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19話 夜会当日。それぞれの事情。


  なんやかんやで夜会当日となっている。


 この三日間での収穫祭自体は都市であるパレルモにおいて大した祭りではない。少し出店が増えていて、要人が時たま壇上などから挨拶をする程度である。

 それでも子供には珍しいらしく、ほんの僅かな散歩で大はしゃぎするお嬢をレンツォ達は目にしていた。


 大抵の大人や観光客にとっての目的は、有力者の催す夜会であった。収穫祭はそれまでの準備期間の意味が強い。大人達はこの期間に挨拶回りや面通しなどを行っている。

 レンツォは大人であり、大人として働けばそれなりの感慨も湧くものだ。

 たったの三日間とはいえ、挨拶回りなどは意外と疲れるものだった。

 なんといっても他所行き用のイラーリアは随分とハキハキして喋るので、調子が狂ってしまう。

 時、場所、場合を弁えての振る舞いは大事であるのだが、長い付き合いでもある彼女の意外な一面に、割と戸惑ってしまってもいた。

 レンツォは彼女の声が間延びしていない時なぞ、不機嫌な時しか無いと思っていたのに。


 そして、そんな姿を夜会の始まった今でも見せられている。

 丁寧な淑女の礼を見せるイラーリア。その隣には男爵がいて、二人の前で鷹揚に笑うのは貴人である。

 丈高く、鍛え上げられた体躯。端正であるものの顔の造りは厳しい。蓄えられた顎髭は獅子の様でいて、威厳があった。強面と呼んで、まず差し支えはない顔付きだろう。

 それでも二人を見下ろす視線は柔和であった。

 見下ろすとは言うが、別に意図しての事ではない。

 デカイからである。そして分厚かった。

 対してイラーリアと男爵は人並みだ。体格差から自然とそうなるものである。


「やぁ。君がレンツォ君だね。初めましてになるか。娘達が、お世話になっている」


 力強い、腹に響く声。威厳ある声だった。すかさずレンツォは騎士礼を取っている。

 貴人への対応に卒があればそれは主の不名誉ともなるものだ。彼は緊張しながらも次の言葉を待つ。


「アルトベリ卿の言う様に、生真面目な男である様だな。だが、まだ遠慮はいらんぞ。堅苦しくやらねばならぬのは騎士の誓いを捧げてからだ。それだって場に拠るぞ。今はまだ、男と男。ただの冒険者同士でも良かろうよ」

