第五十七話
【第五十七話】
「攻略に行こうって、本当に攻略に行くつもりだったの!?」
砂壁で囲まれた迷宮内に、ハッパの声が乱反射する。
「当たり前だろ。OSOは攻略するゲームだぞ?」
「んなこた分かってるわいっ!ウチは、トーマが照れ隠しで冗談めかして外に出るつもりかと思ってたの!」
俺が冷静に突っ込むと、一喝が飛んできた。
「ここって今一番アツい『蟻塚の迷宮』でしょ!?こんな行き当たりばったりで来るような場所じゃな…くもないか」
いつだって人を爆殺する準備はできてるだろ、と言いかけた口を塞ぐ。本当に爆殺されそうだ。
俺はダンジョン『蟻塚の迷宮』へと、グレープとハッパを連れだってやってきていた。時系列的には、プレゼントを上げてから数十分後だ。
ユルルンから出ているゴブリン領行きの馬車に飛び乗り、えっちらおっちらダンジョンへとやってきたというわけだ。
そう、ゴブリンと死闘を繰り広げたあの日、ロボーグが相対したDという男のせい(とアールたちのせい)でできたデザートアントの巣へと。
そうそう、後でロボーグに聞いてみて分かった。異次元ポータルを操り、ロボーグたちを窮地に追いやった存在こそ、D。あの販売車で働いていた男だった。
『そう』がいくつも続いたが、振り返り終わり。
「つくりは坑道っぽいけど、雰囲気がまるで違うな。動物系番組の特殊カメラで撮った蟻塚の中みたいだ」
グレープが的を射た発言をする。俺も言おうと思った。
ロボーグがデザートアントの女王アリに『ダンジョンジェム』を与えたため、この蟻塚はダンジョンと化した。訪れる人がいなければ構造をランダムに変える『構造のリセット』と、魔物の湧きが増加する『スポーンの活性化』、死んでもなにも落とさずに入口でリスポーンできる『デスペナルティの緩和』をいったダンジョン特有の仕様が敷かれている。
そのため、ここは迷宮と呼ぶにふさわしいぐねぐねとした構造をしており、迷いやすい。四方八方、上下左右に伸びる道。天井つきだから『大図書館地下』のようなズルもできない。にもかかわらず、多分細かい穴が無数に空いてるから光は潤沢で、見通しが利きやすいという地形効果となっている。
さらに『スポーンの活性化』とは別の仕様として、女王アリが自前で兵隊アリを産み続けているため、蟻塚内はかなりのアリが徘徊している。
なんて噂をしていたら、ほら。
「お出ましだ。ソルジャーとガンナー二匹ずつ」
俺は短く敵数を伝え、腕を構える。
『デザートアント・ソルジャー』はゴブリンの分類と同じく、『デザートアント』が役職を持ったみたいな感じの特殊個体だ。普通のアントよりも体躯が太く、顎による一撃は容易にプレイヤーを死に導く。
一方、『デザートアント・ガンナー』は遠距離タイプ。一般的なアントよりも小柄な代わりに腹部が発達しており、尾の毒針から放たれる蟻酸の射程がより長く、分泌量がより多くなっている。
「……」
キンッ、キンッと顎を打ち鳴らしながら、砂色のバカでかいソルジャーたちが並列して遅いかかってくる。
その目は恐ろしいほどに無機質で、ただ目の前の得物を排除しようという残虐性のみを持ち合わせていた。
「グレープ!右を頼む!」
「あいよっ!」
簡潔に分担し、右腕を構える。
イメージするはアカネの居合。彼女の体の動きを真似れば、『ソウル・パリィ』の成功率は上がる。
「……」
今まさに、クリーム色の爪牙が俺の頭をかち割らんとする…。
この瞬間!
俺は居合切りを繰り出すかのように、右腕を振り抜いた。
「っ!?」
ソルジャーはほんの一瞬気の迷いを見せると、がくんと頭を垂れて意識を失う。
『ソウル・パリィ』。接敵の瞬間に『魂の理解者』魂を弾き飛ばす新技により、一撃で無力化に成功した。
「うっおっ!」
が、ソルジャーが運動を続けていた慣性は消えない。
突っ込んできた巨体を受け止めきれず、俺はもろとも後ろへ吹っ飛ぶ。
まずい、背後にはハッパが!
「どかんっ!」
パアッ
小気味の良い大声とともに、背中から破裂音が生じる。
小規模の爆発と吹き飛ばされた衝撃が相殺され、俺は減速して地面の上を転がる。
「っぐっっ!」
ハッパは容赦ない。今のもハッパが巻き込まれるのを危惧したのではなく、俺が余計な爆発に巻き込まれることを危惧したのだ。
「大丈夫?」
「…大丈夫だ」
自分かわいさ100%のくせして、こうして心配してくれる心意気の良さもある。ハッパめ、恐ろしいやつだ。
……爆発の威力が低かったため、聴覚に問題はなさそうだった。
「おおいっ!加勢してくれえ!」
大声がしたので見ると、グレープがソルジャーを相手しながらガンナーの集中砲火を受けていた。
しかし器用なもんだ。蟻酸を舞うように避けつつ、ソルジャーの攻撃をいなし、ときには反撃を加えている。
「見てないではやくぅ!」
「あいわかった!どかあああん!」
パアアアアアアアッ
ぼうっと観察してたらどやされた。
ので、ハッパが高火力の爆発でガンナー二匹を爆破。
「はあっ!」
俺はグレープと戦っていて隙だらけの、もう一匹のソルジャーに腕を差し入れて魂を抜いた。
「サンキュー!」
俺たちの加勢により、アントの増援はあっという間に無力化された。
手が空いたグレープはほっと一息。出ていない額の汗を拭うしぐさをしてため息をつく。
「良い準備運動にはなるな」
「といってもこの量はなあ…」
話しているうちに、すぐに次が来る。
今度はソルジャー2匹にガンナー1。それにチャージャーもいる。
『デザートアント・チャージャー』は羽を持っており、でかい図体をしていながら自由に通路内を飛ぶことができる。
しかも頭部が硬く大きく成長しており、敵を見つけるとタックルしてくる。
しかもしかも、前足ででかい蜜のようなものを持っており、それを仲間のアントに与えてバフしてくる。バフされたアントは筋力が異常に強化され、ちょっとやそっとの攻撃では倒れないしぶといバイタリティを得る。
チャージタックルという意味と『充電する』の英語であるチャージという意味を併せ持った、大変厄介なアリの魔物だ。
「頼んだ」
「おうよっ」
パアアアアッ
だが、俺たちには関係ない。
ハッパの『爆発魔法』で推進力を得た俺が『魂の理解者』で肉薄すれば…!
「……」
全速力で通路を飛行する中、厚い面の皮も肉薄してくる。
ここっ!
「っ!」
俺は『ソウル・パリィ』で、宙を浮遊するチャージャーの魂を弾き飛ばす。
と同時に、まるで車に轢かれたときのような衝撃が俺の体を駆け巡り、跳ね飛ばされた。
「……あっ」
そうだ。今さっき、慣性の話をしていたんだった。
俺は充分すぎる勢いを以て通路の壁に叩きつけられ、死んだ。
これから、鎬を削る攻略をしていく流れだったじゃん。
「…ぁ、…ぅ…、ぁ」
造血剤の作用で生きながらえさせられている俺の口から洩れた断末魔は、声にならない音のみだった。