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VRMMO 【Original Skill Online】  作者: LostAngel
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第五十四話

【第五十四話】


 サイド:トーマ


 第二回イベント『サクラ個体とサクラジェムで春満開!』の結果発表が終わり、坑道の攻略に繰り出した日から数日後。


 俺、グレープ、ニヒル、セツナの四人は、俺の自宅前に集まっていた。


 今日はこれから、『ユルルンマーケット』でショッピングをすることになっている。


「それで、アキヅキの遺体を盾にして投擲を防いだ後、どうなったんだ?」


 俺は安物の水筒に入れてきたほうじ茶を啜りながら、対面に位置するセツナに訊く。


 OSOに乗り込んできたプロゲーマー集団『ネクストフェーズ』による待ち伏せを受け、俺やニヒル、グレープはセツナたちと分断された。


 その後、地下へと落とされた俺とグレープ、となぜかついてきたカイナのグループは、運良く(運悪く)遭遇した『ダイアモンドゴーレム・サクラ』と『子』の魔物にボコボコにされた。


 俺は『魂の理解者』を活かした新技『ソウル・パリィ』によって『子』の魂を弾き飛ばしたが、轢かれてお亡くなり。


 カイナは黒い腕で『ダイアモンドゴーレム・サクラ』と良い勝負をしていたらしいが、戦闘の衝撃で魔物の大群が押し寄せた上に小規模の落盤が起きたせいで、ジリ貧になって負けたとのこと。


 ただ、収穫もあった。ニヒルとガイアのペアだ。彼と彼女もしくは彼女らは運良く、『打ち棄てられた炭鉱』の入口まで到達できた。結果として化石恐竜の魔物に敗れてしまったが、ニヒルはなにか得るものがあったようだ。


「ボコしたよ?セービストもディープもミストもグラフィも。その後、皆死んじゃったから帰って終わり」


 なんでもないことかのようにさらっと、セツナは言ってのけた。


 ボコした。


 赤子の手を捻るかのごとく、4人ものプロゲーマーを下した。そう言ったのだ。


「ボコしたって、どうみてもボコされる話の終わり方だったじゃねえか!どうやって巻き返したんだ?」


 俺の右隣にいるグレープが、わくわくした面持ちで尋ねる。


 彼は鎧を纏っているが、戦闘用のではない軽装のものだ。なるべく重量を減らして買い込むつもりだな。


「どうって、ミストの投擲物、あれはデザートアントの酸かな…をアキヅキの体で受けて、体勢が崩れたところを狙ってきたセービストを転ばせて絞めて、ダメ元でステゴロをしかけてきたディープも絞めて、投擲を躱しながらミストも絞めて、ついでにグラフィも絞めたって感じ」


「シメすぎだろ!どんだけ肉弾戦強いんだ…?」


「だって、首絞めて意識奪った方が速いし」


「そっちの絞めるかよ!!」


 鋭いツッコミが飛ぶ。


 どうやら、『しめる』をグレープはボコしたという意味で捉え、セツナは物理的な絞めという意味で使っていたようだ。いらんところでコントすな。


 というのは置いておいて、ミストと呼ばれるプレイヤーについて紹介しよう。


 彼女は、所有しているアイテムを投擲物として投げられるスキルを持っている。投げられたアイテムは壁や床、障害物に衝突すると砕け散り、霧のように拡散してそのアイテム特有の効果を与える。


 前回の話でアキヅキを卒倒させた投擲物は、彼女のスキルの産物。セツナによると、ゴブリン領との境界線にできたダンジョンに湧くデザートアントの分泌物らしい。


 デザートアントの酸は本来、液体で強酸性の物質だ。プレイヤーがまともに浴びれば皮膚が焼けただれ、緩やかに死ぬだろう。


 しかし裏を返すと、直接浴びなければ問題はない。セツナのように肉の盾を用意すれば、例え霧状であったとしても数秒なら耐えられる。そしてその数秒で、範囲内から離れてしまえばそれ以上曝露することはない。


 さらに、こうした刺激物には刺激臭がつきものだが、OSOに嗅覚はないので気にならない。毒物、劇物の吸引による毒性は実装されているが、微量であれば直ちに影響はないはずだ。


