クッキーを頬張る
時間が空いてしまいました。すみません。お読み下さりありがとうございます。
居なくなったトンボの残影をボケっと見ていた。
どれくらい時間が経ったのか。耳が冷たすぎて痛くなってきた。
「寒いな。帰ろ。」
流石に年末の今日、辺りに誰も見えず静まり返った道をルーク一人で振り積もった真新しい雪をサクサク踏んで寮まで歩く。
勲章のような殴られた跡は寒い空気に当たってじんじんする。でも悪くなかった。
待ってる人が居ると思うと思わず足取りが早くなってくる。サクサク、サクサクサク。
靴についた雪を払い、冷えた手足を火魔法で少し温めながら寮の入口、中央ホールへ入る。
「おかえり。」
目の前で可愛い声が聞こえた。
ルークが前を向くとそこにモコモコの白いセーターとネイビーのロングスカートを履いたカイリが立っていた。
ここは暖房が効いていない。寒かっただろうに、そう心配するルークの眉間に少しだけ皺がよった。
寒いのに…と言いそうになったがぐっと堪えて
「ただいま」と答えた。
「寒かったでしょ?もう会議室ストーブガンガンつけてるから!」
そう言ってカイリは少し汚れたけれど上品な洋服のルークには一切触れずパタパタとモコモコスリッパで前を歩く。
フラフラと薄水色のポニーテールが左右へ動く様子を見ながらルークもその後へと続いた。
(ちゃんと帰ってきてくれた、良かった。しかし、あの傷何?殴られてるよね?喧嘩したのかなしたのよねきっと)
ぐるぐるあれやこれやと思考回路が追いつかない。
中央ホールから真っ直ぐ奥へと続く廊下の左は面会時や会議などに使われる部屋が並んでいる。
その一室を事前に予約していたカイリはガチャリと古びたドアを開けルークを促す。
「コート、掛けとこうか?」
「あ、いや。ここに掛けとくよ。」
と、ソファの背もたれを刺すが、流石にそれでは皺になってしまう。
カイリはルークが脱いだチャコールのコートをサッと奪い取り、コート掛けへ掛けた。
「寒かったよね?まずはお茶を入れるね。」
「ありがとう。何か手伝おうか。」
「いいよー!そこに座ってて。今日は私のゲストなんだから」とニコッと笑って給湯室へとパタパタ歩いていく。
(こんな時間に男女二人とか私明日生きてるんかな…)
「まずはお疲れ様。どうぞ。」
「ありがとう。頂きます。」
パチパチと暖かいストーブの上に新しく乗せたヤカンがジューっという音を出した。
ソファテーブルには紅茶とクッキーがお皿に並んでいる。
チョコチップクッキーとバタークッキー。
どちらもカイリの手作りだ。
「美味しそうだな。」
「美味しいよ。どうぞ。」
ルークが来るまで何回も焼いては味見したカイリは既に少しお腹いっぱいだった。
「うん、うまい。」
「ありがとう。良かった。」
少し不安ではあった。甘いもの好きなのかな、とか、甘すぎたり甘さが足りなかったりするのかな、とか。考え出すとキリがないほどのしょうもない心配をしてきた。
でも少し表情を緩めて黙々と食べてるルーク君を見るとやっと私も緊張が緩んで来たみたいだ。
私も1枚バタークッキーをつまむと「嫌なことは無事終わった?」と聞いてみた。
チラッとこっちを見たルークは「あぁ」と言うと紅茶を1口飲んで話し始めた。
「そうだな、何処から話せば良いのか分からないんだが、俺は晴れて自由になった。」
噛み締めるように自由になったと微笑むルーク君が眩しすぎて私は泣いてしまった。
それに驚いて大きく開いた茶色い目を私はこの先一生忘れないだろうな。
それからはやかんのお湯を足しながら紅茶を飲み、クッキーを食べ、ルーク君の家の事や平民になったことを聞いた。流石に驚いた。
「凄いね。ルーク君。その年でそんな決断をしたんだね。」
「数年早まっただけだけどな。でもバイトするカイリ見てトンボの事も知ったのが良い刺激になったんだと思う。」
「えー、私?」
バイトくらいで?と思ってのがバレたのかルーク君の片眉がクイッと上に上がる。その様も好きだ。
「そのバイトすら俺は思いつかなかった。とりあえず学校を卒業するまで色々学んで考えようとしてたけど、別に卒業するまでとか卒業後とか期限を決めること自体が違うんじゃないかって。」
だから…と話を続ける。
「感謝してる。気付かせてくれた。」
「わ、私だって!感謝してるよ!私がこっちに来て初めて入ったカフェでね!」
まだまだ話しは終わらない。
お互いこの時間がとてつもなく輝いていて幸せて終わって欲しくなかった。
ストーブも消えてお湯もなくなって、ルーク君が少し温めてくれてる空間は居心地が良かったけど朝まで居ては行けない。鍵返さなきゃ。
会話の無い静かな時間もとても安らぎに満ちていた。
2人は沈黙の後「「そろそろ…」」と呟いてお互いを見て笑った。
魔法が解けたみたいにまた時間が動き出した。
また明日会う約束をして、2人はそれぞれの部屋へと戻って行った。




