第六十一話
【第六十一話】
「PKか。ひどいらしいな」
「必然的にOSOのトッププレイヤーが集まるわけだからな、『フロンティア』には。だから、対人戦に異様な執着を持ったやつもこぞって現れる」
俺は足を進めながら話の先を促すと、前を歩くデュアルが解説していく。
「やつらは基本一匹狼で、『御霊の平原』を攻略しているプレイヤーたちを奇襲することが多い。俺たちも気をつけなきゃいけない相手だ。彼らは普段、ここミタマの街に『裏ギルド』を構えて潜伏している。街のサービスは受けられないが、互助組織を作ってPK活動を維持しているんだ」
「そりゃ厄介だな」
「ああ。あまりにもPKが酷かったんで、一度街をローラーして『裏ギルド』を炙り出そうとした時期もあったが、見つからなかった。どうも、頻繁に根城の場所を移しているらしい」
アジトあるあるだな。スパイ映画かなにかか?
「というか結構詳しいな。それだけ禍根があるということか?」
「いえ、違う。『裏ギルド』の存在は、PKプレイヤーたちが率先して言いふらしてる」
気になったことを聞いてみると、テトラが苦い顔をして言う。
言いふらしてる?そりゃまた奇妙だ。
「いつまで経っても場所を突き止められない俺たちを嘲笑ってるんだよ。いい性格してるぜ」
「そういうことか」
見つけられるものなら見つけてみろ。ってことか。
「トーマもファーストもナナも、気をつけてくれよ。やつら、場合によっては街中でも躊躇なくやりにくるからな。プレイヤーが少なくて、動きやすいんだとよ」
「それも、PKプレイヤーが言ってたのか」
「そうだ」
どうやら、俺の予想より相当いい性格をしているみたいだな、ここのPKプレイヤーは。
「……っと、西門に着いたな。ここから『御霊の平原』になる。準備はいいか?」
「……こく」
「もちろん」
「はいっす!」
「大丈夫だ」
デュアルの号令に、テトラ、ファースト、ナナ、俺の順でOKを出す。
話はこれくらいにして、いよいよ『フロンティア』攻略の時間だ。
※※※
「退屈だな」
『御霊の平原』に踏み入ってから三十分ほどが経ったが、俺たちは一度も接敵することなく進めていた。
行けども行けども、なにもない。ただ黄緑色の植物の絨毯が一面に広がっているだけだ。
いや正確に言うと、一般的なプレイヤーの目にはなにもないように見える。
「……」
だが俺の目には、見える。
平原を彷徨える、無数の魂が。
「なにをしてるっすか、トーマ」
由縁の分からない魂を、ひっきりなしに寄魂鉄の鎖帷子へとくっつけている俺を見て、ナナが質問してくる。
彼女には、なにもない空中で手を招いているように見えていることだろう。
「魂をくっつけてるんだ。この先必要になってくるからな」
「混ぜて、埋め込むってやつっすね。『御霊の平原』っていうくらいだし、いっぱい魂があるんすね」
彼女は異常な行動を取る俺を見ても、いつも通りだった。
OSOにおける魂や、前に出てきたことのある精霊の仕様は少し特殊だ。魂や精霊を扱えるスキルを持っているプレイヤーの目にしか映らないようになっている。
例えると、『魂の理解者』を持つ俺は宙にある魂や精霊を視認できるが、『ナナ's道具』を持つナナは視認できないといった感じになる。なので、こうした認識の差ができるというわけだ。
このような仕様になっている理由は明らかになっていないが、特定のスキルを使うために対象が見えないのは不便だから、という理由が有力な候補となっている。
「ここは魂だらけだ。トーマにとって有利に働く」
「魔物に込める魂が強靭になるだけだから、有利とは言い難いぞ。魂を埋め込んだ魔物は俺の命令に背くことが多いし」
「……まあ、そのときはそのときだ」
暇なので、デュアルと会話を交わしていく。
俺のスキル『魂の理解者』についての情報は、既に周知の事実といっていいくらい広く知れ渡っている。使役した魔物が半服従となることくらい、織り込み済みだと思っていたが。
「来たぞ!」
「上だ!」
デュアルとファーストが同時に叫ぶと、平らな地面に大きな影が降りる。
「っ!」
反射的に上を向くと、巨大な怪鳥が空を羽ばたいていた。
「ずいぶんとでかいハゲタカだな」
「『スカルボーン・ハゲタカ』だ。骨と屍肉が大好物」
