもある。

 職員も女冒険者達にもそれぞれに仕事があって、そういった遊びに時間を割く場所ではなかった。少し前までは。


 その理由なぞ、『あの子』の存在以外にない。

 最年少冒険者である彼女のヤル気とは裏腹に、受けられる依頼は少なかった。

 大抵の依頼なんてものは自力での達成が困難だったり、自分でやるには面倒だったりするからこそ報酬を用意するものだ。


 面倒事なので、そこそこ大変だったりもする。荷運びやら穴掘りなんかを幼女に指図しなくてはならない監督者の心労を考えれば、当然の話であった。

 なので制服規定を盾に、受けられない事も多い。

 依頼を受けられないので幼女は暇になる。世話焼きな冒険者に構われている事もあるが、大抵はお仕事の邪魔をしてはいけませんと大人しくしていた。


 そんな彼女の手慰みが編み物や刺繍である。一人でも出来て、誰の迷惑となる事もない。案外に結構上手でとあった。

 触発された職員や冒険者達も昔を懐かしみ、余暇の時間に楽しむので、流行となっていた。

 



「『コンパーニョ』ねぇ。紛らわしいから遠慮してもらいたいんだけど」

「まぁそう言うなって。別に構わんだろう」


 コンパーニョはビタロサの言葉で相棒や仲間達、つまりはバディやパーティを指す。

 凝った名付けを恥ずかしがったり面倒臭がる冒険者達は結構いて、こういったパーティ名で申請する事も多かった。

 冒険者側には特に不都合がないのであるが、受付達にはウケが悪い。管理が面倒になるからだった。


「レンツォ。パーティ申請は済んだのか?」


 そこへやって来るファビオ。

 幾つかの依頼票を手にしていた。ついでに熟るだろう依頼を漁って貰っていたのだ。

 今回の一件で命運を左右されるのはファビオだ。であるからして、気遣いの出来る男だと自認するレンツォは依頼の選別を任せていた。

 自分で選んだものならば、嫌とはいわないだろうという下心からのものだった。


 勿論、大切な目的があるし、ファビオの力となる事も大事だ。

 しかしレンツォの気持ちとしては、冒険者らしい冒険や、中層での稼ぎに目が眩んでもいる。

 一般人だから仕方ないだろうと、誰にともなく言い訳をする彼である。

 彼の中での偉い人とか強い奴等は、大義とか正義とかで暑苦しい連中であった。


「お連れ様でございますのね。どうか、ご武運を」

 

 エルヴェンタの猫被りは早かった。美人顔で流し目を送っている。ファビオは顔を背けてしまう。

 その視線の先にあるのはパーティ申請書であった。

 男の呆れた様な吐息が一つ。ファビオだ。


「なんと芸のない。スィニョーラ。お借りしますぞ」


 そして彼がパーティ申請名称に線を引き、書き加えたのは『ソーレ エ グーフォ』。太陽と梟という意味だった。


「中々良いのではありませんこと。ここらでは、ございませんわよ」

「であろう。どうもビタロサの男衆は物臭でいかん」


 そういえば、ファビオはそういう面倒な所に拘る奴だったなとレンツォは思い出していた。

 彼としては微妙に感じる名前なのだがそこはそれ。拘りがないからして、さっさと纏めに入るに限った。


「よっし、依頼受けに行こうぜ」


 山籠りは七日間を予定している。食糧や消耗品も相応に用意しなければならない。それなりに大きな買い物と大荷物になるだろう。


「旦那も子供じゃないんだからさぁ。そんなにはしゃいでたら、怪我するよ」


 そんな事をつもりはなかった。山から戻って来たらすぐに救世主の生誕祭の日を迎える。年末年始もすぐそこだ。忙しい日々が続く。

 アルトベリの、イラーリアの騎士として働かねばならない。怪我などしている暇などなかった。


 