「光栄であります。ネーピ侯爵閣下」


 小市民としては、そういう訳にもいかないものだ。

 声が震えていない事に安堵して、そういえばこの人も黄金位階なんだよな。などと考えている。


「いや。本当にレンツォ君にはなんと詫びれば良いのか。……すまん。いつも我が家の娘達が」

「いえ。アリアお嬢様には冒険者としても、大変お世話になっておりまする。それを、某には身に余るお言葉。誠に有難くございます」


 冒険者としてとも言われたので、余計な事を言うんじゃねぇぞ。気にしないで欲しい。の意味を込めての返礼であった。

 侯爵は滅茶苦茶に気不味そうな顔をして、挨拶を送ると去ってゆく。

 侯爵には隈が出来ていた。寝不足なのであろう。

 彼の気持ちは痛い程にも伝わっている。男達とは、何も言わずとも通じ合うものだった。


 レンツォが敢えてアリア嬢の名前しか出さなかったのには意味がある。

 あの爆弾みたいな姉妹の名を出して、余計な心労を増やすのは本意ではなかったからだ。

 要するに、大丈夫ですよ。アピールだ。

 二日続けて災難に見舞われたレンツォに、侯爵も思う所があるのだろう。彼の心労を慮れば、つい涙も溢れようというものだった。


 あの騎士達との連続【決闘】。当たり前の話であるが、配信されていた。

 闘技場は娯楽の為にある。中で起こった事は何があろうが配信されるものだった。

 つまり、致命傷を負った男を無理矢理に癒し、また戦場へと送るというソフィアの暴挙もまた、配信されていた事となる。


 治癒の発達している大陸だ。その軍事利用なども開発されている。

 腕の良い癒師や医師などの、高強度での治癒が行使可能な者を戦場へ揃えれば、どうなるか。

 当然ながら効果は実証されている。

 治癒は病魔に対しては強力な手札とはならない。症状や状態には個人差があって、それぞれに応じた対応をしなければ治療は難しいからだ。

 ただし、単純な負傷に対してならば有効である。術師が理解可能な状態でさえあれば、回復させられる。

 死んでさえいなければ、癒せた。


 古来より、人類種達による【死】の定義は単純なものであった。


 世界へ干渉する『術力』、その源となる『生命力』。そして、その根源である存在を維持する為に輝く『魂』。

 その三つの枯渇、あるいは消失が、【死】であると定義されている。

 つまり、頭が吹き飛ばされて脳が破損しようが、それは【死】ではない。

 魂が消失する前に欠損部位の再生などをさせ、生命力さえ補えれば生き残る。当然ながら機能上、再生途中の記憶などは保てない。だが、死んではいない。

 それは心臓などの他の臓器の破損や、血液を流しすぎての生命力の枯渇などでも同様であった。

 器である肉体を再生し、生命力さえ補えれば人は死なない。生きている。


 軍事利用せぬ筈もない。

 個人が極端に強い力を持ち得る大陸において、強者とは兵器であった。

 使い潰さずに活用すべきもので、肉体の修復を済ませて性能を取り戻せば再び戦場へと送られた。


 耐えられる、筈もない。

 肉体が癒えようと、痛みや苦痛、死への恐怖や罪の意識の感情が残った。精神は傷付いたままとなる。

 そのせいで兵器の状態は不安定となり、性能の発揮が難しくなった。

 攻撃対象への認識が甘くなったり、戦力を振るうべき場を誤ったりもする。これでは意味がない。武器は、兵器は正しく使われてこそである。

 その安定のために、精神作用の術式や様々な薬物が用いられた。理性なき力なぞ危険しかないからだ。

 そしてそれらは、人の魂を汚すものだった。


 戦場へ送られる『英雄』の心が壊れ、支える者達もまた精神を病んだ。その結果は、万民へ不幸しか呼ばないものとなる。

 術式では癒せぬ死が溢れ、魂の腐敗と呼ばれる病魔が蔓延った。欲望が絶望を産み、世は乱れ続ける。

 その結果を人類種達は恐れ、悔いた。各国は協定を結ぶ事となる。


 治癒や精神作用の術式には使用制限を設け、魔薬などの危険物質の使用を禁じた。

 魔薬と霊薬は表裏一体であるからして、その分類は倫理観に拠るものとなるが、概ねの見解は一致している。

 そういった経験から人類種達は闘争や戦争が、割の悪い事業だと気付き、平和を求める事となる。

 それでも失くせていないのが、争いではあるが。


 人類史に想いを馳せるレンツォであった。

 単純な話として、治癒を施し再び戦場へ送るという行いは倫理的な問題があるという事だ。


 魔薬などの使用は無いため、違法性はない。

 治癒自体は善行と見做されるので使用した結果、患者が再び暴れていようが取り締まる事も難しい。

 余人であったならば癒師法違反の罪に問えるかもしれない。だがソフィアに対しては無理だった。

 彼女達は癒師、及び医師資格も所持している。

