第七十五話
【第七十五話】
毒キノコの駆除を終えた翌日。またの名を第三回公式イベント五日目。
俺はとある情報を入手し、キャンプサイトにあるテントの中で一人震えていた。
「未探索の、洞窟……!」
ファーストからメールが来ていた。山の北東方向を探索中に、見るからになにかありそうな洞窟を見つけたと。
ちょっと分かりづらいところにあるので、おそらく他のプレイヤーには見つかっていないだろうとのことだった。
「確かキノコは気温が低く、多湿な場所に生えるんだよな……」
頭の中にあるなけなしの知識と照らし合わせると、導き出される答えは一つ。
その洞窟の中に、真のシイタケが生えている!
「そうと決まれば……」
行くしかない。
俺は必要な準備を済ませ、テントを出た。
朝のキャンプサイトは、イベント真っただ中ということもあり盛況だ。どこで手に入れたのか、ところどころで肉を焼いたり、カレーを器に盛っているプレイヤーたちがいる。
めぼしい食料の入手方法は、もうある程度出尽くしているのか?
などと周りから得られる情報を収集しながら、テントの森を歩いていく。
「まずは、NPCのチェックだな」
商品のラインナップが変わっているかもしれないという期待を胸に、NPCに話しかける。
が、変わっていなかった。相も変わらず調味料関係しか売っていない。
「となると、皆は店売りを買っているわけじゃないんだな」
食材の入手経路について思いを馳せる。
肉(多分牛肉)はウシの魔物が山を徘徊しているらしいから、そこが入手経路だろう。
だが、コメとスパイスはどこからだ?山の気候を考えると、どちらも手に入りそうにないんだが。
「うーん……」
掲示板で確かめてみるのもありだな。
俺は悩みながらNPCと別れる。
そしてロッジから出て、キャンプサイトを東の方に進んでいく。
とりあえず、洞窟攻略に専念しよう。東周りから北に行き、洞窟を発見して攻略する。
「残された食材のピースは、必ずあそこにある……」
そう確信する。
俺はキャンプサイトを出て、果実類の畑へと通じる遊歩道を歩いていく。
数分ほど足を進めると、畑に到着した。
「ピマー!」
「ナスナス!!」
「トマアトマアッ!」
「おらあっ!!」
野菜たちが歯をむき出しにして威嚇しているが、付近にいるプレイヤーによって倒された。
ここもだいぶプレイヤーで賑わってきたな。多くの人が一列になって野菜に立ち向かっているところは、まさに収穫体験を彷彿とさせる。
コツさえつかんでしまえば狩り方は簡単なので、戦闘に自信がないライト層にも人気なのだろう。
「収穫は、混んでるからいいな」
俺は畑をスルーして、山を東側に進んだ。
※※※
それから数十分。なにかに使えそうな毒キノコを採集しながら山の中を歩き回った結果。
ついに洞窟の入り口を見つけた。
「ここか」
斜面が少し急になっているところにぽっかりと空いたその洞窟は、異様なほど不気味だった。『水晶の洞窟』と違い、真っ黒な口が空いているからだな。
俺は洞窟の中に入る。
途端に気温が十度ほど下がった、ような気がした。温度を感じられないので体感の話だ。
「コケがすごいな」
わずかに日が差し込む入り口付近はコケが多く、今までにない植生を見せてくれる。
これは、キノコもあるな。長い間培ってきた俺の勘がそう告げている。
「ほらきた」
真っ直ぐの洞窟内を歩くこと五分ほど。
三メートルはないくらいの、でかいしいたけのようなキノコに遭遇した。
「こいつを収穫すればいいんだろうが……」
「……」
ぬう、とキノコが動き出す。
やはり生きているか。
キノコに手足が生えたような魔物、俺の中の通称キノコマンのしいたけバージョンが俺の前に立ち塞がった。
「しいたけマンめが!」
『キノコの森』の個体より体つきがしっかりしている。
フィジカルが強いことを考慮しつつ、俺は先制攻撃をしかけに行く。
「……」
しいたけマンが腕を振るう。
元は白い柄の部分だった腕は太く、一撃で俺をなぎ倒すほどの力がありそうだ。
俺はしっかりと薙ぎ払い攻撃を避ける。
「っし!」
そしてお返しに腕を突き出す。
俺の右腕がしいたけマンの柄に侵入した。
あとは魂を抜くだけ!
「……」
その瞬間、しいたけマンが体を捩らせた。
腕をしならせ、横にいる俺に腕を振り当てる。
関節の概念を無視した、軟体特有の攻撃。
「がっ!!」
とっさに左手でガードするが、ものすごいエネルギーに吹き飛ばされる。
「ぐっはっ!」
さらに思いっきり洞窟の壁に叩きつけられる。
まずい、動かないと!
