第七十三話
【第七十三話】
イベント四日目。もう一つの畑に案内してもらった俺は、ハッパが呼び寄せたでか野菜たちと相見えた。
「二ジー!!」
目前まで迫ったでかニンジンのボディプレスを躱す。
「『ソウル・パリィ』」
でかニンジンの魂を弾いた瞬間、横からでかゴボウが体を振るってきた。
「ぐうっ!」
弾いた体勢では避けられず、一打をもらう。
でかゴボウが俺とすれ違い、アクロムさんの杖に打たれる。
太い木の枝くらいの太さのゴボウがポキッ!と折れ、戦闘不能に陥る。
「はあっ!」
のを確かめる間もなく、ジャガイモのローリングアタックを避ける俺。
続けざまにタマネギもくるが、涙状の形のせいで斜めに転がって俺には当たらない。
「隙あり」
安全と理解した俺は、でかタマネギの体に手を突き入れる。
が、ここで想定外のことが起きる。
でかタマネギの皮が剝けたのだ。
「っ!」
相手の体から手が離れてしまったので、魂が抜けない。
完全に隙をさらしてしまった。
「タマア……!」
ピカピカの白い体を光らせ、でかタマネギがにやりと笑う。
でかタマネギも脱皮後ですぐには動けないが、やつらは一人じゃない。
遠くから、新たなでかニンジンが細い方を先にして突っ込んでくるのも見える。
くそ、反応できない!
「キーッ!!」
紅のドリルが俺の体を貫く寸前、『ミハラシホーク』のガリウスが俺の両肩をつかんだ。
そしてそのまま、宙へ飛行した。
「おお……」
爪で肩がえぐれているが、俺は空を飛んで回避した。
人一人を持って羽ばたけるとは、パワーがあるな。
「助かる」
「キ」
なんとか修羅場を脱した俺は、近くの安全な場所に下ろしてもらった。
まだまだ野菜の魔物たちはいる。
全部倒さなければ、畑の安全は確保されない。
「いくぞ」
「キイーーッ!!」
一際大きく鳴いたガリウスとともに、俺は再び戦場へと足を踏み入れた。
彼らの索敵範囲に入った途端、野菜たちが一斉にこちらにやってくる。
「ジャガ~!」
でかジャガイモの一体がその場でどんと足踏み(?)をすると、地中から白っぽい緑色のつるが伸びてきた。
ジャガイモの芽か。粋な技を持ってやがる。
「本体を叩けっ」
「キーッ!」
俺は短剣でつるをちぎっていき、ガリウスにジャガイモを狙うように指示する。
半服従の魔物はあまり主人の命令を聞かない代わりに、仲間の別人の命令が通りやすいというメリットも存在する。
「キー!」
いけ、もう少しだ!
大空をショートカットして術者のジャガイモに近づいたガリウスだったが……。
「ジャガガガー!」
「ッ!?」
まるで投擲されたかのように飛んできたでかジャガイモに激突され、地面に墜落した。
どういうことだ!なぜ野菜も空を飛んでいる?
つるが絡まないようにしつつ気になって周りを見渡すと、異様な装置が奥の方にあった。
「完璧な連携だな……」
思わず呟きが漏れる。
ニンジンを支点、ゴボウを板、タマネギを力点としたシーソーが、あちこちにできていた。
これを使って、魔物たちはでかジャガイモを宙に飛ばしていたんだ。
なんて……、なんて頭がいいんだここの野菜は。
「アクロムさん!」
俺は、野菜に埋め尽くされてどこにいるか分からない奇術師の名を呼んだ。
「はあいっ!」
「ちょっとヤバいです!こいつら想像以上に賢い!!」
「それは私も、薄々感じてきたところです!」
声は右奥の方から返ってきたので、そちらに向かって張り上げるようにして話す。
つるの攻撃が止み、またフィジカル勝負になった。
同時に何体もの野菜が転がってくる。
「合流しますか!?」
「うん!ちょっとスキルを使う暇がない!」
でかゴボウのスイングを転がって避け、でかタマネギの転がりを皮をはがすようにして反らす。
でかニンジンドリルは横にステップして躱して、でかジャガイモローリングは意外と重さがないので、短剣で弾いて押し返す。
「くっ」
数が多すぎて、一体一体の魂を抜く余裕がない。
いやそれどころか、アクロムさんのところに近づくことすらできない!