「とにかく、これで坑道のいざこざの全貌が分かったわけだね。なんともまあ、奇妙な結果だ」


「俺たちは魔物に負けて、『ネクストフェーズ』のやつらはセツナに負けたわけだからな」


 話が長くなりそうだと悟ったニヒルが風呂敷を畳み始めたので、俺も同調する。


 彼または彼女は、いつもの格好だ。全身黒ずくめのぴっちりとしたスーツに、漆黒のローブを羽織っている。


「じゃあ、結局セツナの一人勝ちか」


 グレープの中でも、セツナは規格外ということに落ち着いたみたいだ。


「嬉しくないけど、そういうことになるね。私としてはあいつらと戦うんじゃなくて、トンネルの中を探索したかったんだけど…」


「唐突なPvPはOSOの醍醐味だから、しょうがないと思うしかないな」


 若干ふて腐れるセツナに、俺はせめてもの言葉をかける。


 彼女のファッションは鮮やかだった。金のウェーブがかかったショートカットにピンクのTシャツ、ミントグリーンのホットパンツ。駄菓子コーナーにひしめいている棒付きキャンディみたいなカラーリングだ。


「ま、ショッピングできるならプラスか。楽しみぃ!」


 限界までグラム数を削ぎ落したかのような姿のセツナもまた、爆買いする気満々だった。


 今回遊ぶ目的は、自分たちの買い物と彼女にマーケットを案内することだ。あまり時間はかからないと思っていたが、この分だと丸々一日潰れることを覚悟しなければいけないか。


 仕方がない。こうなったら、誰よりも多く高く買ってやる。


「それじゃあ行くよ…!」


「うっす!」


「おうっ!荷物持ちは任せたぜトーマっ!!」


「なんでだよ」


 謎の競争心を芽生えさせた俺は、心の中で両腕を掲げて威嚇をした。



 ※※※



 自宅裏にある壁の横穴(『南東門』)を通り、相も変わらず人でごった返している『ユルルンマーケット』に到着した。


 壁の内側に沿う形で色とりどりのシートが引かれており、無数の露店が並んでいる。反対に、街の中央側にはしっかりしたつくりの屋台状の店舗や、車輪がついた手押し車のような移動販売店が展開されている。


 雑多なものが手っ取り早く手に入る市場と化した裏通り。それが、『ユルルンマーケット』だ。


「いらっしゃい」


 さてどこから攻めるかと思案していると、すぐ近くから聞いたことのある男の声で挨拶された。 


「カデンさん。久しぶりですね」


「お疲れ様です、トーマくんにニヒルさん、グレープくん。お買い物ですか?」


 声をする方を向くと、俺とニヒルは以前訪れたことのあるカデンさんの露店が『南東門』のすぐ左側を陣取っていた。


 やはり作りすぎているのか、質素なビニールシートのような布の上に所狭しと家電が鎮座している。

ただ、前に来たときと比べて家電の一つ一つのクオリティが上がっている気がする。


 高級品だけ売れ残っているのか、それともカデンさんの作成技術が上がったのか、良い素材が流通するようになったのか。


 いずれにせよ、良い買い物ができそうだ。


「うん。それと、この子に案内しようと思って」


 ニヒルも続けて挨拶をし、傍らのセツナを紹介する。


「こんちは。セツナって言います」


「よろしくお願いします。僕はカデンです。家電製品を作って売る生産職ですね」


「あ、そっか。私はごりごりの戦闘職やってます」


 自分のスキルは明かさない程度に、なにを生業にしているのかを説明する。OSOの自己紹介ではこれが鉄板だ。


「早速なんか買おうぜっ!わくわくが止まんねえよ!」


「そうだな。俺はこれが気になった」


 子どものようにはしゃぎ始めたグレープに、俺はテーブルの上に置いてあった一つの家電を指差してみた。


 赤と青が混ざり合った色合いをしたそれは、取っ手のついたメガホンのような形をしていた。取っ手の先端からは真っ黒のコードが伸びており、緩い結び方で一束にまとめられている。


