第六十九話
【第六十九話】
イベント三日目が始まった。
俺はキャンプサイトのロッジの中で、NPCとにらめっこしていた。
というのも、アウトドアの達成のために、販売している食材を確認する必要があるからだ。
「うーん……」
俺は軽く唸る。
昨日、今日とNPCに話してみた結果、販売しているアイテムについて分かったことがある。
食材は売ってるには売ってるが、ほとんどが調味料なのだ。塩、コショウ、ソース、焼き肉のたれ、などなど。バーベキュー、カレー、特製かき氷に必要な、主要な食材は全く売っていない。
NPCと話してみる限り、売り切れというわけでもないから、食材は『見晴らし山』で調達せよとのことだろう。あとはアウトドアの達成に必ずしも必要ではない、ソーセージやトンカツ、みつまめといったバラエティ食材が並んでいるだけだ。
「じゃあ、全部を一つずつください」
俺は適当に、食材を全種類購入しておく。
バーベキューセットなど、フィールド上でも料理ができるキャンプ用品も買う。
お金なら余っている。テントの『ストレージボックス』に預けておけばロストしないから、買わない理由がない。
「ありがとうございました」
俺はNPCにお礼を言い、ロッジから出た。
その足で自分のテントに向かう。
さて、今日はどうするか。
昨日アットが山にいることが明らかになり、登山するのはリスクが伴うようになった。今日はデュアルたちもファーストたちもいないし、ソロで登頂に挑むのはリスクが高い。
「なら、食材集めだな」
予定は決まった。あとは行動するのみ。
ストレージボックスがぽつんと置かれた殺風景なテントの部屋を後にした俺は、キャンプサイトを縦断するように敷かれた歩道に踏み出した。
※※※
まずは手っ取り早く、バーベキューをしようじゃないか。
キャンプサイトに出た俺は、棒立ちになって特設メニューの必要食材を頭にメモしていく。
バーベキューに必要な食材は六つ。牛肉、ピーマン、ニンジン、カボチャ、タマネギ、しいたけだ。NPCが言うところによると、この六つの食材は全て『見晴らし山』で獲得できるという。
これらの肉と野菜とキノコをバーベキューセットで焼くことにより、アウトドア『バーベキューをしてみよう』をクリアすることができる。
なので、今日はこれをやる。
まずは、食材がどこにあるかを推測するところからだ。やみくもに動いても、広い山の中から見つけるのは至難の業だからな。
「登山してるときには、ウシや野菜が植わっているところは見なかったな」
俺は独り言を呟きながら、上下に伸びる登山道の分かれ道を下に進んでいく。
テレポートクリスタルで最初に転移してきた広場は山の一合目の南側にある。そこから、初日は南側を通って山頂まで行って死に戻り、昨日も同じルートで山頂まで行って、死に戻ってからキャンプサイトまで行き、再び登山してから死に戻った。
こうして言葉で並べてみると死に戻りすぎだが、それは置いておいて。
とにかくなにが言いたいのかというと、俺がよく通るキャンプサイトから山頂までの南側のルートに肉や野菜やキノコはないってことだ。それどころか、カレーやかき氷の食材となるものもありそうになかった。
おそらく、プレイヤーが登山に集中できるように、運営があえて食材を配置していないのだと思う。おかげで、やたらとでかカマキリやでかザルといった魔物に出くわした。
「キーッ!」
「……」
とっ、とっ、とっと降りていく俺の前に突っ込んできたミハラシジャイアントモンキーの魂を、すれ違いざまに引き抜く。一匹なら余裕だ。
だが、ここで考えられることがある。初日、ファーストとデュアルと登山を試みたときの戦闘シーンだ。あのとき最初に遭遇したでかザルは、手にリンゴを持っていた。
ということは、麓のどこかにリンゴが生る木が生えているということに他ならない。
「キシャアアアッ!」
「『ソウル・……』」
「キシャッ!」
「よっ」
考えながら麓を目指していると、でかカマキリが飛び出してきた。
俺は『ソウル・パリィ』を撃つふりをして、カマの初撃を余裕をもって避ける。
「次は……」
「シャアアッ!」
反対の手でもう一度触れようとした俺に対して、でかカマキリも反対の手を振るう。
躱す。
「『ソウル・パリィ』」
すかさず『ソウル・パリィ』。
でかカマキリの魂を弾き飛ばし、戦いを強制終了させる。
どこまで話したっけ?