「おーい。旦那。山籠りするんだろう。なら、ちっと家に寄れよ。余り物だがお裾分けしてやるよ」


 買い出しをするレンツォの背中へ声が掛かる。

 先程も一度会ったフランシスコのものだった。役所の制服姿ではなく私服であった。

 まだそんな時間ではないのだが、仕事は上がったのだろうか。


「あのな。労働には就労時間の制限があんの。年末行事が押してるから、調整しなきゃなんねーんだよ」

「サボりだと思ったわ。不良公務員」


 見慣れてしまった髪型なんかには今更何も言う事などないし、顔付きから滲み出るチンピラ臭さを指摘するのも酷だろう。そうは思うのだが」


「品行方正な真面目な公務員なんだがな。これが」

「いや、その服装はどうかと思うぞ。『鉄の掟の徒』でもあるまいし」


 彼が羽織るのはツヤツヤとした紫色の長い外套であった。靴も蛇革のものである。下は濃紺の背広姿の様だが、冬だというのに前襟をだらしなく寛げている。


「反社扱いはひどくね?」

「いや、どう見てもその筋の人だし」


 『鉄の掟の徒』はビタロサの地にに古くからある反社会組織であり、最古最大のものとも言われている。

 元は唯一神教の教えに反対した貴族達の集団であったが国教化と共に地下へと潜り、反社会組織として認定された。

 文化としては傷を残したり刺青を入れたり、派手な配色の服装を好み、装飾品でゴテゴテと飾り立てたりもする。全体的に派手なのだ。

 

