14話 決着。そして……。
文末の表現などを修正。設定的に必要な文を追加。物語上では、あまり重要な文ではありません。
爽快感が難しい。
トントンと鳴る包丁の奏でる音と少し強い出汁の匂い。米の炊ける香りに寝台の上では腹を鳴らし、寝ぼけ眼を擦っているレンツォだ。
朝? 飯? 疑問符が顔へと浮かんだ。
「イラーリアっ!」
叫び、飛び起きる。彼女を父君に無事帰せただろうか。ここ五日、ろくに眠れていない。もしも、彼女を助けだせたのが夢だとしたら。
恐ろしい想像に飛び起きて、寝室を飛び出した。
「はい、はいー。おはようございますー。もうょっとしたら、朝ご飯。出来ますからねー」
「イラーリア?」
「はい。イラーリアですよー。ほら。朝のご挨拶。顔も洗ってらっしゃいな」
「夢じゃ、ないんだな……」
らしくもなく、腰の抜けてしまうレンツォだった。
彼の目に映るのは、呆れ顔のイラーリア。
恋人ではない。婚約者でもない。ましてや配偶者でもない。昔からの気の置けない、女友達。
「もう。食材はともかく、レンツォさんも、少しはお家に調理器具や食器は置いてくださいよ。持ってくるの、大変だったんですからねっ!」
ぷんぷんとする彼女であった。
「わ、悪いな。用意がなくて。顔、洗ってくる」
ごく普通のワンピース姿にエプロンを掛けただけの彼女が眩しくて、すごすごと退散する事になった。
朝食は大変贅沢なものだった。
主食が白米だからである。イラーリアの手料理なので、当然の事であった。白く輝く銀シャリが、茶碗の中によそわれている。
主菜も乙なものであり、シラクザ産の鯵の開きだ。日干しして熟成された開きは味が良く、程よい塩気が控えめな米にも良く合った。
脇を固める者達も、多士済々である。小松菜とお麩に鶏肉の、出汁の効いたお吸い物。人参と三つ葉が添えられている。
胡麻のかけられたほうれん草のお浸しはよく、彼女が弁当にも入れてくれるものだ。大根の古漬けは、彼女が漬けていたものだろう。冬の間に仕込んでいて、この季節となって引っ張り出した様だった。
だが、この朝食にレンツォは不満があった。
「卵焼きはないのかよ」
「卵は買いそびれちゃいましたからねー。近々お菓子コンクールもありますので、朝の市場は激戦区です」
卵焼きがない事だった。
イラーリアの料理はどれも美味いが、やはり一番好きなのは卵焼きだと、この時確信してしまう。
「あーあ。毎日お前さんには、卵焼きを作って貰いたいもんだな。仕事にも、張り合いが出る」
「あらー。レンツォさん。それって、プロポーズですかー? ちょっと、ムード造りが下手っぴですねー」
「ばっ! ちげーよ! 卵焼きが好きなだけでっ!」
「あら、あらー。照れない、照れない。お顔が真っ赤ですわよー。まぁ、善処しますね」
満面の笑みを浮かべる彼女を直視出来ずにいる。普段なら軽口の一つや二つを返せるというのに、何故だか今日はそう出来ないでいた。仕方なく、いただきます。と手を合わせ、食事を始める事となる。
しかし、最初に口にしたのはその中のどれでもない。イラーリアが淹れてくれた煎茶であった。
「うん。美味い。料理も茶も、やはり一番は君のだな」
素直な賞賛に、固まったのはイラーリア。
「ん? どうした?」
「なんでもありませんてー。……どうぞ、めしあがれ。いただきます」
向かいあって、食事を始める二人。暫しの間、静かな時間が流れた。
「食器なんかは、置いていきますよー。態々送ってくれなくても、大丈夫ですから」
「そういう訳にもいかんぜ。ご両親にも、ちゃんとご挨拶しなければな」
「そんな、気の早いー」
「無事、取り戻せたとはいえ、俺の身から出た錆だ。ケジメは必要であろうよ」
そういった会話のあった後、イラーリアを送り届ければ、アルトベリ男爵ご夫妻には痛く感謝されている。
流石に自分のせいで巻き込まれたのだから、拳骨の一つも覚悟していたのだが男爵には肩を抱かれて親指を立てられただけだった。
米以外には寡黙な人なので、痛い目にあわずに済んで一安心した事は、レンツォの秘密である。
こういう時に意地を張れず、格好付けられない男はシシリアでは尊敬されないものなのだ。
