第六十四話
【第六十四話】
第三回イベント『見晴らし山キャンプとアウトドアジェム』が始まり、俺、ファースト、デュアルの三人は『見晴らし山』の麓に訪れていた。
「ひとまず、テントはなしでいいな?これだけの人数がまずキャンプサイトに押し寄せるだろうから、激混みが予想される」
「ああ」
「問題ない」
デュアルが意見を述べ、ファーストと俺が賛成する。俺も同じことを考えていた。
五つのアウトドアのうち一番達成が容易なのは、テントを張って一晩明かしてみよう、だ。おそらくキャンプサイトの付近は魔物が出ない安全地帯となっていて、ロッジではNPCがサポートしてくれるから。
だからこそ、多くのプレイヤーがキャンプサイトに押しかけることが想像できる。
ので、テントの達成は今はやめた方がいい。
「同じような理由で、料理を作るアウトドアも後回し。あれらも結局、ロッジに行かなきゃいけない」
「賛成。というか、フィールドの下調べをしてないのに食材を集めるのもなあ」
「決まりだな」
人込みでがやがやする初期スポーンの広場で、俺たちは決を採った。
採決は登山だ。
※※※
斜面とは言えないような緩やかな斜面を、登る方向に進んでいく。
同じような木がそこかしこに生い茂り、方向感覚が狂いそうだ。コンパスとかGPSがあれば、もっと楽かもしれない。
「登山の道具とか、用意しなくてよかったか?」
「大丈夫だろ、ゲームの中なんだし」
一応聞いてみた俺に対し、のほほんとした回答を返すファースト。
だよな。重たいバックパックを背負ってえっちらおっちら進むなんてむさ苦しい。
幸い、OSOではいくら歩いても疲れることはない。景色と歩く感じを最大限に楽しめるのがVRの良いところだ。
「来たぞ」
デュアルが軽い調子で言い、手持ちのデュアルウェポンを構える。
右の茂みから、でかいサルが出てきた。
「あれ、なんか持ってるぞ」
「フルーツじゃないか?野生のサルは果物を好んで食べる」
サルは全体的に黒い毛並みで、余計に口元の白い食べかすの汚れと手に持っている赤い果実が余計に目立つ。
果物は色合いからして、リンゴか。
あれ、リンゴって冬に実が生るんじゃなかったか?
「キキーッ!!」
そんなことをぼーっと考えていると、サルが大きく鳴いた。
腕を振りかぶり、これまた大きなリンゴの実を投げつけてくる。
「『デュアルウェポン・ソード』!!」
しゃっ、くっ。
流石の反射神経で、デュアルが飛んできたリンゴを一刀両断する。
それにしても、すごい果汁だ。ゲーム内で味を感じることはできないが、かき氷の材料にしたら美味しそう。
思わず涎が出る。
「ナイス!『俺が先に……』」
続いてファーストが【絶対的優先権】を発動しようとするが……。
「キーッ!」
「んなっ、逃げんな!」
でかいサルは踵を返して木々の影に消えた。
「今の攻防で不利を感じ、逃げたんだろう」
相手に一言を聞かせられれば、絶対に優先して行動することのできるスキル『絶対的優先権』が代表的だが、言霊系のスキルは言葉を相手に聞かせなければ効力を発揮できない。
そのため、今のように逃げられると無力だ。
「まあ、無駄に消耗しなかっただけよしと思えば」
「それはそうだがな……」
俺は不服そうなファーストをなだめる。
サルのドロップアイテムを確かめられなかったのはドンマイだ。
「さ、行くぞ」
気を取り直して、登山再開だ。はやくしないと日が暮れる。
俺たちが足を踏み出した瞬間……。
「「「キキッ、キー!!!」」」
今度はサルが三匹、現れた。
一匹は見覚え(?)がある。今さっき接敵したやつだ。
「こいつ、仲間を呼んできやがった!」
「なるほど、頭がいいな」
「感心してる場合か!」
もはやおなじみとなった、ファーストとデュアルのコント。
「キィイーッ!!」
ただ、今回のオーディエンスは落ち着いていられない性分のようだった。
長い腕を振り回しながら、三匹がほぼ同時に突っ込んでくる。
「左のを頼む」
「おう」
俺は、スキルの発動にほぼ魔力を消費しないデュアルに左の一匹を任せる。
そして、力み過ぎないようにして両腕を構える。
「……」
ゴブリン領や『御霊の平原』での乱戦で気づいた。
一度に複数の魔物を相手するときだってある。
その場合、俺のスキルはいささか不利となる。一度の接触で一体の魂を抜くことしかできないからだ。
「……」
さらに脱力し、迫りくるサル二体を集中しすぎないように見据える。
だが、こうも考えることができる。
人間の腕は二本なのだから、一度に二体の魂を抜けるのではないか。
そして今こそ、その技を試すときなのではないか、と。
「「キィーーッ!!」」
ここっ!
