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VRMMO 【Original Skill Online】  作者: LostAngel
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第五十六話

【第五十六話】


 セツナ、グレープ、ニヒルとショッピングを楽しんだ翌日。黒金貨1枚と白金貨数枚を支払って懐が軽くなった俺は、ユルルンの外にある自宅でメニュー画面を眺めていた。


「さて、この777個をどう使うか…」


 俺のインベントリには、第二回イベント『サクラ個体とサクラジェムで春満開!』の期間中に手に入れた大量の『サクラジェム』が収められている。


 これらを専用のショップで使用することで、特別なアイテムと交換できる。


「いっぱいあるな」


 ショップに表示された交換可能なアイテムの数はとんでもない量だった。おそらく、現在持っている個数に応じて数が変動するのだろう。


 交換可能なアイテムの種類はこんな感じだった。


 まず、『サクラ個体』の素材アイテム。ざっと見た感じ、『ダイアモンドゴーレム・サクラ』の名前がないことから、イベント中にプレイヤーによって倒された『サクラ個体』の素材が交換できるようになっていると思われる。魔物の種類によって必要個数が違い、最低1個、最高50個だった。


 『サクラ個体』の素材を使って作られた装備は、性能が普通のそれよりも向上する。よって、生産職や強化版の装備が欲しい人には助かる交換枠だが、俺は生憎、生産職でもなければ装備が欲しい人間でもない。


 パスだな。ジェムが余って、フレンドが欲しがってたら交換するくらいの心持ちでいよう。


 次はサクラをモチーフにした家具や日用品のコーナーだった。桜色の木のタンスとかピンクのメタリックなフライパンとか、開けるとサクラの花びらが舞い散るストレージボックスのスキンとかだ。


 主に、クランハウスを装飾したい人向けの交換枠だな。大体数十個単位で交換できるようになっている。


 俺は特に、この家は今のままでもいいと思っているが、グレープとハッパがなにか欲しがるかもしれない。一応全部見ておくか。


「おっ」


 そう思って画面をスクロールしていると、中々雅なアイテムを見つけた。


 その名も、サクラの盆栽。 


「交換個数は、50個か」


 中々リーズナブルだな。クラン所属で頑張ってるプレイヤーなら手が届くハードルだ。


 俺はメニューを操作して、交換の手続きを完了する。


「おおっ!」


 すると、テーブルの上に鉢植えが出現した。


 四方に伸びた枝からピンクの葉が青々と(?)茂る、美しくも厳かな造形をしている。はらはらと舞い落ちる花弁が実に風流だ。


「いい買い物をしたな」


 俺は盆栽を手に取り、和室の床の間に飾った。

 

 床の間にはなにも飾っていなかったから、これでおしゃれになったろう。


「他にはなにかあるか…?」


 思ったよりも景品を探すという作業が楽しく、スクロールをする手が伸びる伸びる。


 次に出てきたのは、これまたサクラモチーフの装備群だった。剣や弓といったオーソドックスな武器と鎧や服といった防具で分けられており、優美なデザインとピンク色であしらわれたアイテムたちが並んでいる。


 まあ、これも優先度が高くないな。交換できるのは見た目重視のものがほとんどで、ただでさえ装備の性能の変化に乏しいOSOの仕様と相まって魅力に欠ける。


「…おや」


 ただ、下部にある一式は別だった。アイテムが映し出された画像の隣にある説明によると、なにやら効果があるらしい。


「『桜炎発火』?」


 おうえんはっか、と読むらしい。武器の場合は相手にダメージを与えると、防具の場合はなんらかの衝撃を受けると、桜色の炎が着火するらしい。


「文章だとよく分からないな」


 試しに、『桜炎発火』の能力がついた剣を使用したときのショートビデオを見てみよう。俺は剣の画像をタップすると、通常個体のゴブリンに向かって男が武器を振るう映像が流れる。


