第七十七話
【第七十七話】
無事バーベキューを達成した翌日。俺は久々に、ユルルンにある自宅に戻ってきていた。
「で、俺になにか用?」
目の前にいるちゃらついた男、クラン【繁栄の礎】のクロックと会うために。
「しらばっくれるな。OSO中の植物を把握してるクロックなら知っているんだろ?香辛料とコメの在り処を」
開口一番、俺はかまをかける。
クロックは【タイムキーパー】というスキルを持っている。その能力は、対象の時間経過を速めることができるというもの。
主に植物を成育させるのに便利で、クロックはOSOのサービス開始直後、様々な検証にこき使われた。その恨みもあって、彼は【繁栄の礎】というプレイヤー社会の発展のために犠牲になったプレイヤーたちの集まるクランに所属しているのだ。
「知っている、と言ったら?」
「教えてもらう」
少しそわそわした感じで意味深な返答をするクロックに、俺はきっぱりと答える。
【繁栄の礎】に入ってからのクロックは、植物の成長促進というビジネスを生産職や農家プレイヤーに対して行うことでお金を稼いでいる。
そんな彼ならOSOの植物事情に詳しいと踏んだが、予想通りだったようだ。
「イベントの舞台である『見晴らし山』、知っているな?そこは暑そうなフィールドだが、スパイス類の木やイネが育つほど熱帯というわけではない。現状、スパイスとコメが手に入らなくてカレーが作れないんだ」
「それと俺が呼び出されたことと、なんの関係があるの?」
「率直に言う。プレイヤーのアウトドア達成のため、情報をくれないか?南の『フロンティア』についての情報を」
俺たち日本人が想像するコメと言えば日本のコメだが、コメは熱帯で育つ品種もある。
カレーにスパイスが必要なことを考えると、運営はコメとスパイスを同時に手に入れられる機会をどこかに用意してあると推測できる。そしてそれは、地理的に南のフィールドであるというところまで、なんとなく考えが及ぶのは普通のことだ。
しかし、俺はコメやスパイスが市場に流通しているところを見たことがない。そういった作物が手に入ったという噂を聞いたこともない。
となると、まだ完全に情報が出回っていない『フロンティア』で入手できるのではないか。俺たちはそう考察した。
ま、ここまで推理したのは主にアールだけどな。
「……俺が『フロンティア』のことを知っていると?」
「知ってるだろ?攻略勢がアイテムを『フロンティア』から持ち帰って【検証組】に渡し、追加で検証が必要な植物の種や苗なんかはクロックに回されていると聞いているぞ」
「誰から?」
「シークさんからだ」
「……『大図書館地下』の借りを返し続けてるってわけか」
合点がいったという風に舌打ちをするクロック。
俺は過去にエリクシルのダンジョン『大図書館地下』を攻略して無限の広さを持つ地下十階を解放したことで、【検証組】に多大なる貸しがある。その恩を存分に利用して、クロックがどういう仕事を請け負っているかをシークさんから聞いていたのだ。
「さあ、言い訳はできないぞ。知っていることを吐いてもらおうか」
俺はちゃぶ台越しにクロックに詰め寄る。
すると彼は勘弁しろと言いたげに両手を上げ、重い口を開いた。
「分かった話すよ。話すが、条件がある」
「なんだ?」
「南の『フロンティア』、『生命の大密林』に行き、植物を採取してきてほしい」
「なんだそんなことか。もとからそのつもりだったぞ。クロックからフィールドのことを聞いたら、自分で取りに行く予定だった」
「いや、俺たちがほしいのはコメやスパイスだけじゃない。俺がコメとスパイス、大密林のことを教える代わりに、可能な限りの植物を採取してきてほしいんだ。シャボンと一緒に」
ん?