 というか、グレープもカデンさんを知っているんだな。興味本位で露店を覗いて知り合ったのだろう。


「それは『炎雪ドライヤー』ですね。普通のドライヤーとしての性能もあるんですが、火炎と吹雪を照射できます」


「ええ…?」


 火炎と吹雪というワードを聞いて、俺は顔を引きつらせる。ニヒルたちも若干引いているようだ。


 つ、ついにやったか。この前来たときは普通の家電しか売ってなかったはずなんだが、特殊効果をつけるとは。


「上質なアイテムが手に入るようになりましたし、私も作り方のコツがつかめてきたので、面白い効果をつけてみようと思ったんです」


「なるほど?…でも、炎と氷を出せても家の中だとあんまり使えないんじゃないかな?」


「そうなんですよね。今の技術だと充電式は作れないので、屋内の調理用くらいしか用途が思いつかないです」


 ドライヤーで料理を炙るとか嫌すぎる。ゲームの中だから髪の毛が入ることはないが、なんか生理的に嫌だ。


 というか…。


「髪を乾かす機会なくね?そもそも風呂に入る機会がないんだし」


「……」


 セツナが渾身の一言を発すると、カデンさんはうつむいて黙り込んだ。


 OSOでは時間の経過によって体に垢が溜まることはないので、入浴の必要がないのだ。よって、ドライヤーを使う機会もないということになる。


 でも、俺には分かります。使い道がなくても作りたかったんですよね。


「買います」


「……え?」


「『炎雪ドライヤー』、買います。いくらですか?」


「いいんですか?」


「はい」


 放心状態から帰ってきたカデンさんが尋ねてくるが、全くもって問題ない。


 髪を乾かす以外にも、ドライヤーの使い道はある。それに、あの使い方なら特殊効果も役立つだろう。


「…分かりました。白金貨1枚で売ります」


 結構するな。


「了解です。『預かり屋』で交換しましょう」


「ありがとうございます!助かります」


「いえいえ、こちらこそ面白い商品ありがとうございます」


 高額の取引なので、『預かり屋』でお金と商品を交換する約束を取りつける。


 というか今、白金貨を持っていないので、どっちみち『預かり屋』には行かないといけない。


「なあ、これは普通の電子レンジか?」


 商談がまとまったところで、次はグレープが別の場所にあった箱のような物体を示した。


 一見電子レンジにも見えるそれは、リアルにあるそれよりも一回り大きく、表面が銀白色の金属光沢を放っていた。


 爆弾を入れて爆発させても壊れなさそうだ。しかし、流石にハッパが入るほど大きくはない。


「それは『殴れる電子レンジ』です。食べ物を入れる内側の奥の方に取っ手がついていて、ふたを開けた状態でグローブのように装備できるんです」


「…ほんとだ、中に握れるところがあるぞ」


 グレープは扉を開けて奥に手を突っ込むと、試合前のボクサーのようにひょいと右腕を持ち上げた。


「大きさと重さが難点ですが、なんとか充電式にできました。戦闘時は武器に、非戦闘時は料理を温める家電として使えますよ」


「……これが、発想の勝利ってやつ?」


 セツナが困惑した面持ちを浮かべる。そりゃそうだ。


 なかなか面白い家電だが、結構な重量をしていると見える。それに、加温が必要なほど食料を持ち込む必要はないソロプレイヤーには向かない。


「でもすっげーおもろい。買った!」


「え!?」


 まさか買うとは思わなかったので、驚きの声が出てしまった。


「私はそんなに重量気にならないし、硬い相手に効果的そうじゃん?」


「確かに、そうだな」


「使わなかったらクランハウスに置いときゃいいし」


 セツナはあっけらかんにそう言うと、グレープから電子レンジを受け取って重さを確かめる。


 さては彼女、クランハウスを物置としてしか見ていないな。


「いくら?」


「白金貨1枚と金貨200枚です」


「りょ。『預かり屋』でお願い」


「はい」


 セツナは値段を聞いて即決した。『ネクストフェーズ』も結構稼いでいるようだな。


 あと、当然だがドライヤーよりも高い。購入額レースで一歩先を行かれてしまったか。


「二人とも思い切りが良いねえ。私もなにか買おうかな」


「ありがとうございます、ニヒルさん。実は、とっておきのがあるんですよ」


「え、なに?」


 続いて購買意欲を示したニヒルに、カデンが攻め立てる。


「こちらです」


「これは、扇風機?」


 彼が家電たちの山から引っ張り出してきたのは、ごく普通の見た目をした扇風機だった。


 色も大きさもスタンダードに見えるが、翼の付け根部分、首を振るときに動く胴体部といえばいいのだろうか、そこが少し太い気がする。


「翼発射扇風機です。後ろのスイッチを押すと、安全部を貫通してプロペラが発射されます」


「ふむ…」


 いや、いくらなんでも殺意が高すぎるだろ。というか、いつ使えばいいんだ?


