第五十話
【第五十話】
サイド:マディウス
アキヅキ率いるプロゲーマー集団『ネクストフェーズ』のメンバーが一人、メイサが馬鹿力で地面を踏み抜き、できた大穴にトーマ、グレープ、ニヒル、ガイアの四人が吸い込まれた。
あれほど落盤には気をつけろと言っていたのに、当の本人が落ちるとは。
一体、なんの冗談だ?
「生きて出ろとは言わない!果たせる『目的』だけ狙って!」
今わの際、ニヒルが当然のことを言う。
俺は最初から、連れがどうなろうが知ったこっちゃない。端から、『子』の魔物と『ダイアモンドゴーレム・サクラ』にしか眼中にないのだから。
「よっと。…マディウス、ノーフェイス、平気?」
立ち込める砂煙が視界を隠し、岩や砂がぶつかり合う音が反響する中、メイサを足蹴にしたセツナがこちら側まで退いてくる。
「ああ」
「問題ない」
俺は『図鑑』を取り出し、ノーフェイスは短剣を鞘から抜いて答える。
手が塞がるので、懐中電灯をその場に落とす。
暗闇には十分慣れている。最小限、足元を照らせていればよい。
「お前の仲間だろう。なぜ襲ってくる?」
「分かんない。アキヅキのことだから、攻略勢の強さを確かめたかったとかだと思うけど」
「そうか…」
相手は対人最強集団だ。
今回の待ち伏せが俺たちのキルにあるなら、手を緩めることなく攻めてくることは間違いない。
「……」
「……」
情報交換は最小限に、いつどんな攻撃が来てもいいように待ち構える。
が、来ない。
「私、行ってきますっ!!」
「ちょ…、なに……んねん!」
代わりに、暗闇と砂煙の奥からなにか聞こえてくる。
また仲間割れしているのか。ならば…。
「こちらから攻めるまでだ。『アンマクコウモリ』」
俺は【魔物図鑑】で、ここに来るまでまで嫌と言うほど見てきたコウモリの魔物を呼び出す。
「キィイッ!」
「目いっぱいはばたけ」
「キキ!」
「っ!…そういうことね」
砂煙を晴らすように短く命じると、意図を理解したセツナが駆け出す。
「……」
だが、ノーフェイスは臆病者だった。
ナイフを構え、ただじっと敵がいた方を眺めている。
こいつ、死にたくないタイプか。
”お前もいけ。”
「っ!…分かった」
俺が目配せして念を送ると、臆病者は少し遅れて走り出した。
召喚できる魔物の種類と数で臨機応変に戦える俺が後衛、スキルを無効化するセツナと人柱のお前が前衛。
瞬時にこの状況を理解できないとは、長くはもたなさそうだな。
「なんやこの風…?そうか【魔物図鑑】!!」
視界が晴れると、アキヅキが納得する。
襲撃者は全員、腰にカンテラをぶら下げている。最低限の明るさは確保しているようだ。
「っしゃおらああああっ!」
そんな彼らにセツナが肉薄する。
とりあえず、一番近いアキヅキを狙うらしい。
勝手知ったるクランメンバーが相手だ。スキルを把握した上での狙い方だろう。
「……」
だが、おかしい。襲撃者の数が一人減っている。
最初にスポットライトでできていた影は七つ。『ネクストフェーズ』のメンバーは男が四、女が四で、セツナは除外するからこの数は正しい。
なので、さっきの落盤でメイサが死に戻りしたことを考慮して残りは六人のはずだが、明かりは五つしか見えない。
「歯あ食いしばれえっ!」
「お前のやり方は分かってん…、ねんっ!!」
『休憩エリア』の中央にできた大穴を迂回し、一気に距離を詰めたセツナ。
瞬時に放たれた彼女のストレートパンチを、アキヅキは手に持っていた杖で受け止めた。
徒手空拳に長けた一撃をいなすとは。相当硬いな、あの杖。
「俺が相手だ」
「ノーフェイスという。お前は?」
「セービストだ。セーブ至上主義者の、セービスト」
一方、ノーフェイスの前には大柄の男が立ち塞がった。
分厚い体格は張りぼてではなさそうで、太い両腕にはトンファーらしきものがはまっている。
安直すぎて気が抜けるが、セーブをする者、またはセーブの最上級といった意味が名前の由来に違いない。
「俺もスキルを使う。二人は離れていてくれ」
「うん」
「言われなくてもそうするさ」
さらに奥の方では、アキヅキでもセービストでもない別の男が残りの男女二人に言づけた。
素直に従ったところを見るに男は広範囲を攻撃できるスキルで、二人は戦闘向けのスキルではないかもしれない、ということまで考えておく。
「なんで、こんなことしたん?」
「面白そうだからや!」
セツナが繰り出した右の拳を杖で逸らし、返す刀で掌底を放つアキヅキ。
「やっぱりっ!」
セツナは裏拳で、それを軽々と弾く。
さらに、状態を外側へ逸らした勢いを利用してハイキックを見舞おうとする。
「分かってんなら聞くな!時間の無駄や!!」
が、蹴りの軌道上に杖の先端を置かれ、不発に終わる。
セツナは大丈夫そうだな。このまま勝手に殴り合い、勝手にどちらかがくたばるだろう。
