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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蒼騎士団団長に告ぐ!今すぐ僕と離縁してください

こんな馬鹿げた話があるだろうか?


「すまないノア。これ以上の解決策がなかったんだ」

「お願いよノア。妹を、エマを助けてあげて」


目に涙を浮かべて懇願する両親を前に、呆然と立ち尽くす僕はノア・エリオット。エリオット子爵家の三男、つまり後継ぎのスペアにもならない立場の弱い息子である。


両親の奥でベッドに伏す、この部屋の主はエマ。僕の双子の妹で、白く透き通った肌は大粒の涙で濡れ、天からの使者とまで称された美貌は乱れた金髪でよく見えない。


いやいや、泣きたいのはこっちだよ。


病弱な妹にカーライル侯爵家から結婚の申し込みが舞いこんだのは、今から半年以上も前のこと。それまでも薄幸の美少女として噂がひとり歩きし、デートの誘いが絶えないどころか、ついには肖像画だけで婚約を決めるような輩はたくさんいた。


しかし、エマの体では婚姻どころか結婚生活は難しいと判断した過保護なエリオット子爵夫妻は、決して首を縦に振らなかった。


そう振らなかったのだ、今までは。


「なんで……受けちゃったの?」


「受けたわけではないんだ、我が息子よ」

「そうよノア、もう断るすべがなかったのよ」


断れよ!ちゃんと断ってよ、半年前に!


両親の弁によると、カーライル侯爵家からの縁談も当初は断っていたらしい。家柄としては格上の、しかも陛下の覚えもめでたいアルフレッド・カーライル王国蒼騎士団団長からの申し出は、下級貴族のエリオット子爵家にとって喉から手が出るほどの良縁だ。


それでも愛する娘のため断腸の思いで断ち切った……はずだったのだが、毎日のように届けられる豪華な贈り物に、こちらの希望を全面的に受け入れる条件を提示され続けた結果、ついには断る理由がなくなってしまったのだと言う。


こうして、なし崩し的に結ばれた婚約期間はまたたく間に過ぎ去り、とうとう挙式の日取りまで決まってしまったらしい。


「頼む、エマの代わりにお前が嫁いでくれ」


穏やかな午後の昼下がり、誰もがまどろみたくなる日差しが差し込む中、エリオット子爵家の一大事はこうして始まったのである。



* * * * *



王都からかなりの遠方に小さな領地を持つ、我がエリオット子爵家には三人の息子と一人の娘がいる。跡取りである長男はともかく、次男以降の男子は軍人か聖職者になるのが常であり、己の力で逞しく生きていくことが要求される。もしくは、跡取りのいない貴族令嬢に求婚して、そっちの爵位を継ぐなんて裏技もあるにはあるが。


当然ながら三男である僕も例外ではなく、騎士になるため数年前に王国蒼騎士団に入団した。騎士を選択したのは、単純に女の子にモテたかったからで、四つある騎士団のうち「蒼」を選んだのは、アルフレッド・カーライル団長に心酔していたからである。そう、くだんの婚約者であるカーライル侯爵家の嫡男だ。


まだ叙任式を迎えていない従騎士の僕と、蒼騎士団の長であるカーライル卿が直接言葉を交わすような機会はない。それでも団長が姿を現せば訓練所の空気はいつもより引き締まるし、指示も的確で動きやすい。何より数年前に隣国からの侵略を撃退した武勇伝は何度聞いても僕をときめかせた。


とにかく僕の英雄であり、目標でもあるアルフレッド団長へ性別を隠して嫁入りするなど言語道断。団長を騙すことなどできないし、何より騙せない。僕は誰がどう見ても完璧な男なのだから。


なのに、僕の家族はどうしてしまったんだろう。


「よくお聞き、ノアよ。アルフレッド・カーライル卿はエマの身体を第一に尊重してくださると仰っていて、夫人となった後も侯爵家の業務はおろか舞踏会への出席も求めないと約束してくださった」

「じゃあ、エマでいいじゃないか」


「エマには無理だ!」

「僕にも無理だよ!」


病弱を理由にいくら譲歩してもらったとしても、僕の身体は健康な男性体だ。カーライル侯爵家の人々どころか、あちらの主治医を欺くことができるわけがない。何度でも言おう。だって僕は男なのだから!