「ギャアアアアッッス!!」
デュアル博士が説明するや否や、骨ハゲタカが滑空しながらこげ茶色の太い足を振り下ろしてくる。
スリムだが、肉付きがいいな。相手はハゲタカだが、手羽先が食べたくなるような見た目をしている。
「『俺が先に殴る』っ!」
早速、ファーストが『絶対的優先権』を発動。
彼の声を耳に入れた骨ハゲタカが不規則に攻撃を中断し、地面に転がってきたところを殴りつける。
先に殴った瞬間、ファーストの言霊の効果が切れる。
「『デュアルウェポン・ガン』!」
そこで、次にデュアルだ。
剣と銃を組み合わせたかのようなへんてこな初期装備の先端から、銃の砲身が伸びる。
「発射!」
彼が引き金を引いた瞬間、スナイパーライフルのような長い筒状の銃身から細長い銃弾が発射される。
弾丸は骨ハゲタカの眉間に吸い込まれ、音もなく貫通した。
「ふっ」
デュアルが銃口から湧く煙を吹き消し、武器をしまった。
一瞬置いて、骨ハゲタカの頭がどうと倒れた。
「相変わらず、すごい火力だな」
「ファーストが崩して、デュアルがトドメを刺す!この流れをもう一度見られるなんて思わなかったっす!!」
俺が舌を巻き、元『ランキング』で同じような戦い方を見てきたナナが感激する。
ここで補足しておこう。デュアルのスキルは、特殊な初期装備を使えるようになる、というものだ。
その名も、『デュアルウェポン』。ガンモードとソードモードを切り替えて、遠近で戦うことのできる隙の少ない武器となっております。
「お互い、魔力の消費が激しいけどな」
「それと、敵が一体じゃないと通用しない」
ファーストとデュアルは、冷静に弱点を言い合いながら照れ隠しする。
「次はトーマとナナにも動いてもらうか。先を急……!」
気を取り直して前を向いたファーストが、言葉を詰まらせる。
今度はなんだ?なにかあったか?
俺も前を見てみると、こちらに向かってなにかが飛び跳ねてきていた。
なんだあれは?遠くてよく見えない。
「バッタの魔物っすかねえ?にしては小さいっすけど」
「あれは魔物じゃない!逃げるぞ!」
ナナが気の抜けた声を出すと、なぜかデュアルは焦り出す。
というか、既に回れ右をして逃げている。テトラも一緒に。
「おい、あれはなんなんだ!?あれがPKプレイヤーなのか!?」
よく見ると、飛び跳ねている物体は小さく、物体の奥から大量の影がやってきているのが分かる。
「PKはPKでも、モンスタープレイヤーキルだああ……」
遠ざかりながら返してきているので、徐々に消えるデュアルの声。
モンスタープレイヤーキル、略してMPK。モンスターを意図的に引き連れ(トレインし)、プレイヤーキルをする害悪戦術だ。
なるほど。飛び跳ねているのはプレイヤーで、大量の魔物を引き連れてこっちに逃げてきているのか。
……。
それ、まずいどころの話じゃないんだが!
「トーマ、逃げるっす!」
「ああ!」
気づけば、ナナとファーストも駆け出していた。
こいつら、というかデュアルとテトラも、俺を置き去りにしようとしてただろ。
「くっそ!」
俺はターンして後ろを向き、夢中で足を動かして走るのだった。
まさか、MPKで洗礼を受けるとは。
※※※
結果から言うと、逃げ切れなかった。
なにかを使って跳躍しているプレイヤーの速度が速く、追いつかれてしまったからだ。
「初日からこれか……」
逃げるのを諦めたデュアルが、額に手を当てながら言う。
「止まれ止まれ、リーヴァ!これ以上行くと街にまで被害がいく」
「デュアルううぅぅ!」
そして大ジャンプしているプレイヤーに話しかけると、女性の声が返ってきた。
「会いたかったわあ、この状況をどうにかしてくれるんだもの!」
「自分で倒せないなら召喚するなって言ってるだろ」
「だってえ、ドロップアイテムがおいしいんだもん」
「ならせめて、俺たちがいるときにやれっていうのも、前に言った気がするんだが?」
女性は俺たちの近くに危なげなく着地すると、デュアルと話し込み始めた。
内容からして、純粋なダークサイドのプレイヤーというわけではないのか?
トレイン行為は、ちゃんとした作戦を立てておけば効率よく経験値や素材を得ることができる手段だ。リーヴァと呼ばれたプレイヤーは、自分の力で倒すつもりでトレインをしていたのか?
