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VRMMO 【Original Skill Online】  作者: LostAngel
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第八十三話

【第八十三話】


 第三回公式イベントが始まって一週間。『見晴らし山』の中腹で見つかった洞窟の先にあるダンジョン『氷の洞窟』を攻略していた俺と【エンジョイパーティ】の四人は、正義のプレイヤーとプレイヤーキラーが争いを繰り広げる戦場に到着してしまった。


「久しぶりだな、アット」


「こそこそ隠れた後に言うセリフか?」


 軽口を叩き合いながら、睨み合う俺とアット。


 ヘルメットに搭載されたライトが、数十メートル先に佇む禿げ頭を照らしている。


「ま、ここは攻略最前線だから、いて当たり前か。攻略勢を存分に狩れるからな」


「その通り。その上、狭い、暗い、一本道ときた。魔物と戦っている間に後ろから奇襲すれば、どんな相手だろうと葬れる」


「だよな。俺も自分がプレイヤーキラーなら、喜んでここにこもる」


 俺はやれやれと首を振って周りを見ながら、溜め息を吐く。


「だが、それじゃあなんでここで合戦じみたことをしている?ここはまあ暗いが、狭くもなく一本道でもない広場だ。獲物は留まって休憩するとはいえ、奇襲はまず成功しないだろう」


「そうだな。普通はそうだ」


 アットも周囲を眺める。


 洞窟の広間では、正義のプレイヤーたちとプレイヤーキラーたちの殺し合いが行われていた。


「死に晒せやああああっ!」


「おめえが死ねえええっ!」


 両者とも罵詈雑言を飛ばし、各々のスキルや装備を活かして相手の命を潰すことに全力を注いでいる。まるで戦争だ。


 ああ、PvPのゲームってこんな感じだったなあと、しみじみ回想してしまう。VRで視覚的に没入しているため、マジで戦争に参加している気分になるのだ。


「しかも見たところ、プレイヤーキラーどうしで徒党を組んでいるな。普段はお互いを嫌って殺し合っていたのに、どういう風の吹き回しだ?」


「ふっ、ずいぶん人に聞きたがるじゃないか、トーマ」


「その方がはやいからな。今はダンジョン攻略がメインだし、とっとと済ませて先に行きたい」


「……そうか」


 アットはギラリと歯を見せ、ヴィランらしく笑った。


 基本的に、プレイヤーキラーどうしは仲が悪いものだ。いざフィールドで事を済ませるときに鉢合わせれば、PK対象そっちのけで殺し合いし始めたりするくらいに仲が悪い。


 だから、『サクラゾンビ』のときのようにお互いの利害が一致するときでなければ、プレイヤーキラーたちは手を取り合わないはずなんだが……。


「確かに、俺たちは一枚岩じゃない。だが、協力するに足る理由はある」


「金か」


「それはどうか……」


 口を動かしながらも、アットが右手の剣、左手の杖を構える。


 来るっ!


「……なっ!!」


 最後の一音を吐くとともに地面を蹴り、一息に突っ込んでくる。


 こちらに向かってくるので辛うじて視認できるが、やはり速い!


 俺は右手を左肩の上に持っていき、右腕を捻る。


「『ソウル・パリィ』っ!」


 残像を残して加速するアットの体に触れるよう、俺は右腕を横に薙ぐ。


 が、アットは俺と接触する寸前、右腕をしならせるように大きく開きつつ、下半身を大きく捻って突進の方向を直角にずらした。


 弾丸並みの運動エネルギーが胴→右腕→剣へと伝わり、かまいたちのごとき斬撃が俺の右手に吸い込まれていく。


「っ……!!」


 目は事の顛末を捉えていたが、とても反応できるものではなかった。


 音もなく、俺の右手のひらから肘にかけてが縦に両断される。


「……っ。どうだ、トーマ?腕が三本になった気分は?」


「……最高だよ」


 俺から見て右奥の方で急停止し、嘲笑するように語りかけてくるアット。俺は動かなくなった右腕の二本の枝を見ながら、捨て台詞を吐く。


 なにをとち狂ったのかOSOは全年齢対象のゲームなので、流血表現はない。ただ、外傷からの出血判定はちゃんと適用され、相当量を失血するとデスする。


 そして今、俺はメディの造血剤を飲んでも助からないであろう傷を負った。グレープのスキル【自己再生】の『スキルジェム』はもうない。


 どうする?この状態で、どうすればアットを倒せる?