「安心しなさい。エマの主治医と侍女は我が家から同行させることで合意を得ている。しかも、カーライル卿はエマに子作りを強要しないとまでお約束くださったのだ。つまりバレる要素がないのだよ」

「子づっ……」


実父から閨の話題を振られ、僕は思わず赤面してしまった。それと同時に疑問が生まれる。


「アルフレッド団長は後継者だろ?後継ぎを産めない嫁なんてカーライル侯爵家が許さないだろうし、団長にだって何のメリットもないじゃないか」


「そうだな。何でだろうな」

「エマの美しさに一目ぼれでもされたんじゃないかしら」


肖像画だけで?貴族からも市民からも慕われるアルフレッド団長が?第二王女からも懸想されていると噂があるのに?


そもそも、なぜ団長はエマに求婚したのだろう。訓練所でもそんな噂を聞いたことはないし、団長からエマについて質問されたこともない。それどころか僕の存在を知らない可能性だってある。


「とにかく、あちらの熱が冷めれば離縁されるだろう。それまで耐えてくれ」

「あなただけが頼りなのよ、ノア」


「耐えれるかっ!絶対ムリ!イヤだ!男に嫁ぐぐらいなら、僕は名誉ある死を選ぶからなっ!」



* * * * *



カーライル侯爵家とエリオット子爵家の結婚式は、その家柄の割にはかなり質素に行われた。それもすべては病弱の新婦エマ・エリオットのためという話に尾ひれが付き、アルフレッド・カーライル団長の愛を一心に受ける花嫁は、世間の羨望と独身女性の嫉妬の眼差しに晒されることになった。


ちなみに、これは比喩でも何でもない。

ついに屋敷から姿を現した深窓の令嬢を一目見ようと、挙式に参列できない人々が教会までの沿道に押し寄せ、一時は警備隊まで出動させる騒ぎとなった。


それでも、彼らがエマを見ることは叶わない。

花嫁が繊細な刺繍がほどこされたベールを三枚も重ねていたから――でもあるが、そのベールに守られているのが双子の兄である僕だからだ。「さすがは王国で一番幸せな花嫁だ」と、多少困惑しつつも集まった人々が惜しみない笑顔で僕を祝福する。


ああ、なんて嘘にまみれた世界だろう。


人々の祝辞と歓声に包まれ、僕は込み上げる吐き気と戦いながら教会の階段を一歩、また一歩と登っていた。ベール三枚どころか豊かな黄金色のまとめ髪を頭上に、ぎゅうぎゅうに絞られたコルセットを腰に纏い、僕はエマのために贈られた由緒ある花嫁衣裳に身を包んでいた。もちろんエリオット子爵家でサイズ調整済だ。


「病める時も健やかなる時も……」


ありがたい大司教の言葉が全然頭に入ってこない。だって隣には、正装姿のアルフレッド・カーライル団長がいるのだ。眩しい、眩しくて目が潰れる。


ノアの人生で、こんな間近でご尊顔を拝めることは生涯なかったであろうことを考えると、一瞬だけ身代わりをして良かったと思ってしまった。


「では誓いの証を」


嘘です。身代わりなんて良くありません。


ここ数日間で叩き込まれた結婚式の段取りの中で、なぜかここだけ失念していた。さて、どうやって誤魔化そうかと焦ってをいると、おもむろに僕のベールを誰かが持ち上げた。


誰かじゃない、アルフレッド団長だ!


少し癖のある褐色の髪は綺麗に整えられ、力強いエメラルドの瞳が僕を捉えると、驚いたように揺れた。


しかし、僕の瞳はもっと揺れている。


揺れているし、緊張と恐怖で視界がぼやけてきた。

端正な顔が徐々に近づくにつれ、アルフレッド団長に嫁ぐという言葉が現実味を帯び、この計画の無謀さに震えが止まらなくなった。


そして、その形の良い唇が僕に着地する瞬間、世界一幸せな花嫁は自らの意識を手放したのである。



* * * * *



「エマさま、夜のお食事でございます」


僕の返事を確認して入室した侍女、エリオット家から派遣された古参の使用人は、部屋で軽く体を動かしていた僕を一瞥すると、何も言わずに食事の準備を始めた。


カーライル侯爵家に嫁いで、はや数日が過ぎようとしていた。


王宮に近い一等地に並ぶこのタウンハウスは、現在、僕とアルフレッド団長しか住んでいない。団長の両親であるカーライル侯爵夫妻と妹令嬢が、仕事のため近郊にある領地に帰ってしまったからだ。


