第五十一話
【第五十一話】
サイド:ニヒル
鉱山内に張り巡らされた『坑道』にある、プレイヤーたちの憩いの場であったはずの『休憩エリア』。
そこで待っていたのは、リアルの世界で大変人気を博しているプロゲーマーグループ『ネクストフェーズ』の手厚い歓迎だった。
その一人、なにやらセツナと因縁がありそうな女の子が地面を踏み抜き、意図的に落盤を起こした後…。
「生きて出ろとは言わない!果たせる『目的』だけ狙って!」
逃げ遅れたガイアを引きずりながら私は、ぽっかりと空いた穴に飲み込まれながら叫んだ。
この高さだ。私と一緒に落ちたガイアとグレープ、トーマはまず助からないと思う。
だから、この一言はマディウス、ノーフェイス、セツナに向けて託す。
マディウスは『ダイアモンドゴーレム・サクラ』と『子』の魔物を討伐し、『魔物図鑑』で召喚できるようにするため。
ノーフェイスは…、せめてプロゲーマー相手に一矢報いるため。
セツナはこれから起きるであろう戦闘で、同僚たちとわだかまりを作らないくらいに善戦してもらうため。
そういう思いを込めて、私はこの言葉を残した。
「……」
目を閉じ、いずれくる落下の瞬間を感じないようにする。
OSOで周りの情報を仕入れるために必要なのは、視覚と聴覚だ。ひゅうううという音は仕方ないとして、目をつむってしまえば大抵の情報リソースはシャットアウトできる。
短い間だったけど、皆で攻略できてよかった。
「できれば、『打ち棄てられた炭鉱』まで行けたらなあ…」
「なんだ?」
柄にもなくそんなこと一言が出ると、近くで声がした。
ガイアか。みっともないところを見せてしまった。
「もう諦めるのか?『大地参照』を持つ、私がいるのに」
「っ!?」
そうだったね。今の私は一人じゃない。
この数日間、何度もマディウスとグレープと遊んでたのに、すっかり忘れていた。
「頼める?」
「もちろんっ」
私は奈落へと吸い込まれながら、今までおちょくりながらキルしていた相手にお願いをすると、小さいながらも力強い返事が返ってくる。
全く…。
誰よりも善人ぶってる相手に弱みを晒すなんて、最初で最後にしたいところだ。
「土よ」
ガイアが魔法を発動し、壁際の土壌をその身に纏う。
私たちと一緒に大小様々な岩、石ころ、がれきなどなどが落っこちてきているが、『大地参照』は空中の岩石を対象とすることはできない。
まさしく、大地を参照しないといけないとか。
「目を開けていても?」
ガイアの魔法を使って、どう落下の衝撃を和らげるのかについて見当がついた私は、一応聞いてみる。
「どっちでもいい」
でも、余計な詮索だったね。
「…どうせ、真っ暗になるからな」
ロックゴーレムさながら、顔以外の体に接する部分全てを岩で満たしたガイア。
しかし魔法は止めず、杖をこちらに向けて私のコーティングに移る。
「やっぱり、そうだよね…」
これから助けてもらう身でなんだけど…。
全身を岩で覆うと、見た目が終わるんだよね。
ガイアはかっこよさと実用性を重視していると言って聞かないけど、正直ダサいよ。めっちゃ汚れるし。
「ニヒルは初めてだ、顔まですっぽり埋めるからな」
「…はい」
ああ、最悪だ。
でも、ここで断ったら確実に落下死する。
拒否権のない私は大人しく両手両足を広げ、空中で岩石パック全身コースを施術してもらうのだった。
※※※
「なにも、お姫様抱っこまでしなくても…」
「全身をバランスよく固定するには、それしかなかっただろう」
ガイアが『大地参照』で私の全身を覆った後。
あろうことか私の二の腕と膝裏辺りに自らの両腕を這わせた彼女は、私を抱えたまま真下の地面に衝突した。
おかげで、大したダメージもなく下層に着地できたけど…。
「それともなんだ、恥ずかしかったか?」
「初めてだったから…」
「え?」
「お姫様抱っこなんて初めてだったから、少しびっくりしただけ!」
『大地参照』を解除し、体に付いている岩の破片を剥がしながらおちょくってくるガイアに、私は語気を荒げて言う。
こんなこと、わざわざ言わせないでよ!
