第七十二話
【第七十二話】
俺とファーストは、新米プレイヤーのチャーミーさんと【アルファベット】のY、Z、Lとともに『見晴らし山』の山頂へとやってきた。
「おお、意外と広い」
山頂にあるロッジの中を眺め、俺は声を漏らした。
三合目のロッジよりも、はるかにロッジっぽい。丸太の壁、赤いじゅうたんの敷かれた殺風景な床。天井は薄暗く、奥にある大きな暖炉の火の光をもってしても全体を照らし切れていない。
「外見と比べて、広すぎません?」
「テントと同じ要領だな。外界との仕切りがあることで、内部を実際の空間より広く表現することができる」
「VRゲームあるあるだ」
素朴な疑問を投げかけてきたチャーミーに、ファーストと俺が応える。
要は『大図書館地下』の十階みたいに、無理やり空間を押し広げてるってことだ。
「とりあえず、テレポートクリスタルに触れましょう」
Lが進言する。
室内の中央にはテレポートクリスタルが置かれていた。三合目のロッジと似た感じのものが。
俺たちは周りを警戒しつつ、順番に透明な水晶に触れていく。
「NPCはいないな」
誰にでもなく、Zが言った。
というか、プレイヤーもいない。まあ、山頂にたどり着けるプレイヤーはまだ少ないだろうから、人がいないのも納得できるが。
「踏破の報酬はありませんでしたか……」
「ま、報酬は山頂に転移できる権利ってところだな」
「転移できる権利?」
「『ボーンアーマードスライム』だよ」
Yがチャーミーさんに教える。
なんだ、Yも気づいていたのか。
「今まで結構遊んできたが、OSOでスライムは見たことない。きっとあれは貴重なアイテムを落とすぞ」
「あ、見てきますね」
気づいたLが小走りで入口に戻った。
そういえばスライムのドロップを拾ってなかったな。
「『ボーンアーマードスライム』の粘液と、骨と骨粉が手に入りました!」
数秒もしないうちに、大きな声とともに戻ってきた。
「骨粉はYが激突したから取れたんだろうな」
「となると、特殊条件下で倒した場合でドロップか」
「粘液は薬だな。俺がメディに渡しておくよ」
俺は議論のどさくさにまぎれて、Lに向かって手を差し出す。
スライムの素材の中で、一番貴重なのは言うまでもなく粘液だ。薬に使用すれば、間違いなくなんらかの効果が得られるに違いない。
今のところはふわっとしているが、メディに錠剤にしてもらえれば分かることがあるはずだ。
という意味を込めた、手だった。
「Yさん、Zさん、よろしいですか?」
「ああ。俺もZも面識はあるが、メディに一番世話になってるのは間違いなくトーマだ。トーマに渡しとけ」
「今回一緒に来てくれた報酬ってことで」
すんなりと話し合いは終わった。
俺はLから、スライムの粘液をもらう。
「ありがとう。効果が分かったら、すぐ連絡する」
「頼んだぞ」
「乱獲するときになったら呼んでくれや」
「今日はありがとうございました」
「ちょ、ちょっと待った」
テレポートクリスタルに手を当て、流れで解散しようとしたY、Z、Lにチャーミーさんが待ったをかけた。
「ん?なんだ?」
「私からのお礼がまだですよ!」
「ああ、すっかり忘れてたわ」
「もう!」
ちゃんとお礼させてくださいと、チャーミーは冗談交じりに怒った。
「マップだと教えづらいので、このあと一緒に行きましょう。もう日没前ですが、完全に日が暮れる前にはご案内できます」
やった。ついに畑と果樹林の場所が分かる。
これで、バーベキューとカレーと特製かき氷の食材が集められる。
俺も水晶に触れ、Yたちとともに麓の広場へと転移した。
※※※
その後、薄暗い中もう一つの畑と果樹林の場所を教えてもらった俺は、その足でキャンプサイトまで登ってからログアウトした。
そして、翌日。イベント四日目。
「これまた壮観だ」
俺は二つ目の畑にやってきていた。
「教えてくださりありがとうございます」
