第四十八話
【第四十八話】
先ほどの暗闇から一転、大きな光源で照らされた眩しすぎる『休憩エリア』に到着した俺たち。
本来、ここはNPCやプレイヤーたちの憩いの場であったはずだが、謎のプレイヤー集団に待ち伏せされていた。
俺たちに休息はまだ早いということか。
「ここまでご苦労さん!飛んで火にいる夏の虫とは、正にこのことよなあっ!」
高めのエセ関西弁のようなイントネーションの声が、七つの影の真ん中くらいから飛んでくる。
「っ!この声は…」
それを聞いたセツナが、ベタなリアクションをする。心当たりがあるようだ。
うーん、俺もどこかで聞いたことがあるような。それもOSO内じゃなくて、リアルの方で。
「アキヅキっ!」
「あっ!!!」
セツナが身を乗り出してその名を呼ぶと、同じくリアクション担当のグレープが右手で指差して大声を出す。
アキヅキ、確か彼は…。
「仮にも同じチームなのにほっつき歩いて、あろうことか敵に協力するなんてアカンのちゃうか?」
そうだ。
アキヅキは新進気鋭のVRプロゲーマーチーム、『ネクストフェーズ』のリーダーを務める男の名前だった。
となると、他の六人はセツナのチームメンバーか?
「別に、私がどうプレイしようが私の勝手でしょ」
「協調性を持てって言ってるんや!セツナだけ単独行動しすぎやねんっ!」
「でもさ、たまに素材とか渡してんじゃん?」
「あほおっ!連携や連携!チームワークを鍛えねんでどうすんねん!!」
「それって、アキヅキたちが私に合わせればよくない?いつもそうじゃん」
「そうやけど!そうやけど言うな!少しは自重せい!!」
数十メートル離れたこの状況にも関わらず、口論が始まってしまった。
だんだん語気が強くなっていくアキヅキに対して、セツナはどこ吹く風。
なんというか、この会話だけで彼の苦労がよく分かるな。
「おいノーフェイス、偵察していたんじゃないのか?」
「ああ。『休憩エリア』は問題ないと思っていたから、坑道の入口周辺しか見ていない。イベントのランキングを確かめる時間が必要だったからな」
「役立たずめ、なんのための偵察だ」
「報酬の分だけ働いたまでだ」
「なにを言う、依頼主は自分のクランのリーダーだろう。ニヒルのために身を粉にして働け」
「生憎、『魔王軍』のようなブラックではないのでね」
さらには俺の後ろで、『魔王』とフェイスレスが口喧嘩を始めた。
何回やるんだよ、この流れ。
「あ、あのー、それで『ネクストフェーズ』の皆さんがなんの用でしょうか?」
「マディウス、フェイスレス、後にして」
仕方がないので、俺とニヒルが仲介する。
「気持ちわりい敬語はやめてくれん?でもサンキューな、セツナ相手だといつもこうだわ」
「それはアキヅキが突っかかってくるから…」
「なんやと?…まあええ、こんなんいつまで経っても終わらへん」
売り言葉に買い言葉で時間だけが過ぎていくことに、アキヅキも気づいてくれたようだ。流石、チームをまとめ上げるリーダーといったところか。
というか、待ち伏せなら待ち伏せらしく、無駄話せずに不意打ちするのがセオリーだと思うんだが。
「すまんな。今日ここであんたらを待ってたんは…」
「あーもう、話が長い!!!」
アキヅキが説明を始めようとした瞬間、彼の隣にいた女性プレイヤーが噴火した。
気持ちは分かる。俺もキレそうだ。
「序列を決めるのは…!」
アキヅキは分からないが、彼女は話し合いで済ませるつもりはないらしい。
殺気を隠そうともせず、しかけてくる気配を周りに漂わせる。
「くるよ!」
セツナがとっさに前に出る。
「…いつだって力でしょうがああああっっっ!!!」
そう叫び、女性プレイヤーは右の拳を振りかぶって地面を蹴った。
抉れる地面、立ち込める土と砂。
数百メートルはある距離を瞬時に詰めるように突っ込んでくる。
この速さと力強さ。明らかにスキルによる恩恵だろう。
「きな?」
狙いはセツナ。
ということを自身も分かっていたのか、短く挑発する。
「っはあああああああっっ!!!」
瞬間移動にも等しい速度でセツナの眼前に現れた謎の女性。
空気がひしゃげ、全力のパンチが繰り出される。
「分かってるっしょ、メイサ?」
が、その拳はセツナの手のひらで易々と受け止められる。
メイサと呼ばれた女性プレイヤーが彼女に触れた瞬間、スピードと勢いが完全に殺された。
スキルによって強化された怪力も、セツナには無力化されるようだ。
「があああああっ!」
続けてメイサが続けて振り抜いた左拳も、右手で覆われて無力化される。
「私には【スキル不履行】があるんだから、メイサの攻撃は効かないよん」
セツナの軽口が飛ぶ。
彼女のスキル名は、【スキル不履行】。
スキルの所有者は【スキル不履行】以外のスキルの影響を受けない、というプレイヤーメタの能力を持つスキルだ。
「セツナぁぁっ…!」
両手を押さえつけられながらも飢えた獣のように顔を強張らせ、セツナを威嚇するメイサ。
ちょっと不安になってきたが、この二人、同じプロゲーマーチームのメンバーだよな?
