第六十八話
【第六十八話】
アット。『御霊の平原』で出会った、謎多きPKプレイヤーの名だ。
平原で奇襲をしかけてPKをしているその道のプロで、ミタマの街に『裏ギルド』なるものを開設して好き放題やっているとか。
そんな人騒がせなPKプレイヤーが……。
「どうしてここにいるんだ?」
分かりきっているが、一応聞いておく。
「それはもちろん、狩るためだ」
魔物、ではない。強いプレイヤーたちをだ。
そう言わんばかりのアットが、ファーストの方へ猛然と突っ込んでくる。
「『俺が先に……』」
「言霊持ちは、先に潰す」
ファーストがスキルを言い終わる前に、アットの剣が光る。
斜めの袈裟切りを、ファーストは半身になって躱す。
だが、スキルは中断されてしまった。
「このおっ!」
接近され、肉弾戦に持ち込むファースト。
ワン、ツーと拳を振る。
「遅い」
が、全て避けられる。
遅い、のか?俺の目にはファーストの体術は冴え渡っているが、圧倒的なアットの運動センスがそれを凌駕しているように見える。
「くっ、そっ!」
「ふっ」
大ぶりのフックもフェイントも全て見切られ、ついぞ額を杖で打ちつけられる。
「……きゅ~」
たったそれだけで、ファーストは気絶してしまった。
人体の構造を知り尽くしているが故の一撃だった。
「スキルに頼って、基本が疎かだな」
「いや……」
あんたが強すぎる、という一言は飲み込んだ。
これから戦う相手に、弱気になってはいけない。
「これで、一対一だな」
寝ているファーストの急所に刃を突き刺し、しっかりとトドメを刺してから俺に向き直るアット。
そんな中、俺はなにをしていたのかというと……。
「なにを……」
『チヌレマンティス・サクラ』の肉体に、魂を戻していた。
「いいや、二対一だ」
ピンク色のでかカマキリが、ゆっくりとその身を起こす。
三つの別の魔物の魂に自身の魂を混ぜ合わせたものに、でかカマキリ本体の魂を混ぜて肉体に戻してやった。
言うなればこれは……。
「『フォースソウルチヌレマンティス・サクラ』だ」
いや長いな。
ともかくこれで、俺の魂のかけらを除いて、四つ分の魂を持ったでかカマキリが生まれた。
「なるほど。『魂の理解者』の真骨頂というわけか」
「そういうことだ」
戦いはまだ、始まったばかりだ。
※※※
「ひゃあっ」
でかカマキリの斬撃を避け、返す刀で斬撃を差し込もうとするアット。
「キシッ」
それをすんでのところで躱し、もう片方のカマを振る『フォースソウルチヌレマンティス・サクラ』。ええい長い、でかピンクカマキリ。
一進一退の剣戟の応酬が、俺の目の前で繰り広げられていた。
「……」
俺は初期装備の短剣を構え、立ちつくしていた。
かっこつけて戦闘を始めたものの、一切参加できていない。
でかピンクカマキリの攻撃の合間を縫って攻めようにも、アットが俺の方も警戒しているせいでままならない。
なにか、なにかできることはないか?
俺は周囲を見回す。
なにかないかと探しても、あるのは木ばかり……!
「っ、……そろそろ終わらせるぞ」
まずい。アットがでかピンクカマキリの攻撃パターンを学習した。
本気で終わらせるつもりだ。
木の上によじ登っていた俺は、そのことを薄々感じ取った。
「っ!?上……!」
異変を感じ取ったアットが、上を向いて言う。
一瞬俺から目を離したのが運の尽きだったな!