また、イラーリアと男爵ご夫妻には断片的かつ裏の取れない情報であるが、あの男の言葉の一部を伝えていた。
彼等が殺人者の集団で、『熱き風の団と名乗る、政治的暴力主義者、所謂、反社会組織である事を。
その団の目的は王位の簒奪である事も含めてであった。
話していてやはりレンツォも、何言ってたんだ。あのおっさん。と、やはり思った。
彼等の目的は不明であるが、どうやら大異界、霊峰エトナ火山低層にて産まれた新山にて、何事かを起こすつもりらしい。
止める。またはその行動を見極める為には、誘いに乗って山へ赴くのが適当だとの説明もしている。
これは流石にイラーリアと奥方には止められたのだが、男爵からは赦しを得ていた。
存分に、やって来いと。男爵もシシリアの男である。大変に血の気は多かった。
そして翌朝。エトナ山中を歩むレンツォだ。
昨日の一件は冒険者組合にも報告をし、然るべき対策が取られている。
組合職員であるアルティエリ家ご令嬢、アリア嬢には危険ですので、パーティを編成して対策しましょう。との提案をされたが断った。
どういう訳だかあの男。俺に固執している。その上で、決着を付けねばならんとも考えていたからだ。
バカで、損な選択なのかもしれない。
実際に、レンツォなどより遥かに腕の立つ冒険者達など数多い。
人柄も信頼出来る者が多いので、彼等に任せておくなら解決など、容易いのかもしれなかった。
だが、この決着はつけねばならない。
人殺しを許せる訳もない。【決闘】の結果であるならまだしも、囮捜査員かもしれない。という理由でなど、見過ごす訳にはいかなかった。
例えそれがお節介であろうが、目撃者としての責任は通報してお仕舞いなどという甘いものではないのだ。
戦士の尊厳を踏み躙る事。それだって許せる事ではなかった。
生き残る為に最善の結果を求めての行為だったのがしれず、本来ならば外野が口出しする事ではない。それでも、死してなお辱める行為は許せなかった。
そして何より。イラーリアを泣かせたのだ。
あの穏やかな、芯のある、可愛らしきお米バカを苦しませ、悲しませたのだ。赦せる筈などなかった。
故に、この闘いは私怨である。
自らの手で、決着を付けねば意味がなかった。
それにもう、十分過ぎる声援も応援も、得てしまっている。
昨日、冒険者組合へ赴いて事情説明や万が一での協力要請を相談した時の騒動を思い出していた。
「『熱き風の団』は、ここ最近トレンティーノでも、一部過激派が数々の事件を起こしている団体ですね」
冒険者組合は優秀だ。名前を出しただけで、構成員や所有資産、戦力規模などを正確に教えてくれた。
大陸全土のみならず、世界中で連帯している最も危険な暴力装置であるとの風評は、こういった情報網にも表れている。
「そこの過激派の指導者? っていうのか? 有力な存在の映像か写真はあるか?」
少々お待ちくださいと言い、アリア嬢は受付の奥へと向かう。
その程度の情報、彼女達が直ちに用意出来ぬ筈もない。出してしまって問題ない情報であるか、確認しに行くのだろう。少なくとも、個人情報の取り扱いである。慎重に扱う姿勢は好もしい。
「そんなまだるっこしい事してないで、トレンティーノ行けばいいじゃん。カチコミしよーよ。先輩」
「うむ。決闘ならばまだしも、婦女を拐かすなど、騎士の風上にもおけん。滅九族、凌遅三千刀だ。行くぞ先輩」
過激派な問題発言をするのはアルティエリの冒険者姉妹達。ソフィアとジュリアだ。
先の能天気発言をしたのは妹ジュリアであり、後の大変恐ろしい発言をしたのは姉ソフィアである。
綺麗な顔をして、大変野蛮であった。
その後ろでは、数々の男性冒険者達が、そうだ、そうだ。などと盛り上がっている。
彼等は二人に『わからせ』られて、気付けば親派となっていた、どうしようもない連中であった。
「あんな。お前ら。ちょっとは平和的解決方法も考えろよな。あと、先週から上層アタックじゃなかったんかよ。なんで、もう帰って来てんだよ」
「面倒臭い『怪物』がいたからねー。お姉のパンチでもグングン突っ込んでくんの。アタシの【解体】で何とかなったけど、時間がねー」