「あっははははっ!素直じゃないか、ええ?」
「いいから行くよ!」
私の反応を見たガイアは、目に涙が浮かびそうなくらい腹を抱えて笑う。
もうこの話は終わり!
「せっかく生き残れたんだから、なるべく先の景色を見ておきたいし…」
私は土を払いながら、頭に乗っている被り物を脱ぎ捨てる。
落下の衝撃で、懐中電灯もヘルメットも壊れてしまった。ここからは道具の力なしに進んでいかなければいけないと、前方に広がる暗闇を睨んで思う。
「それには同感だ。魔力は消費したが、私はまだまだいける」
自身の杖の状態を確認し、ガイアが断言する。
流石大手クランの副リーダーだ。さっきまで私をおちょくることに必死だったのに、もう真面目な顔に戻ってる。
私と彼女は魔法のおかげで生き延びられたけど、同じく落下したグレープとトーマは死んだと見て間違いない。
上を目指して二人と合流できる望みはゼロに近いし、そもそも落盤で落ちてきたから、上に通じる道があるという保証もない。
さらに、上層まで戻ってマディウスたちの援護に行くというのも現実的でない。
『休憩エリア』ではレベルの高いPvPが行われているはずだ。私たちが必死に這い上がっている間に勝負はついているだろう。
「それじゃあ、行こうか」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「どうかした?」
よって、私たちは入り口を目指して戻るのではなく、『打ち棄てられた炭鉱』を目指して深みへ進む。
そうした結論に至った私が音頭を取ると、ガイアは私たちが作ったクレーター脇の地面を杖で指し示した。
「土よ」
そして、二度目の『大地参照』を発動した。
先ほどよりも少量の土砂を操り、自らの両腕に纏わせていく。
「それは、岩石の籠手?」
「ああ。全身に纏うのは重量が不安だからな」
彼女の真骨頂は、魔法使いでありながら近接戦闘に長けているところだ。
『大地参照』は影響下にある土壌の密度を変化させ、ある程度硬質化することもできるからね。
まあ、ただの土を鋼鉄に変えたりなど、元素レベルで組成を変化させるのは無理らしいけど。
「待たせたな。行こうか」
「うん」
エスコートは頼んだよ?
決して口には出さないけれど、私は暗黒の中に分け入った彼女の背中を見つめながらそう思うのだった。
※※※
ガイアが籠手で肉弾戦をして、隙があれば私が投げナイフでサポートする。
そんな戦い方で、私たちは三十分ほど坑道を進んでいった。
「意外といけるな…」
「でしょ?静かすぎるから、暗闇の中でもいけるんだよね」
私とガイアは、周囲を埋める漆黒への警戒を解かずに言葉を交わす。
坑道は『坑道』と銘打っているけど、奥に存在するダンジョンである『打ち棄てられた炭鉱』に通じる分かりやすい順路はない。
度重なる落盤と崩落を経たせいで、上下左右に無数の通路ができちゃったんだよね。
道順を悩んでも仕方がないので、なるべく広い道幅を維持して進むようにしている。
「はあっ!…っやあああああっ!!」
「ギュアアッ!!」
「キィイインッ!」
ガイアの徒手空拳は冴え渡っている。
闇に紛れて突進してくるロックリザードの足を挫いて地面に突っ伏させ、飛びかかりながら翼で包んでこようとしてくるアンマクコウモリを叩き落とす。
「頼んだっ!」
「はいよっ」
そして、後衛を務める私にバトンパス。
トドメは私の投げナイフだ。
私のスキル【無限の凶刃】は初期装備の短剣を無尽蔵に生み出すことができるので、急所を狙うことができれば…。
「っ…!」
私は短く息を吐き、背泳ぎで水をかくようなフォームで右、左とナイフを放つ。
二本の凶刃は、リザードの眉間とコウモリの腹の中に吸い込まれていく。
「グッッ!!」
「ッンキィッ!」
トッ、トッと、気持ちの良い音が鳴る。
見事命中したようだ。
第二回イベントの開始日から今日まで、何十回と『坑道』に潜り、何百回とこうした魔物にエンカウントしてきた。
そのおかげか、OSOのアバターも暗闇に順応してきたし、私自身の頭は閉所であり暗所である坑道内でナイフを当てるコツを掴んでいる。
