第七十四話
【第七十四話】
なんと、俺たちがしいたけだと思って焼いていたキノコは、毒キノコだった。
「なんてこっただよ、まったく」
「こんなにそっくりな毒キノコを用意するなんて、運営も中々ひどいや」
十字で切れ込みが入れられたキノコの見た目は、完全にしいたけだった。
だが実際は違う。しいたけに似た別のキノコ。
「それを調べるために急遽パーティを組んで、今に至るってわけだな」
ロボーグが誰にともなく説明する。
そう、偽しいたけ、アイテム名『ツイタケ』による集団食中毒事件から数時間後、俺たちは疑わしきキノコの情報を得るため、山の北側に繰り出していた。
「すまねえ、俺たちが名前をよく見ていなかった」
山の北側に回り込むようにして敷かれた遊歩道の上を歩きつつ、ロボーグが詫びる。
「いいや、ロボーグたちは悪くないよ。ひどいのは運営だ」
「『ツイタケ』なんて名前まで寄せてな。騙されたわ」
アールと俺はロボーグの後ろについていきながらも、文句を言う。
アイテム名を確認されることを見越して、カタカナで『ツイタケ』と命名したのは本当に悪意がある。
「もう少しで山の北側だ。ここら辺から地面にキノコが生えているから、見逃さないようにしてくれ」
「おう」「分かった」
色々と不平不満を漏らしていたら、ついに山の北側に到達したみたいだ。
ここからは、目についたキノコを摘んでいく作業が始まる。
「僕たちだけだと、どれが安全なキノコか分からない。掲示板でキノコを食べないように注意喚起した上で、目につくところに生えているものは駆除しないと」
他のプレイヤーの安全を考えているアールは聡明だった。
食中毒で阿鼻叫喚となっていた現場で指揮を執り、未来の被害者を出さないようにこうして駆除隊まで編成してくれた。ちなみに、山の反対側からはファーストとマスターさんとガイアが周ってくれることになっている。
「間違っても食うなよ」
「食わんわ」
軽口を言ってくるロボーグに一言言い、俺たちは緩く散らばった。
最大効率でキノコを見つけられる範囲かつ、魔物やPKプレイヤーが現れたときに援護し合える距離感。それを見定めて、キノコ狩りに注力する。
「意外とないな」
「俺たちも、何十分か狩りをした後に偶然見つけたんだ。そこそこレアだと思うぞ」
万緑の森を支える地面に落ちているのは、主に枯葉や枝だ。キノコの姿はない。
こりゃあ地道にやっていくことになるぞ。
俺は全く痛くないのに、腰をぽんぽんと拳で叩いた。
「あ、これじゃない?」
数分間探し続けていると、アールが一本の木の根元に向かって指し示した。
「え?」
それを見て、俺は言葉を失った。
控えめな茶色の笠に、一本の芯が通ったかのような白い根元。
マツタケだ。誰もが羨む高級品のマツタケがあるぞ。
「採取してみる。あ……」
アイテム化させたマツタケをインベントリにしまったアールが、ふいに気の抜けた声を上げる。
「どうした?」
「マツタケじゃなくて、『マシタケ』だって……」
俺たちは運営におちょくられてるのか?
明らかに、そうとしか思えない仕打ちだった。
「下手に強い魔物置かれるより悪質だな」
ロボーグが溜め息を漏らす。
「この分じゃ、『マシタケ』も毒キノコってオチだな。はやいとこ狩ってしまおう」
「そうだね。これじゃぬか喜びだ」
俺たちは再び、キノコ探しを始めた。
「お、あったぞ。……『ツメジ』だ」
「こっちは『エリソギ』だとよ。小学生の言葉遊びじゃないんだから」
「『マッツュルーム』だって。どうやって発音するの?」
三人で山を捜索した結果、実に多種多様な偽キノコが採れた。
「……ひとまず、見える範囲のはこれくらいか」
「あとはもう、各自で自衛してもらうしかないね」
山の真北方面に差しかかったところで、日が沈んできたのが分かるくらいに薄暗くなってきた。
俺たち、数時間もキノコ狩りをしていたんだな。
「そういえば、魔物に出会わなかったな」
「他の魔物は分からないけど、『ミハラシディア』はキノコを嫌がって近づかないんじゃないかな」
アールがもっともらしい説を唱える。
「ありえるな。そういう体でハイキングをさせやすくしているのか」
「全員が楽しめるようなイベントにするはずだから、きっとそうだね」
運営は、戦闘が得意ではないプレイヤーでも楽しめるようにイベントを設計している節がある。
今回のキャンプイベントでもきっとそうだ。山の南側に魔物を集中させ、北側では戦闘はそこそこに探索と毒キノコ狩りを楽しんでもらう。そういうビジョンなのだろう。
「なんにせよ、キノコを駆除できてよかったよ」
アールが溜め息を吐いて両手をはたく。
「これからどうする?このまま終わってもいいが、なんか消化不良だぜ」
「なら山頂に行くか?北側は分からないが、俺は案内できるぞ」
「おっ、賛成。ここまで来たら頂上からテレポートしたほうがはやそうだしな」
「アールはどうする?」
「もちろん行くさ」
よし、それでこそアールだ。
まだ動けることを確かめ合った俺たちは、斜面を上る方向に向かって一歩踏み出した。
※※※
日が完全に沈み、辺りが闇に包まれた。夜の『見晴らし山』だ。
昼と夜で戦闘はどんな感じで変わるのだろうか。初めてだからワクワクする。
「きたぞ」
俺は短く伝える。でかカマキリの登場だ。
「『フレイム』」