 フランシスコも公務員で兼業であるとはいえ、黄金位階の冒険者。当然ながら首飾りとしている冒険者証は黄金だ。胸元を寛げているので、金ピカの自己主張が強かった。

 更に言えば彼は多くの術具を身に付けている。

 それらも装飾品である。耳飾りや腕輪に指輪。ゴテゴテとしていた。

 それに派手な紫色の外套と蛇革靴とあっては、どう見てもその筋の人としか思えないものだった。

 本人的には運気がどうたら、らしいのだが。


「なんか評判悪いんだよな……」


 フランシスコは地形や環境を操作する術式を得意としている。陣を構築したり、地形を操る事に長けていた。

 そういった中に運命や運気などを操る術などがあるらしく、そういった拘りからの服装であるそうだ。

 が、趣味は悪かった。


「これはフランシスコ殿。お疲れ様です。かなり素敵な装いですな」

「ファビオさん。先程ぶりです。面倒な旦那とのお付き合いは大変ですね。中々格好良いでしょう」


 ファビオは昔からそういった服装が好きだった。

 だからなのか盛り上がっている。つい昨日まではこの世の不幸の全てを背負ってるぜ。みたいな顔をしていた癖に。

 波長が合うのかなんなのか、ほぼ初対面である筈なのに。

 それでも、貰える物は貰っておくべきだ。

 レンツォも親近感の湧く相手ならば、そう変な品を掴まさぬ筈だと開き直って見守っている。


 そんなこんなで必要な物資を揃えてゆくのだが、結構不安もあった。不意打ちや想定外の事態に備えればどんどん荷物が増えてゆく。

 あれも要る、これも使うだろう。そういったあやふやな理由で念の為にと揃えていけば、持ち運ぶのにも厳しい量となっていた。


 小心者なのだレンツォは。

 だからこそこれまでは、危険を避けて充分な余力が残る様に低層で立ち回ってきている。そのお陰で、そこそこやれていた。

 仕事は途切れなく請け負えていて、暮らしに窮する訳ではない。かといって稼ぎが良い訳でなく、蓄えが豊富な訳でもない。今後を思えば不安があった。

 いつまでも、身体一つで飯を食えるとは思っていない。アルトベリ男爵が先行投資に失敗した様に、大きな出費があれば補填は難しい。

 世話になっている主君は富裕な訳ではない。どころか、社会的立場としては不釣り合いな程に貧乏だ。義務を果たし、使命に燃え、夢を追っているせいで。

 農業には金が掛かるし、主食として普及させたい米も一攫千金を狙える商材ではなかった。


 だからこそ金が欲しい。稼いでおきたい、今のうちに。そこそこやっていけている今だからこそ。

 貴人の騎士となるとはいえど、そう縛られる訳ではないだろう。そういった信頼がある。生活の面倒の一切を見られていて、時間と資金には余裕があった。

 流石に、それで良しとするには抵抗がある。


 アルトベリ男爵家は今でさえ苦しいのだ。身形や外聞を気にしない彼であってもそうだった。

 そこに女性であり、立場上そういった事も気遣わなければならない彼女が就く。社交には金がかかるものである。それくらいはレンツォとて知っている。

 だからこそ、稼いでおきたい。

 今ならば、可能であった。身体一つと備えがあれば金を得られる当てがある。

 換金率の高い素材や採集品が豊富な中層で稼げる事に高揚していて、大切な事を忘れてしまっている。

 それに、気付けない。気付かない。


 自分は強い。『怪物』相手であろうが、クマ相手だろうが闘える。耐えられるし、屠れた。

 一人でないならば、中層でも充分にやれるだろうと傲っていた。今よりも若い、あの頃の様に。




 エトナ火山は低層からして広大であるが、お山での一人歩きを認められる鉄位階、錬鉄の士と呼ばれる冒険者であるならば移動に不自由はない。

 結界があるからだ。

 その機能や存在意義についてはアレコレとあるが、あまり冒険者達は考えに含まないで利用している。


「それでは、充分にお気を付けて。ご武運を」

「行ってきます」


 逞しい中年男性からの敬礼を受け取って、レンツォは敬礼を返した。隣に立つファビオもだ。

 エトナ低層での結界を管理するのが『機巧兵団』である。

 彼等は元州兵などにより編成されていて、低層の治安維持などを担う。

 レンツォにとっては憧れの『英雄』達だ。礼儀正しく振る舞うのは当然だった。


「それじゃあ当たりをつけた場所を優先的に探索して、ついでで採集って事で良いんだな」

「……構わん」

「心配すんなって。お山で人が生きていける場所なんてそう多くないからよ。探せば見つかるさ。まぁ、運が良ければ山ん中だ。勝手にくたばってくれるかもしれないぜ。大した腕じゃないんだろ?」


 軽口を叩きながら結界へと向かう。

 こいつは何で、話し始めに無駄な間を置くのだろうかとも考えながら。

 その理由はお喋りキャラから無口キャラへの転換に理由がありそうだとは思うものの、敢えては聞かないでいる。別にどうでも良いからであった。

 だが、フランシスコと盛り上がっていた間は随分と流暢だったのには納得がいっていない。キャラくらい貫き通せよと。

 そんな割とどうでも良い事を考えながら、目当てとする結界にまで辿り着いていた。


 中層と繋がる結界の一つだ。危険の少ない山道と繋がるので、広く利用されている。昔、アルティエリの冒険者姉妹と出会った時も使った結界だった。


「「我は願い奉る。恵み深き豊かなるエトナよ。我等、野へと(いで)し人の子が、またその胎内(はらのうち)へと回帰せん事を欲す。優しき母なる山よ。巣立ちし裔を(よし)(たも)うなれば、持ち帰りし供物をお納めあれ。どうか、因縁を結び繋がらせ給え。峻険なる地へ挟まれた(たいら)かなる道へお運びあれ。父と子と聖霊の御名において、そうあれかし——」」


 距離や時間とは無関係に地点同士を繋ぐ結界は、転移の術式や転移陣と呼ばれる術具にも似た存在であった。

 その為にか、使用には面倒な手続きを踏む必要がある。それがこの、祈りとも詠唱ともつかぬ言葉であった。

 結界毎に文言は変わり、また行き先も異なる。

 ただ発声するだけでは無駄であり、真摯に祈りを捧げなければならない。

 その辺りは術式とも変わらないので、別に冒険者達には何の抵抗もない。ただ、面倒ではあった。

 