そうだ、麓にリンゴがある可能性が高い、というところまでだったな。
つまり、フルーツが収穫できる木が麓には生えているだろうと考えると、バーベキューに必要な野菜も麓にあるのでは?という思考に行きつくわけである。
ということで、俺は麓を目指していた。
というか、ちょうど今最初の広場に着いた。
「あ……」
広場にはテレポートクリスタルがあるのだから、キャンプサイトから転移してくればよかったと痛感した。
到着してから気づくとは、なんたるもったいなさか。
「まあ、考える時間を作ったと思えばいいか」
足を止めた俺は、無理やり自分を納得させる。
「……いないか」
未だに混んでいる広場中を見渡してみたが、知り合いやフレンドは誰もいなさそうだった。誰かいれば、食材の情報を引き出せたかもしれないんだが……。
「仕方ない、足で探しますか」
気を取り直して、周囲の探索を始めることにする。
過去の経験をヒントにしたり、地理的条件を考えるのはここまで。ここからはノーヒントだ。
俺は広場の東側の出口から出て、東を進んでみる。
「木ばっかりだな」
幸い東側にも歩道が伸びていたので、道に迷うことはなさそうだ。
マップはあるんだが、自分の現在地が分からないんだよな。広場やキャンプサイト、山頂などのロケーションとの相対的な位置から推測するしかない。
「コンパス、持ってくればよかった」
さっきNPCから購入したのに、テントに置いてきてしまった。とりあえず、買ったものを全部預けたのは失敗だったな。
「お」
なんて思いながら、歩くこと数十分。
唐突に、開けた場所に到着した。
「これは、畑か?」
歩道をぶち抜く形で現れた、見渡す限りの茶色い土。エリアごと、等間隔に緑の植物が植えられている。
俺が想像する通りの、まんま畑だな。
「これ、誰かが育ててるやつじゃないか?」
そう疑問に思いつつも、俺は植物に近づいていく。
一番手前にあるのはトマトだ。ただしその実はバカでかく、大部分が地面に接していた。
アウトドアの達成のためには、この『畑』から野菜を失敬する他あるまい。
農家の人がいたら、すまん。ただ、ここはフィールドだ。いくらNPCでも、魔物がうろつく地で野菜を栽培しようとは思わないだろう。
「……!」
俺は一番近くのトマトの実に近づき、手を伸ばす間に思い至った。
じゃあ、誰がこの野菜たちを育てているんだ?
もしかして、魔物?
忘れていた警戒心が、一気に膨れ上がっていく。
「トマ?」
その瞬間、トマトから鳴き声が鳴り、真っ赤な表面から目が開いた。ぞわっと、魔物の気配がそこら中から発せられる。
俺は勘違いをしていた。魔物が野菜を育ててるんじゃない。
野菜が魔物なんだ。
「トマアアアアッ!」
俺が急いで退避すると、でかトマトが大きく鳴く。実の表面にある口には、真っ白いギザギザとした歯が生え揃っている。
これじゃあ、俺が食われる!
そう思うと同時に、周りの野菜が一斉に牙を剥いてきた。
だが、ご安心を。彼らは植わっている茎で固定されているので、こちらまで来ることはない。
安全は確保されているので、各地の収穫エリアを見ていこうか。
「トマアアッッ!!」
「ドモ!トモウッ!」
近くのトマトが吠え、その隣のエリアのトウモロコシがつぶつぶをはじけさせるほどの声量で怒鳴る。
トウモロコシはバーベキューのバラエティ食材だ。収穫が必須ではないが、あると嬉しい。
「トモモモッ!!トモウッ!」
うーん、うるさいが、収穫してしまうか?
