第八十話
【第八十話】
アムと名乗ったサルの魔物はキマイラを作ったことを認めると、俺たちプレイヤーを見回した。
「皆さんにスキルがあるように、私たち一匹一匹にもスキルがございます。それを活かし、最強の魔物を作ろうとしていました」
最強の、魔物?
急にIQが下がったな。
「そんなもの作ってどうするのさ?」
「私たちの祖は、私たちの村を防衛するための戦力と言っておりました。いつ何時敵が森に押し寄せてくるかも分からない状況で、丸腰でいるのはあまりに愚かだと」
ニヒルが軽く質問すると、アムから詳細な答えが返ってくる。
ふーん、理に適ってはいるな。
ただそれだと、俺らを敵と認めて排除しようとしたとみなせてしまうんだが。
「質問、いいか?」
「はい」
「ありがとう。……なら私たちは、アムたちの敵なのか?」
俺と同じことを思ったガイアが斬り込む。
「初めはそうだと思いました。森を荒らしながら、奥地を目指してくる恐怖の存在。戦力を測るために放ったキマイラたちもすぐさま倒してしまうほどの強敵だと」
「では、なぜ敵の前に姿を現した?」
「私たちの祖が仰ったのです。全ての物事には理由がある。もし戦う場合は、侵略のための侵入なのか、それとも別の理由で森に立ち入ったのかを明らかにしてからでもよいと」
「なるほど。つまり、俺たちは見定められている途中なのか」
「そうでございます」
アムが言葉を切った途端、森の空気が変わった。
目的によっては戦闘も辞さないというサルの魔物たちの殺気が、森の雰囲気を刺々しいものに変えたのだ。
「ちょうどいいですね。今、問います。トーマ様、ガイア様、ニヒル様、そしてシャボン様。あなた方は私たちの敵ですか?」
真剣な顔つきでアムが言った。
「……」「……」「……」
問われたのだが、ガイア、ニヒル、シャボンはなぜか俺を見た。
サルの魔物たちの敵となるか、仲間となるかの選択を俺に託してくれるのだろうか?
いや、絶対面倒ごとを押し付けようという魂胆だな。少なくともガイアとニヒルはそうだ。
「アム、断言しよう。俺たちは決して敵ではない」
「……俺たちは、というのが気になりますね」
俺が含みを持たせて返事をすると、アムが反応した。
流石、耳聡いな。
「あー、怒らないで聞いてほしいんだが、アムたち一匹一匹に個性や性格があるように、俺たちプレイヤーも一枚岩というわけではないんだ。つまり、100パーセント味方であると約束することはできない」
「……」
「ただ、安心してくれ。俺たちは皆アムたちと仲良くなりたいと思ってるし、他の大多数のプレイヤーも同じ考えだと思う。だが、邪な考えを持つやつだっている」
「邪、ですか」
「ああ。自分の利益のことしか考えず、他者をどう扱っても、どうなっても構わないという考え方のやつだっている。いや、いないとは言い切れないと言った方がいいか」
「だから、俺たちは敵ではない、という言い方なのですね。分かりました」
なるべく分かりやすいように言葉にしたつもりだったが、理解してくれたようだ。
しきりに頷き、頭の中で思考を転がすような顔つきをするアム。
「……」
それを俺たちは、ただ見守る。ひたすら待つ。
アムの頭の中で、俺たちが信用に足る人物たちかどうかを精査している最中なのだ。邪魔はできない。
「森に入った目的は、植物採集なんです。ある料理を作るために必要な、スパイスとコメを求めてやってきました」
肝心の目的の部分を、シャボンが簡潔に補足してくれる。
そうか、先にそのことを話すべきだったな。
「料理……。それはもしかしたら、カレーのことではないですか?」
「カレーを知ってるんですか!?」
「私たちの祖が知識をもたらしてくれたのです。コメとスパイスの実を混ぜ合わせた、カレーなる食料が存在することを」
また、『私たちの祖』が出てきた。
社会を防衛するという考え方とカレーの作り方を伝授したアムたちにとっての祖とは、いったい何者なのだろう。
「外れてたら申し訳ないが、コメやスパイスの植物を栽培していたり、余るくらい保管していたりしないか?俺たち、どうしてもカレーが作りたいんだ」
