第四十二話
2023/10/29 一部を修正、加筆しました。
【第四十二話】
前回までのあらすじ。
『フィフスソウルゴブリン』を『魔王』マディウス、【爆発魔法】を身に着けた『ゴブリン・サクラ』をマスターさんに任せた俺とセツナは、ゴブリンの本拠地と思われる森へと突入した。
”気をつけろ、他にも潜伏しているゴブリンがいるかもしれない。”
俺は、未だ聴覚が本調子でないセツナに流し目をやる。
固まっているとゴブリンが使う【爆発魔法】の餌食になるので、彼女には斜め後ろに位置取ってもらっている。
俺も集中力が途切れがちなこともあり、今は慎重に森の中を進んでいる最中だ。
”りょうかいっ。”
セツナも警戒気味だ。まあ無理もない。
というのもこの森、一本一本の木の高さが低い。根からてっぺんまで平均して三メートルくらいで、高いものでも四メートルほどか?
青々とした葉が生える位置も低く、ちょうど俺たちの目の位置を塞いで視界がかなり悪い。
俺たちとさほど体格が変わらないゴブリンたちにとっても邪魔なはずだが、やつらはここをテリトリーとしている。
地の利がある分、俺たちの方が不利だ。
「もういいよ、治った」
「分かった。それなら、前を頼めるか?」
「あいっ、任されたっ!」
セツナの耳が回復したところで、隊列変更。
まあ、二人しかいないんだが。
彼女に前を張ってもらい、俺は後ろをついていく。
このようなフォーメーションに変えた理由は、別にレディファーストを意識して、とかではない。
爆発の余波を受けた以外、セツナには身体にも精神にもダメージがない。彼女はゴブリンとの連戦をこなしたにもかかわらず、ピンピンしている。
流石はプロ。普段から、レベルの高い戦闘を練習しているが故のことだろう。
あとは、彼女の『スキルジェム・【自己再生】』の効果時間が残っていることも理由の一つだ。
万が一奇襲されても、重傷を負わなければスキルの効果で回復は容易い。
以上のことから、前にセツナ、後ろに俺、の並びにした。
彼女自身、【自己再生】の仕様はよく分かっていないだろうが、この意図を理解しているはず。
「あーあ、マスター、さんがいればなあ。切実に鉈が欲しい」
「確かに、うっとうしいな」
幾重にも広がる枝をめんどくさそうにどかしながら、セツナが愚痴る。
俺も同じ意見だ。
こんなところでモタモタしていられない。戦況は分からないが、ゴブリンの下っ端が戻ってこないとは限らないから。
それにしても、セツナはマスターさんのことはさん付けで呼ぶんだな。
誰にもへりくだらないことで有名なのに、珍しい。
「私さ、OSO初めてみてよかったわ」
なんの気配も感じないからか、彼女が話を振ってきた。
どうした?
「なんだ急に?とっくに、OSOが神ゲーなのは周知の事実だろ。プロゲーマーが今更思うことか?」
「違う。そういうことじゃないってば」
違う?どの部分だ?
『急に』という部分か?『OSOが神ゲーなのは周知の事実』という部分か?
それとも、『プロゲーマーが今更思うことか?』という部分か?
「分かってないようだから教えてあげる。セツナちゃんの特別授業だよ?」
「そういうのはいいから」
どうやらセツナは、俺みたいなめんどくさいタイプの人間のようだ。
類は友を呼ぶとは、このことか。
「ぶー…、ま、いいか。あのねトーマ、この世に存在する『神ゲー』は、二種類に分かれるんだよ?」
「なるほど?」
器用だ。
セツナは口を動かしながらも、隙を晒さないようにぐいぐいと前へ押し入っていく。
と思ったら、話し始めたのは『神ゲー』の定義。
それに関しては俺もうるさいが、果たしてセツナはどんな論理を展開するんだ?