距離感から考えて、掴んで引き抜くことはできない!
ので……。
「『ダブル・ソウルパリィ』」
タイミングを合わせて繰り出してきた腕の振り回し攻撃を屈んで躱し、俺は両腕を外側に向けて振った。
サルの胴体に浸透した右手と左手が、その内側にある魂の輪郭に触れる。
とった!
「キ?」
生涯で初めて感じたであろう感覚にサルが困惑する間もなく、魂が弾き飛ばされた。
「よし」
今回は慣性で衝突しないよう、しっかりとサルたちとすれ違う。
「やるな」
「デュアルこそ」
サルの体躯がどすんと倒れる音を聞きながら振り返ると、デュアルの戦闘は終わっていた。
先ほどリンゴを投げてきた個体の眉間に銃痕がある。集中していたせいで銃声が聞こえなかったが、銃モードで速攻蹴りをつけたんだな。
「アイテム、アイテム♪」
一方、ファーストは待ちきれない様子だ。子どもか。
きっちり一分待つと、サルの体がアイテムへと変換された。
「『ミハラシジャイアントモンキー』だとよ。そのまんまだな」
「『見晴らし山』の固有種か?」
「だろうな。見た感じだと、毛がしっかりとしていそ……」
ガサガサッ!
ファーストとデュアルが『ミハラシジャイアントモンキー』について議論していると、近くの草むらが揺れた。
木はそれほどでもないが、草の背丈が異様に高いこのフィールドは、充分に奇襲に注意しなければならない。
またサルか?それとも今度はカニでも出るか?
「……」
俺たちは警戒したまま木立を見つめる。
ガサガサ、ガサガサッ!
草の根を割って出てきたのは……。
「あっ、プレイヤーだ!」
どことなく初々しい雰囲気の抜けない四人組パーティである、コースケ、マモル、ライラ、リンだった。
※※※
「いやあ、世界は狭いなあ!」
コースケが底抜けに明るい声で言う。
純粋そうな剣士の少年は、数か月前にあった頃よりかは成長しているようだ。装備が見栄えの良いものになっているし、面構えもなんだか大人びている風に見えなくもない。
「お久しぶりです、トーマさん」
「なんだトーマ、知り合いか」
「はい、以前とってもよくして頂いて」
「ほう、それはぜひ聞いてみたいな」
マモルとデュアルの話が弾む。
この二人は性格が似ているし、馬が合いそうだ。
マモルの背中は大きくなった気がする。黄褐色の甲冑は重厚そうで、盾も一際大きくて硬いだろう。
なにより、見知った相手に出会っても警戒心を解いていない。タンクとしてずいぶん成長しているな。
「そちらのお二人は、パーティメンバーの方たちですか?」
「いや、即席の同盟といったところだな。ファーストとデュアルだ」
「ファーストさんとデュアルさんですね。よろしくお願いします!」
「おう」
「よろしくな。困ったことがあったらなんでも聞いてくれ」
さらに、礼儀正しいライラがファーストとデュアルに挨拶する。
彼女も装備がちょっと豪華になっている。杖を持って後衛を張るという戦い方は変わっていないのか、出で立ちが未だに頼りなさそうなのは言わないでおく。
「『フロンティア』を攻略しているデュアルに、最強のスキルを持つ貯め込み屋のファーストを従えてるなんて、トーマやっぱりすごい」
「すごくはないだろ。俺たちが一緒にいるだけで攻略が上手くいくわけじゃないんだし、個々の努力が大事ってことだ」
「そう?」
気分屋のリンは流されない話し方がユニークだ。舌戦など、精神の削り合いの勝負のときに期待できる。
また、装備もあの頃よりワンランク上の服装備を身につけている。拳法家である彼女は、機動力を得るために金属の防具はつけないスタンスだそうだ。
「ところで、コースケたちは『見晴らし山』でなにをしていたんだ?」
「ああ、俺たちは……むぐ!」
俺が軽い気持ちで聞くと、コースケも軽く応えようとした。
が、リンによって素早く口を塞がれる。
「キャンプサイトに行こうと思ってたんだけど、想像以上の人出でね。とりあえず周囲を散策しようと……」
「リン、ここは……」
彼女が当たり触りのない回答を並べているところに、マモルの待ったが入る。
「トーマたちと一緒に目指した方がいいんじゃないか?」
「でも、彼らも味方と決まったわけじゃ……」
「聞こえてるぞ」
「えっ!?」
俺は割と目と耳が良い方だ。こそこそ話をしたところで、ちらちらと見える口元から内容を推測できる。
