第四十六話
2023/11/20 一部を修正、加筆しました。
【第四十六話】
「それで、坑道攻略の準備のためマーケットで買い物、ということか」
「そうそう」
隣を歩くニヒルに話しかけると、彼または彼女は少し嬉しそうに短く答えた。
第二回公式イベントの結果発表が終わった今、自宅に残った俺、ニヒル、セツナ、『魔王』の四人は『ユルルンマーケット』にやってきていた。
俺としては今すぐにでも1位の賞品と『サクラジェム』で交換可能なアイテムを確かめたかったが、『魔王』の替え玉の件でニヒルに脅されたら行くしかあるまい。
「ここがあのマーケットね。トーマが壁をぶち破ってできたっていう」
「始めて来るが、色々な売り物があるな。質はエリクシルよりも数段劣るが」
後ろを歩く二人の反応は真逆だ。
目を輝かせて露店を眺めるセツナは、俺に対して失礼なことを言う。
まあ、本当のことなのでなにも言い返せない。スルーしておく。
反対に、冷めた目をして人混みを睨んでいる『魔王』はマーケットに対して失礼なことを言う。
今俺たちがいるのは、OSOの中で二番目に人口の多い街、ユルルン。
もっと詳しく言うと、ユルルンをぐるりと囲む壁の内側にあるプレイヤーの露天市場『ユルルンマーケット』だ。
ここは初心者が始めにスポーンする『始まりの町』の近くに位置するため人が多く、それに伴って露店の数も数多くある。
が、それは商人並びに購買者が多様化していることと同義。
商売のプロや熟練の生産職が多い他の街と比べて、不当な値が付いたアイテムや低品質の装備などが取引されているのも事実だ。
「しかし、今更用意するものがあるのか?」
『キノコの森』で取れた特大キノコを煎じたポーションの試作品、木を削ってできた置物、『枯れ木の森』の枝を組み合わせたドアプレート。
日当たりの悪い街南東の壁際に、敷物や屋台、木の骨組みなどを用いて軒を構える露店たちの前を通りすぎながら、俺は尋ねる。
「山ほどあるよ。鉱山だけにね」
「…笑えんな」
「マディウスには言ってないから」
ニヒルがおどけて言うと、『魔王』が早足で近づいてきて茶々を入れる。
二人とも飽きないな。喧嘩するほど仲が良いというやつだろうか。
「話が進まないから、『魔王』は静かにしてろ。…で、どこに向かってるんだ?」
「それは、着いてからのお楽しみだよ」
「…そうか」
とはいえ、大方予想は着いている。
『ユルルンマーケット』で一番有名で売り上げがあるのは、間違いなくあそこだ。
くすんだ色をした金属の防具を初心者っぽいプレイヤーに売りさばく屋台や、汚れた敷物の上に色とりどりの鉱石を並べたみすぼらしい店。
さらに群集の中、壁際に寄せられたトラックのような大きい車両の中から料理を手渡すアルフレッドの姿をぼんやりと見ながら、俺はあの露店について思いを馳せる。
獲得ジェム数のランキングという序列が決定した今、あいつらに会って面倒ごとが起きないはずはないよな。
って、アルフレッド?
「マジ!?リアルのキッチンカーじゃんっ!」
俺が立ち止まって二度見すると同時に、後ろでセツナがギャルのような大声を出す。
「すごい人気だな」
違和感の元がある方向をよく見ると、OSO製のキッチンカーはかなり造り込まれていた。
運転席と助手席の二座席がある車両の前部分は、まさしく実在する車のようだ。
こちらから見て手前、左側の座席に運転席があるから海外の車両か?
また車両の箱部分には、こちらを向くようにガラス張りのカウンターが内蔵されている。
そこに並んで立っているのはアルフレッドと長身の男、ビルだ。
「いらっしゃいませ~」
「…ありがとうございました」
二人ともファストフード店のような営業スマイルを浮かべ、立ち寄った人たちになにかを売っている。
ここからだと混んでいて見えないが、カウンターの下側に料理のサンプルが置かれている。
あれは…、タコ焼きか?