世紀の結婚式でぶっ倒れるという失態を犯した新妻に、カーライル侯爵家は優しかった。


病弱な令嬢に無理をさせるのではなかったと、家族総出で僕の身を案じ、日当たりの良い部屋に栄養価の高い食事まで用意してくださった。しかも、僕を煩わせないよう外部からの訪問を退け、自らもさっさと領地に戻ってしまったのだ。


旦那様であるアルフレッド団長も同様に、僕に気苦労を与ないよう夜更けまで帰って来ない。もちろん初夜からずっと別室だ。


つまり、この豪奢なタウンハウスに暮らすのは実質僕一人。使用人も少数精鋭のうえ、僕の身の回りの世話は子爵家からの従者で固めているので怯える必要もない。


もしかしてこれは楽勝なのでは?


のんびりと寝転びながらそう笑っていた僕に、神様は罰を与えることにしたらしい。その日の晩、珍しく早めに帰宅したアルフレッド団長が、就寝の準備を終えた僕の部屋をノックした。


「私だ。少し話がしたいのだが良いだろうか?」

「ひっ……うそっ、しょ、少々、お待ちくださいませ」


昼間たくさん寝たので目が冴えていて良かった。渾身のスピードで用意したカツラを被り、顔周りを整える。夜着は元々女物を身に着けていたため、それほど待たせることなくアルフレッド団長を迎え入れることができた。


「体調はどうだ?」

「おかげさまで」


「そうか。料理長からも食欲はあると聞いて安心していた」


しまった、食べ過ぎたか?


夜着にガウンを羽織った団長は、琥珀色の液体が入ったグラスを片手にソファへ腰を下ろした。訓練所や結婚式で見せた姿とはまた異なり、何というか、大人の色気というか、少し気だるいような雰囲気を漂わせていて何かカッコいい!


「ここは緑も豊かで騒音もなく、とても健やかに過ごさせていただいております」


深窓の令嬢の名に恥じぬよう、音量を抑えてゆっくりと控えめに言葉を紡ぐ。そんな僕を一瞥すると、「そうか」と呟いて団長はグラスを置いた。


「では、初夜もできそうだな」


へ?


なんて?


団長は何て仰った?


え、めっちゃ近づいてくるんですけど?


ヤバい、ヤバい。僕の聞き間違えでなければ、非常にヤバい。突然の緊急事態に警報が鳴り響く中、僕は母上と作った対策マニュアルを、頭の中で高速でめくっていた。


あった!「条件」の項目だ!


「こっ、子作りはしなくてもよいと、お、お約束いただいたはず、です」

「ああ。無理強いはしないが、そちらも努力はして欲しい。私は侯爵家嫡男だから、跡取りがいるにこしたことはないんだ。まずはどこまで耐えうるのか確認させてくれないか?……心配せずとも今宵は最後までしない」


では、どこまでするんですかっ?


硬直して動けない僕のベッドまで近づくと、団長は壊れものを扱うように僕の頬にそっと触れた。厚みのある手のひらに、ところどころ固い皮膚の感触がゴツゴツしている。剣を扱う者の手だ。


僕は抗えない何かの力を感じながら、じっと団長のエメラルドの瞳を見つめた。いつもは遠くから眺めるしかできない澄んだ瞳が、今夜は熱を帯びたように深く淀んで見える。


「教会でも思ったが、本当にノアにそっくりだな」


本人ですからっ!と思わず叫びそうになりながらも、団長が僕の名前を知っていることに驚いた。


まぁ、愛しの令嬢の身辺調査ぐらい済ませているか、と冷静に思う反面、なんだかちょっと嬉しい。エマではなく、ノアを知っている。僕が同じ騎士団に身を寄せていることもご存じだろうか。もしかして、僕の働きぶりを見てくださったこともあるのだろうか。


「ノアは勉学のため留学したと聞いたが、妹の結婚式にも出られないとはな」

「すでに出航が決まっていたので、兄には伝えていないのです」


「それにしても、騎士団を除隊したのも急だった。何を急ぐことがあったのか」

「も、申し訳ございません」


あれ?何だろう。ご機嫌悪い?