「可能な限りというのは分かったが、シャボンと一緒に?どういうことだ?」
「彼女のスキルで植物を運搬したいんだ。生えている木や苗ごと」
「なるほど」
俺はクロックの意図を理解した。
シャボンのスキルは【泡沫魔法】といい、指定した対象をシャボン玉に包み込み浮かせることができる。浮かせた対象はふわふわと宙に浮き、彼女の命令でゆっくりと漂い続ける。
「クロックは【泡沫魔法】を利用して、サンプルが欲しいというわけだな」
「そう。『生命の大密林』は魔物の種類と数がすごい多くて、攻略勢の人たちは魔物の素材しか持って帰ってこないんだよね。そのせいで俺や農家の人たちが苦労してるんだよ」
「まさか、自分たちで密林まで採取しに?」
「それは最初もしてたけど、魔物に返り討ちに遭ってやめた。今は個別で攻略勢にお願いして少しずつ集めてる状態」
「その状態を変えたいというわけだな」
「そう。いい加減前に進みたいからさ。料理人のプレイヤーも食材が増えないって嘆いてたし」
そうか。食べられる植物の流通が少ないと、料理人も困るわな。
「だからトーマ、こっちからも頼むよ。トーマの腕を見越して、『生命の大密林』の攻略をお願いしたい」
「そういうことならお安い御用だ。俺としても行かなきゃいけないからな」
「イネも、コショウとかクミンとかウコンとかカルダモンとかのスパイスも、密林のそこら中に生えてるから、集めるのに困りはしないと思う」
「分かった」
どこでも採れるのか。それなら安心だ。
「あと、ゴリラとトラに気をつけてね。大蛇にも」
俺はクロックが発する一言一言を頭の中にメモしていく。
まーたトラとヘビか。
「シャボンには俺から連絡しておく。どうせこれから行くんでしょ?」
「ああ。はやくしないとイベント期間が終わってしまうからな」
前にどこかで言ったかもしれないが、期間中の二週間で全てのアウトドアをクリアする必要がある。俺が、いや俺たちがコメとスパイスを持ち帰らないと、『見晴らし山』の全プレイヤーがカレーを食べ損ねてしまう。
「それじゃあ、健闘を祈るよ。……とても、裏切られた相手とは思えないくらいの話の進み方だったね」
「ああ、『ゾンビ・サクラ』のことか。気にしてないからいいぞ」
勝つためには必要な裏切りだ。なんだかんだ面白かったのでよしとしている。
「その言葉が聞けてよかったよ。今回はそういうのないから、マジで頼むね」
「おうよ。今日中に成果が出るだろうから、待っててくれ」
「うん」
俺が曖昧な返事でお茶を濁すと、クロックは正座をほどいて立ち上がる。
話し合いはお開きとなった。
※※※
「今日はよろしくお願いします」
「よろしく頼む、シャボン」
そんなわけで、南の街オースティンに集まったのは俺とシャボン……。
「よろしくね、トーマ」
「……」
と、ニヒルとガイアだった。
ニヒルはいつも通りのにやけ顔だが、ガイアは渋面を作って腕を組んでいる。
「なんで私が、って顔してるね?」
「よく分かったな」
「そりゃあもう。トーマは分かりやすいからね」
ニヒルはうんうんと頷きながら話す。
そんなに分かりやすいか、俺。言いたいことが顔にでも出ているのか?