「…ちょっと来ない間に、あんなのがあるなんてね」
「十中八九、ヴァーミリオンが生み出した運搬用自動車だ。それを、わざわざタコ焼きを売るために改造したんだろう」
ニヒルと『魔王』も足を止め、口々に漏らす。
二人もあれを見るのは初めてだったか。
いや、問題なのはそこじゃない。
自動車は、OSOサービス開始初期の初期に【検証組】がヴァーミリオンに生み出させたことがあったが、燃料も限られ、魔物が跋扈するこの世界で乗り回すことは不可能だという結論に至っている。
それとゴブリン領にいたはずのアルフレッドたちがここにいるというのも、今はいい。
今一番問題なのは、海がまだ見つかっていないこの現状で、堂々とタコを売っていることだ。
「興味がある。先に行っててくれ」
「えっ、ちょっと…トーマっ!?」
俺はニヒルに伝言を残し、人ごみに割って入る。
『ゴブリン・キング』と対峙したあの日以来、アルフレッドたちの消息は不明だった。当時話している途中に襲われたから、フレンド登録すらしていない。
だから今ここで、おそらく俺だけが気づいている彼らの失態を糾弾し、こんな愚かな行為をすぐにやめさせないといけない。
「通してくれ。…ああ悪いな。…横入りしようってわけじゃない」
人混みの中を押し合いへし合い、肩をどついたり足を踏んづけたりしながら、俺は喧嘩を買われないくらいの強引さでカウンターに向かう。
「ってえなっおい!?…殺されたくなかったら、回れ右して失せやがれ!」
「違う、客じゃない。だから殺される筋合いも、回れ右する筋合いもない」
そして、まさに今タコ焼きを受け取ろうとしている客の暴言をなんとか受け流した俺は、ついにアルフレッドと相対する。
「俺だ、話がある」
「っ、…お買い上げありがとうございました!……裏で待っててくれ」
アルフレッドは俺を視認しても、貼りつけた笑みを崩さずにそう答えた。
俺がここに来ることを読んでいた?もしかして、嵌められたか?
「分かった」
俺は短く答える。
いや、たとえ嵌められたとしても問題ない。向こうだって、街の中でことを荒立てたくないはずだからな。
それに数々の罰を受けてきた俺に、リスキル程度の罠は通用しない。
「…お待たせ致しました!どれにしましょう?」
承諾の一言を聞くと、俺から顔を背け接客を再開するアルフレッド。
「ん~と、どれにしようかな」
カウンター下のサンプルを見始めた客につられて、俺もラインナップを見てしまう。
そこには、『タコはないのでなんでも焼き?なにが入っているのかお楽しみ!ご安心を!中身は食べられるものです!』という注意書きが書かれていた。
そして、なんでも焼きと称したタコ焼きそっくりの粉物が、船の形をした箱に六個ずつ入っていくつも置かれていた。
なんでも焼き?タコ焼きを売っていたというのは勘違いだったのか。
ではなぜ、そんな紛らわしいことを?
そもそも、なんでこんな文化祭のノリで作ったような料理がこんなに売れているんだ?OSOには味覚が実装されてないんだぞ。
まさか、貴重な食材が入っているのか?
それとも、状態異常の一つである空腹への対策として一般的な、レーションより腹持ちが良いのか?
なんでも焼きの代わりに尽きない疑問を抱えつつ、邪魔になると思った俺はそそくさと運転席に向かう。
「トーマァっ!?どこにい…」
バアンッ!
