第八十一話
【第八十一話】
カレーの食材を求めてやってきたフロンティア『生命の大密林』の奥地で、俺、トーマは干支の魔物『申』にある交渉を持ちかけていた。
「村を隠すための、より良い方法とはなんですか?」
理知的に投げかけられた『申』の問いに、俺は余裕を持って返す。
「その方法とはずばり、ダンジョンだ」
「えっ!?」
「ダンジョン?」
「またなにかよからぬことを企んでいるんじゃないだろうな、トーマ!?」
俺が決定的な一言を発すると、ニヒルとシャボンからは驚きの声が、そしてガイアからは非難の声が飛んだ。
「失礼な。俺は『申』とワイズエイプたちのことを考えて提案してみただけだ」
突っかかってくるガイアに反論する俺。
「村ごと隠すスキルがどれほどのものか分からないが、一度村の存在がバレたら取り返しがつかなくなるんだぞ?それなら、スキルで隠した上で、さらに村をダンジョン化して守りを完璧にした方がいいだろう」
「それは、万が一バレたときに、村をダンジョンと誤認させようということか?」
「そうだ。ダンジョンボスは適当なキメラに設定して、ダンジョンの存在がプレイヤーに露見したら、『申』たちは村と密林を捨てて逃げればいい。そうなったときの『申』たちの状況は厳しいが、準備が整う前に村へ人が侵入するのは避けられるだろう。バレたときの保険になる」
「むう……。それなら確かに理があるな」
賢そうに見えて、案外ガイアはちょろい。
それっぽい理論をぶつければ、比較的安易に折れてくれる。
「お取込み中すいません、トーマさん。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「そもそもダンジョンというものがなにか分からないのですが、迷宮のようなものなのですか?」
「その認識で大丈夫だ。定義の話をすると長くなるから、攻略に時間のかかる迷路みたいな捉え方でいい」
「迷路ですか。もし村の位置がバレそうになったとき、人間たちがそれを解いている間に、私たちは次の手を打つということですね」
「その通り。流石の理解力だ」
若干のメタ要素があって複雑な論理だと思うが、『申』は俺の言いたいことを理解してみせた。
最近のAIだかコンピュータだかは、とんでもない知能を持っているな。
「そういうことね。それなら私は賛成かな」
「私もです。無駄な争いごとは避けるべきですし、ダンジョンが増えるのはプレイヤーにとっても有益です」
俺の説明を聞いて、ニヒルとシャボンは賛成票を投じてくれるらしい。
話が速くて助かる。二人とも場の空気を読む能力に長けている。
さて、あとはガイアだが……。
「……二人が賛成するなら、私から言うことはない。悪だくみでもなさそうだしな」
「おい。まるで、俺が悪だくみしかしないみたいな言い草だな」
「だってその通りだろう」
「……」
そこを突かれると痛い。俺は無言で返答した。
「……まあとりあえず、話はまとまったな。村とエイプと『申』のことを秘密にするのは大前提として、村をダンジョン化して万が一のための保険をかける」
「保険を増やせるなら、私としては願ったり叶ったりです」
『ダンジョンジェム』の細かい仕様は分からないが、エイプたちを匿うスペースを確保するのはそれほど難しくないだろう。
肝心なところが投げやりだが、そこらへんは上手くやってくれ。現場の判断ってやつだ。
「ただ、この作戦には一つ問題がある」
「問題、ですか?」
「ああ。問題というのは、俺たちは今のところダンジョン化するのに必要なアイテム、『ダンジョンジェム』を持ってないってことだ」
「ダンジョンを作るには、『ダンジョンジェム』というものが必要なのですね」
「そうだ。だからこの場では、いずれ『ダンジョンジェム』を手に入れてからエイプたちの村をダンジョン化する、ということしか約束できない。『申』は、それでもいいか?」
「……分かりました」
俺の言うことを信じていいか。本当に村をダンジョン化してもよいのか。いやそもそも、口頭で交わしただけの約束を反故にされないか。
色々な懸念が浮かんでくるのか『申』はしばしの間沈黙していたが、数秒後には俺の提案を飲んでくれた。
よし。物分かりが速くて助かる。
「それじゃ、お暇するとしよう。コメとウコンをもらってな」
「私たちにとっても有意義な時間でした。今手配させます」
こうして、俺たちはワイズエイプの集団から最後のピースをもらい、食材を探す密林の旅が終わった。
え?行くだけじゃなくて、目的地から帰ってくるまでが旅だって?
