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VRMMO 【Original Skill Online】  作者: LostAngel
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第五十三話

【第五十三話】


 サイド:マディウス


 プロゲーマーと言われても否定したくなるほどがっしりした剛腕から繰り出される一撃がトンファーに込められ、俺の額へと直撃した。


「なにっ?」


 セービストと名乗った大男は、インパクトの瞬間にも目を閉じることなく、討つべき対象である俺を見据えていた。


 だから、すぐに気づいた。まるでヘルメットのように、俺の頭をすっぽりと包み込む異様な存在に。


「…ダンゴムシ、か?」


 奇しくも自身の得物と同じ色をした黒光りする甲殻を持った節足動物のようなフォルムに、彼は呟きを漏らした。


 いいや、違う。こいつはれっきとした昆虫だ。ああ、OSOで実装されているのだから、昆虫に似た魔物だな。


「クロカタゾウムシ、という昆虫を知っているか?」


 俺はディープに羽交い絞めにされた状態で、全力のスマッシュを放った体勢のままのセービストに問う。


 なるべく平静を装い、いつもの口調を維持しながら。


「知らん。それがその虫の名前か?それが俺の打撃を受けたということか?」


 こいつ、問いかけに問いかけで返した俺に対して、さらに質問攻めをしてきた。


 フルパワーで殴ったはずの相手がピンピンしていたという目の前の理解しがたい光景に抗うため、あくまで舌戦の主導権は握りたいということだろう。


 俺には分かるぞ。


「その通り。クロカタゾウムシは、飛行能力と引き換えに異常に固い外殻を持ったゾウムシ科の昆虫の一種だ。リアルの分類学に則ればな」


「その、クロカタゾウムシをモチーフにした魔物ってことか」


 主導権を握りたいのなら、存分に釣りがいがある。


 そう思った俺は情報を小出しにすると、背後で密着しているディープが話に入ってきた。


「そうだ。軽く、しなやかで強靭なカーボンナノチューブに酷似した材質を持った、カーボンクロカタゾウムシという魔物だ」


「…聞いたことないな。リサーチ不足か?」


「無理もない。『フロンティア』のフィールドで俺が発見し、確保した魔物だからな」


「なるほど、いわば新種ということだな」


「そうだ。手札をひた隠しにした甲斐があったな」


 話を合わせてくるセービストに焚きつけるように付け足すと、彼の豊かな眉がほんの少しだけつり上がった。


 OSO、というか『チェリーアプリ』のVRデバイス製品には、装着者の脈拍や体内をわずかに流れる電気信号を感知し、バーチャル空間上のアバターにリアルタイムで表情を反映させる高精度のモーションセンサーを導入している。


 そのため、この電脳世界上でもポーカーフェイスは中々に重要というわけだ。


「カーボンナノチューブって確か、めちゃくちゃ硬いんだったか?それと元々硬いクロカタゾウムシの相の子だから、鉄壁の防御力を誇ると」


「そうだな。リアルの要素を交えて硬い魔物を取り入れたいという、運営の安易なデザインだ」


「いいじゃないか。それをロマンともいう」


 セービストが渋い顔を形成しているパーツたちをより一層中央に寄せた。


 ロマンか。プロゲーマーこそ、実益を追い求めるべきだろう。


「まあ、どうでもいい。重要なのは、お前が必殺の一打を放った瞬間、俺の眷属であるカーボンクロカタゾウムシを間に挟ませて致命傷を防いだということだ」


 あえて『お前』、『俺の』という部分にアクセントを強調して言い放つ。


 拘束され、特別な緩衝材を噛ませたとはいえ頭部に大きな衝撃を負った今、せめて精神的には優位に立つために毒を吐く。


「……そこがおかしい。お前は『魔物図鑑』で魔物を召喚する際、手に図鑑を呼び出してから宣言する必要があるはずだ。しかし、そんな暇はなかった。俺が見ていない間、ディープと対峙していたときに召喚したのか?」


「いや。いくらこの暗さでも、ここまで近づいて戦ってたら分かる。俺に接近している間、『魔王』はなにも召喚していなかった。むしろ、図鑑を消滅させて短剣で仕留めに来ていた」