 果たしてレンツォとファビオ。二名の冒険者達は目的とした地に立った。比較的安全な崖沿いの山道に。


「面倒だよな。さくっと入れれば良いのによ」

「……そのおかげで、安全も保たれる。面倒が即ち悪や害とはならぬものだ」

「まーな。それにお前さんは、こういうの好きそうだしな」


 使われる祝詞じみた言葉、交信(コンタクト)の術式や別の祈祷などでも代用が効くが、最も負担が少ないのが言葉に出す事だった。

 レンツォは交信を使えない。言葉を覚えておく必要があった。何せ、暗誦でないと認められないものなのだから。


 結界の使用にはこの様な制限があるからこそ、霊獣や怪物が異界内部から漏れ出る事はなく、また結界を超える事も殆どない。

 それが起こる事は意思の表れでもあって、人類種と定義される者達以外が結界を超える事は異常事態でもあった。

 その現象は『異界侵食』と呼ばれる『災厄』の前兆ともされていて、非常に警戒されている。


 そんな訳で冒険者には発見した事象の報告は義務であった。

 レンツォも以前にクマが低層へ降りて来た時は非常に焦ったものだが、調査により侵食の可能性は低いと結論された為に今は安心している。

 偉い人達がそう言うのならば信じるしかないものなのだ。

 それはつまり、クマが強い意思で以って逃げ出す『何か』があるのかもしれないと繋がる事なのだが、その辺りまでは気にしてはいられない。


「……なんだ?」


 気にするのは、ファビオへの皮肉がまったく通じていない事だった。当然だが。という顔をしている。

 少し苛立たしい。

 魔砲使い達なんかは詠唱に拘りを持っている事を思い出したレンツォは、そいうやこいつも同類だったなと肩を竦めた。




 季節柄、冬場である事もあって重装備なレンツォとファビオであった。

 アルトベリ男爵から譲られた騎士鎧の下には四枚も着込んでおり、手甲の下や足元なども同様だった。

 騎士鎧の上から羽織る袖無し外套は赤みがかかったアランチョーネ。夕焼け色のものだ。

 このマントもイラーリアより贈られたものだった。


 袖付きの外套では騎士鎧を着込んでいては羽織れなく、普段使いも考えての妥協案だそうである。

 懐具合が苦しいんだろうなと想像出来た。術式の付与された衣服はお高い。

 種類と強度にもよるが、真っさらな物とは比べ物にならなかった。

 保温や障壁だけでなく、他にも幾つかの術式の付与がされた外套だ。普段使いも勿論する。

 先日も着込んでいたこの色からファビオは太陽(ソーレ)と呼んだのかもしれなかった。

 

 着込む衣服にも付与がされている。冬山への備えであった。

 この為にレンツォの貯蓄は尽きて、無一文、素寒貧となっている。

 懐が寒かった。心境的に。

 だからなお、金が欲しい。稼ぎたいのである。

 中層で得られる素材は豊富で、冬場であっても生命力や体内術力を回復させる霊薬の素材となる物や、術具の素材ともなる砂や土、鉱物などだってあった。

 