「おお…!、ん?」


 一瞬驚きかけたが、すぐに違和感を覚えた。


 というのもこの『桜炎発火』、剣による斬撃で傷がついた箇所から火が湧き出しているものの、そこまで爆発的に燃え上がっているわけではなかったからだ。


 例えて言うと、そう。ライターの点灯だ。どうやら『桜炎発火』では、それくらいの火力で焼くことしかできないみたいだった。


「あくまでイベント用か…」


 ピンク色の炎は大変見栄えがするが、いかんせん火力がない、というのが俺の率直な感想だった。


 きっと、運営が意図的に強くしすぎないようにしてるんだろうな。ちょっとかすっただけで全身が燃えたぎる武器なんて、それこそ戦争の火種になり得るアーティファクトよ。


「となると、防具の方も…」


 気になって『桜炎発火』付き鎧の映像も見てみると、とんでもない瞬間が記録されていた。


「これ、鎧にも燃え移ってないか?」


 そう、防具の場合はゴブリンから殴られたときに発火するため、衝撃の接地面にある鎧にも火がついていたのだ。


 流石に耐火性があるのかそんなに燃えていなかったが、ビデオ内ではプレイヤーがこっそり鎧についた火をもみ消していた。


 デメリットも標示しているという点では好印象だが、防具の性能で見たらあまりにも…。


「…パーティグッズだな」


 武器の方はまだ、使いどころがありそうだった。能動的に相手へ着火できるから。


 しかし防具の方は、少なくとも普通の戦闘では活躍を期待できそうになかった。無理やり使うとしたら、周りを可燃性の物体で固めて自爆するとかだろうか。


 防具の特殊効果は装備していないと発動しないので、防具をドロップして着火剤にするということは不可能だ。


 使い方を考えようとすればするほど、まさに無用の長物だが…。


「これでこそ、だよな」


 無用の長物こそ、ゲームにつきものだ。無駄が人生に彩りを付け足すように、どうしようもない効果のアイテムは、ゲームに深みを与える。


「うんうん」


 俺は誰もいない自室でしきりに頷きながら、画面を操作していく。


 余白を愛するその心意気やよし。


 俺は『桜炎発火』の短剣と籠手を交換した。どちらもサクラジェム100個だった。


「見た目はかっこいいんだよな」


 具現化した二つの代物を手に取って、しげしげと眺めてみる。


 うん。


「観賞用にはいいな」


 薄ピンクの刀身にサクラの幹を模した意匠の短剣はスタイリッシュだ。桜色の炎が燃えているようなデザインの籠手は俺の美的センスから外れるが、鎧や具足とセットで着れば映えるのだろう。


 俺は短剣をインベントリに、籠手をストレージボックスにしまった。


 さて続いてのコーナーは、普通の消費アイテムだ。これは主に食料品とか、安価な装備とかだな。ジェム1個で交換できるものがほとんどで、端数をもったいなくさせないための計らいだと推測できる。


「ここはスルーか」


 端材で交換するとしても、『サクラ個体』の素材の方が良い。俺はラインナップをまともに見ることなく、次の項目へと急いだ。


「ん…?」


 そして、最後の欄。これが一番重要だった。


「ジェム、だと?」


 一番下の二つのタブには、『スキルジェムの欠片』と『ダンジョンジェムの欠片』という表記があった。


 好きなスキルをコピーできる『スキルジェム』と、ダンジョンを作り出せる『ダンジョンジェム』の下になるアイテムだ。


 それが、1個につきサクラジェム10個という破格のレートで売りに出されている。


「全部つぎ込んで買うか…?」


 いや待て待て。落ち着け。


 『サクラジェム』で交換できるようになっているということは、今後イベントかなにかでジェムの種類が増え、こうしたショップが開設されたときに交換できるようになるのでは?


 と考えた俺は、残りの527個を注ぐ指を止めた。


「ただまあ、『ダンジョンジェムの欠片』は買っとくか」


 とはいえ『ダンジョンジェム』は有用であり、その入手法はダンジョンボス撃破と限られている。

ので、一つダンジョンを作れる分を確保するのは悪くない。


 俺は『ダンジョンジェムの欠片』を10個分、『サクラジェム』100個で交換した。


「これが『ダンジョンジェム』か」


 10個集まった欠片はすぐさま一つになり、まん丸で赤く透明な石になる。


 これを飲み込んだ生命がダンジョンボスになり、飲み込んだ地点を中心にダンジョンが形成されるわけだ。


「の……」


 飲んでみたい!