 達とは、アルティエリの三人姉妹であった。

 能力だけは優秀な娘達を持つネーピ侯爵アレッサンドロ殿の心労を思えばこそ、レンツォも胃が痛む。


 致命傷を負う度に癒し、死兵として再び送り出す姿は物語に語られる冷酷な将帥や、恐ろしい魔女の姿にも見えるものなのである。

 騎士達の手腕を賞賛しながらも、血塗られたままにもっと頑張れと治癒に励む姿は凄惨でさえあった。

 そんな姿も当然の様に娯楽として配信されている。


 加えてジュリアだ。彼女も【決闘】配信を視聴していた者の一人であった。

 お姉ばっかり狡い。とむくれる。そして友人の魔砲遣い達を集めて、レンツォへ連続【決闘】を挑んだ。


 実に酷い話であった。

 魔砲遣いとは破壊系術式を得手とする、少々頭が残念な連中の事である。ヤツらの信条はぶっ放し、ぶっ壊す事だった。あまりにも傍迷惑極まりない。


 場所は同じく闘技場である。

 レンツォは三馬鹿が見つけたという、安くて刺身が旨いという居酒屋から拉致られた。

 一緒にいた三馬鹿にジュリアへ抗う術はない。

 先輩を騎士として鍛えようと誘われればノリノリとなった。

 お神輿をされ、闘技場まで運ばれている。手足はジュリアにより拘束(バインド)されていた。


 ちなみに闘技場。大抵どこの街にも置かれる娯楽施設の一つは、小規模異界を再利用したものである。


 異界とは、この世界とは別の法則が支配する異なる世界であるとされている。

 大小強弱は異なれど、それぞれが一つの世界として存在していて、滅ぼすのは容易ではなかった。

 だからこそ、『侵食』を防ぐ為に『攻略』という手段を用いるのである。

 だがそれで、異界が消失するものでもなかった。

 大抵の異界の入り口は物質的には存在しておらず、一定の手順を踏む事で往来出来た。

 僅かに収納術式による異空間にも似た異界は、あって、ないもの。存在しないのに、存在している。そういったモノとされていた。


 有限の世界と無限の世界。その様な使い勝手の良い存在を、人類種達が有効利用せぬ筈もない。

 攻略し、収奪し、利用する。この闘技場などの施設は、その結果として存在している。

 異界内部の出来事であるから外へは影響しない。街中は安全となる。

 異界は存続しているので内部が破壊されたところで自然と修復する。維持には手間もあまり必要がない、

 持ち込んだ道具などは壊れても、また持ち込めばよかった。その程度の持ち出しならば、配信収益により容易に賄える。


 『攻略』の必要があるかを知る為に、異界内部は監視されている。配信という形式で以て。

 そして先日にレンツォと騎士達によって散々に破壊され尽くしたた闘技場であるが、一晩経てば元通り。

 岩畳の敷かれた、これぞ闘技場といった風情をした広い大地であった。

 特徴の薄い異界というものは、人類種にとって非常に都合がよいものだった。



 異界において、魔砲遣い達に遠慮はない。

 どこから苦情が来るものでもないからだ。

 同士討ちや術力の枯渇はあるにせよ、小規模異界であり、特に強力な『異界常識』のないこの闘技場異界に敷かれているのは『天候不変』というものだけだ。

 天気が変わらないくらい、なんの問題にもならない、どころか都合が良いもので、魔砲遣い達はとてもはっちゃけた。


 遠慮なく、容赦なくぶっ放す。極大破壊とも呼ばれる術式を。

 爆裂や雷光、竜巻や溶岩、大海嘯に大地震。

 名だたる破壊系術式が雨霰の如く降り注ぐ。

 加減しろバカ。とレンツォは思った。

 何せ、彼にはそれらを避ける、あるいは受ける事しか出来ないからだ。

 騎士達相手の場合の様に接近し、戦闘とはならない。

 つまり魔砲遣い達が飽きるか、彼が限界を迎えるまで終わりがない。当然だろう。

 相手は強力な遠距離攻撃の遣い手達である。そこへ近付いて戦闘となるならば、レンツォはとっくに上層でも戦えている。そんな力、ある筈もなかった。


 かくして撃ち放題な魔砲遣い達が飽きるまで、散々な目にあっている。

 ジュリアはせっせと治癒をしていた。何もレンツォを助ける為ではない。イキの良い的でないと魔砲遣い達は盛り上がらぬし、視聴者達も満足しなかった。


 配信番組には放送報酬の他に、義援金が送られる事がある。応援や、期待を込めて一般視聴者達からだ。

 そして闘技場の配信者であるシシリア州行政府は、ジュリア達の父アレッサンドロが代表を務めている。


 実に親孝行で故郷想いの娘さんであるではないか。

 被害者であるレンツォには大変迷惑な話であった。



 だからこそ侯爵は、そんな少々お転婆と呼ぶには生温い爆弾娘達から被害を被っているレンツォに、負い目があるのだろう。親として。

 加えて、あれでも嫁入り前の娘達である。あまり評判が悪くても将来に関わる。彼も家庭の平穏こそを尊ぶ善良な男親であった。

