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13話 再会。慕情。

 短めです。残り2話で完結予定。読んでくれる人がいて嬉しいです。


 しじまな地下には、レンツォの靴音だけが響く。


 血は止まり、傷こそ癒えたが、かなりしんどかった。治癒などの術式や霊薬は生命力を消費する。

 傷は癒れど、代償は決して無視できないものだ。

 高価な霊薬を消費した事も痛手であった。アレは、そうそう手に入るものでもない。


 とはいえ、そこで挫けるレンツォではなかった。


 何せ、イラーリアが待っている。穏やかで、寂しそうな彼女が。闇の中で。

 つい先程までは、焦燥も強かった。拐かされた若い女の身空。無事であろうと思える程、レンツォも現実を知らぬではなかった。

 心も身体も傷付く者があり、彼にはそれを癒す術がない。それで彼女へと向ける感情が変わる事はない。そう思ってはいるが、恐ろしい事でもあった。


 そのモヤモヤした不安を拭ってくれたのが、彼女、思い出した名は、エルヴェンタ。そして、あの男。

 二人の言葉が真実であるならば、この心配はいらないだろう。その事実にだけは感謝している。

 力の差を見せつけられて、敗北感がないではなかった。だが、それは馴れたものでもある。

 まだ油断は出来ないが、何とか生命は繋いでいるし、闘える。

 冒険者の一番の務めは、生き残る事だった。


 彼女を安全な場所へ連れ戻すまでは、倒れる訳にはいかない。

 血に汚れ、ボロボロになった背広姿のレンツォは、そう誓っている。



 そして行き当たった部屋の前で、鍵を持つ。

 剣は抜き身のままだ。鍵が合わなくとも、問題はない。扉くらい、突き破ってみせる。

 幸いな事に、鍵は合ったが。

 扉を開いた。闇の中に、同じ闇。灯りは漏れない。実はこの状況、レンツォにとっては、大変助かっている。暗視が可能な彼に、暗闇は問題ない。

 イラーリアには、そんな強化など出来ず、つまりはボロボロの背広が見られないからだ。見られれば、何を言われるものか、知れた事ではなかった。


 闇の中。彼女がいた。姿勢良く座り、ひっそりと息を潜めている。

 彼女は背中を向けている。

 穏やかな、寂しそうな背中を。

 そしてその背中が視えたレンツォは安堵し、次にその感情は喜びへと変わった。

 乾いた埃の臭いに交じり、微かに漂う人の香りにも、憶えがあった。


「イラーリア」


 闇の中へ、小声で呼びかける。


「迎えに来たぞ。イラーリア」


 吐息の様な声に続いて、嗚咽にも似た声が聴こえ、立ち上がろうとする気配があった。


「待て。今、そっちへ向かう」


 暗闇の中、歩くのは危険であるし、ずっとそうして座っていたのだろう。急な動きも危険であった。

 まだ剣を握っているのに気付き、鞘へと収める。振り返る彼女は、目を凝らしている様だった。無駄な努力である。

 そして近付いていけば、人の香りが強まってゆく。芳しい、女の匂い。やがて優しく、レンツォの手は、やわらかなものに触れた。

 そのやわらかなものは、いきなりレンツォへと、しがみついてきた。


「必ず、来てくれると、信じていましたよ」

 

 存外に、確りとした声音であった。落ち着きのある優しい響き。だが、その声音を裏切って、レンツォが触れたイラーリアの頬には、涙が滴っていた。

 しっかり者とはいえ、力など持たぬただの女だ。この闇の中。心細かったであろうし、怖かっただろう。

 そう思い、レンツォは軽口を叩く。


「少し痩せたか? また乳も尻も萎んでしまって、そんなんじゃ、海には行けないぞ」

「ですから。デリカシー」


 そう言ったイラーリアはレンツォの胸に顔を埋めたまま、くっくっと笑った。不意に訪れた大きな安堵に軽口が効いていて、笑いが止まらぬ。といった風情であった。その背中を優しく撫でる。

 