「ずばり『神ゲー』とは、『皆が手に取るゲーム』と『皆が愛するゲーム』の二種類よっ!」
「ほう」
『皆が手に取るゲーム』と、『皆が愛するゲーム』か。
水滴のような形をした葉がびっしりとついた枝を払い除けながら、俺は適当に相槌を打つ。
「一応、詳しく聞いておいた方がいいか?」
「なんでそんなに興味なさそうなの?トーマがプロゲーマーとか持ち出してきたのに」
だんだん分かってきた。
セツナも、グレープや『魔王』タイプの人間とみていい。
「それは悪いと思ってるが、個人の考え方に絶対はないからな。ここで口論しても意味ないだろう」
「すっごい冷静じゃん。なんでそこはアキヅキっぽいの?」
俺もセツナも、だいぶ緊張感がほぐれてきた。
まあ、さっきまで戦闘続きだったから少しくらいいいだろう。
ちなみに、アキヅキというのもプロゲーマーの名前だ。
セツナをもまとめ上げるプロゲーマーグループ『ネクストフェーズ』の主将を務める猛者だが、彼女がここにいるということは、彼もOSOを始めたに違いない。
「で、『皆が手に取るゲーム』と『皆が愛するゲーム』がなんだって?」
「要は、万人の目に留まって遊ばれるところまでいくゲームと、その後、万人が遊び続けて愛されるところまでいくゲームは、全くの別物ってこと」
「ああ、そういうことか」
食べ物で言うと、新発売の味と定番の味みたいなものだな。
「前者のゲームは数多くある。この時代、新しいものを宣伝する方法なんていくらでもあるから。でも、後者に当てはまるゲームは少ない。なぜかというと…」
「ゲームであふれたばかりに、一つのゲームに執着する人が減ったからか」
「そう。ただそれは、ゲームを遊ぶ人だけの心理じゃなくて…」
「ゲームを作る側の人間も、その心理に囚われている。どんどん新作を出さないと、競争から取り残されてしまう風潮になっているから、だろ?」
俺は、セツナの考えることが手に取るように分かる。
なぜなら、俺も彼女と同じくゲーマーだからだ。
「なんだ、分かってんじゃん」
「これくらい、OSOプレイヤーなら誰でも考えてることだと思うぞ。皆、ガッチガチのゲーマーだからな」
「そうなん?」
「そう……いや、一部のやつは違うな」
俺は無責任に全員が考えていると頷きかけたが、寸前で思い留まった。
グレープとハッパだけは自信を持って言える。あいつらはなにも考えてない。
「なら、この次も分かるね?結局、前者のゲームは…」
「もちろん。『皆が手に取るゲーム』は…」
「『神ゲー』とは言えない!」
「『皆に愛されるゲーム』と同じくらい、『神ゲー』だ」
意外と息が合った俺とセツナは、せーので結論を言い合った。
だが、おっと?
これは少し、『話し合い』が必要なようだな。
※※※
意見が食い違った俺たちはあの後、森の中ほどで足を止め、一時間ほど口論した。
今考えても、というより口論の前から分かっていたが、個々人の考え方のありようについて争うほど無駄な時間はない。
だが、退くことは許せなかった。
誰がなんと言おうが、多くの人に買われ、遊ばれた時点で『神ゲー』だ。
それだけお金が動き、経済が回ったということだし、攻略過程や遊んだ感想なんかの評判が飛び交うのも、そのゲームが人気作である証拠になる。
たとえそのゲームにマイナスの要素があったとしても、ゲームを構成する全ての要素がマイナスということは滅多にないし、プレイヤー全員の評価がマイナスになることもほとんどない。
それに、悪評も評判であることに変わりはない。マイナスの要素が愛され、違った意味で『神ゲー』扱いされる場合もある。
だから、大勢の人に知られ、手に取られた時点でそのゲームは『神ゲー』の仲間入りを果たすことになる…。
と俺は思っている。
もちろん、俺はこの意見が絶対に正しいと思っていないし、他人にこの考え方を強要するつもりもない。
だからこそ、こういうことを議論するのは不毛だ。
「おっ」
などと頭の中で熱く語っていたら、あっさり森を抜けることができた。
こんなに簡単に突破できたのなら、いよいよ口論が無駄だったと認めざるを得ない。
「あれが、ゴブリンの村ってやつ?」
「村というより、街くらいの規模があるな」
前方には、崖になっている今の地点から見下ろすようにして街が広がっている。
街といっても、広さだけだ。
ほとんどの家が丸太を組み立てて作ったようなログハウスで、人間の街よりかは発展していないように見える。
ただ…。
ちょうど、対角線上か?バカでかい家がある。
その家だけはいっちょまえに、屋根には瓦、壁にはレンガが敷き詰められており、金属製の扉の前には石段が備えつけられている。
ここからでも確認できるほどの大きさだ。