「……ふ」


「なにがおかしい?」


 いや、違うな。


 俺の目的は、あくまでこのダンジョンの攻略だ。目の前のプレイヤーキラーは確かに大きな障害だが、必ずしも乗り越えなければならない障害ではない。


 なぜならここは狭くもなく、一本道でもない広場。それに……。


 俺はちらりと背後を見やる。


「?」「……」


 コースケはきょとんとしていたが、マモルは俺の意図を察したようだ。


 それに……、仲間もいる!


「マモル、コースケ!あとは頼んだっ!!」


 俺は素早くかつ大声で言い放つと、広場の奥、洞窟の最奥につながる出入口に向かって走った。


 呆気に取られているアットの脇をすり抜け、脱兎のごとく駆け抜ける。


「え、俺!?」「逃がすとでも?」


 一瞬遅れて、コースケの素っ頓狂な声とアットの酷薄な一言が重なる。


 背後で地面を擦る音が鳴り、死神の気配が濃くなっていく。


「させるか、こっちだ!」


「っ……!体が……!」


 が、ここでマモルのスキル【なんとなく気に食わないヤツ】の効果を発動し、アットの気を引いた。


 やはり挑発の効果は、プレイヤーにも適用されるのか。マモルは魔物相手にしかスキルを発動していなかったので、明確な仕様は本人も把握していなかっただろう。


 感心しながらプレイヤーたちの死線を越えた俺は、広場の出口に到着した。


「っ待てええっ!」


「待てと言われて待つやつがいるか」


 誰のせいで逃げなくちゃいけなくなったと思っている。数分後には死が確定してるんだぞ。


 獲物に逃げられたプレイヤーキラーの懇願にも似た叫びに、俺は彼には聞こえないであろう小さな呟きで返した。



 ※※※



「急げ、急げ……!」


 腕の傷によって失血死する前に、ダンジョン『氷の洞窟』の最奥に到着してダンジョンボスを倒す。『ダンジョンジェムの欠片』を手に入れ、『申』とワイズエイプたちのために『ダンジョンジェム』を確保する。


 その目的を達成するために、俺は薄暗い氷の回廊を走り続ける。


 道中遭遇した魔物は全て無視。シロクマもコウモリもツララガイもスピードタイプではないので、初めから逃げると決めておけばフットワークで突き放せる。


「ギャオオオッ!」


 おっと、シロクマだな。


「よっと……」


「ギャオッ?」


 右に寄って……。


「……そらっ!」


「ギャオオオッ!?」


 左へと急旋回しつつ走り抜ける!


 シロクマとコウモリは図体でとおせんぼうしてくるので、少しすれ違い方にコツがいる。まあ、慣れれば簡単だ。


「……っとと」


 無理な体の動かし方で足がもつれそうになるのを、歩幅を小刻みに調整して耐える。


 あとは地面に生えている氷の棘や、頭上の氷柱に気をつけていれば問題ない。


 問題ないんだが、別の問題として『氷の洞窟』から広場までの道のりと、広場から最奥までの道のりが同じとは限らないというのがあるんだよな。この必死の行軍が成功するか失敗するかは、今回初めてここを訪れた俺には分からない。