「……」
しいたけマンが猛進し、俺に向かって足を叩きつけてくる。
「あっぶな」
俺は勢いよく起き上がった反動でかかと落としを躱し、今度は……。
「『ソウル・パリィ』」
しいたけマンの体の中心を払うように、『ソウル・パリィ』をして決めきる。
「……」
魂の抜けたしいたけマンがへたり込む。
倒した。短剣でトドメを刺し、アイテムをドロップさせる。
「リビングシイタケ。やはり野菜と同じ収穫方法を踏まないといけないのか」
俺は渋い顔をする。
このキノコ、明らかに『キノコの森』のキノコマンより強い。はっきり言って収穫が面倒だ。
「しかも、この暗さだとな……」
俺は念のため持ってきていた懐中電灯で照らしながら、先を進む。
『坑道』並みの暗さをしているこのフィールドは、地形的にも攻略する難易度が高い。
足元や周りに気をつけながら、俊敏なキノコマンどもを相手取らなければならないのは中々のハードルだ。
「お出ましか」
なんて考えていたら、次だ。
俺の背丈よりは小さい、百五十センチメートルくらいのマッシュルームが三匹、とことこと歩いてきやがった。
「……ッ!」
向こうが俺に気づく。
が、俺はもう駆け出している。
瞬時に肉薄した俺はマッシュルームマンの一匹の魂をパリィし、もう一匹の体に左手を突き入れ魂に手をかける。
「……!」
フリーな一匹が頭突きしようとしてくるが、それは甘んじて受けよう。
まずは二匹目を、沈黙させ……。
体内に入れた左手が、マッシュルームの魂をつかむことはなかった。
しまった!しいたけのパンチを防いだときに骨折していたか!
「ぐほおっ!」
完全に虚を突かれた俺は、三匹目の頭突きを腹にもらい……。
「があはあっ!」
二匹目のパンチを顔面にもらい、地面に投げ出される。
ゴロゴロと地面を転がり、岩壁に体をぶつける。
「はあ、はあ……」
急所に攻撃をもらってしまった。
いやそれよりも、追撃が来る!はやく体勢を整えなければ!
俺は転がるようにして回避して立ち上がろうと腕を地面に突き立てるが、骨折した左手のせいでうまくいかない。
やばい!もう一発来る!
そう身構えた瞬間、声がした。
「なんや、大変そうやのう」
「いやいや、肉弾戦でここはきついっしょ。いくらトーマでもね」
「なんや?えらいトーマの肩持つなあ?もしかして……」
「そんなわけないでしょ。トーマには光るものがあるから」
「そういうことにしておくわ。弱みゲットお!」
「ああ?あんまり変なこと言ってると、ここでボコすよ?」
「やれるもんならやってみいや。こちとら『坑道』の件は忘れてないんやからな?」
あのう、助けてくれるならはやくしてほしいんですが……。
俺は暗がりから現れたセツナとアキヅキに向かって、心の声で叫ぶのだった。
※※※
新しくプレイヤーが来たことで、マッシュルームマンたちは警戒して攻撃してこなかった。
その間に俺はセツナの肩を借り、起き上がる。
「ちょうどええわ、そこで見とき。この俺、アキヅキ様の戦い方っちゅうもんを!」
アキヅキが頑丈そうな杖を振り回しながら、自信満々に言う。
「……!」
二匹のマッシュルームマンは彼に標的を変えたようだ。
無言で高速移動しながら突っ込んでくる。
「【強制移動】」
それに対して、アキヅキはスキルを発動し、少し前の地点に杖を向ける。
魔法系のスキルか?
「ん?」
すると、とても不可思議な現象が起きた。
アキヅキが指定した地点に向けて、平行移動したのだ。足を動かすこともなく、すいーっと。
「ッ!」
急に距離を詰められ、対応に焦るマッシュルームマン。
完全に隙を晒している菌類たちに、アキヅキが杖を振りかぶる。
「吹き飛びな!」
フルスイング!
二匹のマッシュルームマンはまるで野球のボールのように弾き飛ばされ、すごいスピードで壁に激突した。
「いっちょ上がりや」
会心の一撃を食らったリビングマッシュルームは、一分後にその身をアイテムに変えた。
「指定した座標に、歩くという動作なしにゆっくりと移動できるスキル。それが【強制移動】か」
「その通り!」
俺が今見たことを踏まえて推理を披露すると、アキヅキは指を鳴らしてこちらを向いた。
「結構便利やで。相手の隙を突いて攻撃することができるから」
「確かに、急に接近してきたら驚くわな」
今の戦闘のように、工夫すれば渾身の攻撃を与えられるのだろう。魔物相手には。
「ただ、プレイヤー相手だと発動が読まれるのが玉に瑕や。こうしてトーマに見せたら、もう通用せんしな」
「それはまあ、どのスキルもそうだろ。俺のもな」
「言えてる」
セツナが会話を締めた。
「ところで、セツナとアキヅキも洞窟のことを聞きつけてやってきたのか」
「もちろん」
俺が改めて聞いてみると、アキヅキが応え、セツナがVサインを作る。
「食材をいち早く手に入れて、他のプレイヤーを突き放すんや」
「キノコがここで取れるかもしれないっていうのは考えてたんだな」
「当然。ここ以外にもう候補はないやろ。外のキノコがニセもんなら」
確かにそうだな。畑にもない、そこら辺に生えてるでもない、NPCが売ってるでもないなら、消去法で洞窟にあると思うのが普通か。
「ほなわけで、行きまっせ」
「協力してくれるのか」
「いやあ、協力やない。利害関係が一致しとるんやから、一緒に攻略した方が効率的やろ」
それを協力って言うんじゃないのか。
俺は首をひねる。
「アキヅキ、プライドばっかり大きいからさ。突っかかってきても許してちょ」
「変なこと言うなや!」
本当に賑やかだ。
『ネクストフェーズ』の雰囲気ってもっとギスギスしてるかと思ったが、全然そんなことはなかった。
それとも、この二人の相性がいいのか?
