第七十話
【第七十話】
『見晴らし山』麓の広場を東に進み、突き当たった畑で収穫作業をしていた俺に声をかけてきたのは、アクロムさんと見知らぬ女性プレイヤーだった。
「アクロムさん、いつものタキシードじゃないんですね」
「ふっふっふっ」
オースティンへの護衛依頼以来、まったく会っていなかったマジシャンに声をかけると、不敵な笑みが返ってきた。
「よくぞ聞いてくれました。なにを隠そう私は、農家に目覚めたのです」
「はあ、農家ですか」
「そうなんです。いやあ、聞いてくださいよトーマさん」
急に世間話チックな話し方になったな。
「ここは日差しが強いですから、向こうの木陰で語り合いましょう。いや、情報交換といった方がいいですかな」
「っ、分かりました」
そういう言い方をされたら、行かざるを得ない。
俺は未だ意図の見えないアクロムさんとニコニコ顔の女性とともに、畑から離れた木立の中に移動した。
「ふう。意外と脱水症状がバカになりませんからね。トーマさんには釈迦に説法かもしれませんが」
「いえ、収穫に夢中で飲み物を摂るのを忘れていました。ありがとうございます」
「いえいえ」
アクロムさん、もしかして俺の収穫の様子を遠くから観察していたのか?
それで、水分が足りないと気づいてここまで……。いや、考えすぎか。
ちなみにOSOはリアル志向の塊なので、日差しが強いところに長時間いると熱中症の症状が現れる。もちろん、プレイヤー自体が痛みを感じることはないのだが、的確な治療をしないと高確率でデスする。
「……水分補給もできたようですし、早速情報交換といきますか。と言いたいのですが、まずはこの方からご紹介しましょう」
アクロムさんが隣の女性に手を向けて言う。
「チャーミーです。魔物の調教師をやってます」
彼に水を向けられ、ニコニコ顔の女性は簡単に自己紹介する。
自分がチャーミーってことじゃなくて、チャーミーっていうキャラクター名でいいんだよな。
「彼女はなんといいますか、リアルの知り合いでしてね。私がOSOをやっていることを知って、自分もやりたいと」
「なるほど。それは嬉しい限りですね」
「めっちゃ楽しいです!特に戦闘はハラハラしますね!」
チャーミーが喜びながら言う。
彼女の出で立ちは、まるでリアルの調教師のようだった。調教の世界はあまり詳しくないのだが、馬を手懐けてる人が着るようなおしゃれなつなぎに身を包んでいる。足元は黒い厚底ブーツ、背中には鞭のような長いロープ状のものを背負っている。
「それでですね、彼女がOSOを始めたということで、私たちでクランを立ち上げたんですよ」
「え、そうなんですか!」
寝耳に水とはまさにこのことだ。
アクロムさんってソロ気質というか、色んなところにパーティの一員として参加して楽しむプレイスタイルを取っていたから、クランに興味がないと思っていた。
「その名も【ビューティフルデイズ】。皆さんの快適なOSOプレイを手助けするクランです」
「いいじゃないですか!」
人助けを信条とするクランなど存在しないので、素直に面白そうだと感じた。
「どうですか、トーマさん。トーマさんも、入ってみませんか?」
「……そうきましたか」
アクロムさんが遠慮がちに聞いてくる。
「お気持ちは嬉しいですが、遠慮します。俺って、手助けと対極の位置にいるんですよね」
「そうですか?トーマさんは充分優しいと思いますが……」
魅力的な提案だったが、俺はすっぱり断る。
「断られたのなら、これ以上勧誘はしません。失礼しました」
「いえ、こちらこそ断ってしまい申し訳ありません」
「とんでもない!……」
謙遜がしばらく続き、やっと本題に入った。
「おっと、話しすぎましたな。……結論から言いますと、私は農家に目覚めたのです」
「……そこがよく分かりません」
俺は手を上げて進言する。
「よくぞ聞いてくれました。って、さっきも言いましたね。つまり、野菜の魔物のことはなんでも聞いてくださいってことです」
「あ、そういうことでしたか」
てっきり、奇術師をやめて農家になるのかと思った。
「いや実はですね、私虫が苦手でして。山の上の方にいた『チヌレマンティス』を見て青ざめてしまったのです」
「あ~、ちょっと分かります。人を選びますよね、あのフォルム」