ファーストとデュアルは騙せても、俺は騙せないぞ。
「目指すということは、コースケたちも山頂を向かっているのか?」
「で、決まりだろうな」
失礼、ファーストとデュアルも騙せていなかったようだ。
「ばれてたか」
「そうよ、キャンプサイトに行けなさそうだから、私たちも山頂を目標に掲げたの」
「私たち、『も』?」
「しらばっくれないで、トーマたちもそうなんでしょう?」
リンはやはり鋭いな。俺たちがここにいる意味に気づいていたか。
俺とファーストとデュアルは、一生懸命に作っていたすっとぼけた風な顔をやめた。
「それなら、目的は一緒だな」
「調子がいいわね」
「臨機応変というやつだ」
デュアルがリンの追及をいなす。
「話はこれくらいにして、行こうぜ」
「そうそう。コースケたちの戦い方が見たい」
一方、コースケとファーストは待ちきれないようだ。
「どうだ、リン。ここらで共同戦線といかないか?目指す場所は同じなんだし」
「……分かったわ、行きましょう」
「助かるよ」
ここで敵対することにならなくて。
デュアルの口は、そこまで言うことはなかった。
※※※
「『属性剣・炎』!!」
コースケがスキル名を宣言し、一匹の『ミハラシジャイアントモンキー』に切りかかる。
中々いい剣筋だ。サルには半分躱されたが、薄い切り傷と火傷を加えられている。
「水の精霊さん、火を消して」
「こっちだ!こっちを狙え!」
次にライラが精霊を呼び出して消火し、マモルがヘイトを引きつける。
コースケのスキル【属性剣】で発生した炎は周りの木々を燃やし、火事を引き起こしてしまう。なので、ライラのスキル【精霊のおともだち】で水の精霊に協力してもらっているのだ。
さらに、スキル【なんとなく気に食わないヤツ】でタンクを引き受けたマモルが彼女の隙を埋める。
バランスの良い戦い方だ。それぞれのスキルで魔力の消費量がそこそこあるということを除けば。
「はああっ!とりゃあっ!」
最後に、リンは遊撃だ。
スキル【脚力強化】で強化された脚力を活かし、素早く動きながら周りの相手に攻撃を加えていく。
「『属性剣・土』!」
そこに、コースケの剣戟が冴え渡る。
体力の少なくなったでかザルを、土で補強され大きくなった刀身で薙ぎ払った。
彼のスキル【属性剣】は、様々な属性を所持している剣に付与できる。種別で言うと、魔法とエンチャント系の両方を併せ持ったスキルだな。
「おお」
俺は舌を巻く。
俺たち三人が見ている間に、でかザルの群れが駆逐されていた。
これは、今日中に山頂へたどり着けるかもしれないぞ。
「ざっとこんなもんよ!」
「よ、です」
「戦い慣れた相手だったからな」
「私たちはこんなもんじゃないわよ」
戦闘が終わり、休憩がてらのアイテム回収タイムになったところでコースケ、ライラ、マモル、リンが口々に言う。
「いや、本当にすごいよ。スキルの連携がばっちりだな」
「四人パーティの利点がよく活かされてる。攻略はバッチリだな」
デュアルとファーストも褒め称える。
「俺たち、クランを立ち上げようと思ってるんです。【エンジョイパーティ】っていう名前で」
「いい名前だ。俺たちも見習いたかったな」
「俺のはいい名前だろ!」
「よくないわ」
なんだ【ランキング】って。クラン内で序列があるみたいじゃないか。
「まあそれは置いておいて、クランを立ち上げるってことは、もっとメンバーを増やしたいのかな?」
「いえ。私たち、クランハウスがほしいんです」
「なるほどね。それなら、今すぐにでも立ち上げた方がいい」
デュアルが強めに進言する。
ストレージボックスは便利すぎる代物だからな。クラン内なら家具やスペースの共有ができるし、費用の折半もやりやすいだろう。
まあ、俺はソロで家を建てた挙句、居候を二人も抱えているんだが。
「やっぱりそうなんですね。『預かり屋』の往復はもう面倒で」
「ストレージボックスが便利なのもそうだが、自分の部屋を持てるのもいいぞ。装備やアイテムをコレクションできて……」
そう言いかけたところで、ファーストは言葉を切った。
とんでもない殺気に、俺たち全員が身構える。
「っ!?」
「シャアアアアッ!!」
でかザルたちの体がアイテムに変換されたその瞬間、木立の奥から細長い影が飛び出してきた。