「余るくらいはありませんが、栽培はしています。私たちの祖から栽培方法を教えて頂きました」
念のため聞いてみると、嬉しい返答が。
アムたちから食材をもらえるなら、これ以上森の中を探し回る必要もない。
「俺たちはアムたちワイズエイプと戦いに来たわけじゃない。コメとスパイスを探しに来たんだ。アムたちの暮らしの邪魔はしない。ただ、もしよかったらコメとウコンを分けてくれないか?それでカレーが完成する」
俺は真剣な表情を作って頼み込んだ。
この熱意が伝わってくれれば、ミッションコンプリートは目前だ。
「分かりました。今の言葉を信用し、私たちはあなた様方を歓迎いたします」
「それはありがたい」
アムが両手を広げて受け入れる意を示すと、張り詰めていた空気が弛緩した。
彼ら、ワイズエイプたちに受け入れられたようだ。
「少量になってしまいますが、コメとウコンをお渡しします」
「あの、大変恐縮なのですが、苗から頂けませんか?」
「もちろん、そのつもりです」
「ありがとうございます!」
よしよし。これで任務は果たせたも同然だな。
「ですが、コメとウコンと引き換えに、一つだけやって頂きたいことがあります」
ん?
なんか雲行きが……。
「可能なことなら喜んで引き受けよう」
「私たちの祖と会って頂きたいのです。直接顔を突き合わせたいと、私たちの祖は仰っております」
ワイズエイプに知恵を授けた存在と、会う?
なんか、とてつもなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「分かった、会おう。俺たちはどうすればいい?」
しかし、俺は不安を外には出さずに快諾する。
祖が何者なのか、気になるのは俺も皆も同じだろう。
「ついてきてください。私たちの村へ案内します」
両腕を広げたまま体を傾け、森の奥を示すようにかしこまったアムを見て、俺は覚悟を決めた。
【カオスメーカー】のアルフレッドやビルたちと、会う覚悟を。
※※※
ワイズエイプの集団の後ろを数十分間森を歩き続け、たどり着いたのは家のような建造物の前だった。
「この中に私たちの祖がいらっしゃいます」
幅がとんでもなく太い大木をくりぬいて、木のドアをつけたかのような住居が目の前にある。これがほんとのツリーハウスと言わんばかりの家だ。
「ここに……」
ニヒルが緊張した面持ちで漏らす。
ここに、おそらくアルフレッドたちがいる。ゴブリン領のときと同じように、待ってましたと言わんばかりに潜んでいるはずだ。
なにせ、やつらには前科がある。敵対する異種族であるゴブリンに知恵と力を授け、文字通りの混沌を生み出した前科が。
「どうぞ」
アムは幾度かノックしたのち、木のドアを押し開けた。
いつの間にか、俺たちを取り囲んでいた大勢のサルたちは消えていた。彼らの村に戻ったのだろう。
「暗いのでお気をつけください。一人ずつ中へ」
ドアの先は暗闇だった。照明の類は室内にないようだ。
ますます怪しいが、動く他あるまい。
俺は進んで家の中に入った。
「ようこそ」
最後のシャボンが入り、ドアが閉められると同時に渋い声がした。
聞いたことがないな。声を変えているのではないのであれば、アルフレッドとその一味ではない。
「今、明かりをつけましょう」
言うや否や、ボッと火が付く音がする。
そこには白い、大きなサルがいた。片手に灯ったろうそくを持っている。
「っ!」
現れた大きな存在に、ガイアやシャボンはちょっと驚いたようだ。
「失礼。屋内で火を燃やし続けていると酸欠になってしまうのでね」
白いサルは素直に非礼を詫びた。
というか、酸欠の概念も知っているのか。相当頭が切れるな。
「改めて、ようこそワイズエイプの村へ。私はサル。いや、『申』と呼ばれていたものです」
家の中はまるで巣穴のようだった。木を削ってできた大きな空洞の中に、俺たちと白いサルはすっぽりと収まっていた。
いや、そんなことはどうでもいい。
『申』だって?