「あはは、駆け回ってればデュアルたちかオレンジたちがいると思って」
「結局擦るつもりだったのかよ」
おっと。
あっさりトレインを自首したことに驚いて、つい話に割り込んでしまった。
リーヴァの灰色の目が、こちらを見つめてくる。
「きみは、トーマだ!」
「ああ、トーマだ。お前はリーヴァ、でいいか」
「うん。『フロンティア』を攻略してるソロプレイヤーだよ」
攻略勢なのにトレインしてたのか……。しかもソロ。
「俺はファーストだ」
「ナナっす!」
「二人も知ってる!バカと怒らせると怖いちびっこって、デュアルが言ってたもの」
「デュアル」
「おはなしがあるっす」
続いて自己紹介をしたファーストとナナの、目のハイライトがすっと消えた。
「そんなことしてる場合じゃないぞ!魔物たちが来る!」
しかしデュアルは自らの危機に気づかず、戦闘態勢を取った。
気づけば、さっきの骨ハゲタカや『大図書館地下』で出会った『ハイプレーンウルフ・ソニック』のようなオオカミ、ヘビをアナコンダより倍くらい太く長くしたやつやバカでかいモグラなど、大小様々な物凄い数の魔物が、俺たちの方にやってきていた。
おかげで足音がすごいことになっている。
「じゃあ、先にこっちを片付けないとな」
やっと戦える。
俺も足を開き、腰を落として臨戦の構えを取った。
※※※
ストックしていた野良の魂に自分の魂を一部混ぜたものを、あらかじめ数十個用意しておいた。
「ガアアッ!!」
一番先に到達したオオカミの魔物が、俺に牙を向ける。
「はっ」
が、当たらない。
しゃがんで簡単に避けると、俺は右手に握っていた特製ブランドの魂をオオカミの体にねじ込んだ。
そして、体の内側に存在するオオカミの魂と混ぜ合わせる。
「いっちょあがり。……後ろの魔物たちを攻撃しろ」
手を引き抜いて、半服従化させたオオカミに命令する。
あるとき、俺は気づいた。
なにも、相手の魂を引き抜いてから俺の魂を混ぜて再び植えつけるのではなく、俺の魂をちぎったものを直接相手の魂に植えつければいいということに。
「オオカミを使役した!なるべく近づかないようにしてくれ!」
「「「了解!」」」
簡単に大声を出すと、ファースト、ナナ、デュアルのかけ声が返ってくる。
ちなみに、テトラはずっと後ろに控えている。
彼女は言わば、最終兵器だ。
「シャアアアアッ!!」
次にやってきたヘビに巻きつかれるが、右腕を突き入れて魂を植えつける。
「……」
「後ろの魔物をやってくれ」
「……シャー」
部下2号であるヘビの魔物も、従順に俺の指示に従ってくれた。
この混戦状態の中、敵である魔物を味方にして突き進んでいくやり方は、普通に戦うより楽で強い。
「『俺が先に殴る』!」
「『デュアルウェポン・ソード』!……はああああっ!」
「『マルチドライバー』で、ビリビリっすよおおお!」
まあ、三人は三人でよろしく戦えているようだが。
「はえー、やっぱり皆強いのねえ」
「リーヴァが弱い。戦わないと経験値が得られない」
「ちょっと!正論はやあだ」
対するテトラとリーヴァはほっこりモードだ。あそこまで魔物がやってくることがないので、安心してくっちゃべっている。
だが、のほほんとしていられるのは今のうちだぞ。
「ウグガアアアアアアアアッ!!!」
突如、獣のような咆哮が空気をビリビリと揺らした。
「っ!」
ハッパの爆破ほどではないが、あまりにもうるさくて耳を塞いでしまう。
声量からして、今までの魔物より規格外だ。
俺は声のした方向を見ると……。
「フーッ、フーッ、フーッ……」
そこには鬼がいた。よりファンタジー風に言うと、オーガだ。
三メートルほどの身長を持ったムキムキのオーガが、刀を二刀流にしてのしのしとこちらに歩み寄ってきていた。
明らかに、他の魔物と雰囲気が違う。
「テトラ……」
「分かった」
俺と同じくしてやつを認識したデュアルとテトラが、緊張した面持ちで頷く。
「下がってて、トーマたち」
「ああ」
リーヴァはテトラのスキルを知っているようだ。親切に声をかけてくれた。
彼女、トレインのことをいち早く教えてくれなかったデュアルやファーストたちより優しいんじゃないか?トレインをするくらい頭のネジが外れているが。
「『四の異形・地』」
そんなことを考えていたら、一歩前に出たテトラは両腕を前に掲げてそう唱えた。
すると、数メートル前方に異形が出現する。
上半身は人の体、下半身はサイのようなどっしりとした四本足の体だ。
人間部分は腕が四本ある。普通の二本にくわえて、肩から後ろ向きにもう一対の腕が生えている。前の両腕には剣、後ろの右腕には槍、左腕には杖が握られている。また、サイ部分の体の色は土気色で、大きな蹄が全ての足についている。
「前の『オチムシャ・オーガ』を倒して」
ピアノの旋律のように滑らかに、テトラが命令する。
彼女のスキルは『四の異形』。四種類の異形を召喚し、使役するというものだ。
「……」
行く手を遮る魔物たちを蹴散らしながら、無言でオーガに迫る『地の異形』。
「ンゴオアアアアアアアッッ!!!」
そんな異形を見て興奮したのか、周りの魔物を切り捨てながら突進する『オチムシャ・オーガ』。
二つの化け物が今、相見える!