「ちょっと。レンツォさん。何をするんですかー」


 いくぞ。と横抱きに抱えてやれば、抗議の声があがる。いつもの間延びした、柔らかな声だ。顔を俯けてしまっているが、そう機嫌は悪そうではなかった。


「何って、お姫様抱っこだが。男爵家のシニョーラを俵抱きじゃ、格好がつかないだろう?」

「いえ、歩けますからー。なんなら、灯火(ライト)も使いますしー」

「そうもいかんだろう。ガラスの靴をお忘れかい? 灰被りのお姫様?」


 肌艶は悪くはないが、流石に湯浴みなどまでは許されなかったのだろう。

 想像であるが動きも最小限に留めていた為か、場所柄もあるもののイラーリアの髪には、薄らと埃が被ってしまっている。

 そして靴を履いていない。

 玄関から攫われた時に、脱ぎかけていたのかもしれない。攫われている道中にでも脱げてしまったのかもしれなかった。

 揶揄いに、誰もが知る少女向けの物語を用いてやれば、頬を膨らませているのだろう。彼女は。というかシシリアの女達は、そういった他力本願な物語をあまり好まない。

 展開が模されてしまって、不本意そうだった。


「かぼちゃの馬車や、白馬の王子様とはいかないが、俺は君の騎士内定者さ。エスコートくらい、させてくれ。髪飾りをどうぞ。シニョーラ」

「仕方ありませんねー。妥協して、許して差し上げますわー。スィー、シニョーリ」


 雀の髪飾りを髪に刺してやれば、まったく使い慣れていない言葉遣いに、二人して含み笑う。

 気の置けない女友達。なんとなく側にいて、幸せになって貰いたい女。こうやって、彼女を胸に抱いていると、やはり思うのだ。

 長い人生。苦楽を共にするのなら、君が良いと。


 なお、地下室を出た後にレンツォは、イラーリアにこっぴどく叱られている。

 背広をポロポロにして血で汚し、傷こそ塞いだが、まだ癒えてなかった為である。当然の報いであった。





 ——本当に、無茶をして。


 寝台の上、眠る全裸の男の胸へと顔を埋め、一糸も纏わない生まれたままの姿で、イラーリア・ルチア=アルトベリは、ゆっくりと息を吐く。

 これは何も睦合いではない。『分身活性』という術の効能を上げる為である。

 

 『分身活性』は、とある武術流派の流れを汲み、様々な房中術などを含む肉体的技術の一つであった。

 効能は、接触による生命力の譲渡である。

 生命力は人類種の根源である魂から発生し、その存在を維持する為の熱源ともされている。

 これを体内において術力へと変換すること事によって、個が世界そのものに干渉する為の起動鍵、体内術力を精製するのだともされていた。

 そして『分身活性』であるが、これには肌と肌の直接接触が必要であった。

 使い馴れた者や、大量の生命力を有する者ならば、僅かな接触で済む。

 だが、イラーリアはそのどちらでもなく、この技術も知識として持ち合わせているだけだった。そこで、知識に従い効能の最大化を求めての事だった。


 羞恥心はない。既にレンツォは意識を失っている。

 それに、それどころではなかった。

 この場所。彼の部屋へと辿り着いた時、彼の体内術力は枯渇しかけていた。生命力がある限り、生成され続ける体内術力がだ。その意味するところなど、知れた事であろう。

 悪い。限界だ。そう言って崩れ落ちた彼へ、『分身活性』を施すのは当然の行いだった。

 手当という言葉もある通り、手を当てるだけでも多少の効果はあるものだ。

 そういった現象はおまじないなどとしても使われている。「痛いの痛いの飛んでいけ」などのおまじないは、最も初歩的な治癒の術式であり、生命力譲渡方法でもあった。

 その為の、素肌による接触だった。

 触れれば逞しく引き締まった肉体には無数の傷跡。

 まだ癒えていない、真新しい傷跡から、古傷として薄らと残る、大小の傷。

 大陸は、ビタロサは。医療も発展しているので、手早い処置を行えば、傷は殆ど残らない。だからこそ、傷物という悪名も殊更に囁かれた。

 傷が残るのは処置が遅れたり、癒える前にまた傷を負ったり、自然治癒や、自己治癒に任せたりしていての結果であった。

 超高等術式であり、大いなる御使ガブリエラの秘蹟である治癒など、行使出来る者はそう多くない。やはり闘う者達、冒険者の肉体というものは傷だらけでもあった。

 彼の身体に残るのは、無茶をして、無理をして。それでも。と頑張って、残ったもの。

 レンツォはエンナの農家の三男で、決して才能に溢れる訳でも、恵まれた教育を受けた訳でもない。

 それなりに真面目で、それなりに勇敢なだけの、本当に普通の男の人だ。

 子供の頃からの夢を追っていて、それなりに活躍をしているが、裕福な訳でもなく、生活も安定していない。名誉がある訳でもなかった。

 その日暮らしの専業冒険者で、良い歳になった今でも『英雄』に憧れる、子供っぽい人。

 誰だって、現実の重さに追われ、日々の僅かな潤いや愉しみの為に、様々な夢を犠牲にしている。

 諦めて、妥協して、弁えて。

 でも、そんな中でも自分に出来る事。やれる事を諦めず、そしてそれを増やしてゆこうとする、凄い人。

 目の前の何も、取り零したくないと頑張れる、優しい人。


「ううん」


 イラーリアの唇から零れたのは、否定を意味する言葉。そうなのだ。そういった、美点や欠点なんて、問題にならない。そういう事だけではない。


 もう、堕ちているのだ。恋に。それも、ずっと昔から。

 そんな想い人が身を張って、助けに来てくれたのだ。怖くて、心細くて、いざとなれば、自決も決意していた。貴族子女には辱めを受けぬ為に、そういった教育も施されている。

 暗闇の中、時間の感覚はなかった。いつ、するか。ずっと一心に、それだけを考えていた闇の中で名前を呼ばれ、温もりを与えられた。身体の奥の、女が疼き続ける。

 もう、戻れない。もう、抜け出せない。

 恋に堕ちていたイラーリア・ルチア=アルトベリは、愛の沼へと身も心も溺れてしまっている。


 柔らかな月明かりの中。彼女はそっと、愛する人。夢見る少年のまま大人になった、私の『英雄』レンツォの唇へ、己の唇を重ねた。

 

 

 

 色々と物足りないとは思いますが、筆者の力では恋愛描写は難しく。いつか、だだ甘なものを書いてみたいものです。

 感想や評価、叱咤など頂けると、嬉しいです。


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良い…。レンツォかっこいいよね…。良いッス…。
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