 そういった素材を持ち帰り、換金すれば良い値ともなる。先行投資は必要なものだった。

 何せ、冬山の気温は水の凝固温度である氷点下を遥かに下回る。

 強靭かつ強大な霊獣達の多くも冬眠という生存手段を用いる程度には、過酷であった。

 冬眠中であるので遭遇率は低い。だが出会してしまえば飢餓感により凶暴化してしまう。

 肉食でない獣であっても危険であり、肉食ならば尚の事だった。

 そして当然ながら冬眠を選ばない霊獣もいた。



「くっそ! 鬱陶しいな! アルバネッラ!」


 それは小型と呼ばれる小動物型の一部のモノや、今現在襲われている野鳥型の一種であったりもした。

 タカに似る低空を飛翔しながらも氷弾を降り注ぐ、霊鳥とも分類される霊獣である。

 上空より落とされた氷弾を盾で受け、斧で払う。そうしながらも、地に転がる鉱物を拾い上げ鞄へと詰めていた。

 照準の外れた氷弾は地に落ちると破裂する。山道は低音により薄らと凍りついていた。その爆発に巻き込まれて爆ぜる鉱物達。

 レンツォにはそれを、情けない顔をして見る事しか出来なかった。


「潮時だ。急いで撒くぞ」

「これっぽっちかよ。もうちょい取れねぇの?」

「……消耗は無駄だ」


 ファビオもまた、氷弾を切り払いながら銀灰色をした鉱物を拾い上げ、収納の付与された鞄へと仕舞う。

 