「分かってるね、カデン。PKクランはハウスまでカチコミされる機会が多い。そういうときに便利ってわけだね」


「その通りです。翼はアタッチメントとして取り付け、取り外し可能なので、ニヒルさんの暗器も対応できますよ」


 一般プレイヤー(?)としてはあまり分かりたくない会話を始める二人。ここもいつの間にか親交を深めていたようだ。


「買うよ。おいくら?」


「金貨700枚です。今なら出血大サービス、ハンディタイプもお付けしますよ」


 カデンは滑らかな口調で、テーブルの懐から小さな扇風機を持ち上げた。


 いや、翼が発射されて物理的に出血するんだが。


「ハンディタイプ?」


「ほら、暑い時期にたまに使ってる人がいる、片手で持てる小さいやつですよ。風の勢いと翼の発射速度と稼働時間は控えめですけど、人間なら傷つけられるくらいの威力が出ますよ」


 発言がエキセントリックすぎる。家電量販店の店員で武器商人とかいやだ。


「うーん、暑さをしのげるから良いかもしれないけど、うちのクランメンバーはあんまり僻地に行くことがないんだよね…」


「そ、それじゃあ、ハンディタイプは俺に、く、くくれない?」


 ニヒルが難色を示したところで、グレープが意を決して乗り込んできた。


 なるほど、翼発射扇風機(大)と小はサイズこそ違うものの、デザインはそっくりだ。『お揃い』のアイテムを持つことで、少しでもお近づきになろうという作戦か。


「確かに。グレープの鎧は蒸れるし、熱を逃がせるハンディタイプは良いかもしれないな」


「だろ!?」


 興奮したグレープが大声になる。


 落ち着け。また引かれるぞ。


「トーマの言う通り、俺、ハンディタイプ欲しい。金貨200枚出すからさ、ニヒルちゃんこそ良かったら…」


「いいよ」


「いいのか!?」


「うん。お金はいらないから、ハンディタイプ使ってよ」


「ありがとうニヒルちゃん!」


 よくやったグレープ。これで既成事実ができたな。


 なにがなんでも『お揃い』にしたいという執念に若干引いたが、俺は応援しているぞ。


「それでは、ニヒルさんに金貨700枚の請求ということでよろしいですか?」


「うん。取引はどうしようか、カデンは夕方頃空いてるかな?」


「大丈夫ですよ」


「それじゃあ、夕方『預かり屋』で会おう。三人もそれでいい?」


「おっけー」


「おう!」


「ああ」


 3件の購入が決まり、カデンさんはほくほくした顔でメニューを操作する。


 やや時間を置いて、彼から購入契約を結んだ旨を記したメールが届いた。


「一応文面でも送っておきましたので、ご確認ください。『預かり屋』で会ったときにキャンセルして頂いても結構ですので」


「わざわざありがとうございます」


 カデンさんはまめで、几帳面な人だ。高価な家電を取り扱うという性質もあるだろうが、口約束に加えてメールでも詳しく情報をくれる。


 普通の商取引ならその場で現金と交換するか、今やったみたいに「何時に『預かり屋』で」という口約束を取りつけてから購入を行う。


 しかし、彼のように丁寧な一部の商人は、こうしてメール機能を使って万全の態勢を取ってくれる。


 これがどれだけありがたいことか。購入する約束を忘れてトラブルになるケースが割とあるので、消費者としては嬉しいことこの上ない。


「こちらこそ、いつもご贔屓にして頂き感謝の気持ちでいっぱいです。次お越し頂くまでに新しい家電を開発しておきますので、期待してお待ちください」


「ええ、待ってます」


「大変ありでした!」


「楽しみだね」


「ハンディタイプやったぜえええっ!」


 一名ほどおかしくなったやつがいるが、俺たちはカデンの露店を後にした。



 ※※※



 四人であれこれ雑談しながら、『ユルルンマーケット』をのんびりと歩いていく。


「らっしゃあせー」


 ふと、気の抜けた炭酸飲料水のような呼び声に、俺は足を止めた。


 シンプルだが、清潔感と強度を兼ね備えた木の荷車をカウンター代わりにした露店。


 なんだ、今日はここで開いていたのか。


「おっしゃれー!なに売ってるん?」


「メディの錠剤店。私のスキルで、錠剤化したアイテムを売っている」


 メディと名乗った女性プレイヤーは、要点だけをまとめて短く答える。


 購買意欲のある客とあらば、すぐさまはきはきとした口調になる当たり、強かさが見て取れる。


「錠剤化…。ミストのスキルみたいなもんかあ」


「アイテムや素材をどうこうするスキルは珍しいけど、いないわけじゃない。縁の下の力持ちとなって、他のプレイヤーの攻略の手助けをしてくれる」


「おおおっ、確かにミストには助けられてること多いわっ!」


 竹を割ったかのようなセツナと知性あふれるメディ。お互い初対面だが馬が合うようだ。


「皆で買い物?それとも、造血剤を買いにきた?」


「どっちもだな」


 改めて俺の方を向いて聞いてきたメディに、俺も簡単に返す。


「造血剤?」


「めちゃくちゃ簡単に言うと、血を作る薬だな。俺とかグレープとかは出血が多いから、戦闘前に飲んで失血を防ぐんだ」


「そんなのあんだ」


「全くの別物だが、リアルの医療でもあるぞ。OSOでは時間稼ぎ程度にしかならないがな。血の描写も見えないし」


「ふーん」


 絶対初耳であろうセツナに、簡単に説明する。


 OSOの造血剤は、血液の成分や薬効のメカニズムを考えて作られた現実のそれとは違い、けがや部位欠損による失血を多少和らげてくれるという効果しかない。


 あまり効果を実感できないと思うかもしれないが、俺が今わの際でとりとめもないことを考えたり言葉を発せたりできているのは、造血剤が意識をつなぎとめてくれているおかげだ。