「なに、お礼を言いたいのはこっちだよ。チャーミーのお願いを聞いてくれてありがとう」
「いえいえ」
「なんのなんの」
またお礼合戦が始まった。
「二人とも、今日は収穫に来たんでしょ。はやくやりましょう!」
「そうでした」
大きなタカを連れているチャーミーさんに窘められた。俺もアクロムさんも、彼女には頭が上がらない。
彼女がすごいしっかり者だから、まったくと言っていいほど逆らう気が起こらない。言ってることが全部正しいし。
「それじゃあ、やっていこうか」
「お願いします」
アクロムさんによる、農業体験コーナーの始まり始まり。
「根菜類は位置取りが大事だ。ひっこ抜くときの足の位置によって、楽さが全然違う」
「ほう。踏ん張る必要があるからですね」
「そうそう。でもね、それはリアルの野菜の話だ。OSOの野菜の魔物は、こちらが抜こうとしたら襲ってくる」
アクロムさんはそう言い、近くに植わっているニンジンらしき葉へと近づく。
じゃあ、最初の説明はなんだったんですか?とは言えない。
「大体三歩分くらいかな。近寄ったら、素早く退避する!」
「二ジーッ!!」
「おおっ!」
アクロムさんが歩み寄ってすぐ飛び退いた瞬間、でかいニンジンが盛り上がってきたではないか!
「あとは、戦って倒せばいい」
「ガリウス、行って!」
「キーッ!」
アクロムさんによる説明が終わると、チャーミーさんがでかタカをでかニンジンに遣った。
しかし名前がガリウスとは、中々渋い。
「キキッ!」
鋭く尖った爪が、ニンジンの表面をえぐって勝負あり。
でかニンジンが食材のニンジンをドロップした。
『リビングキャロット』か。鮮やかな朱色が食欲をそそる。
「こんな感じで、陽動と戦闘要員が別だとやりやすいよ。まあ、トーマくんなら一人でも大丈夫そうだけど」
「注意が必要ですね。一体と戦っている間に別の株に近づかない方がいい」
「そこなんだよ」
アクロムさんが手を打った。
「どうしても、コンパクトに倒さなくちゃいけない。まだ経験はないけど、【検証勢】の見立てでは連鎖して湧いてしまうから注意した方がいいと」
「俺のスキルとは相性がいいですが、魔法系はダメそうですね」
特に、ハッパの【爆発魔法】は相性最悪だろう。広範囲の爆発で、眠っていた野菜たちが起きることまちがいなしだ。
「そういう注意事項を含めて、拡散した方がいいですね」
「大丈夫。昨日シークさんにやってもらったから」
「あ、そうなんですね」
それなら急いだ方がいいな。情報を知ったプレイヤーたちが、畑に押し寄せてくるだろう。
俺は腕まくりをして、急ぎ収穫をやりきる覚悟を入れる。
「それじゃあ、急いだ方がいいですね。収穫しちゃいます」
「がんばろう!」
「私も手伝いますよ!」
さあ、収穫の始まりだ。
※※※
まず初めに、ニンジンゾーンから。
一人でできるかもしれないので、アクロムさんとチャーミーさんには離れていてもらう。
「いきます」
茎の部分をつかもうと、俺は手ごろなニンジンの株に近づく。
そして、今だ!
飛び退く!
「ニンジ~ン!!」
「はあっ!」
土をまき散らし、大声を上げながら飛び出してきたリビングキャロットに向けて、俺は右手を突き入れる。
現れてくる位置を完璧に予測できていたため、ジャストタイミングで合わせることができた。
「ニン!?」
でかニンジンが身を折らんばかりに口を大きく開けて驚くが、もう遅い。
俺は魂をつかんだ右手を引き抜く。
「……」
でかニンジンが物言わぬニンジンとなり、畑に倒れ込んだ。
あとは短剣でトドメを刺して、終わり。
「やはり周りに気をつけなきゃいけないだけで、魔物自体の強さはそれほどですね」
俺は率直な感想を言い、ドロップアイテムを回収していく。
登場のタイミングもこちらで決められるし、なんなら地上に生る野菜よりも弱いかもしれない。ライト勢でも簡単に野菜を集められるように調整してあるのか?