「ナイスだ」
「どんどんいこう!」
【無限の凶刃】は、魔力を消費して初期装備とそっくりのナイフを生み出すことのできるスキルだ。
普通、初期装備は完全に壊れないというか、壊れても徐々に修復して永久に消費されないから使い続けられる。
でも、私のスキルで生み出したナイフはそうじゃない。初期装備相当の耐久と鋭さを持っているってだけで、戦闘中は簡単に壊れる。
それに、【英雄の戦禍】のマスターのように、多種多様な武器を生み出せるってわけじゃない。
「私は…、いくらでもいけるよ」
「私もだ。…っ、まだ過労死にはほど遠い」
主に洞窟に住む派手な色をした毒蛇の魔物、ケイブショッキングスネークの首筋に刃を突き立て、迫るロックリザードの首を折りながら、私たちは互いのコンディションを確かめ合う。
けど、このスキルにも利点がある。
それが、生み出したナイフは壊れるまで消滅しない、ということだ。
特殊な武器を顕現させる他のスキルと違って、【無限の凶刃】産のナイフはアイテム扱いでインベントリにしまえるし、人に渡しても普通に使える。
それになにより、スキルの使用に対しての消費魔力が極端に少なく、生み出せる数に制限がない。
「私は過労死とか関係ないし、残弾も問題ないよ」
だから今、私のインベントリには夥しい数のナイフが収められている。
その数、実に二百本。戦闘することと装備重量を加味した結果、大体これくらいの本数を常備している。
おかげで防具を重くできなくて、いつも紙装甲なんだけどね。
「っと、ロックゴーレム」
脳内で解説をしていたら、嫌な相手がやってきた。
ズシン、ズシンと地面を規則的に響かせ、岩肌から巨岩の人形が姿を現す。
ロックゴーレム。全身が岩石でできた、身長五メートルほどの魔物だ。
「どうする?【大地参照】を重ねがけすれば前衛を張れるが…」
「いや…、走るよっ!」
私は瞬時に状況を判断し、逃げる選択を下す。
こいつは人の形をしているが、頭はよくない。
でも、今のガイアと私じゃ決定打がないのも事実。
「……」
ゴーレムが右の拳を固め、腕を引く。
ガイアに狙いを定めているけど、動きが遅いのでまず当たることはない。
でも、重すぎる一撃でまた落盤が起きてしまう。
なんとしてでも離れないと!
「突っ走って!」
「ああっ!」
言葉を交わすまでもなく、全力疾走する私とガイア。
ロックゴーレムなんて無視無視!
体が重く、知能もあまりないこいつは自らが引き起こした落盤の下敷きになって、勝手にくたばるだろう。
「……ッ!!!」
空気を唸らせながらゴーレムがパンチを繰り出すが、もう遅い。
「はあっ!!」
「ほっ…、と」
スライディングでゴーレムの股下をくぐり抜けるガイアに続き、私も岩石のアーチを通過した。
その瞬間、背後で轟音が響き渡る。
ッガアアアアアアンッッ!!!
……。
ガラ…。
ガラゴロガゴロガラゴロカラッ!
「落盤っ!魔物全無視で前にっ!!」
「りょうかいっ!!」
さあ、生きるか死ぬかの徒競走の始まりだ。
※※※
ドドドドッ!ドオオオンッ!
パラパラ…。
「…全く、二回も落盤に遭うなんて災難だね」
「本当だな」
数分後。
無事圧死を逃れた私たちは、『坑道』深部とみられる少し広めのスペースで足を止めて休んでいた。
地形に慣れている私はともかく、起伏のある地面と壁に囲まれていながら、ガイアが転ばなかったのは奇跡だ。
神なんていないと思っていたけど、少しは存在を勘ぐってしまうね。
「あと、これも奇跡かも」
そう言って私は、顔を上げる。
そこには、今にも折れそうな木の枠組みで支えられた、炭鉱の入口が広がっていた。
「規則的に天井から吊るされた電灯に、黒い岩肌の鉱床。ここが『打ち棄てられた炭鉱』か?」
「だね。ここからはダンジョンの始まりだ」
道中で『ダイアモンドゴーレム・サクラ』にも『子』の魔物にも出会わなかったけど、これはある意味僥倖だ。
大して内容が明らかになっていない、ダンジョンの偵察ができるなら御の字よ。
って、おっと?