「いや、そなたが謝る必要はない。すまなかった」


ふっと自嘲じみた笑みを見せると、僕の頬に添えられた手が再び熱を帯びた。


――瞬間、僕はアルフレッド団長にがっつりと口づけされていた。教会では直前で気を失ったためカウントしていなかったが、これで完全に僕は男とキスをしたことになる。相手は憧れの団長ではあるけれど。


そんな絶望の中、僕は閃いた。

一度使った手だが有効かもしれない!


僕はビクッと体をこわばらせると(自然にそうなっていた)、一気に全身の力を抜いて身体を投げ出した。咄嗟に上半身を支えてくれた団長が焦ったようにエマの名を呼ぶ。


うまくいった。

これで僕に手を出すと、気を失ってしまうことを刷り込ませられそうだ。


一瞬焦りを見せたアルフレッド団長だったが、腕の中の新妻が息をしている状況に落ち着きを取り戻したらしい。優しく僕の頭をベッドに寝かせると、そのまま胸のあたりに手を添えた。


再びヤバい。


就寝前だったので偽の胸を入れていない。エマがぺったんこであることがバレてしまう……って言うか、なんで胸に手を置くの?


そう首を傾げた瞬間、団長はもう片方の手を合わせ、ぐんっと両手で僕をベッドに押し付けた。


「ぐえっ!」


深窓の令嬢どころか、年頃の女性としてもどうかと思う奇声が部屋中に響く。驚いた僕は、無意識に団長の手を力強く振り払って身を起こした。


「何をっ!……なさいますの?」


そう言葉を正しながら、団長が僕に「気つけ」を施したことに気付く。いやいや、深窓の令嬢に騎士相手の処置をするなよ!とも思ったが、それより問題なのは今の僕の反応ではないだろうか。


ハトが豆鉄砲を食らったといえば愛らしいが、目の前の英雄はハトではなく獅子だ。では獅子が豆鉄砲を食らったらどうなるのだろう。


事の重大さにガタガタ震えながら、僕は無様にもエマであり続けようと努力した。


「まさか……君はノアか」

「ち、ち、ち、違いますわ!確かに先ほどは自分でも驚くほどの力がみなぎりましたが、それは火事場の何とやらで……」


「そうか、だから急に留学など」

「違いますっ!ノア兄様は、今頃エシャール王国に向かう船の中で……」


「では、今すぐその夜着を剥ぎ取って、身体に問うても良いのだな?」


僕は、ついに泣き出した。



* * * * *



どれぐらい泣いただろうか。ぐすぐすと嗚咽を漏らしながら、僕はベッドの上で土下座をしていた。


アルフレッド団長にはすべてを白状した。エマの病状、両親の策略、最後まで反対した可哀そうな僕。その間、団長は一言も発することなく、ただ持っていた琥珀色の液体を何度か口に含んで息をついた。


「まいったな」


団長がぽつりと呟いた。僕は何も言えず、これからの自分の身とエリオット子爵家が受けるであろう処分に涙が止まらなかった。やはりこんな馬鹿げた作戦がうまくいくわけがなかったのだ。


「エリオット子爵家の大胆さには、正直驚かされる」


オブラートに包んではいるが、僕の感想と大差ない。


「カーライル侯爵家を騙して、不利益をもたらすつもりはございませんでした。エリオット家の狙いは離縁です。エマの体が弱いこと、後継ぎが望めないことを理由に離縁いただいて、侯爵家の名に傷を付けずに結婚のお約束を破棄したかったのです」


嗚咽交じりだったので、本当はこんなにスラスラとは喋れはしなかったが、団長は静かに最後まで僕の言い分を聞いてくれた。こんな時でも礼儀を重んじる人柄が現れていて、そんな人間を騙そうとした自分が余計に情けない。


「ノア、もう泣くな。しつこく言い寄って子爵家を困らせたのは私の咎だ。断れなかった背景も理解できる。だからエリオット家を非難するつもりはない」


アルフレッド団長はベッドに平伏す僕の頭をぽんぽんと軽く叩くと、上半身を起こさせた。そして涙で濡れた僕の顔を見て一瞬あたりを見回したが、すぐに自身のガウンの袖を引っ張ってぬぐってくれた。


「あ、りがとうございます。アルフレッド団長、僕に両親を説得させてください。団長がどれほど慈悲深い方か説明して、明日にでもエマを侯爵家まで連れて参ります」

「いや、それはいい」


それはいい?


