第五十二話
【第五十二話】
サイド:トーマ
第二回公式イベント『サクラ個体とサクラジェムで春満開』が終了して数時間後、ユルルンの北にある鉱山へとやってきた俺は仲間たちと『坑道』を進んでいた。
しかし、『休憩エリア』でプロゲーマー集団『ネクストフェーズ』の急襲に遭い、グレープと一緒に下層へと落下してしまった。
ルビーアイスパイダーの糸に絡まれて身動きが取れず、絶体絶命な状況にあった俺たちに手を差し伸べてくれたのは、奇しくも『ネクストフェーズ』のメンバーであるカイナだった。
クモの群れを殲滅しつつ、スキル『魂の理解者』で配下を作ろうと考える俺の目論見に反して、二人は手当たり次第に暴れ始めるのだった。
というのが、ここまでの簡単な流れだな。
「はあああ…、はあ、はあ…」
「少し、張り切りすぎましたか…」
俺がこれまでを振り返っている間に、グレープとカイナは暗い地面にへたり込む。
あれから数分後か、もしくは数十分後か。
今俺たちがいるドーナツ状のフィールドの中央に空いている大穴や、外周部分の横穴から湧いてきた数百匹のルビーアイスパイダーの群れは殲滅された。
そのほとんどがグレープの剣戟によって切り刻まれ、カイナの黒い双腕によって叩き潰されてしまった。
俺が茶々を入れる隙があったのなら魂を編集して使い魔を増やせたんだが、FFが怖くて安全なところに居ざるを得なかった。
よって夜目の利く坑道の案内人は、最初に手懐けたこの一匹しかいない。
「……?」
俺が視線を落とすと、傍らに控えているクモの魔物はその無機質なルビーの目をこちらに向ける。
頼りにしてるぞ。俺とお前で、二人の暴れ牛をコントロールせにゃならん。
「行くぞ。他の魔物が来る」
俺はそう言いながら、でたらめに歩き回りながらドロップアイテムを根こそぎ回収する。
宝石系は高く売れるからな。いつぞやのサクラジェムのように、二人には獲得数を過少報告して多めに懐に入れる予定だ。
「そうだな!」
「私も…、オッケーですよ」
グレープとカイナも、メニューを開きながらゆっくりと立ち上がる。
グレープは『自己再生』で傷の治癒に、カイナはおそらく腕の展開と維持に魔力を消費するんだろうが、二人ともまだまだいけそうだ。
「それじゃあ、いくか。俺とこいつで前を張るから、二人は後ろを警戒して進んでくれ」
「暗いのは、ルビーの眼が明るいから大丈夫か。任せたぜ!」
「いくですよおおっ!」
剣を握っていない左手でガッツポーズを掲げるグレープと、胸の前で拳を打ち合わせるカイナ。
本気を出した俺たち三人にかかれば、『坑道』も『打ち棄てられた炭鉱』もちょちょいのちょいだ。
「きぃ!」
さらに自らの存在を誇示するかのように、ルビーアイスパイダーが小さく鳴く。
おっと、お前もいたな。
「死ぬと街に戻るから、安全策を取ろう。基本クモに先を偵察させながら…」
俺はこの先の方針を話しながら、一番大きな通路に向かって数歩ほど歩みを進める。
その瞬間。
ズシンッ。
「「「っ!」」」
と、地を揺らす振動と低い音が鳴る。
「これは、ゴーレムの足音か?」
「そうだな。目の前の通路からだ」
「近づいてきてますねえ?」
三者三様、耳をそばだてて音を聞き逃さないようにする。
もしかして、戦闘の気配を感じ取って寄ってきたのか?
それなら…。
「ちょうどいい。魂を抜けば一撃必殺だ」
様子を伺う二人を差し置いて、俺は暗い通路を進んでいく。
先ほどまで俺たちがいた広いドーナッツ状の空間はゴーレムに動くスペースを確保させてしまうので、俺たちが若干不利になる。
それに、足音しか聞こえない今の状況ではゴーレムの種類が分からない。場合によっては、カイナの黒い腕でも破壊できるか怪しいだろう。
だから、俺が攻める。
俺なら、ゴーレムの表面がなんであろうが関係ない。
「クモは少し後ろをついてきてくれ…、っ!?」
足を動かしながらも後ろに目をやり、八本足の配下に指示を出した。
その、数秒にも満たない間に…。
闇の中を白銀のなにかが煌めいた。
「うおっ!?」
速すぎる!