 今もなお、七人もの夫人がいる癖に。


 一夫一妻制のビタロサであるが、高位貴族に限り妾などを置く事が認められている。正式な関係でこそないが、準じるものとされた。

 彼等は言葉を選んで第何夫人とかとも呼ぶが、要するにハーレムである。男の浪漫であった。

 だが、男達にとってもまったく羨ましくはない。と言う程ではないが、少なくともレンツォにはそれへと挑む、気概も意欲もなかった。

 ハーレムなんざ対応が大変であるし、金持ちだから出来る事なのだ。加えて御使からもお仕置きされる。


 各国の法と御使による規律は重なるモノも多いが、別に同一でははない。こういった事も一例であった。

 セッシの様なド変態はそれをご褒美などと言うのだが、頷けるモノではなかった。とても痛いからだ。

 御使による、貞淑の誓いを破る事での男側へのお仕置きで一般的なのは癒える事のない尿路結石である。

 地獄の様な痛みであり、苦しみだ。

 もしも戦闘中に発作が起これば、致命傷であった。



 元黄金位階の冒険者。州議会代表であるネーピ侯爵アルティエリ。アレッサンドロ殿をレンツォは男として非常に尊敬している。

 御使によるお仕置きに晒されながら、八男三女という大家族を築いたからである。

 その代償には計り知れない苦痛があったに違いがなかった。そしてそれはまだまだ続く。少なくとも後十年以上は。


 末娘であるジュリアで十九。御使のお仕置きや呪いは三十年を一区切りとする。残るは十一年。

 そういった事からも三十年は一つの区切りであった。

 現実的な事情もあるのだが、専業冒険者の定年は三十歳とされている。イラーリアとの口約束だって、そういった区切りもあっての期限としていた。


 それはそれとして。


 アレッサンドロは加齢と共に衰えてゆく肉体で、議会代表としてはシシリアを支えねばならない。しかも、滅茶苦茶な娘達の後始末に奔走しながらだ。

 気持ちとしては尊敬するが、同情も大きかった。

 そんな彼もソフィアとジュリア。二人の娘に囲まれてデレデレとしている。


 有名な話だ。アレッサンドロは娘達に甘いのだ。あの顔で。

 二人は父親へは新米騎士を鍛えてやって、見所があると自慢気だ。良い事をした気でいるらしい。とても迷惑であった。

 アレッサンドロ殿はデレデレとしながらも娘二人を褒めそやす。そうやって甘やかすから、アイツらは付け上がるのだとレンツォは思っている。

 側にいたアリアが呆れ、妹達へと小言を送るがどこ吹く風だった。庇う様な事を言うから、侯爵閣下までもが叱られていた。


 アリア嬢は賢い。物事の本質を良く捉えている。そうレンツォは考えている。

 本気で叱らぬから、アイツらはこの辺りまでなら大丈夫だろうと、たかを括っているのだ。

 誰かには、あの姉妹をちゃんと躾けて貰いたいものだった。アイツらも、いつか恋人なんかを連れて来るのだろうか。

 その時にはいっちょ、先輩としての威厳を見せてやらねばならんかとも思う。

 妹達みたいにはにかんで、柔らかに照れながら微笑むのだろうか。


 それは「騎士だからな」と得意気なソフィアと、配信番組の視聴者数を自慢するジュリアを見ていると、レンツォにはまったく想像も出来ない姿であった。



「なぁ。アイツらって結婚とかをするつもりってあるのか?」

「あらあらー。お兄様先輩としては、ご心配で?」

「そりゃ、あの親父さんを見てるとよぉ」

「アリアちゃんの方が先だと思いますけどねー。でもあの子も片っ端から縁談のお話を蹴っちゃってますから、まだまだ先かとー」


 イラーリアと彼女達の仲は良い。元々遠縁であるし寄親子の子女達である。米一筋の男爵には無理だが奥方はしっかり者で、その辺りも如才ない。

 三姉妹は義務教育が開始される六つの前からカターニアの学園へと通っていたし、後に王都へ留学したイラーリアも長期休暇などでは里帰りをしている。

 それなりに面識や交友があって、やはり彼女達も米食が普及するのを楽しみにしていた。


 面倒見の良い彼女が、年下の彼女達を可愛がらぬ筈もなかった。

 四人が共に過ごしたのはイラーリアがカターニアから離れる前の数年と、戻った後の一年間程だ。合わせてもそう長くはない時間である。

 それでも多感で複雑な時期だ。少女達同士、何かしら通じ合う事があったのだろう。



「だよな。あの様子じゃ、まだお前さんが先を越される事もなさそうか」

「そういう事言います? 大切ですよデリカシー」

「おっと。悪いな。まぁ、いざとなったら保険もあるしな。安心して、好きに米造りを楽しめよ」


 アリア嬢は組合職員、それも受付としての仕事を優先しているし、暴れん坊姉妹は普段からの行動が既に暴挙と呼んでもよい。そういった話はまだまだ先だろうと、兄貴目線で見ていた。


