第六十話
【第六十話】
「それで、猛スピードの『寅』と相打ちしたと」
「ああ」
ファーストの興味津々な問いかけに、俺は抑揚のない相槌で返す。
自宅で客人を待っている間、『蟻塚の迷宮』でなにがあったのかをこいつとナナに話したところ、ゲラゲラと大笑いされた。
よっぽど、俺が慣性の法則に二度殺されたのが面白かったのだろう。
「相変わらずっすねえ、トーマは」
ナナが茶化してくる。
うるさい。俺を亡き者にして『サクラジェム』を奪った借りを、今ここで返してもいいんだぞ。
「冗談、冗談すよ」
俺が握り拳を持ち上げるポーズをすると、ナナはすかさず保身に走った。
相変わらず生存本能が強いな。
「まあ仮にフォローしてやるなら、武器も魔法もないプレイヤーならあるあるなんだよな。魔物は基本的にデカくて重いから、慣性で轢かれることがある」
「あ、そうなんすね。でも、ファーストが轢かれたのを見たことがないっすけど」
「それは、俺のセンスがピカイチだからな」
「ははは、しゃらくせえっす」
なんだこいつら。漫才ならよそでやってくれねえかな。
『蟻塚の迷宮』攻略に挑戦した翌日、俺はある人物に打診されてファーストとナナを俺の家に呼び出していた。
ちなみに、『蟻塚の迷宮』はオレンジの圧倒的戦闘力によって攻略された。彼の剣さばきで取り巻きのアントたちを薙ぎ払い、ハッパの『爆発魔法』で女王アリ(『デザートアント・クイーン』)と『丑』の魔物を倒したらしい。
その場に立ち会えなかったのは残念だったが、グレープとハッパとオレンジだけであそこから勝利できたというのは純粋にすごい。
「本当の冗談はこれくらいにして、俺たちをここに呼んだ理由はなんだ?俺たちも暇じゃないんだがな」
「そうっすそうっす!」
まずい。
待たされていることを感じ、ファーストがごねてナナが便乗してきた。
実は、誰かにお願いされて彼らを呼んだということを、ここまで黙っていた。言えば確実に来ないだろうという、クライアントからの要望だ。
「じきに分かる。もう少しでな」
「なんだあ、それ」
なので、適当にお茶を濁しておく。
用件も聞かずにのこのこ来る方が悪い。奇襲に遭って死んでたかもしれないんだぞ。
なんて思っていたら、インターホンが鳴った。
「入っていいぞっ!」
めんどくさいので、というかファーストとナナから目を離すと勝手にストレージボックスを漁られそうなので、その場で大声を出してお客を招き入れる。
「おい、誰か来るのかよ!」
「もう逃げても意味ないぞ」
腰を浮かしかけたファーストに、俺はぴしゃりと言う。
「やっぱり、そんな気がしてたんすよね……」
現れた二人の姿を目に入れたナナは、半ば諦めに近い表情を作って言った。
「久しぶりだな、ファーストにナナ」
「……」
しばらくすると、活発そうな男と無口な女がリビングに入ってきた。
男の方はつんつんヘアーで、左右で髪色が違う。右が金髪、左が銀髪だ。オーソドックスな金属の鎧を身に着けている。
女は黒髪のおかっぱに、メイド服をもっと動きやすくしたような服を着ている。
男はデュアル、女はテトラという名前だ。
「トーマも、無理を言って悪かったな」
「なに、こいつらには恨みがあったからな。これくらいお安い御用だ」
「恨みとはなんだ!あれは正当な……」
「返して」
俺の憎まれ口に詭弁で逃れようとしたファーストだったが、テトラが唐突に遮った。
「私たちのアイテム、返して」
テトラは感情のこもっていない声で追及する。
実はデュアルとテトラ、元はファーストのクラン『ランキング』に属していたメンバーだったりする。
彼らの一悶着は話すと長いんだが、簡単に言い表すとアイテムの取り分で揉めて分裂することになった。
皆のものはクランのものという精神で、皆が得たアイテムをクランの所有物にしようとしたファーストと、それに反対するデュアルたちの間で激しい対立が起こったのだ。
結果、デュアルたち(ナナ以外のクランメンバー)は『ランキング』を脱退、デュアルはテトラとともに新クラン『ノーナンバー』を設立した。
「えっとだな、テトラ。分かってくれよ。あれは保管用なんだ。返すとか返さないとか、使うとか使わないじゃなくて、クランハウスで保管されるべきなんだよ。その方がアイテムも幸せだ」
「意味が分からない。アイテムは使うもの」
饒舌に意味の分からないことを言い始めるファースト VS 全く動じないテトラの舌戦が始まった。
「あのアイテムたちはクランメンバー全員で攻略して手に入れたものだ。だから、俺たち一人一人の所有物というより、クランのものなんだ」
「意味が分からないと言っている。あの中にはレアなアイテムもあった。使わずにボックスの中で腐らせているなんて、不毛」
「不毛じゃない。たまに持ち出して眺めるのが楽しいんだろ!第一、なんで今になって会いに来て、アイテムを返してくれだなんて……」
「そこまでだ。ファースト、テトラ」
永久に続きそうな言い争いを前に、冷静さを保っているデュアルが割って入った。
「ファースト。テトラは根に持っているようだが、俺としては今更アイテムを返してくれとは言わない。だがな、もう少し人のことを考えた言動を取った方がいいぞ。いい大人なんだからな」
「……」
外部からの情報をシャットアウトするべく、真顔で説教を受け止めるファーストを見て、今度は俺が大笑いする番だった。
「テトラ。言いたいことは分かるが、今回集まったのはそのことで喧嘩するためじゃないだろ?ここは俺に任せて、ゆっくりしてくれるか?」
「……分かった」
ちゃんとテトラにもおはなししている。
デュアルは本当にできた人だ。俺が『サクラジェム』の提供をお願いしたら、二つ返事で了承してくれたしな。
そう、『ノーナンバー』も『フロンティア』の攻略を第一に掲げるクランだ。ゆったり攻略できるところから攻略していく『ランキング』に対立したやり方を、あえて取っているんだと思う。
「っと長くなったな。本題に入ろう。ファースト、ナナ、そしてトーマ。今日お前たちを呼んだ理由は他でもない」
え、俺も?
