第八十五話
【第八十五話】
第三回公式イベントの舞台、『見晴らし山』の中腹にある洞窟の奥に位置するダンジョン、『氷の洞窟』。その最奥にいたダンジョンボス『蛇の母』を前にして死に戻りした俺ことトーマと『魔王』は、テレポートクリスタルの前で再び顔を合わせた。
「『ハイプレーンウルフ・ソニック』。……乗れ」
『魔王』はオリジナルスキル【魔物図鑑】で召喚したオオカミの魔物に跨りながら、俺に向かって言った。
……ってこの魔物、俺が前に『大図書館地下』で手懐けたのと同じ種類のオオカミか。あのときはなんやかんやあって最終的に『魔王』がトドメを刺したことで、オオカミの魔物は倒された。
そして【魔物図鑑】というスキルは、スキル保持者が倒した魔物が図鑑に記録され、完全服従の眷属としていつでも好きなように使役できるというものだ。あとは皆まで言うまい。
つまり『魔王』が今、強力なオオカミの魔物を使役できているのは、俺のおかげというわけだ。
「だから、俺にも乗る権利はあるな」
「……なんのことだ?」
「しらばっくれるな。『大図書館地下』のことだ」
「……ちっ」
『魔王』の後ろに騎乗しながら、俺と『魔王』は会話する。
「では、俺を殺したことも覚えてるな?俺は忘れてないぞ」
「それこそ、記憶にないな。私欲のためにオオカミを倒したのは『魔王』の方だろう」
「こいつ……」
「ワアン?」
不毛な問答を続けていると、すぐ下のオオカミが待ち兼ねて鳴いた。
「……まあいい。行くぞ」
「そうしてくれ」
「……後で覚えておけ」
こんなところで時間を潰すわけにはいかない。そのことは俺も『魔王』も重々承知していた。
一刻も早く広間に向かい、奥からやってくるであろう『蛇の母』を迎え撃つ。それが、俺と『魔王』がこれからやろうとしていることだ。
俺は両腕を回して『魔王』の腹の前で手を組む。バイクの二人乗りのような体勢の預け方だ。
これなら、なにか不測の事態が起きたとき、俺のオリジナルスキル【魂の理解者】で『魔王』の魂を即座に引き抜いて肉体を蹴落とし、囮にすることができる。
「変な真似はするな」
「さっきからなにを言っているんだ?」
「……進め。途中の人間は全て無視し、ひたすら奥を目指せ」
『魔王』はしらばっくれる俺を無視し、オオカミに指示を出す。
オオカミは器用にステップを踏んでクリスタル付近の混雑から抜け出し、走り始めた。ふさふさの四本の足が目まぐるしく前後し、すぐに最高速度まで加速する。相変わらずすごいスピードだ。
「まずはこの建物を出る。あそこだ」
「ワオンッ!」
と吠える声。さらにスピードが増す。館の壁や床や天井の焦げ茶色が残像と化して俺の目に届いてくる。
あっという間に、開放されている扉から外に出た。外と言っても、黒く暗い洞窟の中だが。
「裏に回れ。……あそこから『氷の洞窟』に入れ」
『魔王』の指示は的確で簡潔だ。これは相当オオカミを使っているな。
事実、素早さは強さに直結する。『魔王』がオオカミの魔物をリピートする気持ちは俺にも分かる。
地面が土から氷に変わったが、オオカミは足を滑らせることはなかった。むしろ、さらに速度を増している。
「道中の魔物は全て無視しろ」
闇の黒と、氷のくすんだ灰色の残像に視界を奪われているであろう『魔王』は、冷静なままだ。
騎手の命令を受けたオオカミは、穴の半分以上を塞ぐ大きさのケイブホワイトベアーや天井にへばりつくツララガイたちを置き去りにし、洞窟の起伏を巧みに走破していく。
わずか数分で、俺たちは【エンジョイパーティ】の皆にアットを託した広場に到着した。
「静かだな……」
徐々にスピードを落とし、手ごろな位置で停止したオオカミから降りてから、俺は呟く。
広場は、広場というくらいだからめちゃくちゃに広く、暗い。ヘルメットに着いているライトを転倒させても、前方の数メートルほどしか見えない。
『魔王』がしかけた、正義のプレイヤーたちとプレイヤーキラーたちによる抗争が起きているはずだが、広場はしんとしていた。注意深く周囲を見渡すが、漆黒の闇と氷の地面しか見つからない。
マモルたちは生きているだろうか。アットに勝てただろうか。正義側が勝ったのか、それとも悪側が勝ったのか。その違いは、これからここで繰り広げられるであろう『蛇の母』との戦闘の勝率に大きく関わってくる。
「正面に向かって走り、十秒したら戻ってこい」
俺と同じく、降りてからむやみに動かずに周囲を警戒していた『魔王』は、オオカミに斥候の役目を与える。
「ワオンッ!」
鳴き声とともに、薄水色の毛並みが闇の中に消える。
一、二、三……。俺は心の中でカウントする。多分『魔王』もそうしている。
四、五……、ビュウウッ!