そんなの、行きと同じようなことしか起こらないからカットだ、カット。
※※※
「さあ、じゃんじゃん食べろ」
「大盛りいっちょう!」
エプロン姿の俺とニヒルは取ってつけたような元気な声と一緒に、熱々のカレールーをよそっていく。
目の前にある寸胴鍋の中には数十皿分のルーが煮詰まっている。空元気でも出さなければ盛りつけは終わらないだろう。
「しっかり食えよ、アウトドアが達成されないからな」
「お待たせしました」
隣では、ガイアとシャボンがひたすら皿にご飯を盛る。彼女たちもエプロンを着ている。
無事カレーの食材を全て集めた俺たちは、『見晴らし山』の五合目にあるキャンプサイトの炊事場でカレーの炊き出しを行っているのだった。
「精が出るな、トーマ」
「グレープか。手伝っ……」
「いやだ」
のこのことご相伴に預かりに来たグレープに、考える隙を与えないために早口で手伝いを命じようとしたが、即答で返された。
いやだって、子どもか。
「ゲームの中でまで給食当番みたいなこと、したくないからな」
「言うな、薄々実感してるんだぞ」
年齢の若いグレープは学生の頃を思い出すのか、お昼休みの教室で行われるあの苦役に辟易としているようだ。
しょうがないので、俺はいつものような軽口を叩き、カレーが盛られた皿を渡す。
「うまそー!味を感じられないのがもったいないぜ!」
「盛りつけまで完璧にこなしてこそ、料理が完成するからな。グレープも、俺たちと一緒に盛りつけの真髄を探求して……」
「いやだ」
再度引きずり込もうとしたが、駄目だった。
「スプーンはあっちにあるからな。水はセルフサービスだ。あと、食べ終わった後の食器は洗って返すように」
別れ際に注意事項を言うと、まだカレーを食べていないのにグレープは渋い顔を作った。
「げえ!」
げえとはなんだ、げえとは。こちとらボランティアじゃないんだぞ。
グレープは不満を漏らしながらも、浮かれきった足取りで俺の下から離れていった。
「はあ……」
思わずため息が漏れる。
はっきり言って、カレーの盛りつけという作業はめんどくさい。
バーベキューのときは自分たちで焼いていたので、皆が等しく労力を割いていた。しかし、カレー作りでは勝手が違った。
食材を用意した俺たちがホストという形になり、その他大勢のプレイヤー(ゲスト)のためにカレーを振る舞うことになったのだ。
というのも、料理の腕に自信のあるガイアとシャボンの女性陣がカレー作りに乗り気で(ニヒルも割とやる気だったが、女性陣に入れないでおく)、振る舞う流れになってしまったのが原因にある。
「どした?もうへばった?」
「いいや、飽きた」
作業する手を止めずに、横のニヒルとも話す。
「いいじゃん。盛りつけの真髄を極めるのも、さ」
グレープに吐いた詭弁がばっちり聞かれていた。
だいぶ似合っているエプロン姿のニヒルから出たちゃかすような一言に、俺のメンタルにさらに負荷がかかる。
「たまには、人のために尽くすのもいいんじゃない?私たちヘイト買いまくりだし」
「それは、一理あるな」
暗殺を生業とするクランのリーダーが言う言葉には重みがあるな。『ダンジョン破り』として悪名が轟いている俺は思った。
「よっ、トーマ!」
間髪入れずに次の客がやってきた。
この、なにも考えていない底抜けに明るい声は。
「ハッパか。なあ……」
「やだよん」
「まだなにも言ってないだろ」
「どうせ、盛りつけ手伝えって言うんでしょ!私にはお見通しよおっ!」
暇そうなハッパを暇でなくさせてやろうとしたら、またもや先んじて拒否されてしまった。
「無駄なところで勘が鋭いのは、グレープもハッパも変わらんな」
「おおおおっ!!具材ゴロゴロですごいっ!」
口を動かしつつカレールーをよそってやると、ハッパが興奮し始めた。
「味は保証する。食べてもおいしさは感じないが」
「なにを隠そう、カレー大好きなんだよねえっ!バーチャルでもしっかり再現されてておいしそうじゃん!」
ここにきて、ハッパがカレー好きという事実が判明した。誰得だろうか。
「ちゃんと調理したからな。余計に疲れた」
今現在の時間帯は、そろそろ日が暮れようかという夕暮れ時。『生命の大密林』から昼過ぎだったから、ほぼ午後の時間を丸々使ってカレーを調理していたことになる。
食材を集め、炊事場をレンタルし、調理器具を使って具材を切り、火を起こしてご飯を炊いてルーを混ぜ、煮込む。やることは明確だったし、特に問題なく作業は進んだが、ハードだった。できあがりを気にしないといけないので、魔物との戦闘より疲れた気がする。
「まあ、お疲れさん!それにありがとう!皆がアウトドアを達成できるように、カレーを分けてくれて!」
「バーベキューも全員でやったし、気にするな。もともと独占するつもりもない」
カレー皿を受け取ってにっこりとした笑顔で感謝するハッパに、俺はなんでもないことのように言う。
正直、貴重な食材を独り占めして他のプレイヤーと差をつけるということは、考えてはいた。しかし、それをしても特別な利益が得られるわけではない。せいぜい、高値で食材を売ったりできるくらいだ。
なので、イベントの初期の方でそうした考えは捨てていた。
「結局、アウトドアは大勢でやるのが楽しいしな」
「言えてる」
ちゃっかり盗み聞きしていたニヒルも同意見のようだ。
「スプーンはあっちにあるからな。水はセルフサービスだ。あと、食べ終わった後の食器は洗って返すように」
「あい分かった!」
最後にグレープに言ったことと一文字も変わらない注意をすると、ハッパはびしっと右手を上げて食事用のテーブルへと走っていった。
「おい、スプーンと水!……世話の焼ける」
なんか、本当に学校みたいだな。
そう思いながらも俺は慌てて、銀の匙を手に取るのだった。
こうして、第三回公式イベントにおけるミッションの一つ、アウトドア『カレーを作ってみよう』が完了した。
※※※
「ふむ、まさに日本のカレーといった見た目だね。お腹も十分に膨れそう」
「伝統的で家庭的な日本料理といったら、やはり肉じゃがとカレーだろう」
「ホームステイのときを思い出すなあ。今度リアルで食べに行かない?」
「名案だ、相棒。今回のことが済んだら店を探そう」