 そういえば暴挙と言えば。とレンツォが思い出すのは男爵の買い物だった。

 正式に叙爵されればアルトベリの一切はイラーリアが執り仕切る事となる。その前には現在の財産目録が渡された。相続に必要だからである。

 隠居と相続は田植えの時期には決まっていた事だ。

 その時に目録も渡されており、イラーリアも相続を承諾している。

 騎士への誘いはその少し後の事だった。


 この相続までの期間での売買などは現当主、相続人両者の合意により行われる。当然の話であった。

 この時期に、男爵は稲刈り用重機を購入している。

 高額な買い物だ。相談の上の事であろうとレンツォも思っていたのだが、男爵は稲刈りの時期まで黙っておいて、驚かせてやるんじゃと(うそぶ)いた。

 そういうモノかと聞き流してしまったレンツォだったが、その後の暫くは慌ただしい日々が続いてしまっていた。


 そして稲刈りの時期となり、重機を山中の水田まで運ぶのは無理だろうと結論された。

 重機の走破能力では山道を越えられなかったし、デカイくて重い。運ぶのも困難であった。

 という事で購入物は死蔵されている。

 これを男爵が報告しているのならば、特に問題はない。怒られはしても対処法はあるからだ。

 売買には消費者保護の為に、契約解除可能期間が設けられている。

 必要な手続きを踏めば、この様な売買契約も無効とする事が出来た。一定期間限定で。


 流石に男爵が、それを怠る程迂闊だとは思わない。


 だがアルティエリの長兄、総領息子であるトマス氏と米の澄まし酒を飲み交わし、へべれけで米を賛美する男爵を見ていると、そこはかとない不安があった。

 男爵の事は信頼するとして、トマス氏も大分酔いが回っている様だ。貴族としては珍しい姿だが、そういう時もあるのだろう。

 彼も大概に苦労人であるとレンツォも知っている。

 兄貴分と本物の兄という違いはあるが、同じく姉妹達の成長を見守る立場としては、親近感が湧く相手でもあった。


 そんなこんなで過ごしていれば、夜会も終盤へと差し掛かる。本日のレンツォは酒を口にしていない。

 騎士として来ているし、その先には仕事もあった。

 余興に参加しなくてはならない。

 別に浮ついたものではないが、少しばかりの気恥ずかしさはある。

 その余興。とうとう酔いが回ったのか、「女なんて糞」などという暴言を吐き出したトマス氏からの提案てあった。

 普通ならば袋叩きにもされかねないトマス氏の暴言であるが、周囲はひどく曖昧な態度をしている。

 それは何も彼がアルティエリの総領で、州議会議員であるからではない。

 もっと憐れみの籠ったものである。彼は今年三十六となる。妻帯はしておらず、独身だ。

 早いものでは孫までいてもおかしくはない貴族で、この歳にして独身であるのは珍しい。

 それもその筈、彼は配偶者とは離別している。

 悲しき運命による死別ではない。婚姻への重大な契約違反となる離縁によって。

 だからこそ周囲の視線は生温く、同情的なのだろう。彼には彼なりの事情があった。

 概要程度はレンツォとて知った事であるが、それを掘り下げるとやるせない気持ちにもなるので、思考を切り替えている。


 そんなトマスからの提案とは、夜会中の余興として『騎士の誓い』を捧げてみてはどうかというものだった。


 本来、誓いなぞ何処でやっても良いし、誰の目にも触れなくとも構わない。主従の間で結ばれるものこそが誓いであるからだ。

 だがやはり、実益としてみるならば衆目の前で捧げる事こそが好ましかった。

 宣言ともなるし、宣伝ともなる。

 面子商売である貴族だ。身内に手を出されれば報復せねばならない。それが知らずの事であろうとも、放置するのは沽券にも関わった。

 無用な諍いを避ける為にどうするか。予め(あらかじめ)知らしめる事である。

 伝統的に貴族は騎士へは家紋を入れた装備を贈る。騎士は賜った装備を身に着けた。

 それにより、自らの所属を主張させ、するのだ。そうする事で余計な争いの芽を()んだ。

 衆目へ晒しての誓いは有効な宣伝方法であり、放送や網により高度に情報化された現代社会においては、その浸透速度も高い。悪い話ではなかった。

 だがそれも、あくまでも高名な貴族や有力な騎士であればこそのもの。


 貧乏男爵家であるアルトベリに張り合おうとする貴族はあまりない。同格扱いされては堪らないからだ。

 争いは、同じ程度でなければ生まれないとされる。

 そう見られる事を嫌った。

 一般的な冒険者であるレンツォに関しても同じ事が言えた。『赤金』として、三千殺の二つ名で称されてもその力量は、敢えて特筆するべきものではないと彼自身が良く知っている。別に張り合う相手はない。