視界の隅から迫るなにかに飛びかかられ、決して軽くはない衝撃が上半身にのしかかる。
その勢いを殺しきれずに、俺は後ろへと吹き飛ぶ。
「おいっ!大丈夫か!?」
「トーマさんっ!?」
車に轢かれたかのような速度で地面をバウンドし、グレープとカイナがいる広い空間の方に戻ってきてしまった。
心配する声が飛んでくるが、俺は応えることができない。
白い体毛に覆われた謎の獣に、体を押さえつけられているからだ。
「こいつっ…!」
「チュウウッ!!」
俺は小さな子どもくらいの大きさの魔物ともみくちゃになる。
この色、このシルエット、この鳴き声はもしかして、『子』の魔物か?
「くっ…」
坑道は薄暗く、相手が近すぎるためよく認識することができない。
ただ、ズシンッ、ズシンッという地鳴りだけがどんどん大きくなっていく。
まずい。俺の手が埋まった状態で、ゴーレムが来る!
「トーマさんを離すですよおおおっ!」
「待った!むぎゅ…」
「ちゅう、ぢゅううう…!」
『子』の前足で顔を押さえつけられたお返しに、俺は純白の頬袋を思いっきり引っ張る。
「俺はいい!今はゴーレムの方を頼む!」
カイナが後ろで腕を展開する気配がしたが、『子』の力はそれほど強くない。
魂を引き抜く隙さえ作れれば、無力化することは容易だろう。それか腰にある短剣で迎撃してもいい。
「…わっかりました!こっちに来るまでにゴーレムを迎え撃ちます!」
「いや、遅かったようだぜ」
どうやら、ゴーレムが来てしまったみたいだ。
カチャと鎧どうしが触れる音がし、グレープが剣を構える。
「おいおい、こいつかよ…!」
「この色!」
「ぢゅうっ!ぢゅぅぅぅううう…!」
「おいやめろっ、でええ!」
肩に食らいつこうとする大きく突き出した『子』の前歯を、もう片方の頬を掴むことで押さえつけながら、俺は二人のどよめきに満ちた声を耳に入れる。
なんだ?なにがいたっていうんだよ?
「やつに弱点はない!その上、とんでもないパワーだ」
「でも、広い場所は不利です!ここは私が、力比べで押し戻します!」
「俺の話聞いてたか?カイナのスキルは確かに強力だが、膂力はあっちの方が…」
「時間がありませんっ!作戦開始です!」
「お、おいっ!」
「……!」
グレープとカイナが言い争っている間に、ゴーレムだろう魔物が大きな足で近くの地面を鳴動させた。
「っっぢゅうっ!!」
「っ!待て待て!」
その弾みで『子』の頭ががくんと落ち込み、俺は慌てて腕に力を込めて押さえつける。
このまま『魂の理解者』の効果で『子』の実体をすり抜けてしまうと、俺の体が噛みちぎられてしまう。
かと言って、二人はゴーレムにかかりきりだ。力を借りるわけにはいかない。
さて、どうしたものか。
「いっ、きますよおおおっっっ!!!」
「……!」
なんて思っていたら、カイナの黒い腕とゴーレムの拳が激突したみたいだ。
硬く重いものどうしをぶつけた轟音とともに凄まじい衝撃が、近くの地面で組み合っている俺と『子』の魔物にも襲いかかってくる。
「っ!」
「ぢゅ!?」
俺は思わず息を呑んでしまうが、密着している白いネズミはそれ以上に驚いた。
きれいな円状の両耳をしきりにそばだたせ、俺を拘束する前足を緩める。
もしかしてこいつ、大きな音に弱いのか?
聴覚が発達しているが故か?