ほぼ確実に、あそこがゴブリンのボスの住まいだろう。
「……」
一方、手前の方に目をやると、左右が湾曲した崖になっている。
俺たちがいる場所は中央辺りで、ここから弧を描くようにして、高台にある森が低地のゴブリンの街を覆い隠している構図だ。
「セツナ」
「ん?」
「あれはなんだ?」
そして、街を挟んだ向こう側。
方角で言うと東側にはこちら側と同じく、木で埋め尽くされた森があるんだが…。
その奥。
かなり遠いが、雄大な青と、それの縁をなぞる白が見える。
「あれってそりゃあ、海でしょ」
「やはり、そうか」
『なに当たり前のこと言ってるんだ』という風なセツナの返答に対し、俺は平静を装って応える。
海。それと砂浜。
ついに…、海を見つけることができたのか。
「セツナ」
「ん?」
「このことは言うな」
「え?海があったこと?」
「そうだ…」
「なんで?そのリアクションだと、海を初めて見つけたんでしょ?ならそのことを言って、プレイヤー全員で攻めた方が…」
「それだと、俺たちに不利益だろ」
「え?」
「それだともったいない。海は、塩や海産物、海底探索や航海、新たな魔物にダンジョンなど、数えきれない利益をもたらしてくれるのに、みすみすよそのプレイヤーにくれてやる意味がない」
「……」
俺は、OSOというゲームの真髄を分かっていないセツナに説明する。
ゴブリン領の果てには、海が広がっている。
これは大きな情報アドバンテージだ。利用しない手はない。
俺には数えきれない前科がある。
ついこの前も、人様の『サクラ・ジェム』を窃盗した罪で、主犯のナナの分まで散々リスキルされた。
そんな俺に、一世一代の大チャンスが舞い込んできた。見逃すなんてありえない。
「…つまり、独り占めしようってこと?」
「それは、人聞きが悪い。今はまだ、言う必要はないってだけだ」
「ん~?」
「運が良いことに、いやいや生憎、ゴブリン領との境界がこの辺りの『フロンティア』、攻略の最前線になっている。海はその奥、前人未踏のフィールドにあるんだから、ライト勢のプレイヤーが海の存在を知ろうが知るまいが関係ない。そうだろう?」
「それは、そうかもしれないけど…」
よしよし、混乱しているな。
『フロンティア』というのは、特定のフィールドを指す言葉ではなく、攻略の最前線となっているフィールド全般を意味する用語だ。
今やたくさんのVRMMOがリリースされているが、この言葉が使われているのは使われているのはOSOくらいだ。
セツナも、初めて聞いたに違いない。
そして、理解しづらい言葉を使いながらまくしたてて相手を丸め込むのが、俺の得意分野だ。
「それに、無用な争いが生まれるかもしれない」
「無用な争い?」
「ああ。知っているかもしれないが、このゲームではプレイヤーキルが可能だ」
「なる!海を求めて、血みどろの争いが繰り広げられるかもってことね」
「そうだ」
あえて、俺みたいな邪悪な思考回路を持ったやつが山ほどいるから、とは言わない。
俺が邪悪な思考回路の持ち主だと気づかれるからな。
「よく分かんないけど、リリースから数か月経ってるのに海がまだ見つかってなかったんだ?」
「まあな。『始まりの街』を始め、元々あった街は内陸に位置しているし、仕方がない。各地の『フロンティア』でも湖や川は見つかってるが、海はまだだ」
「ふーん…」
これは本当だ。
おそらく運営の意図で、プレイヤーが海にたどり着くのを難しくしている。
『始まりの街』から見て、北部は山ばかり、西部は割と攻略されているが、行けども行けども陸地が広がっているだけらしい。
南部も同じだ。最近大きめの湖が見つかったそうだが、攻略は難航している。
「だから頼む。これは俺たちと、多分俺とマスターさんをはめたプレイヤーしか知らない事実だ。秘密にしてもらえないか?」
「いいよ」
「そうか、ありが…」
「でも、借り一つね」
「え?」
交渉が成立しかけたところで、セツナは不穏なことを口にした。
「借り?」
「そ、借り。ここまで説明してもらってなんだけど、私、トーマの評判知ってんだよね」
それは…、まずい。
セツナめ。適当そうなのに、しっかり下調べしてくるタイプだったのか。
「『ダンジョンジェム』のこと自分から言いふらしておいて海のことは黙っとけって、どうみてもおかしいでしょ?」
「…まさか、俺を脅すつもりか?」
と、ここで俺はふざけてみせる。
悠長に話し込んでいるが、今は敵陣に乗り込んで親玉を倒しに行く真っ最中だ。
まさか、この状況で俺を脅してくるなんてこと…。
「そ」
返ってきたのは、「そ」の一文字と頷き。
こいつ、すでに一人前のOSOプレイヤーに染まっているだと…!