ニヒルが俺を呼ぶ声は、車のドアを開ける音に掻き消された。
※※※
数分後。
休憩時間にでも入ったのか、アルフレッドが裏手から運転席に乗り込んできた。
「なるほど。ここなら外からでも丸見えだ」
「なにをされるか分かったものじゃないからな」
先ほどとは変わって心底楽しそうな笑みを覗かせた彼は、ハンドルに左手を乗せて聞いてくる。
対する俺は、インベントリから出したレーションをつまみながら答える。
空腹度の管理は、OSOプレイヤーには必須の技術である。
「まだ信用されていないってことか。相変わらず、ずる賢いな」
口ではこう言っているが、アルフレッドは全く意に介していないようだ。
目をらんらんと輝かせ、俺に質問を促してくる。
「それで、なんでここで商売をしている?ゴブリン領で採れた貴重な食材アイテムをバレないように処理しているのか?」
「いや、違う」
俺はあいさつ代わりに、アルフレッドたち【カオスメーカー】が『なんでも焼き』なるゲテモノを販売している理由として、いくつか考えられる候補の中から一つを尋ねてみる。
が、あてが外れたか。
外を生地で覆ってしまえば、少なくとも目で見て未知のアイテムだとバレることはなくなると思ったんだが。
「それを説明する前に、先日の『ゴブリン・キング』のことから話そう」
「ああ、頼む」
途端に真剣な口調になったので、俺は居住まいを正す。
これは長くなりそうだ。
「まず、トーマの予想は全部当たっているから省いていいね?」
「いいぞ。俺たちプレイヤーの結集に合わせてゴブリンの軍勢を動かし、せこせこ集めていた『悪魔』まで投入して乱戦を作り上げた、だろ?」
「…やっぱり、一応聞いておこうか」
「しかもそれだけでなく、おそらく『フロンティア』産の魔物である『干支』と『デザートアント』まで解き放って戦場を引っ掻き回した」
「続けてくれ」
「そしてマスターさんの心理を逆手に取り、本陣を攻めさせた。過剰なまでに境界に兵力を投入した、ゴブリンたちの根城が手薄なことをアピールしてな」
ここで俺は、一つ息を突く。
「まさか、そこまでお見通しとは…」
アルフレッドの感心した顔を見るに、正解みたいだな。
「さらに、アルフレッドたちがそこまでした理由は俺にあるんだろ?過去に『ダンジョンジェム』のことを暴露した俺に海を見せ、その存在を明らかにさせるという意図もあったんだろうが、一番は『ゴブリン・キング』の打倒にある」
「……」
「俺のスキル『魂の理解者』を使えば、神がかったフィジカルを持つ『ゴブリン・キング』を倒すことができる。お前たちはそう考えた」
「…でも、それだとおかしくないか?」
「なにがだ?」
「オレたちはゴブリンの協力者だったんだぞ?ゴブリン領になかった建築用の材木を供給して街を作らせたのも、『スキルジェム』を横流ししたのも、キングに特製の金棒を与えたのもオレたちだ。もし、ゴブリンを滅ぼそうとしていたなら、なんでそんなことをする必要がある?」
「それが、【カオスメーカー】だからだろ?」
「っ!!」
俺が踏み込むと、アルフレッドは図星といった顔をする。
「絶対的な中立。全ての黒幕として人間にも魔物にも組み入り、時に牙を剥く。【カオスメーカー】というクランの信条はそんなところじゃないか?」
「……あたり!」
リアル志向とはいえ、OSOもゲームの一つだ。
遊び方はごまんとある。そこに正しい、正しくないなんて物差しは存在しない。
よって彼や彼のギルドのように、悪役を演じるプレイヤーも少なくないというわけだ。
もっとも、あまりに度が過ぎていると粛清の対象になってしまうが。
「せっかくのVRゲームだからね。普通の遊び方だと物足りないと思って、【カオスメーカー】を結束したんだ」
「なるほど。それもまた面白そうだな」
「だろ?トーマなら分かってくれると思ったんだ!」
アルフレッドは、無邪気な少年のように声を弾ませて話を続ける。
一人なのか仲間たちと共同でなのかは分からないが、ゴブリン戦争についてここまで計画を練ることができるのだから、彼は相当頭の切れるプレイヤーなのだろう。
にもかかわらず、この人当たりのよさ。
流石、クランマスターを務めるだけのカリスマがあるな。
「それで、俺が聞きたいのはその先のことだ。つい先日までゴブリン領で魔物と仲良くやっていたお前たちが、どうしてここで商売をしている?」
「簡単だよ。『ゴブリン・キング』に歯向かったから、ゴブリン領にあった拠点を追い出されたんだ」
「そうなのか?」