「とりあえず、俺とグレープの分で頼む。ニヒルはどうする?」


「私はいいや。せっかくだし、セツナもやってみたら?」


「え、なにを…?」


 さて…。


 疑問符を浮かべるセツナの前で、俺は服の袖口をまくり、グレープは腕装備を解除した。


「ちょっと刺激的だけど、大丈夫?」


 さらに問うメディの手には、親指くらいの太さをした注射器が握られている。


「…あっ、やること分かったわ。おもろいからやってみる」


 これからなにをするのか、察しがついたようだな。


 セツナも袖を豪快にまくり、真っ白い前腕を露わにした。


「それじゃあ、まずはトーマから」


「よろしく頼む」


 アルコールを湿らせたガーゼで軽く拭いてから、差し出された注射針を、身を乗り出した手首の外側当たりで受け止める。


 リアルと異なり、あの痛みも、というか点の感触すら感じない。だが確実に、アンプルを満たす赤黒い液体の水位は増していった。


「……終わり」


「ありがとう」


「次はセツナ」


「うっす。て、グレープはいいの?」


「俺は【自己再生】があるから、多めに取ってもらうことにしてるんだ」


「なる」


 納得したセツナは、消毒を終わらせる。


 ゆっくりとけがを回復する常時発動系スキルの【自己再生】は、血液の不足によっても発動する。なので、失血死寸前まで献血し放題というわけだ。


「じゃあ、よろしく。ちょっち遅いけどセツナって言います」


「知ってる。『ネクストフェーズ』で活躍してる」


「おおっ!あざっす!」


 知られていることに喜び、今にも飛び跳ねそうなセツナの腕をがっちりと押さえるメディ。


「力、強いね」


「患者を押さえるときだけ無類のパワーを発揮する。それが看護師」


「どっちかというと薬剤師だろ」


 俺が思わず突っ込むと、吸血中の自称看護師から無機質な視線が飛んでくる。


「兼業、ということで」


「……」


 これは『ユルルンマーケット』発足のときに協力してくれたときに知り合ってから感じていたが…。


 メディは意外と、おちゃらける。


 一体どこに、看護師と薬剤師の兼業をしている人がいるんだよ。


「……終わり。最後、グレープ」


「了解っ。ほいっと」


 本日三回目の献血。慣れた手つきで血を吸うメディと、吸われるグレープ。俺よりもこの露店に通っているであろう彼は、針を刺されることに慣れきってしまっている。


 まあ痛みがないことも相まって、少し時間がかかるくらいで苦労はないんだが。


「……終わり」


「助かるぜ」


 たっぷりアンプル5本分の血を抜き取ったところで、ダウナーな声で終了の合図が鳴った。


 吸っている間暇だったので、残りの俺たちは荷台上に並んでいる錠剤たちを眺めていた。


「透明化薬を1ダースお願い」


 処置が終わったと見るや、ニヒルが購入する旨を伝える。


 1ダースというのは、錠剤が6個ずつ、二列になってパッキングされたシート状のアイテム1個のことだ。実質、1ダース=1個となる。


「分かった。遅効性はそっちの方」


「うん、ありがとね」