「隙ありっ!」
けがの功名だが、スキルを発動する暇ができた。
俺はある程度自由が利くようになった右腕を『子』の胸に差し込もうとするが…。
「ちゅっ!」
すかさず奥の方へと飛び退かれ、回避されてしまった。
虚を突かれても、反射神経は抜群か。流石『干支の魔物』だ。
「ただ、これで距離は取れたな」
「ちゅ、ちゅう…」
俺と『子』の魔物の間に十メートルほどの余裕ができ、勝負は振り出しに戻った。
目の前のこいつを認識している今の状態なら、もう奇襲は怖くない。
「……!!」
「ちぇええっ、かったいですよおおっ!グレープさん、どうにかならないですか!?」
「カイナの腕でも砕けないか…!正直、それなら打つ手はないな!落石も落盤もこいつにはノーダメだ」
格闘戦をしていると思しき鈍い音を断続的に響かせながら、グレープとカイナが苦しげな声を漏らす。
あっちも苦戦しているか。
硬い表皮に剣は通用しないため、グレープが完全に置物になっている。
できる限り早急に、俺がゴーレムの相手をしなければならないな。
「かといって、逃がしてくれる相手ではないよな…」
「ちゅうううううっ!」
言い終わるのを待つまでもなく、『子』が猛スピードで突っ込んでくる。
速すぎるな。『大図書館地下』で従えた狼より速い。
「っは!」
暗さも相まって、なんとか半身になって避けるので精いっぱいだ。
すれ違いざまに手を突っ込んで魂を抜くなどという芸当は、到底できそうにない。
「ちゅう…!」
しかも、これで後ろに回り込まれてしまった。
落ちてきたドーナツ状の広場―『子』―俺―ゴーレム、グレープ、カイナ―先に続く通路という位置関係だ。
OSO最速(多分)に背後を取られたまま、二人の援護に回ることは不可能になったと見ていい。
「であるならば…」
俺は右腕を腰に持っていき、ベルトにぶら下がっている初期装備の短剣の柄を掴む。
その瞬間、後ろ足をバネのように弾いて『子』が弾丸のごとく突進してくる。
「ぢゅうううううううううっ!!」
「……」
瞬きしないよう目をかっぴろげながら、集中する。
この速さなら確かに、肉体に手を突っ込んで魂を掴み、引き抜くことは不可能だろう。
なら…。
掴まなければいい。
「ここだっ!」
居合のポーズで置いていた右腕を思いっきり振り、『魂の理解者』の効果で払われた手を『子』の肉体に浸潤させる。
そして…。
そのまま腕を振り切り、内側にある魂を弾き飛ばす!
「…ううううっ!」
「っ、ぐううううっ!」
『子』の雄叫びと、俺の悲鳴の子音が共鳴する。
しかし、新幹線のような速度を伴った『子』の体が俺に衝突する中で、小さな光が斜め前方へ飛んでいくのが見えた。
それを確認し、上手くいったことを確信する。
どうだ!
これが、アカネの居合を食らいまくった俺が今思いついた新技『ソウル・パリィ』だ。
行き当たりばったり上等!成功すればハッピーエンドよ。
「…っ!」
と心の中でどや顔を晒した瞬間、俺の意識は途絶えた。
そりゃそうだ。『子』は魔物だから体のつくりが強靭だが、俺はか弱い一人の狂人。
時速数百キロメートルの物体に追突されたら、体がもちませんわな。
「っ、っ…」
アバターを動かしている俺は遺言を残そうとするが、キャラクターは操作不能。発話もできない。
瞬時に体をぐちゃぐちゃにされた俺は『子』から与えられた慣性をその身に纏い、奥にいたゴーレムの体に衝突した。
「えええええっ!?トーマさん!?」
ファイティングポーズのままカイナが愕然とする中…。
ピンク色をしたきらきらの体表が、限界まで見開かれた俺のまぶたに焼きつく。
ああ、こいつが『ダイヤモンドゴーレム・サクラ』か。
九死に一生を得たにもかかわらず、俺は呆気なく死んだ。
なにがハッピーエンドだよ。死んだらデッドエンドだわ。