 一般的には近頃では珍しい、結構頑張っている専業冒険者。世間では、良くも悪くもそれなりの評価である筈だ。


 そんな自分達が名だたる貴族や騎士、同時に高位の冒険者などの名士達の前で、騎士の誓いを捧げ、受けるのだ。気恥ずかしくもあるし、恐れ多かった。

 その時間が迫るに連れて、緊張は増してゆく。

 それでも。宣誓文はザッケローニ先生達に協力して貰い書いたものだし、声に出して恥ずかしい出来ではない。必死で覚えてもいる。その文面は頭に叩き込んでいた。

 公衆の面前で彼女へ恥をかかせる訳にはいかない。

 逃げ出す気も、投げ出す気もない。

 なるようになるさ。全力でやってやる。そう覚悟を堅めるレンツォであった。




「ただいま。アンナちゃんは眠ったよ。今はお兄さん達が見てくれてる。そろそろ用意をしようかイラーリアちゃん」


 ユウに誘われ、イラーリアは化粧を直しに行く。

 幼女はいない。侍従の一人として着いて来た癖に、暢気に眠ってしまっているお嬢様であった。

 とはいえ、元々織り込み済みではある。収穫祭はともかくとして、夜会は遅くまで続く。

 酒も入る為、子供へ見せるものではない。元々が彼女は数合わせなのだ。特に仕事の期待はしていない。

 彼女が騎士の誓いを見たいといくら頑張ったって、夜の早い遊び疲れたお子様だ。起きていられる筈もなかった。

 夜会は大人達の社交であって、託児所などの用意もある。一人にしている訳ではないので安心だった。


「んじゃ、用意が出来たら呼んでくれな。控室に向かう」


 二人の背中へ言葉を送るに留めている。女性とは違い、レンツォに大層な準備など必要がなかった。少し整えれば済む事で、待機時間が長くなるのも彼には面倒だった。

 かといって、やれる事などあまりない。暇つぶしとして仕方なしに出席者達を眺めている。

 大くの参加者はネーピ侯爵の派閥のようであるが、無論それだけではない。

 別派閥の貴族も来ていれば、特定の派閥に属していない者達もいる。商人などは大部分がそれだった。

 割と勢力が拮抗する昨今においては商人達も特定の派閥へ肩入れせずに、手広くやっていた。その方が利に繋がるとの判断だ。

 無論、敵対的な派閥もあって、そういう出自からの出席者達もいる。人類種とは取り繕うものだ。対立があろうが、それは水面化のものとなる。


 庶民であるレンツォにとって、そういった事はあまり関係がなかった。単純に今は中々盛り上がる演奏が流されている気がしている。

 音楽への心得がある訳でない彼に、良し悪しは判らない。それでも特に誰からも不満が出ていないので、恐らくは良い演奏なのだろうと聴き流していた。

 今演奏しているのは、とある男爵が近頃贔屓にしているという楽団である。

 彼はアルティエリとはあまり関係の良くない官僚派閥へ属しているが、楽団からの要請を受け、夜会への参加を仲介した縁で本日の参加をしていた。

 互いに度量を見せ合う事も、大切な貴族の務めであるらしい。

 やはり面倒な貴族という連中には、溜息くらいしか出やしなかった。


「レンツォさん。イラーリアちゃんの準備は整いましたよ。着いていてください」

「あの子の事をお願いね。レンツォ君」


 それぞれに思惑もあるのだろうが、自分達にはあまり関係はないだろうと考えるレンツォは、ユウと奥方の声に誘われ、イラーリアの待つ控室へと向かう。


 見た目だけでも確りと。

 兵らしく、冒険者らしく、英雄の端くれらしく。そして、騎士らしく。


 今の自分の持てる全てを捧ぐべき、主の許へと。



 感想や評価など頂けると嬉しいです。

 運良く多くの方々に読まれて喜びもあれば、一話切りの多さに反省もあります。

 指摘頂いているので、反省も改善の気持ちもあるのですけどね。

 小説って難しい。

 八月中には二章を完結したいものです。

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― 新着の感想 ―
癒える事のない尿路結石がお仕置き…?あれは拷問なんですよ泣
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