どうやら面倒臭くなった様である。
無茶苦茶で無謀にも見える姉妹だが、安全マージンは確りと取る。余力を残せない相手がある様ならば、即座撤退する勇気があった。
「どんな魔境だよ。これだから、才能ある奴らは」
上層など、行ける筈もない。中層ですら、死力を尽くしても足りないのだ。それをこの姉妹はお出掛けの様に言う。才能の差が、恨めしかった。
「先輩がいてくれたらさー。余裕だったんだよね」
「肉壁一人いれば、攻撃の余裕があるからな。防衛戦が得意な騎士が一人いれば、私達も動き易くなるが」
「絶対、保たないからな。あと肉壁言うな」
そんなこんなの話をしていれば、アリアも戻って来る。複数の写真を持ってだ。希少品である写真がすぐ出てくる辺り、組合は恐ろしい存在だった。
「おお。こいつだこいつ。——ありゃ? あいつ、スフォルツァの長子だと名乗っていたぞ?」
資料として写真には、来歴なども記されている。そこに彼の主張を裏付ける情報はなかった。
「スフォルツァですか。彼の家の嫡流は、既に存在しておりません。勿論、血脈が残されていないという事はありませんが、断絶も三代様の御代。長子や血筋を名乗るには、弱いですね。もしも彼が血脈により王権を主張するならば、私や貴方でも、主張出来ますね」
「何だそりゃ」
「それくらい、血というものは混じり易いという事です。大昔の事ですし。大体、私達の責務は、血筋で継がれただけのものではありませんし。何を為し、何を為さんとするか。それだけです。社会とは、冒険者とは、実力主義ですのよ」
アリア嬢の言葉へ、冒険者達から喝采があがる。
一部、例外もいるが、冒険者、だけでなく大陸の殆どの人類種に血筋で継がれるものなんてものはない。
継がれるのは、想いと行為だ。
ここにいる冒険者たちだって、何某の子、誰々の孫くらいのものしか氏素性などはなかった。
社会で身を立て生きるには、何をして、何を望むかしかないものだ。何らかの『特別』に縋って生きるなど、真っ平御免な生き方だと、誰もが思っている。
「とはいいますが、この者の相手をするなら、気をつけねばなりませんね。彼は——」
冒険者達には武功を立てて、後で一杯奢れと押し出されている。とんでもない罠だった。
あの日集まっていた冒険者達一同に一杯奢ったら破産する。そんな持ち合わせなぞ、なかった。
それでも今回の因縁というか経緯を知った彼等には、手出しはしない。が、万一の備えはしておくぞ。と信頼され、送り出されている。心強かった。
そんなつもりはないが、もしも俺が敗れれば、エトナ低層は荒野に帰すだろう。
直ぐに山や自然は生まれるので、あまり問題はないのだが。
だからレンツォは、一人で山を登っている。
時折り行き交う冒険者達にも片手を上げ、親指を立てる。幸運を祈るのハンドサインを貰っていた。
冒険者なんて奴等は、好奇心旺盛で、噂好きなものなのだ。面白そうな話があれば飛び付くし、拡げて回るものだ。プライバシーなぞ、あったものではない。
警邏で山中を回る官憲達には、敬礼をされている。
これは騎士鎧を纏うからだった。アルトベリ男爵がかつて纏った騎士鎧だ。
その着用を許されるいう事は、卿に認められた騎士である。という証明でもあった。
手には愛用の大斧と大楯。銘こそないが、頑丈で重く、手に馴染んだ得物である。長年苦楽を共にして来た相棒で、手入れも充分にされていた。
腰に履くのは剣と銃。剣は変わらず、あの鈍器じみたもの。山ではあまり使わない銃だが、州兵の制式拳銃である。
幼いレンツォを救った州兵である彼が遺した物は、実はもう一つだけあった。それがレンツォが今腰に履く、この銃であった。
彼は『塩の迷宮』において、『異界の主』との立ち合いの前にこの銃をレンツォに持たせた。護身用としてである。
銃は引き金を弾くだけでも、一定の火力が期待出来た。非力な子供であっても、怪物などの脅威に対抗出来る武器だった。
無論、武器は扱い次第で危険な凶器ともなる。だが彼は、レンツォを信頼して託していた。
それに彼がいなくなり、そのまま貰ってしまったのではない。当然軍へは届け出し、返還をしている。