「これは、万事休すか……?」
ガリウスはあっという間に野菜たちに取り囲まれていた。あの分だとすでに倒されただろう。
よって、空からの援護も期待できない。
「二ジー!」「タママ!」
でかニンジンとでかタマネギの同時突っ込みは、両者の隙間に体を滑り込ませるようにしてしのぐ。
野菜の魔物はそこそこでかいので、こういう避け方も可能だ。
「ただ……」
避けても、なにも進展しないんだよなあ。
でかゴボウとでかニンジンの奥で、でかジャガイモがどしんと足踏み(?)するのが見えた。
俺はつるを警戒して、地面に視線を落としながら短剣を構える。
「やってこないっ!?」
しまった、ブラフだ!
空に大きな影ができる。
こいつら、フェイントまで……。
このままでは、シーソーで飛ばされてきたでかジャガイモにつぶされてしまうが、虚を突かれたせいで足が動かない。
「ここまでか……」
そう思った瞬間……。
ピカッ!ドグシャアアアッ!
強烈な音と光とともに、宙を舞うでかジャガイモが粉々になった。
「ハッパか?」
俺は誰に言うまでもなく呟いた。
でかジャガイモの方を見ていたせいで、失明した。
「助けに来たぞおおおっ!」
後ろの方で、ハッパが大声を出した。
なぜ、負傷したはずのハッパがスキルを使えるまで回復しているんだ?
「私たちもいます!」
その大声とともに、俺の肩に手が添えられた気がした。
この声は、ウェザーさん?【英雄の戦禍】が助けに来てくれたのか?
比較的軽傷な耳をそばだてて周りから情報を得ると、どうもそのようだった。
「やれ!」「ここは任せろ!」など、先ほどから聞いたことのある声がよく聞こえる。ロボーグとマスターさんもいるようだ。
なら、もう安心してよさそうか。集団戦に慣れている彼らならば、絶対に勝てる。
それに、【英雄の戦禍】ではないプレイヤーの声も聞こえる。
そうか。情報を聞きつけたプレイヤーたちが、畑にやってきたんだな。
「大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃない。殺してくれ」
「わっかりました!」
気配のする方に話すと、溌剌とした声が返ってくる。
あまり活躍できなかったが、まさに自分で蒔いた種だ。あとはハッパに任せるとしよう。
俺は失った視力を取り戻すため、ウェザーさんに介錯をお願いした。
※※※
死に戻った俺がキャンプサイトから畑に戻ってくると、野菜たちとの壮絶な戦闘はすでに終わっていた。
「いやあ、快勝快勝!」
大声でごまかすように言うハッパに、俺は冷たい目をやる。
「俺とアクロムさんは死にそうだったけどな」
「まあまあ、いいじゃないですかトーマさん」
そうですか?アクロムさんがそう言うなら……。
俺は抗議の気持ちをひっこめ、ハッパに向き直る。
「ハッパ」
「なに?」
「飛んできたでかジャガイモを倒したとき、ハッパは失明していたと思うんだが、どうやって治したんだ?」
「ああ、それ?」
俺が疑問に思っていたハッパはふふんと、腰に手を当てて応える。
「なにを隠そう、マスターのマスターさんに『スキルジェム』をもらったんだ。【自己再生】のこめられたやつをね」
「ああ……」
そうだったのか。俺は得心した。
ハッパは『スキルジェム』を使い果たしたと記憶していたので、どうやって視力を回復させたのか疑問だった。
「貸し一だからな、ハッパちゃん」
「えっ!?」
「うそうそ」
やってきたロボーグが冗談を言う。
「話を聞くところ、ハッパが戦闘の引き金だったようだな」
「マスターさん」
久しぶりにあった歴戦の猛者は、変わらず覇気を纏っていた。
「け、結果的にはそうだね……」
「結果的にもなにも、もとからそうだろ」
すぐ言い訳しようとする。
俺は窘めた。多くの人の迷惑になっているからな。
「ただ、戦いの大部分を負担したのもハッパだった。責めるのはやめてやってくれ」
「そうだったんですね」
聞くところによると、ハッパがアクロムさんを巻き込んでほとんどの野菜を爆発させたおかげで、全然戦闘らしい戦闘はしなかったらしい。【英雄の戦禍】も他のクランも、ほとんど消耗していないそうだ。
「ブイ!私、がんばったんだよ?」
ピースサインをして屈託のない笑顔で言われると、怒る気もなくなる。