「糞鳥がっ! 降りてきたら焼き鳥にしてやんよ!」


 罵りながら林の中へと潜り込んだ二人であった。

 それを認めたらしき霊鳥アルバネッラは、悠々として曇り空の奥へと羽ばたいていった。


 エトナ中層においては地上の強大な獣よりも、小型であっても空中の獣達が厄介である。

 『異界常識・機巧制限」の敷かれる中層においては攻撃手段が乏しいからだ。

 銃も弓も投擲も、破壊系術式でだって有効な威力にはならず、また届かない。排除は容易にでなかった。

 その癖に霊鳥などは術式を操り、戯れにより遠距離から狙いを付けてくる。遊びであった。

 積極的な敵対行為を行わない霊獣達であるが、安全に狩れる肉へ対しては容赦がなかった。

 疲弊させ、喰らう。それが充分に可能だと知っていた。どこであっても、弱肉強食の掟は変わらない。


 レンツォとファビオ。二人とも、そんな生態など百も承知の冒険者である。なのに襲撃の可能性があってなお、態々開けた岩場を通ったのか。これにはそれなりの理由があった。

 二人が採掘した鉱物であるが、原石や原鉱などと呼ばれるものである。これは特定の鉱物の源である事を指さない。

 複数の希少金属が融合した鉱石であるからだ。性質や組成が異なり、時には競合するそれらが何故そんな不可思議な状態で存在しているかは、彼らにとって関係がなかった。


 採掘がしやすく換金率の高いお宝である事に意味がある。加えて依頼の目的物でもあった。

 この原石、秋の気候の良い時期などに行政の大規模依頼による大量採掘がされて市場に流される。

 原石のままであったり、精製されてそれぞれの鉱物としてであったり様々な形であるが供給されている。

 希少金属であるので島内外での需要があるし、経済活動の活発化は税収増にも繋がった。

 態々大枚を叩いての大規模依頼としたとして、充分な見返りが期待される事業であるのだ。必要な先行投資というものである。

 だが今秋ではされていない。夏場でのクマの越境から調査の為に入山規制が掛けられていた。安全の為に大規模採掘は見送られている。





「あまり欲を掻くな。初日でこれならば充分な稼ぎが期待出来るであろうよ。……冒険者の一番の仕事は生き残る事。忘れるな」


 日も暮れて、安全地帯を見繕い野営を始めている。

 ファビオからの小言には頷いておく事となる。同意であるし、実際に初日からかなり期待が出来ている。


 原石の需要は高い。あらゆる産業に使われるのだから当然だろう。需要が供給を上回るならば、自然な市場原理として付加価値が付き高騰に繋がる事となる。

 そして供給量は例年と比べて減っている。組合での買取り価格や市場価格は上がった。

 組合での素材買取りは最低保証であり、旨味は少ない。にも関わらず現在は結構良い値段で買取りされていた。


「いや、依頼人様々だな。実際に悪くない稼ぎだ」

「……そう思うならば弁えよ」


 口煩い奴だった。


 依頼として供給を頼まれたのだから、それなりの額となる。それが平凡な報酬であれば、苦労や危険に伴わぬとして受理されないものだった。

 受けている。実入りが良いのだから、当然の判断でもあった。こうやって供給の薄い物品を採集する冒険者達はそれなりにいるのだが、競合はあまりせずに済んでいる。

 そういった者達はもっと採集し易い時期に溜め込んで、供給薄を狙って放出するからである。値下がりしそうであれば絞り、上がればまた出す。

 大規模なものとなれば、市場操作ともなった。


「なぁ、不寝番を任せろってのは本気かよ」

「……適材適所だ。それにお前、その高揚感のままで疲労が抜けると思うのか」


 やはり嫌味な奴である。だが気遣いの出来る男でもあった。

 吸血種族には睡眠さえもが不要である。夜間にこそ力を発揮する者もおり、大陸の西に浮かぶ島国ブリテン王国などでは夜歩き(ナイトストーカー)などとも呼ばれていた。


 そうは言われても只でさえパーティ経験が豊富とは言えないレンツォだ。睡眠が不要な相手と組むのも初めてであるし、自分だけが役割を果たせていない様でいて心情としては受け入れ難かった。


「んな事言ってもなぁ……」


 つい愚痴愚痴と言ってしまうものなのだ。ファビオは取り合わず、早朝の探索に備えよと言った。

 頷くしかない。エトナには早朝の朝焼けに咲く花があり、それらも霊薬などの素材となった。

 

 仕方なく、眠る事となる。

 そこそこ順調な感じがしていた。アールキング程の大物ではないが、そこそこ数の出る怪物なんかも討伐していて、霊核を回収している。

 割の良い仕事であった。討伐報酬は同額で、当たりの可能性はないにせよ、労力の割に合う。

 流石に負債を賄う程ではないが、余裕が出来る予感があった。稼ぎ時は今だと浮かれている。

 だからこそ、不安もなくいつしか眠りこけてしまっていた。

 背中に感じる大地の蠕動を感じながら。


 太平楽に、なんとかなる。どうとでもなると油断していた。目に見える実入りに浮かれていた。

 冒険者としての当然の警戒心は我欲に溺れてしまっている。

 ファビオの叫び声にも反応していない。

 せり上がる大地の動きでさえ心地よい蠕動だと思ってしまっている。


 だからこそ、気付かない。気付けない。

 冬のエトナが危険極まりない秘境だという事を。

 態々、冬に入る事はないのだと語る先輩達の心を。


 自分は強い。実績だってある。心強い仲間がいるぞ。そう浮かれ、傲ったからこそ忘れている。


 その報いこそが今だった。

 