「なにかくる」
ゴゴゴゴ…、という地盤を揺らす音が聞こえる。
瞬時に、前を行くガイアが杖、私がナイフを構える。
ダンジョンは通常のフィールドと比べて魔物の密度が多いから、こうして外に出てこようとする個体もいる。
さあ、なにが来る?
砂煙を湧き立たせ、地面を割って出てきたのは…。
「ギャ――――ッ、スッッ!!」
「『プライマルフタバスズキ・フォッシル』!」
土気色にまみれたその姿を見て、私は思わず魔物の名を叫ぶ。
それは、全身が骨でできた首長竜だった。
ヘビが威嚇するようなポーズで細長い頭と首を持ち上げ、ドーム型のこんもりとした胴体がヒレ状の二本の前足とともに上下に揺れながら土砂を跳ね上げる。
博物館でよく見るフタバスズキリュウの骨格標本の見た目をした魔物が地中を潜行しながら、炭鉱の奥から襲いかかろうとしていた。
「なんだこいつは!?」
「『プライマルフタバスズキ・フォッシル』。超簡単に言うと、フタバスズキリュウの化石の魔物だよ」
初見のガイアに、簡単に説明してあげる。
『原始の』を意味する『プライマル』と対応する恐竜の名前で、その恐竜の姿をした魔物を表している。
その、化石版。
英語にして『フォッシル』という単語が後ろにつくものは、肉のなくなった特殊個体だ。
「なるほど。聞いても意味が分からんな」
「奇遇だね、私も分かってない」
どうして、骨だけで生きていられるのか?どうやって、地面の中を泳いでいるのか?
OSOは割と物理法則に則っている方ではあるものの、ファンタジー要素は考えてもキリがない。生態や習性を考えるのは私の専門外だし。
普段『打ち棄てられた炭鉱』に生息するこいつとは、数えるほどしか戦ったことがない。
ここは慎重に立ち回るか、もしくは逃げるという選択も…。
「だが…、骨なら砕けるっ」
私の説明になっていない説明を聞いて、ガイアが駆け出す。
ちょっとちょっと、なんで?
普段ならもっと冷静なはずなのに!
「待って!」
「土よっ!…私が、この炭鉱を攻略する!トーマなんかに負けていられないぃっ!!」
「ガチッ、ガチッッ!…ギャ――ッウスッ!!」
走りながら『大地参照』を行使し、岩石の甲冑を身に纏って攻めるガイア。
そんな彼女に数十もの頸椎を目一杯伸ばし、大きな顎を打ち鳴らしてフタバスズキ・フォッシルが肉薄する。
なるほど、ダンジョン破りとして名を轟かせているトーマに対抗意識を燃やしてたんだね。
OSOを楽しむゲーマーとして攻略を競うその気持ち、痛いほど分かるよ。
でもね…。
「…ふぐっ」
大きな前足のヒレで土砂が巻き上げられ、私は両腕で視界を塞ぐしかなかった。
全身が硬い骨で構成されているこいつには、ナイフが効かないんだよ。
私がしてやれることは、なにもないんだ…。
「はあああああアアアッ!!」
「ッンギャ――――ッッスッ!!」
両者の雄叫びとともに、岩の拳と太古の一咬みが激突した音がする。
頼む!
生きててくれよ、ガイア!
「……」
安全確保のため、私はその場から動かずに時が経つのを待つ。
パラパラ…、コロコロ。
小石が転がり落ちる音が止むのを、湧き立った粉塵が落ち着くのをただ待つ。
ひたすら待つ。
「……」
やがて、砂煙が晴れた。
そこに立っていたのは…。
「ギャ―――ッス!!」
無機質ですかすかの、骨の竜だった。
だよね。
「はは…」
笑うしかなかった。
絶望する間もなく、私は『プライマルフタバスズキ・フォッシル』の鋭い歯で満たされた顎に抱かれたのだった。