「キシャアアア!」
杖を構え、呪文を唱え始めたアールにでかカマキリが肉薄する。
「残念、詠唱は終わってるよ」
「シャッ!?」
最速の四文字詠唱の魔法、フレイムの炎を浴びせる。
そして、隙だらけのでかカマキリの上体を思いっきり蹴飛ばすアール。
吹っ飛んだ先には、ロボーグが剣と化した右腕を構えて待っていた。
「いっちょあがりぃっ!」
スパッ!という小気味の良い音とともに、真っ二つになるでかカマキリ。
あっという間に倒されてしまった。
「ま、トーマは見てろって」
「……そうさせてもらう」
ただで山頂に行けるのなら、それに越したことはない。
存分に甘えさせてもらおう。
戦闘の一区切りがついたところで、俺たちはさらに山を登っていく。
標高が高くなるにつれ、魔物の出現頻度が増えていった。北から登れば楽に山頂に行けると思ったが、そう甘くはないようだ。
「っと、きたぞ」
「『ミハラシホーク』の『サクラ個体』……」
そんなこんなで登山をしていた俺たちの目の前に現れたのは、『ミハラシホーク・サクラ』。
桜色の翼をはためかせ、俺たちの様子を窺っている。
「高いな。俺の手は届かない」
「なら、僕が。『ファイアボール』!」
アールが火球を放つ。真っ暗な夜空がパッと明るくなる。
が、でかピンクタカは急旋回をして簡単に躱してみせた。
「速いな!これならどうだ!」
続いてロボーグが、左腕の砲身から砲弾を発射した。
ほぼ予備動作なしで繰り出された砲弾は、でかピンクタカの頭に……。
当たることはなく、これもするりと避けられた。
「キー」
そして、間の抜けた鳴き声を上げ……。
一瞬で大きく飛行し、俺たちの近くまで接近したでかピンクタカはロボーグの両肩をつかむ。
やばいっ!ロボーグがやられる!
そう思った束の間……。
「『パーツ脱離』。……知ってるか、タカよ」
ガコッと両肩が外れ、ロボーグの体がフリーになる。
「『パーツ装着』。サイボーグは、最強なんだぜ!」
さらに、瞬時に新しくつけた右腕ででかピンクタカの頭をつかみ、同じくおニューの左腕の砲身を胴体にぴたりとつけ、発射。
ドゴオオンッ!という重い音とともに、砂煙が舞う。
「やったか!?」
アール、それは言っちゃいけないセリフだ。
だが、お約束通りとはいかなかった。
至近距離で砲撃を食らったでかピンクタカは倒れていた。
「ふう、つかまれたときはひやひやしたが、俺でよかったぜ」
「腕のパーツを交換することで拘束から逃れるなんて、流石だよ」
「いやあそれほどでも……、あるんだなこれが!」
がっはっは!と笑うロボーグを無視し、俺とアールは登山を再開した。
※※※
「食らええっ!!」
ドカンと砲弾を食らわせて骨の鎧を剝ぎ……。
「『ソウル・パリィ』」
俺の『魂の理解者』で魂を弾き飛ばして終了。
さくっと頂上の緑スライムを倒す。今回は分裂されることはなかったな。
「『ボーンアーマードスライム』も楽勝だね」
「何度か戦ってきたからな」
どうやら、アールもロボーグもすでに頂上を踏破していたようだ。
俺たちは山頂のロッジへと入室した。
「あっ!」
中は誰もいないかと思ったが、意外な先客がいた。
アットだ。
「……トーマにアールに、ロボーグだな」
「そういうお前は、アットじゃねえか」
「どうしてここに?」
途端に険悪な雰囲気になる。
アットが身構えたのを見て、ロボーグもアールも臨戦態勢だ。
いやいくらなんでも、ここで事を起こすのはまずいだろ。
「落ち着け、三人とも。ここじゃ迷惑になる。外に出てやりあわないか?」
「いや、いい」
俺が極めて合理的な提案をすると、アットは断った。
「もうログアウトする」
「そうか」
「そうだ」
アットはゆっくりと頷き、ロボーグとアールを見る。
「パーツに縛られた単調な動きしかできないロボーグと、魔法しか取り柄のないアール」
「おい、なんでバカにした!?」
「売られた喧嘩は買うよ?」
「事実を言ったまでだ」
フンと鼻を鳴らすアット。
「また会ったときに殺り合おう。そのときまで、せいぜい腕を磨くんだな」
「なにを偉そうに!」
ロボーグが左腕の剣を逆立てて突っ込もうとするが、俺が羽交い絞めにして止める。
「ログアウトするやつに攻撃するのはマナー違反だぞ。ゲームプレイの範疇じゃない」
「っ!……くっ」
OSOのマナーとして、ログイン時の出待ちやログアウトの隙を狙った攻撃は禁止されている。
ロボーグもゲーマーのはしくれなので、俺の言わんとしていることを理解してくれた。
「じゃあな、アット。また戦おう」
「そうだな。今度は勝つ」
「え?トーマ、アットに勝ったの?」
「勝ったというか、引き分けだな」
俺がアールに過去の戦闘のことを説明していると、いつの間にかアットの姿は消えていた。
「嵐みたいなやつだな」
最強のPKプレイヤー、アット。方々にちょっかいをかけているらしいあいつはいずれまた立ち塞がってくるだろうが、俺は心のどこかでそれを楽しみにしていた。
「じゃ、俺たちもお暇しますか」
「キノコのことについては僕に任せてもらって構わないよ。付き合ってくれてありがとう」
「なあに、気にすんなって。北側をじっくり探索できてよかったよ」
こうして、無事テレポートクリスタルにたどり着いた俺とロボーグとアールは、キャンプサイトに転移して一日を終えたのだった。