俺は太めの枝を蹴り、アットに向かって急降下攻撃をしかける。
くらえっ!上空からの魂抜き!空中の俺を迎え撃とうにも、でかピンクカマキリの相手でろくにできまい。
「とった!」
見事に着地した俺は、アットの背に右手を突き入れる。
あとは、このまま魂を抜く。
「させるか……!」
アットが身を捩る。
対象が移動したことにより、俺の右手が体内から出ようとする。
させるかをさせるか。俺は右腕を前に突き出す。
さらにアットの後ろ、つまり俺から見て奥側では、でかピンクカマキリが両のカマを持ち上げていた。
よし、挟み撃ちだ。
「っらあ!」
俺は無理な体勢で前のめりになる。アットの魂が右手に触れる。
対するアットも、相当窮屈な姿勢だ。体をでかピンクカマキリ側に倒しながら、百八十度ターンする形で右手の剣を振るってくる。
アットの刃はでかピンクカマキリに当たることなく、俺に向かって払われる。
その奥では、でかピンクカマキリが両腕を振る。
クロスする形で払われた二本のカマは、アットの体を両断する……。
「!!」
前に、左手の杖によって交差点で防がれた。
「ぐはあっ!」
アットの剣が俺の左腕を切り裂く。
が、まだだ!
アットの魂を、ぬ……。
「はああっ!」
「なにっ!」
瞬間、強い力で後ろに吹き飛ばされる。
アットがでかピンクカマキリの斬撃攻撃を受けたエネルギーを受け流し、斬り払った腕に力を込めて押し出してきたのだ。
まさに、VR空間上での空間認識能力のごり押し。
な、なんて離れ業だ……!
俺はごろごろと地面を転がる。
「そこっ」
すぐさま嫌な予感がしたので立ち上がると、アットがでかピンクカマキリにトドメを刺していた。
まさか!
俺を吹き飛ばしてすぐ後、クロス斬りを振り抜いて隙を見せたでかピンクカマキリを切り捨てたのか!
「これは……」
格が違う。異次元。『魔王』よりもマスターさんよりも、いや今まで出会ってきたどのプレイヤーよりも強い。
俺はそう、実感させられた。
「これで、正真正銘の一対一だな」
長身痩躯がぬっとこちらを向く。
あれだけやりあって無傷のアットが、禿げ頭を光らせながら呟いた。
※※※
「どうした、動きが鈍いぞ」
アットの剣が閃き、俺の体に傷が刻まれる。
速い!速くて、避けづらい。
彼の攻撃の仕方はなんというか、人が避けることを想定して繰り出してきている。
俺の反射神経と運動神経をもってしても被弾が避けられない位置に、斬撃を置かれる。
「っく!」
左を斬りに行って、右に避けることを想定して払い攻撃。
「がはっ!」
頭を狙う杖の叩きつけ攻撃の後、バックステップで避けられることを想定して突き攻撃。
言語化するとこんな感じだ。
人は回避しているときに回避できない。そこを突かれた匠な手さばきだ。
「勉強になるよ……」
「減らず口を」
攻撃がより苛烈になる。
右、左、手前、奥、斜め、上、下。剣、杖、剣、杖、休み、杖、剣、蹴り、剣、剣、休み、杖。
手の内を読まれないように繰り出される多彩な剣と杖の一撃一撃に、俺の体は満身創痍となる。
だが、俺は倒れない。
「……」
ここで、無言で焦った様子を見せるアット。
攻めているのに、不利。漫画とかアニメでよくある展開だ。
「っ、はっ。……っ」
息遣いをこまめに調節し、アットの攻撃に合わせていく俺。
左肩で杖を受け、突き上げるような切り払いは腰を後ろに傾けて避ける。
さらに避けることを想定して放たれた杖の突き攻撃を、右手の短剣で払いのける。
段々と、被弾する回数が減っていった。
「なぜ……?」
「なぜかって?」
聞かれたら教えよう。
「それは、俺が避けることに集中しているからだ」
「それにしても限度があるだろう」
話しながらも、俺たちは体を止めない。
真一文字の杖の払いを腕で受け、それと挟むようにして振られた剣の斬撃は短剣で受け止める。
攻防の均衡が発生した。
「俺は今この瞬間にも、アットに反撃しようなどという思考は持ち合わせていないんだ。そんな思考があればたちまち俺は集中力が乱れ、やられていただろう」
「なるほど。延命することに全集中を注いでいるのか」
「少し違うな」
この勝負、俺が勝つ。
その一言は、思うだけに留めておく。スキルではない、悪い意味の言霊が発揮されてしまうかもしれないからな。
「……やってみろ」
アットが大きく退く。
再び、あの構えをする。
平原で食らったあの構えだ。超速で突っ込んでくる。
「……」
さっき言った通り、反撃は考えない。
全力で躱すことだけを考えれば、それほど脅威じゃない!