問題なのはノーフェイスだが…。
俺は顔を動かし、大穴の右側を見る。
「ぐあああっ!…くっ、中々やるな」
「これは、油断させようという作戦か?」
弱すぎて、セービストにスキルを隠していると疑われているな。
セツナとアキヅキが拮抗、ノーフェイスがもうすぐ死ぬとなると、戦況はかなり不利だ。
俺も、そろそろギアを上げるとしよう。
「お前が、あの『魔王』だな?」
「…あの男を攻撃しろ」
「キキィ!」
「話し合いには応じない、か」
スキルの発動を宣言した男が話しかけてくるが、俺は無視してアンマクコウモリを向かわせる。
どうせ、情報は後から仕入れられる。身元が割れている『ネクスト・フェーズ』のメンバーとなれば、なおさら話し合いに興じる必要はない。
「『海よ、我が肉体を依り代とし、ここにその力の一部を顕現せよ』」
男が何事かを唱える。
翼であちらの様子は見えないが、発動の宣言が必要なスキルということは分かった。
ただ、コウモリの飛行スピードは遅い。
間に合わないな。
「『電気の触手』」
そう言った途端、男の周囲にクラゲが現れた。
まさか俺と同じ、召喚系のスキルか!
「っ、…なるほど」
その数、四匹。
男を取り囲むフォーメーションで、前後左右に一匹ずつ出現した。
「……」
クラゲたちは空中をふわふわと浮かび、男が命じるまでもなく接近してきたアンマクコウモリに触手を纏わせる。
自動で男を守っているところを見るに、召喚系のスキルで確定だ。
「キイイイイィィィッ!?」
大きな翼膜に絡みついた黄色く細長い触手が、ビリビリと音を立てながらコウモリを痛めつける。
闇に包まれた『休憩エリア』がぱっと明るくなった。
「キュイィ…」
「……」
致命傷を受けたコウモリが消滅し、クラゲたちが触手をほどいていく。
広範囲に高出力の触手を展開できるが、動きは緩慢か。
俺の魔物たちで充分に対応可能だな。
「『ロックゴーレム』」
次に、岩石でできた巨人を召喚する。
金属でできたゴーレムは重く更なる落盤を引き起こしてしまうし、電気が流しやすいために耐久を活かせない。
素の硬さは低いが、『ロックゴーレム』の方がいいと判断した。
「いけ」
「ゴーレムをやれ」
お互いに、召喚した魔物に指令をする。
それに応じ、命じられた『ロックゴーレム』とクラゲたちがゆっくりと前進しながら距離を詰めていく。
俺の『魔物図鑑』と同じく、男のスキルも魔物を完全服従させられるようだ。
だが、四匹とも向かわせたのなら…。
お前は隙だらけということだな?
「『ハイプレーンウルフ・ソニック』」
「…っ!狼が来るぞ!」
忘れはしない、トーマと『大図書館地下』に行ったときに手に入れた狼の魔物を追加で召喚し、俺は図鑑を消失させて駆け出した。
ゴーレムとクラゲが影になって、男には見えていない。
召喚系スキルの使い手どうしの戦闘は不毛で長引きやすいので、直接叩きに行くのが手っ取り早いというものだ。
「……」
『ロックゴーレム』が歩く、ズシン、ズシンという音。
「……」
クラゲが触手を這わせる、シュルシュルという音。
「ゥアワンッ!!」
ゴーレムの脇を左から抜け、振られる触手を避けた『ハイプレーンウルフ・ソニック』の雄叫びと、地面を蹴りつける音。
「……っ」
そして、それらの音に紛れるようにして、最小限の動きで男たちに迫る俺。
大穴を回り込み、狼とは逆、ゴーレムの右側から抜ける。
「お前もいい加減、『ネクスト・フェーズ』の看板しょってる自覚を持たんかいっ!!」
「お説教は、聞き飽きたんだけどっ!?」
セツナとアキヅキに近づいたことで、二人の話し声がより顕著になる。
「説教させてんのは、セツナのせいやろがあっ!!」
「せっかくのMMOなんだし、リアルでいつも言ってくる小言がウザいっつってんの!!」
口喧嘩しながら拳を振るい、杖を払っているが、お互い回避とガードでいなし続けている。
完全に他の者が目に入っていない状況だ。ほっといたら延々と戦っているだろう、この戦闘狂どもは。
と、触手が来たな。
「他愛もない」
「……!」
ゴーレムの全身に触手を巻きつけ終えたクラゲたちが余った何本かをよこしてくるが、俺は素早い身のこなしで全てかわす。
「放電して、まずはゴーレムを倒せ!」
俺の姿が露わになり、男が慌てて命令を付け足す。
フリーになっている残りの男女は姿が見えない。奥に引っ込んでいるようだ。
いける。
術者の首を搔き、この不毛な戦いを一秒でも早く終わらせられる。
俺は土を蹴る音を気にせず、初期装備の短剣を手にトップスピードで男に迫る。
「グルゥアアアッ!」
さらに、反対側からは回り込ませていた『ハイプレーンウルフ・ソニック』が詰め寄る。
左右からの同時攻撃。
召喚系スキルを持っているのなら、近接戦闘も磨いた方がいいぞ?