だが、彼への疑いが晴れた後、形見として正式にレンツォへと贈られた。
そんな来歴の銃である。得意でなくとも、あまり使わずとも、手入れを怠った事などなかった。
そして州軍の銃は強力な火器である。『異界常識。機巧制限』が敷かれていない低層ならば、クマでさえ屠る威力を持っている。心強い御守りであった。
燦々とした陽射しを浴びて、レンツォは山を登る。
彼が往くのは正義の為や、大義の為ではない。
依頼でもなく、仕事でもなく、生活の為でもなかった。
ケジメや落とし前と言った所で、ただの自己満足である。
そんなモノの為に、人を殺しに往くのだ。なのに、忌避感も嫌悪感もなければ、恐れもなかった。
冒険者だって、やはり面子商売だ。舐められたならば、殺す。
その気概がなければ、冒険者ではいられない。
それにもう、一人を殺している。生き返ったが、それならば何度だって殺し、殺し尽くすつもりであった。そうでなければ、救いはないのだ。
レンツォにあの哀れな男への執着など殆どない。だがあの時に殺しきれなかったからこそ、あの男は更なる罪を重ねようとしている。
組合の推測によれば、どうやら彼等は狂風を利用する事で霊獣達の理性を失わせ、『異界侵食』の呼び水とするつもりらしい。
『異界侵食』は『災厄』に指定されている。それが大異界で起こってしまえば、かつての二度の大戦や、魔王統治期に匹敵する世界の危機となる。
それは、国家転覆を企む政治的暴力集団にとり、都合の良い事なのだろう。だが、庶民であるレンツォ達には迷惑なだけだった。
なので、確かに阻止しなくてはならない。
尤も、その目的だけならば彼が出張る必要などないのだ。もっと効率的で確実な方法など山程あった。
なのに信頼し、任せてくれている。その期待に応えねば、冒険者である甲斐などない。
だから気負わず進む。やれる事をやり、その範囲を少しずつでも広げていこうと。
空に浮かぶ太陽が中天へと差し掛かる頃。レンツォは新山の頂へと辿り着いていた。
「クハッ! よくぞ来た。エルヴェンタ。我が弟子ども。宴の時間ぞ!」
待ち受けるは、哀れな気狂い。
それと志を同じくする。と思い込んでいるのであろう、百を超える政治的暴力集団、もとい反社会集団達。白刃を手にした、黒装束の一団である。
正確な人数も聞いてはいたのだが、一晩で忘れてしまった。そんなに大事な情報ではないので。
「あー。一応、伝えておくぞ。黒装束のお前ら。死にたくないなら、逃げろ。今日の俺は、あの時みたいに加減するつもりはない」
黒装束達から殺気が漏れる。侮りに、怒りを沸かせたのだろう。
気持ちは判らんでもないが、コイツら碌な冒険者には、成れないだろうな。と、レンツォは思った。
「おー。怖。抜き身の剣を持った集団に襲われたのなら、正当防衛だよな?」
大斧と大楯を構えるレンツォだ。
「クハハッ! 威勢が良いのうエルヴェンタ。——宴の時よ。者共、かかれっ!」
そして、狂える男による号令。黒装束の集団が、レンツォへ向けて殺到する。
「おらぁっ!」
レンツォによる気合いの一声。大斧が唸り、一人が両断された。真っ二つだ。一人目。
「そらぁっ!」
もう一つ気合いと共に、大楯を振るう。一人の上半身が爆ぜた。これで二人。
「おいおい。柔な奴等だな。子兎だって、もっと頑丈だぞ」
挑発的に笑う、カターニアの鉄位階の冒険者。
だがしかし、黒装束達も怯まず、騎士鎧姿の男へ向けて殺到してゆく。
その結果は鏖殺だった。
斧を振るえば骨まで断たれ、盾を振るえば叩き潰された。人の原型すら留めず、減ってゆく黒装束達。
「生命が惜しけりゃ、逃げちまえ!」
大声で叫ぶも、彼に高揚はない。冷静に、淡々と手を汚してゆく。黒装束達は誰一人として逃げはしなかった。そして暫しの時間が流れる——。
この事態。別に不思議な事ではない。あの時とは戦力が違った。
あの調査の時のレンツォは軽装であり、作務衣に胸当てを着けただけだった。斧と盾こそ装備していたものの、鎧兜や手甲といった肉体を保護する備えはしていなかった。