風を切る音が鳴る。俺は左に、『魔王』は右に体を転がして回避した。すぐに、首筋が大きく抉られたオオカミの体が飛んでくる。
「オオカミっ……」
俺は息を呑む。OSOの中でトップスピードを誇るオオカミが瞬殺されたことに対して驚いた。
間違いない、『蛇の母』がいる。俺はすぐに受け身を取り、立ち上がる。
前を見ると、『魔王』もそうしていた。
「来るぞ……」「おーいっ!そっちに誰かいるん!?」
『魔王』が言うのと同時に、場違いな声が飛んできた。
この声はセツナのものだ。プレイヤーたちの抗争のときは見かけなかったが、【ネクストフェーズ】の面々も広場にいたのか。
「トーマと『魔王』だ!助けに来た!そっちはどうなってる!?」
俺は大声を出して返事すると、若干の沈黙。
いや、違う。耳を澄ますと、奥の方からなにかがぶつかり合う音や走る音が聞こえる。
もしかして、戦っているのか?『蛇の母』と?
「……ちょっと来てくんないっ!?想像以上だわっ!」
アット以外で、セツナが増援を求めるくらいに苦戦する相手と言えば、『蛇の母』しかいないだろう。
ということは、正義側の陣営が勝ったのか?プレイヤーキラーたちに勝った後、洞窟の奥から『蛇の母』が攻めてきたという理解で合っているのか?
俺は考えを巡らしながら、走り出した。足を踏み出し、闇の中を突き進んでいく。
「自由にいけっ!サポートは任せろ!」
後ろから『魔王』の声が飛んでくる。傍観するつもりか。
とはいえ、助けないわけにはいかない。俺は声と音のする方に足を進めていく。
「ぐううっ!」
暗闇から唐突に、今度は人が飛んできた。俺は半身になって躱す。
傷だらけの姿が一瞬確認できた。悪いな、ヴァーミリオン。安定を取って回避させてもらう。
さらに走ると、ようやく戦場が視認できた。ほぼ平坦な氷の地面の上で、一寸先は闇である広間の一角で、二人と一匹が肉弾戦に興じていた。真っ白いヘビの皮膚に人の形をした魔物の『蛇の母』が、セツナと大柄な男性プレイヤーと拳を交えている。
「遅くなった」
俺はあえて、二人と一匹に見えるように姿を見せ、聞こえるように声を上げた。セツナと男性プレイヤーを鼓舞し、『蛇の母』を警戒させるためだ。
「あなたは、先ほど会いましたね」
「よく覚えているな。地獄から舞い戻ってきてやったぞ」
流暢に人語を解す『蛇の母』に、俺は軽口を返した。
「んふ……」
笑った?