「…なにが目的だ。金か?それとも『サクラジェム』か?申しわけないが、今はどちらも持っていない。マイハウスにもない」
「金か貴重品かって、私をなんだと思ってるの?それに、なんで無一文なのにそんなに誇らしげなん?」
OSOでは、命乞いは不要だ。
行くところまで行ってしまえば、どんな抵抗をしようがキルされる。
だから、せめて尊厳だけは凌辱されないように、今際の際に態度を大きくするのは、リスキルトップクラスのプレイヤーの性とも言えるだろう。
「冗談はともかく、金でも貴重品でもないとすると、なにかしてもらいたいのか?」
「全然冗談って感じじゃなかったけど…。そ、暇なときでいいから、OSOのこと教えてほしいなあって」
「なんだ。それだけか」
セツナから命じられたのは、いわばOSOワールドの観光案内だ。
俺のやらかし一覧などを情報として把握しているが、いかんせん彼女は第四陣。
OSOのプレイ時間はまだまだ少ないから、初期勢の俺に教わりたいということか。
「それならお安い御用だ。檻から出してくれた恩もある。いくらでも付き合ってやるから、借りは取っておいてくれ」
「え、いいの?」
「いい。なんだかんだ、セツナには世話になっている」
セツナの要求に、俺はあっさりと了承する。
今言ったことは本心だが、別の思惑もある。
こうすることでセツナとのコネクションを維持し続けるだろう、という下衆い狙いだ。
「へへ、ありがとう。中々言い出せなくてね、チムメンに頼むのも恥ずかしいし」
チムメンとは、『ネクストフェーズ』のチームメンバーのことだろう。
「礼はいいから。行こう」
このゲームを遊んでいて感謝されることは滅多にないので、どうしたらいいか分からない。
とりあえず、セツナを急かしておく。
若干日が傾いてきているしな。
夜になれば、こちらが不利になるのは明らかだ。急がないといけない。
俺は彼女を促しながら、崖を下り始める。
「うん」
対してセツナは、素直に頷いた。
こんなに人柄の良さそうな少女(?)が、最凶のプロゲーマーとして恐れられているとは。
俺は、ある種の『高み』にいるプレイヤー特有の、寂しさのようなものが分かった気がした。
遠くにある異種族が治める街は、不気味なほど静かなままだった。
※※※
「うん、誰もいないよ」
「いや、決めつけるのはまだ早い。どこかに隠れている可能性を慎重にだな…」
「あのさ、もうやめない?こんな火事場泥棒みたいなことするの」
人聞きが悪いな。
これは立派な偵察行為だぞ?
「なにを言う、これほど大きな街だ。住民は相当貯め込んでると思ったんだが…」
「それ自白じゃん。はあ、さっきの感心返してよ」
セツナは呆れたように言うと、小さくため息をこぼした。
俺たちは無事、ゴブリンの街に侵入することができた。
そして今は、崖側から飛ばし飛ばしで何軒かの家に忍び込み、室内を物色して回っている途中だ。
俺のやっていることは、彼女の言う通り、まさしく火事場泥棒に当たる。
ゴブリンがいないのをいいことに金目のものを頂戴しようという腹積もりだから、全く言い逃れはできない。
「早く行かないとまずいんじゃないの?こうしてる間にも、マディウスやマスター、さんの血が流れ続けてるよ」
「痛い言い方だな、それ」
そう言われると、忍びなくなってくるからやめてくれ。
まあ、どんな理由があろうが元々忍びないことには変わりないがな。
「分かった。ちょうど、もうやめようと思っていたところだ」
「嘘っしょ」
「嘘だ」
俺が小汚い棚を物色しながら言い訳すると、すぐに糾弾の声が飛んでくる。
もはや、完全に思考を見抜かれているな。
「じゃ、もうあそこ行っちゃおうよ」
玄関にいたセツナはすぐさま扉を開けると、ある方向を指差した。
「親玉の家か」
俺はガラクタばかりの木箱の蓋を閉め、玄関に向かいながら言った。
「なんだ、やっぱりトーマも気づいてんじゃん。分かってて遠回りしてたね?」
「ああ、その通りだ」
「開き直りも、ここまでくると清々しいね」
セツナの誘導尋問に乗せられた俺は、無駄な言い訳はしない。
いよいよ、クライマックスに突入というわけか。
って付け足しておけば、カッコ悪くないよな?