俺は、前に転がるようにして一閃を回避した。
ほら!避けようと思えば避けれる。いくら速いといっても、あの『寅』よりは遅いんだから!
そう、心の中で慢心したのがいけなかった。
「なら、俺も攻めることだけを考える。反撃は考慮しない」
今すれ違ったはずのアットが、すぐ背後にいた。
もしかして避けられることを見越し、前進を緩めていたのか!?
まずい……!
ブスリッ!
俺の腹から刃が生える。
「なに……?」
しかし、驚愕したのはアットの方だった。
急所を外した?
いや、俺の誘いにまんまと乗ったんだ。
「やっぱやめた」
「……なにをだ」
「さっきの瞬間から、避けることに全集中するのを、だよ」
「っ!?俺の攻撃を誘って、わざと食らったというのか!」
「『ソウル・パリィ』」
お前ほどの強者なら、言わなくても分かるだろ。
俺は返事代わりに、珍しく大声を上げたアットの魂を弾き飛ばした。
※※※
あの後、左腕と胸の切創が原因で、俺はキャンプサイトに死に戻りした。
なんとかアットの肉体にトドメを刺し、でかピンクカマキリのドロップアイテムを回収したはいいものの、俺もファーストもアットにキルされるという結末に落ち着いた。
「でもまあ、なんとか渡り合えたな」
対人最強の一角と相打ちに持ち込めた。今はそれを誇ろう。
そう思いつつ、俺はロッジのNPCに話しかけようとすると……。
「……」
フードを目深に被った、アットがいた。
「おい!なんでお……、もが!」
大声を上げようとした俺の口を、アットが素早く塞いだ。
「俺だってアウトドアをこなしたい。イベント後にジェムを奪うのは非効率的だ」
確かに。今回のイベント報酬である『アウトドアジェム』は『見晴らし山』でのアウトドアの達成でしか獲得できないので、アットもイベントをやるためにキャンプサイトまで来ていたんだな。
「それで、食材でも探しに来たか」
「……その変わり身のはやさ、流石といったところだな」
「また戦うのも非生産的だろう。スマートに行こうと思って」
こう見えて、俺も結構黒いやつと親しくしているからな。
今更PKプレイヤーと話していても、誰も気にしない。俺も気にならない。
「まあいいか。……もういい時間だからな。テントを買ってキャンプをしたい」
そういえば、もう日が傾いてきたな。
登山、山狩り、アットとの死闘と、ノンストップでプレイしていたから気づかなかった。
「それなら、NPCに話してテントを買ってから、キャンプサイトに出て空いているスペースに張ればいい」
「なるほど」
「少し利便性は落ちるが、フィールドとの境界ギリギリで置けば、魔物除けの恩恵が得られていいぞ。俺はそんなこと考えずに置いたが」
PKで忙しいアットのために、こっそり有益な情報を伝えておく。
俺としても、アットの拠点の位置がある程度推測できるようになれば、これからやりやすくなる。決して、アットのためではない。
「それも手だな。逃げやすい」
「バレた時点でキャンプサイトにいられなくなると思うが……」
「そのときはそのときだ」
ずいぶん楽観的だな。
悪くない。俺と考え方が似ているから。
「それで、マンティスの『サクラ個体』の素材は入手したのか」
「お生憎様だが、確保したぞ」
「……そうか」
その、一瞬殺気を向けるのをやめろ。
その後はアットと談笑しながらNPC周りを色々と検証し、俺の第三回イベント二日目は幕を閉じたのだった。