かと思った刹那、彼女は俺の方に右手をかざす。
なにかしてくるか?俺は警戒心をマックスにして身構える。
「させねえしっ!」
セツナが反応して素早く掴みかかるが、『蛇の母』はそれにさらに反応した。
「ブラフですよ」
『蛇の母』はなにかをする直前で肘を折り、セツナの顔に右手を向ける。
その瞬間、手の平の中心から白いヘビが飛び出した。
白い鱗で覆われた胴体を一直線に伸ばし、口を大きく開けて、白くて所狭しと生え揃ったギザギザの歯をむき出しにし、直前でクロスして防いだセツナの両腕にかぶりつく。
魔物の生態として、ヘビを生み出せるのか?いや、もしかしたら体内で子を生み、それを射出しているのかもしれない。
「くっ……!」
ヘビの勢いで吹き飛ばされ、暗闇に消えるセツナ。
「任せろおおっ!!」
男性プレイヤーが大声を上げて駆け出す。明らかに注意を引こうとしている。
男性は大柄の体躯に加え、両腕に黒いトンファーを装着していた。見るからに格闘に自信がありそうな、フィジカルタイプのプレイヤーだ。
俺も『蛇の母』に向かって走り始める。
これ以上プレイヤーの頭数が減ったらまずいし、時間さえ稼げればセツナはきっと戻ってくる。今はこの男性と協力し、二人で『蛇の母』を相手した方が最善だ。
「俺の動きに合わせてくれるか!?えっと……」
「セービストだ!残機を与えるスキルを持っているが、隙が無いと使えない!」
「ありがとう、セービスト。俺は……」「トーマだろ?セツナから聞いてるっ!」
俺がセービストのことを知らないと分かると、すぐに自己紹介に入る。スキルの説明も簡単に済ませる。そして、俺のことをセツナから聞いて知っている。セービストはなかなかできるプレイヤーのようだ。
それに、セービストという名前に聞き覚えがある。セツナの所属するプロゲーマーチーム、【ネクストフェーズ】のメンバーの一人だ。確か得意なゲームはRPGで、セーブ至上主義で堅実にゲームを攻略していくのが上手いゲーマーだったはず。
「どう動いてくれても構わないっ!」
言いながら、一足先に『蛇の母』の下にたどり着くセービスト。素早いフォームで右のトンファーを振るうが、『蛇の母』はしなやかに体を折り曲げて回避した。
その勢いで、白い尾を横薙ぎに振るう『蛇の母』。セービストは腰を落とし、左のトンファーで受け止める。
ドオンッ!という重い音が鳴る。セービストの巨体が持ち上がり、後ろに弾き飛ばされる。
その一瞬の間に、『蛇の母』が手をかざす。瞬く間に白いヘビが飛び出し、セービストの太い腕に噛みつく。
「死になさい」
「させるか」
やっと着いた。俺はとにかくセービストに追撃を許さぬよう、最短の動きで『蛇の母』の胸元に右腕を伸ばす。
「これもブラフです」
だが、『蛇の母』はセツナにやったように、手をこちらに向ける。
「だよな?」
もちろん想定済みだ。
目の前で飛び出す白いヘビ。俺は右手の振り払いをジャストヒットさせる。
「『ソウル・パリィ』っ!」
ヘビの魂を弾き飛ばしつつ、前転してやってくるヘビの肉体を避ける。
視線は『蛇の母』から離さない。なにをされても反応できるようにしながら、前転の勢いを利用してさらに彼女との距離を詰める。
「ほう?」
俺の肉薄に対し、ヘビの発射は効かないと判断したか。『蛇の母』は素直に右の拳を振るってきた。
速い!魔物の膂力に裏打ちされた速度と重さの暴力だ。俺は両掌で受け止めて防ぐが、圧倒的な力強さで後ろに持っていかれる。
まずい、またヘビを撃たれる。俺はすぐに踵を蹴って、インファイトに持ち込む。
「撃たせんっ」
「……なるほど」
俺と『蛇の母』は、徒手空拳で肉弾戦を繰り広げる。
俺は拳や蹴りも交え、たまに魂を抜こうと手を突き出すも、『蛇の母』は全て対処してくる。拳や蹴りは威力を削ぐように受け止められるのに対し、魂を掴もうとする手の突き出しは弾かれたり、避けられたりする。
ひょっとすると『蛇の母』は、俺のスキルのことを知っているのか?俺の手は肉体を透過し、魂を掴むことができると学習しているのか?