「なんにせよ、進むしかない」


 俺は凍った地面を強く蹴り、再びスピードを上げた。


 どれくらい走っただろうか。一秒一秒が永遠に等しい時間感覚の中、ついに開けた空間に到着した。


「広いな。広場よりもずっと……」


 光が乏しいため予想でしかないが、ダンジョンボスを収めたこの空間はとてつもなく広い。


 俺はなにが飛び出してきてもいいように警戒しながら、一歩一歩進んでいく。


 そんな中、アットとの会話を思い出す。断言はしなかったが、やつは金のために他のプレイヤーキラーと手を組み、広場で攻略勢と戦っていた。


 というほぼ当たっているであろう前提から鑑みるに、プレイヤーキラーたちに金をちらつかせたクライアントは、攻略勢のダンジョン攻略を妨害したいのだろう。


 なぜ妨害したいのか?クライアントとは誰なのか?二つの大きな疑問が立ち塞がっているが、俺にはある確信と答えの予想があった。


 ダンジョンの最奥に行けば答え合わせができるという確信と、どうせクライアントはあいつだろうなという答えの予想が。


「ほらな?」


 視界が急に明るくなり、見慣れたあいつの後ろ姿を確認することができた。


「数が多すぎる。俺たちだけでは……」


「よう!」


 俺は声を張り上げ、絶賛交戦中のプレイヤーたちに自身の存在をアピールする。


 プライヤーキラーたちのクライアントはぎくりと大きく震えた後、ゆっくりと首を回してこちらを向く。


「焦りと驚きがないまぜになったような顔してるな、『魔王』」


「……トーマ」


「分かってる」


 『魔王』はやってきたのが俺一人であることと、俺の大きく裂けた右腕を見ただけで状況を理解し、俺の名を呼ぶことで加勢を命じてきた。


 俺も時間をかけられないので応えながら無事な左腕を構え、『魔王』の脇を走って通り抜ける。


「抜けてきたやつを半服従のあれで使役しろ。ボスは無数のヘビだ」


「オーケー」


 眼前に広がる戦場の様子と『魔王』の言葉で、俺も状況を理解した。


 ばかでかい広さのある広場の奥から、夥しい数のヘビの魔物がこちらに向かってきている。ヘビは白い鱗に覆われ、胴の直径は一メートルほどとOSOの魔物にしては大きくないが、なにせ数が多い。数十匹、へたすりゃ数百匹が連なり、川のようにとめどなく流れてくる。


 さらにこいつら、全員が口を大きく開けてギザギザの歯をこちらに見せながら突っ込んできている。そのせいで、目や鼻が確認できない。


 リアルに存在するヘビは決まった体温を持たない変温動物で、寒いところは苦手なはず。なので、OSOは生態を無視する形でこの魔物を実装していることになる。今更目や鼻がなくても驚かない。


「嚙みつきに注意だな」


 ステップを踏んで前に躍り出て、牙付き白ヘビの群れと好戦しているプレイヤーのうちの一人に近づく。『四天王』の一人、リーパーの真後ろに立った。


「この声はトーマ?って、どうしたのその右腕!?」


「アットにやられた。……それは今はいいから、魂を斬ったやつの肉体をこっちによこしてくれ」


 この場にいなかった俺の存在に驚き、顔だけをこちらに向けて反応したリーパーが驚きの声を上げる。


 説明している暇はない。ドラコをはじめ、他に戦っている『四天王』の面々と『魔王』が召喚した魔物たちも、圧倒的物量を誇る牙付き白ヘビたちに四苦八苦している様子が見てとれるからだ。


「……分かった」


 俺の作戦を瞬時に理解したリーパーは、大きな黒い鎌を巧みに振るいまくり、次々と牙付き白ヘビを斬り裂いていく。


 斬られたヘビたちは一切の外傷がないにもかかわらず、死んでしまったかのように動くのをやめ、這い進んできた慣性のまま俺の下に流れ込んでくる。


 相変わらずの腕前だな。俺は内心感心しつつ、自分の胸に左手を突っ込んで魂をちぎり、沈黙した個体の中に一つずつ埋め込んでいく。


 彼女のスキルは【死神の鎌】という。初期装備が大きな黒い鎌になる、初期装備変更系のスキルだ。


 リーパーの鎌は相手の肉体ではなく、魂のみを切り裂く。切り裂かれた魂は死神に献上され、この世界から消滅してしまうというおまけつきだ。


「正面からやってくる白いヘビの魔物を倒せ」


 こうしてできた完全服従の牙付き白ヘビに、俺は簡潔かつ正確な命令を送る。


 リーパーによって斬られたヘビの中には、ヘビ自身の魂がない。そのため、相手の魂に俺の魂を混ぜるときと異なり、俺由来の魂を入れると肉体中にある魂の割合が百パーセント俺の魂になるので、半服従ではなく完全服従させられる。


 以前のように、俺の狡猾さと魔物の逃走(闘争)本能が組み合わされた結果、こちらを裏切ってくるということはないのだ。多分。


「ねえ、一つ聞いてもいい?」


 鎌を振り回す手は止めず、リーパーは前を向いたまま俺に話しかけてきた。


「いいぞ、なんだ?」


 俺も慣れてきた。リーパーラインから流れてくるヘビに魂を詰め込み、指示を出すという簡単なおしごとに。


「どうして協力してくれるの?もう気づいてるだろうけど、アットたちプレイヤーキラーをお金で釣って広場で戦うように頼んだのはマディウスよ。ボスの魔物とダンジョン攻略の功績を得るために、攻略勢を足止めしていたのは私たち。そんな私たちに、トーマはなんで協力してくれるの?」


「そんなの簡単だ。俺もダンジョンを攻略したい」


 正確に言えば、『ダンジョンジェム』が欲しいのと、アウトドア『特製かき氷を作ってみよう』をクリアするための氷が欲しい。


 前者はリーパーが『ダンジョンジェム』の存在について知っているのか分からないので、また後者は攻略勢一同の悲願であり、リーパーにとっても自明なことなので、口に出して言わない。


「『ダンジョン荒らし』の二つ名を、さらに確固たるものにしたいってこと?」


「……違う。全然違う」


 言わなかったのだが、全く伝わっていなかった。


「氷が欲しいんだよ。ダンジョンのままだと採掘できないからな」


「ああ……」


 ごく簡単に説明すると、やっと納得してもらえたようだ。断じて俺は、ダンジョンを食い潰そうと考えているわけではない!