「では、僕と離縁していただけるのでしょうか?ありがたいことですが、結婚式の直後となると、カーライル侯爵家を悪く言う輩も出てくるやもしれません」

「いや、離縁はしない」


離縁はしない?


「えと、では一年後に離縁するのはいかがでしょうか?それまで僕を侯爵家の使用人として雇ってください。きっとお役に立ちます」

「いや、離縁はしない」


「離縁はしない?」


つい心の声が漏れてしまった。

ハト状態の僕の顔を覗き込んだ団長は、優しく微笑んで僕を抱きしめた。弾力のある大胸筋が僕の頬を押しやり、早鐘のような鼓動が聞こえる。


「ええと、その場合、僕はどうなるのでしょう?」

「お前は私の妻のままだ。私が爵位を継げば、いずれ侯爵夫人になる」


侯爵夫人になる?


いやいや、おかしくない?

僕が侯爵夫人になるっておかしくない?


「ノアなら体は丈夫だろう。これから領地経営も含めた講師を付けるので、私の補佐として業務を学んで欲しい」

「補佐、は構いませんが、僕では後継ぎは産めません」


至極当然の問題を告げてみる。


「一族の中から優れた子どもを養子にすれば良いだけだ。条件はエマと同じ。後継ぎを産む必要はないし、夜会にも出なくていい。お前がやりたいことはなるべく叶えよう。騎士になりたければ、再びノアとして入団しても構わない。ただし、プライベートでは私の妻として傍にいてくれ」


騎士としての未来は、三男としての選択だったので未練はない。侯爵補佐として働く方がやりがいはありそうだ。しかし、何か釈然としない。


「アルフレッド団長はそれで良いのでしょうか?あの、その、ぼ、僕では、心身ともに団長を支えることができませんし……」

「そんなことはないが……ああ、閨の心配をしているのだな。案ずるな、夜伽は男でもできる。これは講師を付けるわけにはいかないので、私が直々に教えてやろう」


にっこりと。今まで見たことがない、それこそエマ顔負けの天使のような微笑みにも関わらず、捕食者にしか見えないエメラルドの瞳が、僕を逃すまいと凝視している。


――警報再び。


尋常じゃないスピードで緊急マニュアルが開かれるが、どれだけ探してもこの状況下での解が見つからない。そもそも何の項目を見ればいいのでしょう?


「だ、だ、団長、ぼ、僕と離縁し、して、してくだ……」


震えてうまく喋れない僕の顎に手をかけると、「団長ではなく旦那様だろう?」と諭すように告げたアルフレッド団長が僕の首筋に唇を落とした。


そして僕は、再び泣き出したのである。



* * * * *



数年後、爵位を継いだアルフレッド・カーライル侯爵は、蒼騎士団の団長職をあっさりと後任に譲り、最愛の妻を連れてさっさと領地へ引きこもってしまった。病弱だった夫人は侯爵の献身的な介護の末、多少は人前にも姿を現せるまでに回復したらしい。


しかしながら、夜会などには一切顔を出すことがなく、結婚してなお「深窓の侯爵夫人」として男たちを色めき立たせた。時には、アルフレッド団長の溺愛ぶりがひどくて外に出してもらえないのだと囁かれることもあったが、実際、結婚してからというもの、定時で帰宅するようになった団長の姿に、あながち間違いではないだろうと団員たちは噂し合った。


残念ながら子宝には恵まれなかったようだが、侯爵が愛人を迎えることはなく、仲の良いおしどり夫婦の代名詞として後世まで語り継がれたのである。

なろう初投稿!お読みいただきありがとうございました。

現在、「イケメン伯爵は公爵令嬢になって求婚される」を連載しています。こちらもぜひお試しくださいね。


評価や感想などもいただけると嬉しすぎます!

★★★★★ ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一体なぜアルフレッドはノアの名前や事情を把握しているのか語られないままだったところから、色々想像が膨らみました。 エマではなくてノアだと判ったときの反応を見るとただノアに似ているからエマと…
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