いや、今日は必須の食材だけにしよう。
「ナアス!ナスナス!!」
「ピーマ!!ピマ!ピマ!」
トウモロコシの隣のエリアでは、でかいナスとでかいピーマンが大声で張り合っていた。
ナスはカレーのバラエティ食材、そしてピーマンはバーベキューの必須食材だ。
「でかピーマン、覚悟」
他のエリアを見る前に、ピーマンを収穫してしまおう。
俺は咬まれないようにしながら、でかピーマンの一個体に近づいていく。
「えっと、へたをもぎればいいんだよな?」
ピーマンを収穫したことがないので、正解が分からない。
俺は短剣を取り出し、必死に身を揺らして嚙みつき攻撃をしてくるでかピーマンの茎を両断する。
「ピマー!!」
自由になったでかピーマン。
一際大きな鳴き声を上げ、俺に向かって転がってきた。
こいつ、茎から離れても生きてるのか!
「『ソウル・パリィ』!」
独特な形ゆえ転がってくる軌道は読みづらかったが、なんとか対応できた。
俺は素早く右腕を振り、でかピーマンの魂を弾き飛ばした。
でかピーマンはピーマンだが、魔物である以上魂がある。よって、俺の相手ではない。
「短剣でトドメ、でいいんだよな」
とりあえず沈黙した実に短剣を突き刺し、一分待ってみる。
すると、ちゃんとピーマンをドロップした。
「おお!これで収穫完了というわけか」
俺は納得し、ドロップアイテムを回収する。
ピーマンは『リビンググリーンペッパー』という名前だった。直訳すると生きているピーマンか。
手に入れたピーマンは見慣れた普通のよりも一回り大きく、より青々としている。おいしそうだ。
「なるほど」
手順は分かった。
俺は畑全体を見て回り、バーベキューに必須の食材を収穫していった。
「……よしよし」
そして、約一時間後。俺はたんまりのでかピーマンとでかカボチャを収穫した。
でかカボチャは正式名称で『リビングパンプキン』といい、普通のかぼちゃの五倍ぐらいある大きさと顔がある以外は普通のカボチャだった。
ピーマンと違って表皮がめちゃくちゃ固そうだったが、俺は魂を抜いて無力化できるので全然苦戦しなかった。しいて言うなら、とどめを刺すのがめんどくさかった。
ともかくこれで、ピーマンとカボチャはゲットだ。
ただ……。
「ニンジンとタマネギがないな」
畑全体を探しても、でかニンジンとでかタマネギが生息しているスペースがない。
「ううーん……」
俺は立ち止まって考えてみる。
この二つは根菜類だから、畑がないのだろうか。もしかすると、森のどこかにひっそりと植わっているのかもしれない。
それか、根菜類の畑が別にあるかだな。一つの畑で全種類の野菜が手に入るのは面白くないから、山の別の場所に別の畑を用意しているとか。
ありそうだな。こいつらは魔物でもあるし、習性に則って考えて、果実類と根菜類は生息環境が違うとか。
……ますますありそうだ。運営も、食料の確保で多く探索させたいはずだし。
「ひょっとして、ニンジンとタマネギをお探しかな?」
胸の内であれこれ考えていると、急にどこかで聞いたことのある声が背後からした。
いつの間に、後ろを取られていた!?というか、この人って確か……。
俺は疑問に思いつつも、振り返る。
「アクロムさん!」
「野菜のことなら私、アクロムにお任せあれ」
そこには、いつものタキシードではなく、作務衣姿に麦わら帽子といった出で立ちのアクロムさんが、一人の女性と一緒に立っていた。