「さっさと行くで」
俺が考え込んでいる間に、アキヅキは恥ずかしそうに話を切り上げ、でかめのライトで前を照らした。
※※※
「マツタケやな」
続いて暗闇から登場したのは、でかいマツタケだった。
洞窟いっぱいの大きさを占める巨体からして、パワー系だろう。
「『坑道』のゴーレムみたいなもんだとしたら、かなりヤバくね?」
「癪に障るけど同感や。トーマ、頼めるか?」
「ああ」
短く応え、俺は前に出る。
セツナの言う通り、マツタケマンに暴れられて落盤が起こったら大変だ。今のところ唯一のキノコ入手ルートが消滅してしまう。
そうならないために、俺が手早く倒さなければならない。
「……!」
マツタケマンがこちらに気づいた。
樹木のごとき腕を引いて、こちらに拳を突き出そうとしてくる。
「させないっ」
でかいだけあって、動きは鈍重。『キノコの森』のボスみたいだ。
俺は一息に距離を詰め、マツタケの胴体に当たる部分に右腕を突き入れた。
「ッ!」
マツタケマンは反対の腕で俺をつかもうとするが、遅い。
それより速く、俺はでかい魂を体から抜いた。
危ない。ギリギリ片手で持てる魂の大きさだった。
今度からでかい相手と戦うときは、両手を突っ込んだ方がいいかもしれない。
「……」
マツタケマンがこちらに倒れてきたので、俺はバックステップで距離を取る。
暗い洞窟に、どしんという大きな音が響く。
「流石の鎧袖一触っぷりやな」
「ね、すごいっしょ!」
なぜか後ろで盛り上がっている。
左手を負傷しているから、とっとと進みたいんだが?
「すまんすまん。勉強になったもんで……」
とアキヅキが言っている途中で、後ろからぬっとキノコが現れた。
「……!」
「こいつらっ、気配ないから気色悪いねん!」
奇襲したキノコマンは細長い手を振るったが、アキヅキは華麗な体さばきで避ける。
「リーチの長いエリンギマンか……」
細長い胴に手足。拳法の映画に出てきそうな相手だ。
「ここは私が」
「でもセツナ、武器がないと不利だぞ?」
戦闘を買って出たセツナに、俺は忠告する。
が、彼女がインベントリから武器を取り出したのを見て、余計な一言だと思い知った。
「ヴェヌティスの工房で買った短剣があるから、楽勝っしょ」
そうだ。セツナは無手での戦いがずば抜けているのはそうだが、武器を使った戦闘も並外れていたんだ。
彼女が武器を振るい、数々のVRゲームで勝ちをつかみ取っていた光景が蘇る。
「……」
と感慨にふけっている間に、エリンギマンが両腕を鞭のようにしならせて振るう。
常人なら避けられない二連撃がセツナを襲うが、残念なことにセツナは常人ではなかった。
「っ!」
セツナはその驚異的な動体視力で安全地帯を一瞬で見極め、すれすれで全て躱す。
「……ッ!ッ!」
エリンギマンが焦って連続攻撃をしかけるが、全て躱す。
掠るか掠らないかの距離感で長い手足の振り払いを全て躱しながら、エリンギマンに近づいていく。
「……ッ!!」
そしてついに、生けるエリンギは愚行を犯した。
最も見切りやすい、上から下への振り払い攻撃を放ってしまったのだ。
「はっ」
軽く息を吐き、一閃。
セツナの一振りによって、エリンギマンの右腕が斬り飛ばされた。
「……」
「今度はこっちの番」
そこから先は一方的だった。
エリンギマンが苦し紛れに放った体術を全てカウンターし、四肢を全部切り落としてから胴体を突き刺し、トドメを刺して終わった。
「ちょっと遊んじゃった」
てへと舌を出して、短剣をしまうセツナ。
傷一つなく初見の魔物を倒してしまうとは、恐ろしい戦闘スキルだ。俺も見習いたい。
「じゃ、行きまっか」
アキヅキは彼女のプレイを見慣れているのだろう。特にリアクションはなかった。
「あ、ああ……」
俺は近くで倒れているマツタケマンにトドメを刺して、『リビングマツタケ』の素材を回収してからアキヅキとセツナの背を追った。