調査の為だからだ。クマと出会しても闘う気などなかったし、なんなら見つけたならば、一目散に逃げるつもりであったのだ。
強化強度も落としていた。
場所は低層奥地であり、間違えから中層へ踏み入らないとも限らぬし、中層から霊獣達が降りてこないとも限らない。不測の事態に備えるのは当然だった。
そして、レンツォはかつて彼等の腕前を、錬鉄並と称した。この言葉の意味するところは、同じく錬鉄であるレンツォと同格の相手を意味していない。
シシリアの地域規律でしかないが、鉄位階、錬鉄の士はエトナでの一人歩きでも、生還が可能と査定されて贈られる。他地域では実績で済んだ。
そして、その基準。
地域差はあるものの、大抵の地域においての戦士階級や強者と呼ばれる、魔銀を御せし卿。魔銀位階相当の実力がなくては、赦されなかった。
レンツォは彼等を錬鉄並と称した。情報収集を怠らず、そこそこ見識もある彼だ。田舎の常識ではなく、一般的な尺度で以ての発言だった。
冒険者を続けていたレンツォは、他地域に行けば、『英雄』の入口である銅位階にも成れるのでは? などと考えていた時期もある。だが、抜け道など使わずに、どうせ目指すならば愛着のある故郷で。と、経験を重ねていた。
『英雄』とは、功績を上げたから成るものではない。事績を認められて、成るものなのだ。
つまりは実力に。戦闘力に大きな隔たりがあった。大した時を掛けず、百名を超える——思い出した総数は百八名だったか。黒装束は一人の例外もなく、屠り尽くされた。その中に、人としての原型を留めていられる者は僅かしかなかった。
「クハハハッ! 良いぞ! エルヴェンタ! だが、まだまだ宴は続くぞ!」
狂笑をあげる男など、言うまでもない。言葉と共に紡がれる、膨大な術力のうねり。
黒装束達の遺骸が立ち上がる。
ポコポコと音を鳴らしながら、流れ出る血を肉種とし、唸り、結合し、増殖させて、人の形を取り戻した肉人形達が立ち上がる。
悍ましき、肉の傀儡。不滅なる兵士達。
彼等の手には再びの白刃が握られ、またもレンツォへと殺到した。
これももう、何度目か。そろそろ額に汗を滲ませたレンツォは考えている。
十回を超えた辺りから、回数を数える事はやめている。殺し切れていないとはいえ、奪った生命は既に千を優に超えている。だが、それでも終わりでない。
見やるのは、狂い笑う男。奴を仕留めねば、この攻防に決着はなかった。
だが、それが中々難しい。
者の数ではないものの、百名を超える死兵はそれなりに厄介であるし、奴の力量も侮り難い。
今は鎧兜も装備しているとはいえ、奴には強化を抜かれてもいる。
指揮官狙いは定石であるが、何の備えもないとは思えなかった。
博打を打つ、性分ではないのだ。
それでも、何処かで賭けに出なくてはならないだろう。その機を伺っている。
死兵達は何度でも蘇る。何が彼等を駆り立てるのかは解らない。解らないのだが、必ず彼等は剣を持つ。
そのお陰で、物量による拘束という手段を取られていないのは僥倖だろう。一瞬の拘束でも、奴にその隙を襲われれば危険であった。
だからこそ、レンツォは機を伺う。油断を隙を。
「いささか単調で、つまらんな」
その機会は思うよりも早く来た。
何度も死兵を蘇えらせてきた男が、それを止めた。
振り返るレンツォ。
指揮官狙いが困難だったのは、この位置関係にもある。挟まれた状態で、片方には必然、背を向ける事となった。
それでも死兵達を相手取っていたのは、男からの殺意を感じ取れなかったからだ。奴は高見の見物と決め込んでいたのだ。
溢れ出す。旺盛な殺意。首だけを、男へ向けた姿勢のレンツォ。構えた男は中段の基本型、青眼。
奇しくもそれはあの日の再現。なす術なく腹を貫かれ、七の剣戟により、敗北感を刻み込まれた一戦の再現だった。男の膝が撓む。レンツォもまた、膝を撓めた。
僅かに男の初動が疾い。地を蹴る靴音。
だが、レンツォも速度では負けていない。反転は兵士の基本であった。踵を返し、地を蹴った。
あの時遅れを取ったのは、腰から剣を抜くという余分な一動作を必要とした為だ。
大斧を右手に、大楯を左手に。既に武装は整えている。ならば、遅れなど取る理由はない。