「でもそれなら、アールに魔法で生み出してもらえば?氷の魔法もあるでしょ」


「俺もそれは考えたが、アウトドアの文言に引っかかったからやめた。試してはいないが、アールの魔法で作った氷だと無理だろう」


「どういう意味?」


「アウトドアには‘特製”かき氷って書いてある。そしてイベントの舞台である『見晴らし山』に『氷の洞窟』が用意されていることを考慮すると、『氷の洞窟』で採った氷でかき氷を作らないと達成扱いにならないんじゃないかと思ったんだ」


「なるほど。よく考えてる」


 呆れて、溜め息交じりに言葉を吐くリーパー。


「考えなきゃ嵌められるからな。キノコの話は知っているか?」


「知ってる。当事者じゃないから申し訳ないけど、笑っちゃった」


 つい先日発生した、山に生えていたキノコが全て既存のキノコの名前によく似た毒キノコで、本当の食材に使えるキノコは洞窟にいる魔物を倒して手に入れなくてはならないというトラップ。


 あれで俺はますます、運営を信用しないことに決めた。


「ドラコ!!」


 数十匹ほどヘビの手下を送り込んだところで、背後の『魔王』が声を張り上げた。


「了解っ!」


 それに呼応するように、向かって左側から声が上がる。


 ドラコの声だ。人語を話しているということは、まだ竜には変身していないのか。


「炎が来るわ。下がりましょう」


「ああ」


 ドラコがでかい火竜に変身するのを横目に、俺とリーパーは迫りくるヘビたちをあしらいながら後ろに退く。


「グオオオオオッ!!」


 咆哮が轟き、茶色の竜が羽ばたいた。風圧がこちらまでやってきて、俺たちとヘビたちを威圧する。


 相変わらずの迫力に足を止めそうになるが、ここで立ち止まったら火で焼かれて死ぬ。俺とリーパーは全速力で後方に下がる。


「ここまでくれば大丈夫だ」


 十秒とかからず『魔王』が佇む場所まで戻ることができた。その言葉、信じるぞ。


 俺は足を止めて振り返ると、天井にぶつからないように飛びながら頭を屈める飛竜の姿が確認できる。


 来る。俺は無事な左腕で目元を覆う。


「グオオオオオッッ!!」


 次の瞬間、唐突に視界が明るくなり、後ろに押し退けられる感触を覚える。バーチャルだから感じないが、きっと相当な熱さなのだろう。


 俺は業火がヘビどもを一掃している光景を思い浮かべながら、重心を落としてじっと耐える。


「グオオオッ!、グオオオオオッ!!」


 竜が鳴く度、明るさと体にかかる勢いが増す。ドラコは全力を以て炎を吐き散らしているに違いない。


 俺が把握する限りでは、変身系のスキルは異形に変身するのと、変身を維持するのに魔力を消費する。ただ、火を吐くといった変身後の行動にさらなる魔力が必要なのかまでは分からない。


 俺の予想では、全くのノーリスクではないと思う。こうして魔物の群れを蹂躙できるほどの力があるんだからな。


 そんなことを思いながら待つこと、数十秒か数分。やっと眩しいのが収まったので、腕を下ろす。


「流石の火力だな」


「当然だ。竜とはかくあるべきだろう」


 自分の力じゃないくせに、『魔王』はやけに威張っていた。


 まあ確かに、焦土と化した目の前の光景を見れば、竜としてのアイデンティティはいやというほど実感させられるが。


「ボスは倒せた、のか?」


 覆っていた氷が溶け、漂う煙を浴びながら、ヘビの軍勢ごと真っ黒に炭化した地面を眺め、俺は『魔王』に聞いてみた。


 ダンジョンボスが倒されれば、『氷の洞窟』のダンジョンとしての機能は失われる。魔物が無限湧きすることもなくなるし、壁や天井、地面を覆う氷をアイテムとして採取することができるようになる。