親の仇と復讐を誓った少女とかいう間柄じゃないよな?
「だったら…!」
「ん?」
加勢するべきか仲裁するべきか分からず、二人の女性の肉弾戦を俺たちが固唾を飲んで見守る中…。
万事休すかと思われたメイサが、おもむろに右足を持ち上げる。
「…こうするまでよおっ!!」
そして思いっきり、地面を踏み抜いた。
スポットライトの光に照らされた黒と茶色の大地に、無数のヒビが走る。
「アホォ!なにしとんねんっ!」
「脚が折れた。私は死ぬ…」
途端にアキヅキの怒号が飛ぶが、メイサは一切聞かずに遺言を残し始めた。
好き勝手暴れて往生際もいいとは、あの人、死に慣れているな。模範的なOSOプレイヤーと言えよう。
「っとと…」
なんて言ってる場合じゃない。
俺は足元がふらつき、地面に手をつく。
手のひらから伝わってくるのは、断続的な振動。
ひょっとしなくても、この一撃で地盤がおかしくなったか!
「落盤する!逃げろおおおっ!!!」
「『土よ』っ!!」
すぐ前にいたグレープが声を張り上げ、振り向いて走る。
さらに、ガイアが杖を掲げて【大地参照】を発動。土を固め合わせて補強しようとする。
ただ、このスキルは広範囲の土壌を一度で適応できるものの、大雑把な操作しかできない。
今、地盤の真下に走る無数の亀裂をどうにかすることはできないだろう。
と思い、俺は回れ右して全力で駆け出す。
「…だけどね、お前も道連れだよ。セツナ」
「言ってろっ」
振り返る直前、セツナの前蹴りがメイサに直撃するのが見えた。
さらに彼女の腹を踏み台にし、こちらに向かって大きく跳躍してくる。
「入り口まで走って!」
スキルを発動中のガイアを引きずりながら、ニヒルが短く叫ぶ。
その後ろでは、既に『休憩エリア』の入り口近くに逃げていた『魔王』とノーフェイスの姿が見える。
あいつら、逃げ足速すぎるだろ。口と足だけを動かすのはいっちょ前だな。
「総員退却ぅっ!!メイサのアホは後でしばく!」
さらに、向こうからアキヅキの怒号が飛ぶ。
彼の反応とメイサの暴走っぷりから察するに、彼らにとってもこの事態は予想外だったのか?
「ぉつっ!」
「くうっ」
大きな揺れが襲いかかり、俺は膝までつく。隣では、べちゃっと音を立ててグレープが転んだ。
これは、間に合わなさそうだな…。
「生きて出ろとは言わない!果たせる『目的』だけ狙って!」
地面が沈み込み、スポットライトの光が遮られるとともに視界が土と砂に包まれる最中、ニヒルがもう一度声を張り上げる。
暗闇で判断できないが、距離からして彼または彼女とガイアも落盤からは逃れられなさそうだった。
「グレープ、大丈夫か!?」
「【自己再生】があるし、落ち慣れてるからだい…」
俺はかろうじて、近くのグレープに話しかけようとしたそのとき。
驚くほどあっさりと、地盤が決壊した。
「うおっ!?」
突然踏みしめる足場がなくなり、懐中電灯を手放してしまう。
そして、なにも知らない人が落とし穴のドッキリに引っかかるように、俺、グレープ、ニヒル、ガイアは真っ黒な奈落へと放り出された。