 セービストが形作った問いかけを、ディープがすぐさま霧消させる。


 そう。ディープが何らかの召喚系のスキル持ちだと察した俺は、すぐさま彼に肉薄して肉弾戦へと持ち込んだ。


 直前に召喚した『ロック・ゴーレム』はクラゲの触手、『ハイプレーンウルフ・ソニック』はセービストの超絶技巧により倒れたため、元々そのつもりではあったが、俺にとってディープを沈黙させる手段は近接しかなくなった。


 セツナはアキヅキにかかりきり、ノーフェイスは端から頭数として考慮していなかったので、1vs2となることを踏まえてもそうせざるを得なかった。


 さらに付け加えると、今もそう遠くない位置で必死に気配を殺しているもう2人の『ネクストフェーズ』のメンバーをけん制する意味合いでも、速めに蹴りをつけなければならなかった。


 だから、急いだ。急いで初期装備の短剣でディープを穿ちに行き、セービストがアキヅキの加勢に行かないよう、釣る必要があった。


「一体その虫は、どこから出した?俺の目が俺の腕とトンファーに遮られる寸前まで、それは影も形もなかったはずだ。どうやって、図鑑も握らずに虫を出した?」


「答えは簡単だ」


 俺の額の上、漆黒の髪に足をまとわりつかせながら蠢くカーボンクロカタゾウムシを指差しながら言うセービストに、俺はすんなりと答える。


「初めから召喚していたんだよ。この坑道に入る前から、頭髪の中に忍ばせていた」


「「なに?」」


 衝撃で揺れる頭の中に、俺をなおも羽交い絞めにして離さない変態の声と、容赦なく俺の頭をかち割ろうとした変態の声が重なる。


「それこそありえない話だろ。召喚系のスキルは大なり小なり、代償が発生する仕様になっている。俺の『海の依り代』みたいに肉体を消費する場合もあるが、お前は魔力を消費する」


「ああ、そこに間違いはない。俺は魔力を消費して魔物を召喚している」


 興奮して余計なことを喋っているな。ディープのスキルは『海の依り代』というもので、肉体を糧にクラゲを召喚できるのか。


 俺と相見えたとき、両手の指が欠損していたのはスキルの代償と。


「であれば、なぜ過労死していない?俺のスキル『ライフストック』による蘇生でもない限り、枯渇した魔力を即座に回復する手段はないはず」


「そうだな、その通りだ」


 正確に言うと、今はまだ見つかっていない、だな。


 プレイヤーたちの涙ぐましい努力により、今はもうダンジョンではなくなった『キノコの森』から採取された特大キノコの成分から、魔力を瞬時に回復するアイテムが開発されている。


 まあ俺が使っているのはそれではないし、俺のような極悪人まで普及するに至るほど生産はできていないので、そもそも使えないのだが。


「それに、永続的に魔力の最大値を増やすようなアイテムも確認されていない、と断言していい。もしあるのなら、その存在に関する情報が爆発的に広まるはずだから、ない」


「なるほど、そうやってメタ的な要素を考えていくのか」


「感心してる場合か、セービスト」


 俺が特設の講義を開いてやると、食いつきの良い生徒二人が乗ってきた。


 でくの坊はすっかり警戒の構えを解いて頷き、細身のオタクっぽい方は口では注意しているが納得した様子だ。


 しかし、俺の身動きを封じる腕は緩めない。


 ……こいつら、気づいているな。俺の命があと少しで尽きようとしていることに。


 ニヒルが用意した、チープでしょぼいヘルメットよりも頑丈で信頼できる眷属を被っていたとはいえ、緩和できる攻撃には限度がある。


 スキルの乗っていない純粋な打撃がもたらした直接的な衝撃は防げたものの、ゾウムシの魔物を通じて伝わった間接的な衝撃は俺の脳を揺らし、徐々に徐々に、昏睡へと導いていた。


「物分かりの良いお前らへ、最後に教えてやる」


「ああ、教えてくれ。卒倒する前にな」


「こちらもある程度開示したんだ。魔力のからくりを教えてくれ」


 観念した口調で言うと、二人は少し早口になった。


 しかし、セービストの一撃によって俺があと少しで気絶することを悟られていただけでなく、死にゆくものの手向けとして、口を滑らせたふりをしてスキルに関する情報まで落としていたとは。