「はあっ!」
思い至った俺はじゃんけんのパーの形で手を突き出し、魂を抜くふりを見せてから掌底の一打を放ってみる。
「変わった技ですね」
『蛇の母』はこの攻撃に対し、魂を抜く攻撃に対してと同じように、すなわち俺の手の平との接触を避けるように、俺の手を払ってきた。
「……っとと」
衝撃で数回転ほど時計回りにターンしながら、俺はバランスを取り戻す。
分かったぞ。『蛇の母』が異常に強い理由の一端が、分かった。
「相手のスキルが分かるスキル、だろ?」
「……今の攻撃は、試していたのですか」
「そうだ」
話しの途中で、いきなり右拳を振るってみる。受け止められる。
爪の長い白い手に拳が握り潰される前に、体を捻りながら腕を引き抜く。
左のローキックが飛んでくる。一歩進んで懐に入り、左足の太腿を脇に挟んで強引に勢いを殺す。脇腹に抉るような圧力がかかるが、両膝の力を抜きながら腰を落としてこらえる。
すぐに右の腕が振るわれ、右手の四本の爪が背中に食い込む。
「……っ、俺と一定距離近づいたからか?なんらかの発動条件を満たし、スキルで俺のスキルの知識を得たお前は、俺の手の平と接触することは危険だと学んだ。だからお前は俺の手の平だけ弾いて、普通の攻撃は普通に防いだ」
「だから、あなたは私にフェイントをかけた。魂を抜くふりをして放った普通の攻撃を、私は魂を抜く攻撃と同じように処理した」
「そういうことだ」
歯がびっしり並んだ大きな口がもぞもぞと動くのを、俺は至近距離で見せられている。
会話は、知能を持った俺と『蛇の母』の特権だ。
「スキルには種類がある。例えば、数秒後の未来を見ることができる効果のスキルを、お前が持っている可能性もあった。だから試した。未来視のスキルなら、俺の掌底は魂を抜く攻撃ではないと見抜いて、普通に弾かれるはずだからな」
「戦いの中で、そこまで考えていたのですか……」
『蛇の母』は数秒感心した後、左足を俺に抱えられた状態で右足を浮かせ、尻尾で地面を弾いた勢いでボディプレスしてくる。
俺は右腕を緩めて左足を手放し、右半身を後ろに引きながら左手を、大口を開けて突っ込んでくる『蛇の母』の口の中に突っ込む。
「ッ!?」
予想より早く標的が口の中に入り、顎が閉じられるのが一瞬遅れた。
ガチンッ!!と音を立てて俺の左腕が噛み千切られたのと、『蛇の母』の肉体の中にある小さな魂を俺の左手が握り潰したのは同時だった。
賢く強大な魔物には似つかわしくない、小さな、魂を。
「なに……?」
『蛇の母』が右手を引き抜き、俺の腹を蹴飛ばす。俗に言う『ヤクザキック』をまともに食らい、俺は内臓を破壊されながら弾き飛ばされる。
地面を転げ回りながら、俺は悟った。
「……あなたが潰したのは、私の子の魂です。手から出せるだけではありません。喉の奥に飼っているのですよ。無数の子を」
「ぐうっ……。お前も大概だな。戦いの中で成長している……!」
「私は幸運にも、学ぶことができますから。スキルの力もあります」
「ぐ……!」
左腕と胴体に深刻なダメージを負った。俺はまたも、もうじき死ぬだろう。
「トーマっ!」「大丈夫か!?」
ヘビの子を処理したセツナとセービストが『蛇の母』に立ち塞がってかばってくれる。
「……」
だが、俺は返事することができなかった。喋れない。喋ったら死期が早まる。
またしても、俺はこのまま犬死にするのか?
否。まだチャンスはある。
「あなた」
『蛇の母』はセービストを指差す。
「あなたは残機、いわば命の保険をかけることができるのですよね」
「なぜ、俺のスキルを?」
「いいですよ。そこの魂に干渉する彼に使っても、いいですよ」
『蛇の母』は俺の顔を見ながら、冷静に言った。
スキルを使う猶予をやる。使っている間は攻撃しないでやる。そう、『蛇の母』が言っている。
挑発、煽動。これも賢いからこそできる芸当だ。
「トーマ、やつはなにを……?」
セービストは戸惑いながらも、背後の俺に説明を求める。
「いや、要らない……」
が、説明している時間はない。
俺は右手でセツナをやんわりと退け、セービストの前に歩みを進める。
「次で倒す……!」
歩みを止めず、走り出す。
リソースを全て注ぎ込み、無理やり体を前に進ませる。
「……なにが狙いですか」
『蛇の母』は問うが、魔物の闘争本能には逆らえない。呼応するように走り出した。
口を大きく開け、上下の歯をガチガチと打ち鳴らしながら、ヘビの蠕動とヒトの短距離走の体捌きを混ぜ合わせたかのような奇妙な走行で、俺を迎え撃つ。
「はあああっ!」
俺は大きくステップを踏み、右手を突き出す。
狙いはもちろん、『蛇の母』の口内。
「死になさいっ!」
『蛇の母』も大きく跳躍。歯列を反り返らせて両顎を全開にし、俺めがけて突っ込んでくる。
「「これで、終わりだ」」
奇しくも、俺と『蛇の母』の最後の言葉は同じだった。
だが、『蛇の母』は俺に食らいつく寸前、喉から一匹のヘビを吐き出した。
「なっ……!?」
高速で射出されたヘビは右手を飲み込み、右腕のほとんどを丸吞みにして、俺の肉体を弾き飛ばす。
俺の魂の入っていない、俺の肉体を。
「なにか策があったのでしょうが、近づかせませんよ……」
「トーマっ!」
セツナが叫ぶ。分かりやすく動揺している。そんなに俺の死に方がショッキングだったのだろうか。
俺の肉体の運動とヘビの飛びかかりの運動が相殺され、俺とヘビの肉体は折り重なって停止した。
すぐに、ヘビが動き出す。絡まった胴がしゅるしゅるとうねり、俺の肉体からほどかれる。
ほうほう、意外に難しいな。
ヘビは、いや”俺の魂が侵入したヘビの肉体”は、左右に体を揺らしながら『蛇の母』の下に戻っていく。
さて、ここで俺のオリジナルスキルの話をする。俺のスキル【魂の理解者】は、魂を掴んで引き抜く、握り潰す、弾き飛ばすことができる。
それなら……。
それなら、俺の魂を相手の肉体に入れることも、可能なのではないか?