「まったく、なんで私まで同行しなければ……」
「護衛役は必要だからな。シャボンと同じクランだし、必要なことだと割り切ってくれ」
「それについては異論はない。が……」
不満を言うガイアはちらりと顔を寄せる。ニヒルのいる方角へと。
「なぜニヒルがいるんだ」
「まあいいじゃん。スパイスとお米がほしいのは私たちも一緒なんだから」
「そうは言ってもだな、私は信頼できないやつを味方に……」
「『坑道』でよろしくやった仲じゃん。ね?」
ニヒルがかわい子ぶって言うと、ガイアは声を詰まらせた。
詳細は分からないが、以前の『坑道』攻略で二人は『打ち棄てられた炭鉱』に到達したと聞いた。
ガイアはその功績を恩義に感じているらしく、これ以上口を挟めないようだった。
「正直、ニヒルは食材がほしいから同行したいのか?示し合わせたようにここに来たが」
中性的な容姿をしているニヒルは、俺とシャボン、ガイアの待ち合わせ場所であるここ、バーを併設した宿屋の一階にふらっとやってきて、悪びれもせず俺たちの輪に加わっていた。
俺はクロックと話してからシャボンにしか連絡していない。にもかかわらずニヒルがここに来れたということは、クロックが知らせたのだろう。
「そうだよ。スパイスとお米がほしい。カレーの完成はキャンプサイトの悲願なんだ」
俺が問うと、ニヒルは急に真面目な顔をして応えた。
殊勝な文言だ。言った本人がPKプレイヤーでなければ。
「なにか裏があるんじゃないだろうな?『生命の大密林』攻略勢の命を狙っているとか」
「ないない。勝てないもん」
ガイアが勘繰るが、ニヒルはすぐに否定した。
「ここの攻略勢はいわゆる人外ばっかだよ。プレイヤースキルお化けに強スキル揃いなんだから、挑むことすらしない」
「まあ、確かにそうだが……」
ガイアには心当たりがあるようだ。
今から向かう『生命の大密林』は、元βテスターのプレイヤーたちが多く攻略に参加している『フロンティア』だ。同じくβテストに参加していたニヒルとガイアは攻略勢のやばさを知っているのか。
「攻略中のプレイヤーについても話を聞きたいが、そろそろ行こう。時間が惜しい」
「そうですね。とりあえずこの四人で行きましょう」
シャボンも手っ取り早くいきたい性分のようだ。意外と俺と気が合うな。
「……とりあえず納得はした。だが、変な素振りは見せるなよ?」
「分かってるって。今日はPKしないと誓うよ」
ガイアは一応、矛を収めてくれた。
頼むから、道中喧嘩とかしないでくれよ。
俺はそう願いつつ立ち上がり、数歩歩いて入口の扉を押し開けた。
※※※
「ここが、『生命の大密林』か」
オースティンから馬車に乗ること三十分。
俺たちは木々がひしめく熱帯のジャングルを思わせる密林へと降り立った。
「圧巻ですね。初めて見る光景です」
「植物がみっちりだね。見るからに進みづらいよ」
「私が先頭で道をこじ開けるか……」
シャボン、ニヒル、ガイアも思い思いのコメントを残す。
シャボンはクロックを始めとする生産職関連から頼まれて『フロンティア』に行くことが多いらしいが、ここまで密度のある森林は初めて見たようだ。
ニヒルは人から依頼を受けて暗殺をするという性質上、『フロンティア』に行った経験は少ないと見ていい。
ガイアは分からないな。ただ、クラン『知識の探求者』は常日頃からよそのパーティに魔法使い職を派遣しているので、彼女には『フロンティア』を渡り歩いた経験があるのかもしれない。
結果、四人中三人が『フロンティア』に不慣れという始末。俺も『御霊の平原』をちょろっとしばいただけだから不慣れという扱いだ。
「そうだな。ガイアの鎧モードで木々を薙ぎ倒しながら進んでもらおう」
「あい分かった。『土よ』」
現地を前にして、無駄な議論は不要。
俺の一言に応じ、ガイアがスキル【大地参照】を発動した。
森の縁にある大地を参照し、その一部を杖を持つ手で手繰り寄せて身に纏わせる。
「いくぞ」
そして、顔面以外を土の鎧で覆ったガイアが先導を切る。
バキバキバキ、グシャッ!という音を立て、岩の右腕が手前の植物を叩き潰し、薙ぎ払う。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。
俺たちは密林の中を分け入っていった。
その一歩目。
大きな木を倒した先にあったのは、真っ黒なゴリラの上半身だった。
「ンゴオオオオオオッッ!!」
獣の咆哮が、俺たちを厚く歓迎してくれた。