「そうなんですよ。なので、私は初日から今まで、マンティスの少ない麓付近の探索をしていたんです」
なるほど、言いたいことが分かってきたぞ。
「そんなわけで私はチャーミーと一緒にこの畑と、もう一つ根菜類が植えられている畑と、果樹林を見つけたんです」
「おお!果樹林ってことは、フルーツも見つけたんですね」
「はい」
アクロムさんは達成感のある面持ちで頷いた。
野菜の食材をカバーできる畑と、果物の食材をカバーできる果樹林を見つけたのは快挙だ。一気に食材を必要とするアウトドアが進むぞ。
「このことは、もう発信されたんですか?」
「一応【検証組】のシークさんにはお伝えしました。掲示板にはまだ」
「ナイスです、アクロムさん」
とりあえず、【検証組】の人に連絡したのはいい判断だ。あそこは情報発信をしかるべきタイミングでしてくれるので、発見の功績が大きいアクロムさんたちの利益は守られるだろう。
「長くなってしまいましたが、私が言いたいことは以上です。私は、ここではないもう一つの畑と果樹林の場所の情報を提供できます。どんな食材が手に入るのかも」
「ありがとうございます。じゃあ、次は俺ですね」
「お願いします」
アクロムさんとチャーミーが頭を下げる。
「といっても、虫嫌いのアクロムさんにとってはそこまでの情報ですけどね」
「いえ、私はいいんです」
「え?いい?」
俺は思わず聞き返してしまう。
「はい。チャーミーが魔物に興味があるので、登山ルートについて詳しく知りたいんです」
「そういうことですね」
情報を欲していたのはチャーミーだったということか。
「はい。ぜひお願いします!」
「それなら、喜んで」
俺はアクロムさんとチャーミーさんに、登山ルートと出てくる魔物について詳細に説明した。
「タカ!!」
するとチャーミーさんが、『ミハラシホーク』に食いついてきた。
「そのまんま、でかいタカって感じの魔物です」
「それはいいですね!私、鷹匠やってみたいなあって思ってたんです!」
やっぱり、なにかしらテイム系のスキルを持ってるのか。
「決めました!私、山頂目指します。タカをゲットします!」
「大丈夫?私は行けなさそうだけど……」
「大丈夫!広場で一緒についていってくれる人を探します」
「それじゃあ、俺と行きませんか?」
「え、いいんですか!?」
「あ、俺だけじゃないんですけど、それでよかったら」
「もちろん大丈夫です!」
話はとんとん拍子に決まり、俺とアクロムさんとチャーミーさんの中で契約が交わされた。
その契約とは、俺がチャーミーさんを山頂に連れていく代わりに、アクロムさんたちから畑と果樹林の場所を教えてもらう、というものだ。
「絶対に送り届けます。というか実は、俺もまだ山頂に行けてないんです」
「それじゃあ一石二鳥どころか、一石三鳥じゃないですか!」
「チャーミーをよろしくお願いします」
「任せてください、アクロムさん」
聖人の権化といっても過言ではないアクロムさんから頼まれ、俺は内なる闘志に燃え上がった。
※※※
「ということで、行くぞファースト」
「これまた急だな」
数十分後。
アクロムさんと別れた俺は、チャーミーさんと一緒に広場に行き、ログインしてきたファーストを呼び出した。
ファーストならいつでも暇だし、いいだろ。
「よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな」
チャーミーが深々と頭を下げると、ファーストは気前よくあいさつする。
彼もソロみたいなもんだからな。初対面の人とも簡単に打ち解けられる。
「というわけで集まったが……。ナナはまだログインしてないし、デュアルの野郎は手が空いてない。俺たちだけだと少ないぞ」
「『チヌレマンティス』と、PKプレイヤーが危ないんですよね。安全に行くなら、もう二人か三人くらいはほしいでしょうか」
「そうですね……」
ひとまず面子はそろったものの、チャーミーさんの言う通り、まだ人手が必要だ。
俺はなんとはなしに、広場の雑踏に目を向ける。
すると、北の方へ向かうとあるプレイヤーたちの集団が見えた。
あ。
「おおい、そこの人たち!」
俺は、ぞろぞろと背中を見せて歩いていくクラン【アルファベット】の面々に声をかけた。