「そうだね。私でも一対一なら倒せるくらいだし」
「ゲーム的に言うと、チュートリアルですかね?」
脇で見ていたアクロムさんとチャーミーさんも感想を漏らす。
彼らは比較的戦闘が得意な方ではないから、野菜の魔物で練習するのはいいかもな。魔物の習性や、作戦を立てて攻略することの意義を、運営は野菜を通して教えたいのかもしれない。
「すごーい!」
なんてしみじみ思っていたら、聞き慣れた声が俺の後ろから響いてきた。
この快活で、今にも爆発しそうな弾んだ声は……。
「ハッパ!」
「掲示板見てすっ飛んできちゃった!野菜ほしすぎる!」
突然の要注意人物の登場に、俺は苦笑いを作るしかなかった。
「早速収穫じゃあああっ!」
「ハッパ、ちょっと待った!!」
「なあにトーマ、言わなくても分かるよ!チェインに気をつけろってことだよね!」
分かってるのに、杖を構えて魔法を撃とうとしているのが恐すぎる。
ちなみにチェインというのは、連鎖して魔物がアクティブになる状態のことだ。
「なあ、頼む。やめてくれ」
俺は災厄に願いを捧げた。
「大丈夫!」
が、ダメだった。一体なにが大丈夫なんだ。
「私の魔法なら、一撃だよ!!」
「アクロムさん、チャーミーさん!目を塞いで耳を閉じてくださいっ!!」
慌てて言ったので、逆になってしまった。耳をどうやって閉じるんだ。
「分かった!」「はいっ!」
俺の大声にただならぬ事態を感じたのか、二人は言われた通りにする。
そして、次の瞬間。
ドカアアアアンンッ!!!
畑がひっくり返るほどの爆発が巻き起こった。
どうもハッパは地面すれすれに照準を合わせたようで、規模の割には音と光が小さかった。
ただ、それでも見渡す限りの畑全体がめちゃくちゃになるほどには出力がでかすぎた。
「ハッパ、いくらなんでもやりすぎだろ!」
ボトボトボト、と落ちる土と魔物たちを横目に、俺はハッパに抗議する。
「あれ、強かったかな~?」
「おい、ハッパ?」
「まずった~。なんにも見えないや」
ハッパ、視力と聴力がダメになったか……。
どん、と俺のそばにでかいタマネギが落ちた。爆心地から近かったので、流石に倒れている。
「アクロムさん、チャーミーさん、大丈夫ですか?」
「うん、私は無事だよ」
「私もです!」
俺は後ろの二人に気を配りつつ、遠くの方を睨む。
このでかタマネギのように、ハッパの近くに植えられていた野菜は全部倒せただろう。
だが、遠くにいた野菜は?
十中八九、眠りを妨げられて怒り狂っているだろう。
「ニジッ……!ニジジッ……!!」
「ゴボゴボッ……」
「タマネッ…………タマ!!」
「ジャガ~……」
無数の野菜の怨嗟の声が近づいてくる。
でか野菜たちが転がってくるのが、遠目からでも分かった。
「アクロムさん、戦えますか?」
「もちろん、大丈夫だよ」
「チャーミーさんはハッパ、この女性プレイヤーをお願いします」
俺はアクロムさんに了解を取り、チャーミーさんにハッパを任せる。
この軍勢さえ倒し切れば、バーベキューとカレーに必要な野菜は全て集まるはず。
ここが正念場だ。二対多数。
「ガリウス、野菜たちを狙って」
「キエーッ!」
いや、三対多数だ。
「ニンジンッ!ニンジンッ!」
「タマネギッ!タマネギッ!」
「ゴーボーッ!ゴーボッ!」
「ジャガジャガジャガジャガ!!」
ニンジン、タマネギ、ゴボウ、ジャガイモ。でかい根菜類の大群が、俺たちの前に立ち塞がった。
「全部、収穫してやる」
そう、独り言つ。
俺たちの収穫作業は、まだ始まったばかりだ。