「それじゃ行きますよ、火事場泥棒さん」
「ああ、このことも黙っててくれ。借りでいいから」
「完全にツケ感覚じゃん。ま、いーよ」
家を出た俺とセツナは、路地裏からの奇襲に気を配りつつ、軽口を叩き合って道を進んでいく。
規則的な間隔を空けて建てられ、ある程度の頑丈さが備わった丸太の家々。
下草を刈り取っただけだが、充分足に優しく歩きやすい道。
果物や魚が並べられた商店に、ボロボロの武器と鎧が飾られた装備店。
おそらく人間相手の戦闘訓練に使っていたであろう、空き地もところどころにある。
こうして見ると、普通の人間の街のようだ。
「私は街ってよく分からないんだけど、こんな感じなん?」
「大体そうだな。人間の街だと、加えて外壁が周囲にある」
セツナの質問に、俺は端的に返す。
「へえ。なんか、それはそれで圧迫感やばそう」
「やばいから、俺は壊して出口を作った。セツナもマイハウスを持ったら、壊した方がいい。なんなら、俺に言ってくれれば壊すぞ」
もちろん、料金はもらうが。
「い、いや…やめとく。私までリスキルされそうだし」
「なんだ?セツナはリスキルされたことがないのか?」
「あるわけないっしょ」
「この世界でのし上がっていくには必要不可欠だぞ、リスキルは。悪事に対する罰を知ることにもつながるし、今度…」
「やらないよ!そもそも、リスキルされるようなことするのがいけないんだからねっ!」
ち、騙されないか。
あわよくば、だまくらかして都合の良いタンクに育て上げようと思ったんだが。
多くのプレイヤーが失った、もしくは元々持っていなかった道徳も備わっているし、ここらへんの事情も頭に入っているようだ。
「そういうプレイも面白そうだけど、私ならもっと上手くやるよ」
「それは、俺に協力してもいいってことか?」
「…ノーコメント。今は素直に経験積ませてよ。まだ初心者なんだからさ」
「確かに、それもそうだな」
俺も、遊び始めて一ヶ月は情報収集と仕様の理解に時間を使っていた。
OSOは普通に遊ぶのも楽しいし、セツナにはこのゲームを好きになってもらいたい。
焦る必要はないか。
「なんて話してたらさ、着いたよ」
「改めて見ても、でかいな」
歩き始めてものの数分で、目的地に到着した。
西側、俺たちの後ろから照る太陽の光を鈍く反射し、一際存在感を放つこの建物。
ここが、ゴブリンのボスの根城だ。
これ、無駄な口論と火事場泥棒がなかったら、絶対あと二時間は早く来れたな。
「順番はどうする?トーマのせいで『スキルジェム』の効果が切れちゃったけど」
「それは問題ない。相手が圧倒的に強かったら、【自己再生】があろうがなかろうが、多分一撃で死ぬからな。セツナも覚悟をしておいてくれ」
「おっけ」
早速セツナに痛いところを突かれたが、俺は気にせず話を進める。
これから相手する魔物は、実力が未知数だ。
二人で瞬殺するか、それとも瞬殺されるか。はたまた、良い勝負ができるかなど分からない。
というか、『神ゲー』の話を始めたセツナにも非があるだろ。あれで一時間使ったぞ。
「俺が先に行く。セツナは視野を広めに取って、妨害してくるプレイヤーがいるかどうか警戒してもらいたい」
「りょうかい。ってことは、私のスキルも分かってるってことでいいんだよね?」
「ああ」
セツナは探り探りに聞いてきた。
いい心構えだ。
ここでは共通の目的を持って手を取り合っているが、本来、俺と彼女は敵どうし。
限られたアイテムやお金という利益を奪い合うために競争するライバルなのだから、自分の方からスキルを明かすことはしない。
俺のスキルはすでに有名になっているから意味がないが、彼女のようなプレイし始めて間もない第四陣のプレイヤーの間では大事なマインドだ。
「それじゃあ、開けるぞ」
「うんっ」
打ち合わせが済んだ俺は銀色の丸いドアノブを握り、後ろのセツナに声をかける。
彼女も準備万端のようだ。
「……」
「……」
これから対峙するのは、ゴブリンの頂点に君臨する存在。
一体、どれほどの強さなんだろうか。
そう思いつつドアノブを捻り、一息に開けられたドアをくぐって、俺とセツナは牙城の中に入るのだった。