 『ネクストフェーズ』、少しはやるようだな。


「さっさとくたばれ晒せやあああアアアッ!!」


「こっちのセリフじゃ、マッシュルーム細目がああアアッ!!」


 大音量に思わず、目をスライドさせる。


 少し遠くでは、アキヅキとセツナが罵詈雑言を散らしながら殴り合い、取っ組み合っていた。


「あっちは心配しなくていい。俺もディープも隠れている二人、グラフィもミストも手出しするつもりはない」


 セービストが茶化すが、俺は一切心配していない。


「いや、セツナが『ネクストフェーズ』の鼻を明かせてはいないかと、ふと気になっただけだ」


「ふっ…」


 すぐ後ろでディープが笑みをこぼす。


 やめろ。鼻息がかかっているみたいで気持ち悪い。


「冗談はこれくらいにして、そろそろ限界だ。言うぞ」


「ああ」


「……」


 俺は息を飲み、緊張した面持ちを作る。


 ゆっくりと口を開き、ある一言を発するために大きく息を吸いこむ。


「…世界は広いっ!」


「「は?」」


 俺が死に際に放った一言に、ディープとセービストの素のリアクションが漏れる。


 馬鹿め!俺がこの場の雰囲気に流されて、洗いざらい吐くと思ったか!


 その賢い脳みそを、もう少し絞って考えるんだな。


 俺の意識は、電源が切れたテレビのようにぷつりと途絶えた。



 ※※※



 サイド:セツナ


「さっさとくたばれ晒せやあああアアアッ!!」


「こっちのセリフじゃ、マッシュルーム細目がああアアッ!!」


 私の拳とアキヅキの杖が交錯する中、怒声の応酬を繰り広げる。


 一向に決着がつかなくて、もうだいぶムカついてる。VRの世界越しから目の前の男の息の臭さが伝わってくるよ。


 といってもこいつの場合、匂いは匂いでもガチガチのミントガムの匂いなんだけどね。オフで会うときもオンの通話中も、いつもいつもクチャクチャクチャクチャ噛んでて、ガチでウザいって思ってた。てか今も思ってる。