「おまえええっ!!」
セツナが激昂して駆け出すのを、俺は舌に付属されたピット器官で察知していた。
すごい。どういう原理だ?ヘビ特有の感覚が俺の感覚に変換され、知覚できるようになっている。まるでサーモグラフィのように、真っ青な洞窟の中に人型の赤い影がくっきりと浮き出た画面が、通常の視界の端にワイプで表示されている。
ただ、感心している場合ではない。俺はヘビっぽく体を動かし続け、素早く『蛇の母』の体を登っていく。
頼む。もうちょっとだけ待ってくれ、セツナ。
「あなたはスキルが分かりませんが、切り札がないことは分かっています」
しゅるんっ。俺が歯の隙間を縫って『蛇の母』の体内に滑り込むと同時に、『蛇の母』が走り出した。
『全て殺します。私と我が子の繁栄のために。全て食らい尽くす!』
声が体内で反射し、とてつもない振動が響き渡る。
『蛇の母』の言う通り、喉の奥、人間で言うところの胃袋の辺りまで到達いsた俺は、大量にひしめくヘビたちを目の当たりにした。
白いヘビがいくつも絡まり重なり合い、一つの球体のようになっている。苦手な人が見たら気絶するだろう。
俺は大丈夫だが、これで見納めとしておく。
俺は口を大きく開けて、暗く赤黒い『蛇の母』の粘膜にかぶりついた。
『ッン、ギャアアアアアアッッ!!』
途端に、つんざくような悲鳴が体内に反響する。ヘビの子たちが驚き、球体がほぐれていく。
まだまだ、もういっちょ。二回目のかぶりつき。
『ギイアアアアアアアアッッ!!』
外の、と言えばいいか、『蛇の母』の肉体が転倒し、のたうち回り始めたと思われる。視界がぐるぐると乱れ、上下左右が分からないほど揺さぶられる。
だが、俺はやめるつもりはない。言ったよな、これで終わりだと。
魔物ゆえの強靭な肉体を持っていても、体の中の粘膜まで強靭とは限らない。ダンジョンボスでヒト並みの知能を持つ『蛇の母』も、この例に漏れることはなかった。
まあ、『蛇の母』が直前で子ヘビを撃ってきたのは予想外だったが。本来は『蛇の母』の肉体にお邪魔しようと思いつき、最後の突進のときに自分の魂を右手に握っていたのだ。
生命の魂は、魂に作用するスキルを持った者にしか認識することができない、というOSOの仕様を利用した。最後の交錯のとき、『蛇の母』には俺がなにも持っていない手を突き出したように見えていただろう。
子ヘビの魂が入っている肉体に俺の魂が侵入することができるのか、また肉体の中に魂が二つ以上ある場合、意識はどちらのものになるのかが疑問だったが、やってみたら俺の意識が適用される形になった。ここら辺の仕様は要検証だな。
総括すると、ラッキーだった。一か八かの賭けに勝ち、俺が勝利したのだ。
「……ぅはぐっ!」
『アアアアアッ!!』
「っんはぐっ!はぐうっ……!」
『ギャアアアアアッ!!ギャアアアッ!!』
さて、後はご想像の通り。
ヘビの子の肉体を得た俺は、母親の肉体が動かなくなるまで内側から肉を貪り続け、じっくりと『蛇の母』を打倒したのだった。
※※※
なお、『蛇の母』が倒され、一分経過した後にアイテムに変わった瞬間、俺は他の子ヘビとともに外に放り出された。
子ヘビの肉体である俺はなるべく逃げようとしたが、困惑した様子のセツナに呆気なく殺された。当然の結果である。