「っ!」
一際強く地面を蹴り、右腕を大きく振りかぶると同時に、背後で電流が流れる音と強い光が生じる。
ゴーレムが倒された。
「終わりだ…!」
ナイフが届く距離まで来ると、男の姿がよく見えるようになる。
男は驚き、どこか悟ったような表情をしていた。
「……?」
その顔はなんだ?いや、それよりも…。
なぜ、両手の指がない?
まさか、クラゲを召喚した代償か?
そう思いつつも、俺は刃を振り下ろす手を止めない。
こいつはここで殺さなければ、後々厄介だ。
「ぐううっ!」
「ッギャンッッ!?」
短剣が男の肩口に深々と突き刺さるとともに、別の鳴き声が木霊する。
「っ!?」
狼が倒された?
誰がやった?
アキヅキはないな。最後に視界に収めてから数秒でセツナを下し、狼まで返り討ちにすることはできない。
だとすると…。
「セービストか!」
俺は思考を巡らせながら、最速で男の体から刃を引き抜いて振り向くが…。
「隙を見せたな…!」
男の声。
つい先ほど葬ったはずの男の声が、俺のすぐ後ろで鼓膜を揺らす。
「っ!!!」
なぜ生きている?
間違いなく、今ここにいる誰かのスキルではあるだろうが…。
と思う間もなく、掌底で短剣を弾かれ、俺は男に羽交い絞めにされる。
両肩を押さえつける手には、しっかりと五本の指を生やしたままで。
「蘇生、したのか…?」
「ご名答」
「よくやった、ディープ!」
そして遠くの方では、なにかを投げた後のポーズをしたセービストが構えを解いてこちらに走ってくる。
まさか、あの距離からトンファーを投げ飛ばし、猛スピードの狼をインターセプトしたのか!
化け物は、セツナだけではなかったということか。
「勝負ありか…」
遠くに転がった右のトンファーには目もくれず、きれいなフォームで駆けてきたセービストが到着する。
近くで見ると、体格の良さと背の高さがよく分かる。
OSOでは身長と体重をリアルの容姿から変更することはできないというのに、こいつ、本当にプロゲーマーか?
「歯を食い縛れ?…といっても、OSOに痛覚はないが」
セービストが軽口を叩き、俺の前に立つ。
「…っ」
「無駄だよ?本当は俺も、近接にはそこそこ自信あるから」
そしてすぐ後ろでは、俺の両肩と両手を締め上げているディープと呼ばれた男が情報を開示し始める。
このゲームでは人体の構造も緻密に再現されているため、知識のある人間がしっかり拘束すれば、しっかり動けなくなる。
今の俺のようにな。
「ではな」
さっさと俺を倒してアキヅキに加勢するつもりか、大男のプロゲーマーがおもむろに左腕を上げる。
その上腕には、カンテラの光を黒く反射するトンファーが固定されていた。
「ふっ…」
マスターの生み出す初期装備よりは上等なものだな。
あいつは誰よりも武芸に秀でているくせに、武器や道具に一切愛着が沸かないという戦闘マシーンみたいなやつだった。
懐かしい。
軟弱者と変人ばかりだったが、『勇者パーティ』のやつらとの日々は悪くなかった。
「はあああアアアアッッッ!!」
在りし日の思考の迷走を掻き消すように、セービストの一喝が轟く。
そして、恵体から繰り出された渾身のブローが俺の額に直撃した。