「世界は広いっ!」


「「……」」


 唐突にマディウスの絶叫が響くけど、私もアキヅキも反応しない。


 それが負け筋になるから。


「お仲間さんがやられた、ようやなあああアアッ!」


「それじゃあ、今すぐあんたを潰せば五分ねえエエッ!」 


 視線は配れないけど、セービストたちの殺気が和らいでいた。


 という状況が理解できた途端、煽り合う。


 これが私たちのセオリーだ。どんなゲームで競っていても、大体こんな感じになる。


「生意気叩くなああアアッ!」


「ガム噛んでる俺かっけええっ!ってかああアアアッ!?」


 ここで私は、急にガムの話を持ち込む。


「んなっ!?」


 予想だにしない口撃に、驚きの声を上げるアキヅキ。


 私が思うに戦いとは、リズムの取り合いだ。相手のリズムに惑わされず、自分のリズムを貫いた者が勝つ。


 リズムの惑わし方は人やゲームによって違うけど、相手がよく知る人物なら話は早い。


 的確に刺さる暴言という精神攻撃で、いとも簡単に惑わせられるってわけ。


「ここだっ!」


 自分に発破をかけながら、彼の右肩にタックルする勢いで飛び込む。


 そして、ステッキをフルスイングするために振りかぶった右の二の腕を脇で挟み、瞬時に渾身の力を込めて外側に捻る。


 これだけで、ほい。右肩が外れた。


「っ!!」


 即興の致命傷に無言で息を呑んだアキヅキは、フリーの左手で私の背中を突き飛ばしながら距離を取る。


 手離したご自慢の杖が私のすぐそばに落ちる。


 カラン、カラカララコロロロ…。


「相変わらずの、バケモンが…」


「それほどでもお?」


 悪態にも煽りで返す。


 アキヅキは左手で肩関節をいじっているけど、応急処置は無理でしょ。


 OSOは痛覚がない代わりに、触覚もない。というか、リアルでも外れた肩を無理やり戻した経験なんてあるはずがない。私もない。


 似たようなジャンルのVRゲームでもせいぜい、回復アイテムでシステム的に治したことがあるくらいだよ。


「で?まだ続ける?一応辞世の句くらい考えさせてあげる」


 ここがチャンスとばかりに、顔面にいやらしい笑みを形成しながら言い放つ。


 『ネクストフェーズ』のメンバーたちは空気が読めるからね。ノーフェイスもマディウスも戦闘不能っぽいけど、既に決着が決まった私たちの一騎打ちに割り込んでくることはない。


 こいつを、日頃のストレスの元凶を、じわじわといたぶって殺す猶予はある。


「なに言うてんねや?」


 対してアキヅキは、薄暗い大空洞の中で小首を傾げ、腰を落とす。


 へっ。


「まだ終わってへんやろ」


「…言うと思った!」


 同時に、両者駆け出した。


 アキヅキとは大股で五歩くらいの立ち位置。お互いに素手だけど、走って近づいている場合は目測より速いタイミングで拳を交えることになる。


 さらに、相手は上半身に重傷を負っている。ここが仮想空間であることも考慮すると、たった数歩で走る速度はそれほど出ない。


 なら、相手の勢いを利用するカウンターは効果的じゃない。接敵の直前に私が急停止して迎撃するよりも、自らの勢いも乗って威力が増したパンチを、できれば内臓にでも叩き込んだ方がいい。


 ぎこちないフォームで走るアキヅキを睨みながら、数秒にも満たない時間でそういうプランを練っていたとき…。


 視界の端から黒い棒が飛んできた。


「はあっ!?」


 思わず、素っ頓狂な声が出てしまう。


 直ちに肉弾戦に関する思考はシャットアウト!


 脳内をシャットダウンして、弾丸のような飛翔物を避けることに全神経を集中させる。


「なんっ!!でっ…」


「こっちの対戦相手が卑怯だったんでな。俺たちも無慈悲に行かせてもらう」


 ちょうど左腕を前に出したタイミングだったから、その勢いに乗せて右肩から仰向けに倒れ込む。


 柔道の受け身みたいな?脳震とうすると困るんで、ちゃんと頭を守るように右手をついて衝撃を逃がす。


 倒れる刹那、飛んできた物体を両の網膜に焼きつかせる。


 間違いない、セービストがいつも使ってるトンファーの、右腕用だ。


「…すっきありいいいィィ!!」


 どちゃっ。と地面に体を預けたら、目前まで来ていたアキヅキが馬乗りになってくる。


 こいつ、仮にも女の私になんてことを…。


「今だミストおぉッ!俺ごとやれええ!!」


 すかさず怒号。


 離れたところにいるミストに、『投げろ』という指示だ。


 『スキル不履行』の効果で、ディープの『海の依り代』で召喚された眷属や顕現した事象は私に効かない。アキヅキは杖を手放したからスキルが使えないし、セービストはこの状況でも徒手空拳で私に劣る。グラフィは戦闘がからっきしだから除外。


 つまり、卑怯にも無慈悲な手を取ってくる場合、最後の綱である彼女の出番ってこと。


「はーいっ」


 恐ろしいほど、軽い声。暗い空間に花々が咲いたかのような、美しいソプラノの高音だ。


 私もこれくらい、かわいい声だったらモテたんかなあ?


 そう思った瞬間。


 さっきのトンファーとは比べ物にならないくらいの速度で飛来したなにかが、膝立ちになっているアキヅキの脳天に衝突した。


「えっ…」


 最期の叫びを引きずり、アキヅキが即時に失神した。


 ミストの強肩でピッチングされたなにかが砕け散り、細かい粒子となって彼の頭部に充満する。


 少し遠い上に暗がりだから、絶好の目印であるこいつめがけて投げたんだろう。


 まずいね、とりあえず…。


「よっ!…っと」


 私は寝っ転がったままアキヅキの左腕を引っ張り、抜け殻となった彼と体を重ね合わせた。

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