「…やめておこう」


 という衝動は押し退けておく。今ここでダンジョンができようものなら、ユルルンの『南東門』が塞がってしまう可能性が高く、俺がリスキル祭りに遭う未来がほぼ確定しているからだ。


 もう流石に、指名手配で追われる身は嫌だぞ。


「『スキルジェムの欠片』は、30個くらい欲しいな」


 『スキルジェム』3個分だ。これまでの戦闘で使いきってしまっていたので、こうした形で補給できるのはありがたい。


 画面をタップして交換を完了する。


「これで、残りは127個」


 まだまだ残弾はある。なにかと交換しよう。


 俺はうきうきしながら、画面を上の方にスクロールしていった。



 ※※※



「おっす」


「ほいさあ!」


 あれから数十分後、グレープとハッパがそれぞれの自室から出てきた。


 俺の家の部屋を一室ずつ借りている彼と彼女は、特別なことがない限り自分の部屋でログアウトするようにしている。


 そして今、こうしてログインしてきたというわけだ。


「おう。二人は『サクラジェム』景品の交換リスト見たか?」


「ああ、見た見た」


「ウチも」


「なにかと交換したか?俺は盆栽と装備を引き換えてみたんだが」


 俺は床の間を指差しながら、それとなく聞いてみる。


 相手に聞きづらいことを聞きたいときは、まず自分の手の内を明かすことが効果的だ。


「交換したぜ。『スキルジェムの欠片』と消費アイテム!」


「ウチはグレープの組み合わせと同じやつに、『桜炎発火』の杖!」


 二人とも元気よく応えてくれる。


 ハッパはやはり杖を買っていたか。いかにも彼女が好きそうな性能をしてるもんな。


「それじゃ、被ってないな。はいこれ」


 ここで俺は唐突に、インベントリからアイテムを取り出して二人の前に置く。


「なんだ?」


「うそ!?」


 予想は当たっていた。グレープは取得個数の関係で家具類を買えず、ハッパは装備を優先するために家具類は買わないと。


「しゃれてんなあ…」


「すごいきれいっ!」


 テーブルの上に置かれた砥石とミニランプを観察して、グレープとハッパは感嘆していた。


 砥石は薄いピンク色をしたインゴットみたいなフォルムをしており、ちょっと渋いよりの見た目だ。が、剣士のグレープなら気に入ってくれるだろうと思って交換した。


 実際に刃物を研ぐこともできる。初期装備は自己修復のスピードが速まり、それ以外の装備も自己修復の効果が研いでいる間に適用される。回復量は微々たるものらしいが。


 そしてミニランプは、ほとんどランタンのような形をしている。火が好きなハッパにぴったりだと思って交換した。


 一応家具扱いだが、手に持って運べば明かり代わりになる。普段使いではベッドサイドに置くとピンク色のムーディな光が映えるだろう。


「プレゼントだ。いつもありがとうな」


 俺は二人の目を見ながら、さらっと感謝を述べる。


 二人のおかげで俺も楽しい。(そしてきっと、俺のおかげで二人も楽しい)


 だから口には絶対に出さないが、たまにはこういうサプライズもいいだろう。


「トーマ、俺感動してるよ…」


「トーマがこんな粋なことできるなんて…」


 ハッパ、うるさいぞ。


 余った127個の『サクラジェム』をどう消費しようかと考えるに当たって、俺は一つの結論に至った。


 それが、別になにと交換しても変わらない、ということだ。


 ジェムは別だが、『サクラジェム』の取得個数に差が出てしまう仕様上、あんまり高級なアイテムが交換候補にない。


 だから、取得個数トップの俺が消費するには多すぎる量の『サクラジェム』が余ってしまった。


 となると、どうするか。ショップはおそらく永久に開設されたままなので、交換期限は特にないと思うが、どうせなら忘れないうちに交換しておきたかった。


 しかし、あんまり目を引くものがないのも事実だった。


 そう、俺にとっては。


「ウチらに恩を売ろうって算段だね?」


「ばれたか」


「……でも、ありがと」


 照れ隠しで冗談を言ってきたので、俺も冗談で応えてみせる。


 話の続きだ。


 俺はソロプレイヤーだが、なにも独りじゃない。


 仲間がいる。クランというつながりがなくても、背中を預けられる仲間たちが。


「ありがとな、トーマ。ハンディ扇風機と同じくらい大切にする」


「ああ。あんまり暇なときはないかもしれないが、ぜひ研いでみてくれ」


 グレープも気に入ってくれたみたいだ。


「さて、画面を眺めるのにも飽きてきたな。これから三人で攻略にでも行かないか?」


「あ、トーマ照れてる?」


「照れてない」


「俺はいいぞ。思いっきり体動かしてえ!」


 こうして、俺の景品交換会と急ごしらえのプレゼント作戦は成功に終わったのだった。

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