「『申』。干支の魔物の一体……」
「プレイヤーたちはそう言っていますね」
ガイアが不用意に漏らした一言に、『申』は目聡く反応した。
「倒すべき対象であるとも聞きました」
「それは少し違うな。各地の生態系に多大な影響を及ぼすから、見つけたら倒すようにしているだけだ。このように話せるのなら、戦う必要はない」
俺は、プレイヤー間で暗黙のルールになっていることを正直に言う。
干支の魔物は全て、今まで確認されたことがない新種であり、それらがフィールドにどう影響を及ぼすかが未知数なので、可能な限り居場所を見つけて倒すというのが俺たちの方針だった。
もっとも、『申』はもともと住んでいたであろうワイズエイプたちに知恵と武力を与えるという、割と嫌な形で密林の生態系に影響を及ぼしてはいるのだが、あえて口には出さない。
「なるほど。人間たちも、危害が及ぶ前に自衛をしていると」
「そんな感じだな」
「私たちと似たような手段を取っているというわけですか……。また一つ賢くなりました」
『申』はそう言い、空いている手で頭の毛並みを整え始めた。
「それで、わざわざ正体を明かしてまで俺たちと話したかった理由はなんだ?少なくとも俺たちはやり合うつもりはないが……」
「カレーの食材がほしいのですよね。苗を集めて魔法で運んでいたのを、斥候から聞いています」
斥候?監視されていたのか。
戦闘に類する部隊も編成されているとなると、ますますゴブリンみたいだ。しかも、一匹一匹がスキル持ちなのでゴブリンより厄介と。
「私がお願いしたいこと。それはずばり、不可侵条約です」
「これ以上森を荒らすなってこと?」
「いえ、森には来てもらって大丈夫です。具体的に言うならば、これ以上私たちの村に干渉しないで頂きたい」
「争いたくないのだな」
「そうです。誰も、戦争なんてしたくありません」
ニヒルとガイアが上手く話を引き出してくれる。
『申』は余計な争いを生みたくないというわけか。
「不可侵の取り決めを真剣にお願いするべく、私は自分の身を露わにしました。ですが、あなた方には口を慎んで頂きたい。村などなかった、ワイズエイプという魔物などいなかった。そう吹聴してほしいのです」
「村とワイズエイプについて隠し通せということですか?」
「その通りです。現在、『生命の大密林』はあなた方によって攻略されている最中ですが、私たちの村は相当探さないと見つからない場所にあります。なので、村の存在をできるだけ隠したいのです」
「村があると知らなければ決してたどり着けない。そんな場所に村があるという絶対的な自信がある根拠は?」
「そういう、スキルがあるのです。隠すスキルが」
質問してみると、『申』はさらりと言ってのけた。
「私は今の生活に満足しています。むしろ、異次元で『干支の島』から連れ出してくれたあの男性には感謝すらしています」
Dのことか。
『干支の島』という、おそらくフィールドの名前は気になるが、とても口を挟める雰囲気ではなかった。
「私は、導くべきワイズエイプたちに物事を教え、一つの種族を興したいのです。あなたたちにはその邪魔をしてほしくないのです」
「なるほど、よく分かったよ。俺もまた賢くなれた」
俺は頷きつつ、『申』の口癖を真似てみた。
「では、約束してくれますね?これ以上私たちの村に干渉しないと」
「いや、それはできない」
「え!?」「なにを言っている、トーマ!」「どういうことです?」
俺の思わぬ一言に、ニヒル、ガイア、シャボンの三者が声を上げる。
「では、交渉は決裂ということですか?」
「いや、そういうわけではない」
「ならば、どういうわけなのですか?」
「スキルの詳しい能力は知らないが、広い村を丸々隠すというのは、やすやすとできることではないだろう。払うコストや負うリスクが、そこそこあるんじゃないか?」
「まあ、そうですね」
だろうな。俺の読みは今日も冴えている。
「実は村を隠すのに、もっと良い方法があるんだ」
俺は腹黒さをなるべく隠した表情で、笑顔を作って純粋な『申』に甘言を吐いた。