薄々そんな気をしたが、一応とぼけておく。
あの日、初対面の俺とアルフレッド、ビルの三人で自己紹介をしている間に、セツナを倒した『ゴブリン・キング』が乱入してきた。
数々の戦いで集中力も体力も使い果たした俺は瞬殺されたが、あの後、アルフレッドたちも戦ったんだろう。
「ああ。トーマを海まで来させたところまでは上手くいったんだけど、キングが予想以上に賢くてね。どうやらオレたちがトーマと話していたのを聞いていたのか、襲いかかってきたんだ」
「聞いていたのかって、アルフレッドはゴブリンの言語が分かるんだろ?なんとかしてお前らが裏切ったと確信した詳しい理由を聞き出せなかったのか?」
「いや、それなんだけどさ…」
『ゴブリン・キング』は絶対に倒さなければならない相手だ。今更ゴブリンと和睦なんてできないし、海という大きな権益がかかっている。
となると、味方とも敵とも言えないこのプレイヤーからできるだけ情報を引き出しておいた方がいい。アルフレッドはスキルで魔物の言語を理解できるからな。
そう思った俺は聞いてみたが、肝心の黒幕のリアクションはいまいちだ。
「なにかあったのか?」
「ああ。ぶっちゃけオレが彼らに教育を施したせいなんだけど、どうもキングが知恵をつけすぎたみたいでさ。オレが言葉を分かることも理解して、意図的に話さないようにしてたんだよ。あの日の数日前くらいから」
「なに?」
思わず、身を乗り出して聞き返してしまう。
もしこいつの言っていることが本当なら、大変なことになるぞ。
「それなら、俺からも話すことがある。エリクシルのダンジョン、【大図書館地下】のボスの『ゴブリン・ワイズ』についてだ」
「『ゴブリン・ワイズ』…。トーマがダンジョンを踏破した頃に、名前だけ聞いたことがあるな。教えてくれ」
裏の情報網を張り巡らせているであろう、アルフレッドでも詳しくは知らないか。
「その魔物は姿形こそゴブリンそのものだったが、人間の言葉を話していた。発言が支離滅裂だったが、多分自力で知能を得た結果だと見ている」
「自力でって、そんなことありえるのか!?」
「実際は不明だが、俺はそう感じた。ワイズがいたフィールドは無限に広がる白い空間だった。ダンジョンや魔物の仕様は分からないが、長い間最奥で閉じ込められていたせいで獲得した能力なんだろう。それか、俺が気づかなっただけで、知識をつけられる本が収められた書棚かなにかがあったのかもしれない」
「白い空間か。今は【検証組】の検証用に使われている部屋だったよね?」
「ああ」
「トーマの言いたいことが分かってきたよ。つまり、魔物も学習するってことだろ?言語だけでなく、高度な意識や自我を形成することも可能と」
「それもある。だが、それだけじゃない」
「え?」
呆けた顔のアルフレッドを余所に、俺ははやる気持ちを抑えるために一つ深呼吸をする。
「それだけじゃないって、どういうことだ?」
「『ゴブリン・ワイズ』は…、スキルを持っていた。『スキルジェム』由来のコピーではなく、オリジナルスキルを」
「え?」
もう一度素っ頓狂な声を出すとともに、彼の顔から笑みが消えた。
それを横目に、俺はさらなる言葉を紡ぐ。
「これも俺の推測でしかないが、一定以上の知能を持った魔物はスキルを手に入れるんだと思う。俺たちが使っているような、強力なオリジナルスキルを」
「それじゃあ、まさか…」
「ああ」
俺のこの説明だけで、何が言いたいのかを理解したんだろう。
やはり、アルフレッドはずば抜けた頭脳を持っている。
「そこまで賢くなったのなら、『ゴブリン・キング』もオリジナルスキルを持っていると見ていい。アルフレッドが教育を施したせいで、ワイズ並みの知能に至ったんだ」
「なるほど。オレたちの前で会話を控えるようになったのも、スキルを得たことを悟られないためか?」
「考えすぎじゃなければ、そうだろうな」
ただ、一つ忘れてはならないのが、彼が黒幕の演者だということだ。
立ちはだかる敵が強大であればあるほど、白熱したシナリオができる。より、戦場は混沌としたものになる。
『ゴブリン・キング』がスキルを獲得したかもしれないという情報は、海の奪還を目指す俺たち一般プレイヤーにとっては凶報だが、狂騒を求める【カオスメーカー】にとっては吉報のはずだ。
「それは…、なんとも喜ばしいことだね」
「言うと思った」
やはりそうか。
感情を失ったのも束の間、すぐに元通りのへらへら笑いに戻ったアルフレッドを見て、俺は息を抜いて座席に思いっきり寄りかかるのだった。