俺は小さくため息を吐き、目頭を押さえた。
「分かった。もうなにも言わない」
「助かるよ」
俺が許すと、後ろからまた懐かしい声が聞こえた。
この声は……。
「アールも来てたのか」
「ハッパちゃんに掲示板で畑のことが話題になってるのを教えたのは、僕なんだ。だから、僕にも責任があるというわけさ」
『キノコの森』で会った以来のさわやかスマイルをたたえながら、アールがさらりと言ってのける。
自分の非をあっさり認めるとは、流石だ。
「というわけでさ、祝勝会といこうよ。ドロップアイテムを山分けしよう」
「私一人じゃ食べきれないほど野菜があるからね。皆で食べよ?」
ハッパが調子のいい萌え声を上げると、周りの男性プレイヤーから歓声が上がる。
こうして再び賑やかになった畑で、野菜アイテムの配布会が始まったのだった。
※※※
「それでは、バーベキュー大会を始めます」
「どんどんぱちぱち~」
俺が音頭を取ると、ハッパが気の抜けた返事を返してきた。
死に戻ったときにバーベキューセットを持ってきていたので、畑の近くでバーベキューをすることができる。
「皆で達成してしまえば楽だからな」
ロボーグがお茶の入ったコップを掲げる。
バーベキューに必要なしいたけは、彼ら【英雄の戦禍】が持ってきてくれた。なんでも、山の北側の日陰に自生していたそうだ。
「ゲーム内でパーティなんてめでたいね」
「大抵は戦闘だからな」
アールとガイアが談笑する。
牛肉は彼らが持ってきてくれた。同じく、山の北側にウシの群れがいたので狩ってきたそうだ。
「四日目でやっとバーベキューか。先は長いな」
「まあ、気長に楽しめってことですね」
「すっごいおいしそうですよ!」
カレーとかき氷も大変なんだろうなと思うと、肩が重い。
だが、アクロムさんとチャーミーさんは楽しんでくれているようだ。
彼らが畑の場所を教えてくれなかったら、アウトドアを完遂させることはできなかっただろう。
「それじゃあ、具材も焼けたことですし!」
唐突にハッパが仕切り始める。
火と具材の管理をしばらくすると、いいにおい……はしないが、視覚的にすごいおいしそうなバーベキューができあがった。
香ばしく焼けた肉に、ほんのり焦げ目のついた野菜たち。リアルでもお腹が空いてきてしまう見た目だな。実に悩ましい。
「それでは、よろしいでしょうか?」
どうやら、乾杯がしたいらしいハッパ。余所行きの声で大きく言い放った。
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
彼女の合図で俺たちは乾杯し、好きな具材を皿に盛る。
そして、頬張る。ちなみに俺は肉だ。
「う~ん!」
うまい!
かどうかは感じられないが、きっと内部的な満腹度はごりごりと上昇していることだろう。
しかもこれで、『バーベキューをしてみよう』のアウトドアも達成されているはずだ。
俺はメニューを開いて確認してみる。
「あれ?」
されてない。『バーべキューをしてみよう』の文字が灰色のままだ。
「どういうことだ?」
もしかして、全種類食材を食べないと反映されないのか?
俺は疑問に思いながら、野菜たちを取っていった。
「うっ!」
すると突然、アクロムさんが喉を押さえた。
「どうしました!?」
「キノコを食べたら、なんだか視界が……」
聞き取れたのはそこまでだった。
十二時四十五分、アクロムさん死に戻りです。
「ううっ……」
「うわああっ!」
周りを見ると、しいたけを取った周りの人たちも次々と倒れていった。
『バーベキューに必要な食材は六つ。牛肉(ヒレ肉)、ピーマン、ニンジン、カボチャ、タマネギ、しいたけだ』。
俺は冷静になった頭で、過去の回想を思い出す。
まさか!
アクロムさんが倒れたのは、バーベキューが達成されないのは、しいたけじゃない具材だったから?
「ロボーグ」
「……なんだ?」
「このキノコ、シークさんに鑑定してもらったか?」
「いや。しいたけかと思って、そのまま持ってきた」
それだ。
OSOの運営め、とんでもないトラップをしかけてきやがった。
しいたけそっくりの毒キノコを用意するなんてな!
「これ、毒キノコなんじゃない?」
「多分、正解だ」
アールが発した答えに、俺は頷くことしかできなかった。