 メディが荷台の上のあるスペースを指差し、ニヒルがそこから金属色の板を一枚取り出した。錠剤が1粒1粒小分けにされたシートだ。


 ちなみに、遅効性というのは薬を服用してからゆっくりと効き目が現れる性質だ。メディの作る錠剤には、すぐ効き目が現れる即効性と遅効性の2種類が存在する。


「ちこうせい?」


「私の薬には即効性と遅効性がある。飲んでから数秒以内で効果が出るけど、数十分で効果が切れる即効性と、飲んでから30分から1時間後に効き目が表れるけど、数時間効果が持続する遅効性」


「ふ~ん、おもろいじゃん」


 またも首を捻るセツナに、メディがさらに詳しい説明をしてくれる。


「今から作る造血剤も遅効性。見てて」


「あいあいさ」


「『錠剤千錠』」


 メディは自身のスキル名を宣言し、グレープのアンプルたちに向けて手をかざす。


「あわっ!」


 周囲が一瞬光に包まれたが、すぐに元の薄暗い日陰に戻る。


 発光源だった赤褐色の円筒はひとつ残らず消え失せ、代わりに薄っぺらいシートが5枚、置かれていた。


「これが、メディのスキルの力?」


「そう。地味だけど、これで造血剤ができた」


 メディはそう言い、12粒の造血剤が詰まったシートたちを手に取ってグレープに手渡した。


「これをあと2回する。取り違えないように別々に分けてやる」


「拒絶反応ってやつ?」


「その通り」


 血液型や遺伝子タイプの違う血液が体内に侵入したとき、それを排除しようと免疫が過剰に働いてしまうのが、拒絶反応だ。リアルにもある症状で、OSOの場合は高確率で死に至る。


「自分の血から作っていないで造血剤を飲むと、毒になってしまう。それだけは充分に注意して」


「分かった!気をつける」


 セツナはいつになく真剣な表情で、二度目の発光の末にできた造血剤を受け取った。


「『錠剤千錠』……。これがトーマの分」


「ありがとうな」


「トーマはなにか買う?」


「そうだな…」


 せっかく来たんだから、買ってくか。金貨のやり取りをするニヒルとメディをぼんやりと見つつ、そう思う。


「なら、あれを買うことにしよう」


「……っ!?」


 彼女の小さな喉から息を飲む音がした。


 俺が唐突に指差したのは、荷車の向こうにいるメディのさらに向こう、物を置くスペースとして置かれているであろう樽の上だった。 


「あれは売り物じゃないっ。そもそも、効果の検証もまだ…」


「黒まで出せるぞ」


 彼女の言葉を遮り、決定的な一言を口にする。


 無理もない。金貨の1000倍の価値がある白金貨のさらに1000倍の価値がある黒金貨まで出せるぞと、最小限の言葉で伝えたからな。


「っ!」


 頬を引きつらせて思案顔になるメディを見て、俺は極力顔に出さないように黒い笑みを作り上げる。


 お金は全てを解決する。


 そして、その全てを解決するお金を使うこのショッピング競争で勝つことは、プレイヤーとしての絶対的な誇りを示すことに他ならない。


 この勝負、もらった!


 ※トーマ以外、ショッピングで競争しているつもりはありません。

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