 真っ白な大地に風雪の嵐が吹き荒ぶ。空に晴れ間はない。暗雲が夜中の天蓋を覆っていた。

 大荷物を背負ったレンツォは一人でいる。

 雪山の中で視界を塞がれたまま、どちらへ向かえば良いのかも判らずにいて、立ち往生していた。

 ファビオとは逸れてしまっていた。


 横殴りに吹く雪が頬を打ち、容赦なく体温を奪う。

 体温により僅かな時間溶けた水分は再び凍結し睫毛にへばりついた。

 鼻呼吸すら出来ない。入り口が凍りついてしまっている。細く、浅く、防寒具で覆った口許へ更に手を当てて凍気を防ぎ、酸素を供給している。

 分厚い外套を何枚も重ね着していても寒気に震えた。

 中に着ている下着から何やら全て、着込んでいるのは温度調整をする術式の付与された術具であった。

 それらさえをも貫通し、冷気が冒険者の身体を包んでいた。

 一面の銀世界。白く輝くのは、運動が限りなく停止へ近付いた死にも近しき異界であった。


「畜生……」


 呟いた。愚行である。無駄な体力の消耗は避けなければならないからだ。言葉を発する意味はない。

 膝までを覆う積雪から足を抜く。右足を、左足を順番に規則正しく。

 寒冷地での遭難の際に、動くのも本来ならば愚行である。救援を待ち、それまでを生き延びる事に尽力せねばならない。

 だが、そういう訳にもいかなかった。


 救援の目はない。可能性があるのはファビオだが、この状況だ。期待するのは思考停止と変わらない。

 なんらかの可能性に縋り、生き延びられると思う程に冬山を舐めてはいなかった。

 止まっていれば程なくして氷雪に覆われて、氷像となるだろう。だからこそ動かない訳にはいかない。

 道行きは判らない。されど進む。


「……死なねぇぞ」


 またもや愚行である。だが、勇気を振り絞るのに言わずにはいられない。

 それでも、霊獣や怪物の襲撃がないだろう事だけは僥倖であった。

 野に棲む獣達はこの冬季、多くが冬眠へと入る。

 生き残る為に。


 その必要のない怪物達にも、この環境へ入り込む必然性がなかった。

 怪物達は万物へ宿るとされる術力を喰らう。

 中でも豊富な可能性を秘めるという、生物に宿る体内術力を好んだ。

 植物にも鉱物にも水にも、大気中にも術力自体は満ちている。満ちていて、無色の力が溢れていた。

 怪物達はそれを好まない。彼等が好むのは世界へと働きかけ干渉し、改変し、望みを叶えようとする力、即ちは欲望に満ちた体内術力であった。

 世界中の生物の中で、最も欲望が強いのが人類種なのだとされている。その為に繁栄したのだとも。

 故にその存在そのものを喰らい、希望さえも潰えんとする怪物達は人類種の天敵であった。


 生物の乏しいこの環境であれば、怪物による襲撃の心配は薄かった。


 ——もし今また、この場でハンノキの王、アールキングにでも襲われたなら、逃げる事すら出来ないだろうな。


 そんな自嘲が浮かぶのも、そうならないと確信しているからである。


 ——情けない太陽だな。ファビオの野郎、随分と名前負けさせてくれる。嫌味か? だけどよう。


 パーティ名『ソーレ エ グーフォ』、太陽と梟だ。

 それは見立てからのものである。ファビオは自らを梟に、レンツォを太陽と見立ててパーティ名を付けていた。

 叡智の女神の従者とされる梟に己を見立てたのは格好付けだろう。そういう奴だった。

 レンツォを太陽に見立てた理由なぞ、正直彼には判らない。だが、悪い気はしなかった。

 太陽は恵みを齎す光を放つ。昼間は遍く全てを照らしている。夏場の暑さは勘弁して貰いたいものだが、陽光は必要なものだ。誰からも求めら、望まれるものだった。

 

 まるで、『英雄』みたいに。

 そういった存在に今も憧れを抱き続け、器じゃないなと少し冷めてもいた男には嬉しいものだった。

 認められているのだ。友に。ならば。

 

 ——抜ける。こんな所で、くたばってたまるか。


 友人が一人で呪縛を解ける可能性は高くない。契約はそれだけ不利なものだからだ。

 力を必要とされていて、認められている。

 裏切る訳にはいかないものだ。男には、男の意地があるんだよ。胸の中で、そう叫んでやった。


 状況は最悪に近いが、絶望はしていない。する筈もない。

 山の天気は変わりやすい。

 ほんの小さな切っ掛けで全ては変わる。此処はそういった出鱈目な山なのだ。

 動き続ければ、何かに行き当たるならば。何か一つでも変化が起きるならば、可能性はあった。


 忽然として産み出された、この雪山の様に。


 この場所は霊峰エトナ火山中層。


 獣達の楽園であり、自然過酷な未知と不可思議に彩られた大異界の欠片であった。



 ここ数話、もっと丁寧に書くべきだったかと後悔しています。

 中々上手くお話しを書けないです。技術が少しは上がっていると良いな。

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― 新着の感想 ―
現実の冬山も危険ですから、異世界の冬山+ダンジョン化の危険度はさもありなん…。
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