「バカめっ!」
背中から、大量の殺気。死兵達である。挟撃の形となったか。
だがそれは何の意味もない事だ。兵の駆け足は、音よりも疾い。
真っ向から大斧で男の身体を断ち切った。ついでとばかりに大楯を叩きつけ、押し潰している。そして、兵のなり損ないである冒険者は振り返った。
「バカはどっちだ。地獄へ堕ちろ」
術式効果が切れたのであろう。死兵達の肉体はサラサラと崩れ、素粒子へ、術力へと還ってゆく。
確証はないが、恐らくは彼等は最初から死兵だったのかもしれない。最初から、あまりに生気がなさすぎた。そう考えていた。
傀儡として操られ、死してなお、辱めを受け続けた哀れな戦士達へ向け、シシリア式の敬礼を送った。それしか知らぬので。
——やはり、バカは貴様よっ!
不愉快な叫び声。以前も聞いた奴のものだ。そこから起こる事象など、既知のものでしかない。立ち上がる死体。肉種により、再構成されていく肉体。
剣を構えた妄執が迫る。敬礼の為に斧と盾は置いている。だが、何の問題もなかった。
六の銃声が響いた。レンツォの右手には銃が握られている。州軍の、制式の銃である。
シシリア州軍における敬礼は最も銃を抜き易い姿勢で行われる。
これは、敬虔な唯一神教徒の多かった州軍幹部が自決を嫌った為に、やがて習慣となった事らしい。
自決を嫌った彼等は部下や僚友に死を願った。仲間を送る為に銃を抜く。その為の敬礼だった。
——銃弾如きっ!
またもや叫ばれる不快な声。
まぁ、そうだろう。死んでも蘇るのだ。銃弾には別に、蘇生を阻害する呪いなど込められていないのだ。州軍の銃は主に、広原や低層での獣狩りに用いられる。
「死ね」
拾い上げた大斧と大楯で、断ち切り、圧し潰す。
弾丸は有限であるので、無駄撃ちは出来ない。そういった計算もしなくてはならないので、レンツォは銃が苦手なのだ。
——バカがっ! 何度でも、蘇ってやる!
「うん。だったら、何度でも殺してやるよ」
単調な、繰り返し作業が始まった。斧で断ち切り、盾で圧し潰す。それだけだ。何度甦ろうとも、繰り返すつもりであった。疲れた時の保険もあるので。
この男の往生際の悪さは大変なものであるとは、アリア嬢に聴いた話だ。
名付けざれらりし者。名状し難き者。要するに、風の神を名乗る厄介な『超越者』の事だ。
かの神格から祝福だか呪いだかを授かったこの男は、不死というか、死からの復活の権能を得た。
その時に名前を聴いたが、忘れた。この程度の男の名なぞ、脳に残す意味がない。各地の『英雄』達の名前の方が、有意義であるからだ。
ともかく、その権能を得たコイツは、不敗の剣を編み出したとして剣術流派を立ち上げた。元々、かなりの剣豪ではあったようだ。瞬く間に門弟は増えて、権力を握ったようだった。
そこからどういった経緯かも覚えてないが、『熱き風の団』へと入り、幹部にまで成り上がったそうである。
周りが悪かったのか、素質があったのか、それとも邪神に魅入られたのか。その辺りから、狂気は加速していったそうであった。
己をスフォルツァの直系と信じ、まだ幼い、歳の離れた妹を孕ませたそうだった。それからも、益々狂気は加速してゆく。トレンティーノで団が数々の事件を起こしていたというのもこの時期だった。
そしてこの気狂いが拠り所としていた不敗の剣だが、種明かしをされれば実にくだらない。
蘇生の権能を用いた不意打ちだ。
普通、人は殺せば死ぬ。死んだ者は攻撃などしないし、死んだら死にっばなしなものだ。
大抵の武人なんかには死者を弔う習慣があるし、まさか死者が蘇り、不意打ちを喰らうなど想定をしていなかった。面白い様に屠れたのであろう。
元々がなかなか腕の立つ剣豪であったそうだし、紙一重を潜り抜けた先におまけの一回があれば有利であった。
復活なぞ、救世主が使った秘蹟なのだから調子に乗る気持ちも判らぬではない。
人類種には、未洗礼であった場合の泣きの一回こそあるものの、一回こっきりのものである。無制限に使えるのは、狡としか思えなかった。
「なぁ。おっさん。そろそろ諦める気になったか?」
——儂は諦めん! 殺してやる! 殺してやるぞ!