 腕の傷により余命が数十秒の俺は、一刻も早くボスが討伐されたのかを知りたかった。


 その次に今ここにいる『魔王』と『四天王』を倒し、報酬の『ダンジョンジェム』を掠め取る時間と手間が必要だからな。


「……いや、まだだ」


 『魔王』の無駄に視力の良い双眸は、大広間の奥を睨んでいた。


 幸いヘルメットのライトがまだ生きていたので、俺も注視してみる。


 煙が逃げ出してクリアになった闇の中、大体百メートルほど前方に、白い人影が立っていた。


「奥からやってきたのか?」


「いや、違う。ヘビの波の下にいたんだ」


 誰に尋ねたわけでもない俺の問いに、変身を解除して戻ってきたドラコが応えた。


 彼は竜になって空を飛んでいたので、白ヘビたちの様子を上から確認できたはず。そんなドラコが言うのならそうなのだろう。


「来るよ!」


 どうみてもちんまい女児にしか見えない『四天王』の一人、ゾーイもいつの間にか近くにいて、警戒の一言を漏らした。


 確かに人影はゆっくりとだが、こちらに向かって歩いてきていた。


「涼しい洞窟暮らしのあいつが、竜の炎に耐えられるはずがない。だが、やってみる価値はあった」


「どういうこと、マディウス?」


「『魔王』と呼べ」


 『魔王』が意味深な語り口調になって説明を始めたが、どこまでも冷め切っているリーパーによって遮られる。


 だが、俺には『魔王』の言いたいことがよく分かる。


「あいつは経験がないながらも、こうすれば火を防げるのかもしれないと思った。そう、あいつは思うことができた」


 自ら考え、行動に移すことのできる能力。


 人影がさらに近づいてくる。


 鱗の生えた白い肌。頭部の、ギザギザな歯が生え揃った大きな口。目と鼻、それに耳が確認できない。


 まるで、白いヘビの魔物を無理やり人間の形にしたかのような見た目。まさにヘビ人間と呼ぶに相応しい。


「そして周りのヘビを使役し、肉壁の層を作った。それでドラコの炎を防いだ。多くの子を犠牲にし、自分だけ生き延びたのだ」


 ただヘビ人間には、人間とも白いヘビの魔物とも異なる部分があった。人間の両手両足の指に当たる部分に、鱗が発達したような大きな爪が四本ずつ生えている。


 また、おそらく人間の尾てい骨に当たる部分から、これまた白い鱗に覆われた尾が伸びていた。尾は先端が地面につくほどの長さで、ヘビ人間は引きずりながら歩いている。


 ヘビ人間は『水晶の洞窟』にいるリザードマンに近い容姿をしているが、頭部だけはトカゲっぽい愛らしさを感じるリザードマンのそれとは大きく異なっていた。


 俺にはどうも、目、耳、鼻がなく、横一文字に裂かれた口と鋭く不揃いな歯が不気味でならない。


「……」


「あなたが……」


「「「「「っ!!」」」」」


「いや、あなた方が……」


 皆沈黙したままヘビ人間を見ていると、なんと話し始めた。その場にいる全員、俺、『魔王』、リーパー、ドラコ、ゾーイは同時に息を呑む。


 そして俺と『魔王』は多分、同じことを考えている。


 人語を解す魔物は『ゴブリン・ワイズ』だけではなかった、と。


「私と、私の子たちを傷つけたのですか?」


 ヘビ人間、もとい『蛇の母』は立ち止まると、恨みがましく言った。すぐさま膨れ上がった殺気が俺たちの肌を刺してくる。


 どうしてこんな存在がいるのかは分からないが、これだけは分かる。


 こいつは高い知能に由来する明確な殺意を持って、俺たちを攻撃しようとしている。


「私はあなた方を、許しません」


 俺たちとの距離、実に二十メートルほど。


 距離はあるが警戒しながら『魔王』が短剣を取り出すのと、その距離を一瞬にして詰めた『蛇の母』が『魔王』の頭にかぶりついたのと、俺が失血死するのはほぼ同時だった。


「え……?」


「……」「……」


 一拍置いて、大きな音を立てながら『魔王』の頭が嚙み砕かれた。


 そのショッキングな死に、リーパーが声にならない戸惑いを示す。ドラコもゾーイも、顔に驚愕の表情を張り付けたまま硬直している。


 おかげで、俺の死が誰の目にも留まっていない。


 おい。俺もここまでがんばったんだぞ!


「に、げろ……」


 遺言を吐けない体にされた『魔王』に代わり、俺がメッセージを残す。


 『魔王』を一撃で屠ることができる『蛇の母』に、リーパーたちだけでは絶対に勝てない。中間地点の広場まで逃げて、PvPしてるやつらに協力を仰ぐべきだ。


「……マディウス?」


「……」「……」


 だが、そこまで考えた上で発した俺の遺言は、誰の耳に届くこともなく闇の中に消えるのだった。

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