なんだか嫌な予感がしてきた。
「お前たちに、『フロンティア』の攻略を手伝ってほしい!」
デュアルが発したのは、ある意味予想通りで、ある意味予想外の一言だった。
今までダンジョンを攻略してきた実績、それと直近で『蟻塚の迷宮』の攻略に貢献した俺。ネガティブな別れ方をしたとはいえ、お互いのスキルを知った間柄であるファーストとナナ。
デュアル目線からすると、これほど心強い味方はいないということになる。自分で言っておいてなんだが。
「俺はいいぞ」
俺は二つ返事でOKする。
ちょっとびっくりしたが、『フロンティア』は面白そうだ。
「俺も攻略に協力するのはやぶさかではないが、条件が二つある。取り分を公平に分けてほしいというのと、今後アイテムの催促、無心をやめてほしい」
ファーストはしっかり、条件付きでOKを出した。
「無心なんて!」
「テトラ!」
「むう……」
あんまりな物言いにテトラが反論しかけるも、デュアルに制止させられる。
「ファースト、俺たちは元々そのつもりで来た。受け入れよう」
「元々織り込み済みなら、もっと付け足してもいいか?」
「ファースト?分をわきまえるっすよ?」
「分かった!分かったからドライバーをしまえ」
調子に乗ったファーストを、ナナが武力で窘める。
なんというか、似た者どうしのコンビが二つあるって感じだな。
「私も喜んでお願いするっす!『フロンティア』の素材、興味あるっすからねえ!」
『マルチドライバー』をインベントリにしまった、ナナも頷く。
「じゃあ、決まりだな。早速攻略に行きたいところだが……」
話が決まったとばかりに手を打つデュアルは、テトラとファーストを交互に見る。
「まずは握手だ。テトラ、ファースト」
「え……」
「……」
「仲良くしなきゃ、攻略が面白くないだろ?」
「……」
「……」
デュアルの無垢な笑顔に中てられ、テトラとファーストはおずおずと右手を握り合うのだった。
「幼稚園児の仲直りイベントみたいだ……」
※※※
ユルルンのずっと西。ずっとずっと西に、今最も熱い『フロンティア』である『御霊の平原』がある。
なんだかよく分からない仲直りイベントを済ませた後、俺たちは専用の馬車で平原東端の街『ミタマ』に到着した。
「流石にプレイヤーが少ないな」
俺は街中を見回しながら呟く。
『始まりの街』やユルルンならプレイヤー半分、NPC半分くらいの割合でプレイヤーがいるものだが、ミタマは九割が質素な服装をしたNPCだ。
「行くぞ、トーマ。早くしないと日が暮れる」
ファーストにどやされると癪だな。
俺は街を横断する足を速めた。
ミタマの街を西側から出ると、『御霊の平原』が広がっている。そこが、現在攻略されているエリアの最西端、言うなれば西の『フロンティア』だ。
『ノーナンバー』の他にも、オレンジがリーダーのクラン『フルーツパーラー』なんかが攻略に当たっているフィールドとなっている。
「まあ、そんなに急がなくてもいい。別に攻略できると思っていないからな」
「広いらしいな。『御霊の平原』」
「……私たちは、同じ方向に三日歩き続けても景色が変わらなかった」
そんなにか。
正確な距離を推測するのは難しいが、数十キロ四方は平原が広がっていると見ていいな。
「出てくる魔物も強いし、それでなかなか攻略が進まないんだよ。それに……」
一番前を歩くデュアルが色々と教えてくれるが、そこで一度口を閉じる。
「……PKプレイヤーも多いんだ」
一拍置いて出てきた彼のその一言に、俺たちの表情が引き締まった。