本当に、往生際の悪いおっさんだった。既にこの虐殺、五百を超えている。レンツォも少し、不毛さに疲れてきていた。
「そっかー。じゃあ、しゃーねーな。いいさ。お前も、一応は約束を守ってくれたからな。俺も約束は、守ってやらなきゃな。勿体ないけど」
何の話だと狼狽える声があるものの、レンツォは取りあわない。疲れてきてるし、面倒なので。
「言っただろう? 引導を渡してやるって」
そして収納の術式により取り出したのは小瓶。シシリア各地では無償で提供されている聖水の小瓶だ。
「ガワは普通の聖水と同じもんだが、コイツの中身は凄いぜ」
——な。ば、やめろっ!
「お。わかんのか。流石は邪神の使徒だな。うん。コイツはお前らの親玉と敵対する海神様の潮だぜ」
シシリア近海を好んで暮らす『超越者』海神は、体内に複数の巨大異界を内包する超巨大な鯨である。
穏やかな性格とその権能から、夢見る鯨とも呼ばれている。その権能は平穏。
時折り海上に現れては潮を吹き出し、安寧を与えるというものだ。この権能により、シシリア領内での争乱が治った事など幾度もあった。
ちなみに海神人形はシラクザの海での大人気お土産である。
「それをなんと、我等がギルマスが聖別してまーす」
——バカ! 鬼! 家畜! やめろ!
情けない罵声が飛ぶがもう付き合い切れない。そう思っているレンツォだ。この聖水は市でも闇でも出す所に出せば、一財産どころではない。
詰められた海神の潮。しかもエトナへ降り注ぎ再び湧き出た物など希少品であるし、聖別したのはあの、『聖母』だ。
冒険者組合シシリア州統括にして、組合の最高戦力であるギルドマスター。唯一神教会にて列聖されし聖人。『撲殺聖女』は、同時に勇者一行、最後の一人でもある。
おっかない人だが美人だし、ファンも多い。
聖水は本来の用途から外れると権能を失うので、市や闇に流してしまえば海神の潮水でしかない。
それはそれで高価値であるが、商品にはブランディングというものがあった。
聖母様の聖水。あるいは撲殺聖女ちゃんの聖水か。そんな売り出し方をすれば、バカなド変態共が、札束で殴り合うのだ。だから、本当は使いたくなかった。
この聖別で得られた権能は単純な解呪である。だが素材は風の狂神と敵対する、海神の潮だ。特攻となった。聖母の解呪に特攻効果が乗る。
「無駄な時間を過ごしたな。——成仏してくれ」
仏も『超越者』であり、とある宗教での教えによると、死者は現世への執着を断つと仏と成り、超越するものだとされている。
大抵はそう何度も死ねるものではないので、本当はどうなのかは判らない。
だが、死んだら仏で皆一緒。というのは穏当であるし、死者への弔いにも使い易い言葉なので、親しまれていた。
「はー。くたびれた。さっさと帰るかね。依頼は報告までが依頼。最後の一踏ん張り、行きますか」
大声で、独言るレンツォだ。
もう空は茜に染まり始めていた。雲はまだらで綺麗に映えている。明日も暑くなりそうだ。
こうして兵のなり損ないの冒険者。『英雄』に憧れる平凡な錬鉄の士レンツォは、長くもなく深くもない因縁に、見事決着を果たしたのであった。
めでたし。めでたし。
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