第三十九話
2023/10/21 一部を修正、加筆しました。
【第三十九話】
サイド:ハッパ
よっ、元気にしてたかい?ハッパだよ。
申し訳ないんだけど、今ちょっと取り込み中でさ…。
「ギュウラアアアッ!」
「はっ!」
「グルアアッッ!!!」
「よっ!」
右のゴブリンの拳を頭を傾けて避け、左のホブゴブリンの斬り払いをターンしてかわす。
「………!」
「ギュガアアアアッッ!」
反時計回りに巡る視界が、前の『悪魔』、後ろのハイゴブリンを捉える。
これで、一番近い敵は把握できた!
「そおっ…」
「グギュッ!」
「…いっ!」
「……ッ!」
とりあえず右のゴブリンに杖を叩き込み、遠心力を利用して後ろの『悪魔』に足払い。
お返しよっ!
「はあ…」
ちょっと息を整える。
『ゴブリン・サクラ』を叩きのめした後、すぐにゴブリンの軍勢が差し迫ってきて、ついに『悪魔』と挟まれる形になってしまった。
前後左右、敵ばかり。まさしく地獄絵図だ。
でも、いいじゃん。
こうでなくっちゃ退屈だよ!
「グギュアアアアッ!」
「うらあっ!」
しゃがんだウチに向かって、背後のハイゴブリンの踏みつけ攻撃。
…に合わせて、ウチは杖を水平に薙ぐ。
「ギュアアッ!」
「目が…」
軸足を刈られ、キレイにすっ転んだハイゴブリンの顔面に杖を構える。
「…覚めちゃうねえっ!」
そして、一発。
バアアアアアア
「グアアアアンッ!」
至近距離で爆発を浴びせてやった!
「………」
「っしゃあっ!」
爆音で耳がキーンってするけど、全然オッケー!
さらに音もなく迫る『悪魔』には、立ち上がる勢いで頭突きをお見舞いよっ!
なめんじゃねえっ!
「まだまだっ!」
続けて、バッターの構えっ!
『悪魔』は問題ない。バランスを崩したままだ。
けど、左からはさっきのホブゴブリンが迫っている。
それでも、ウチは止まらない。
「こんなもんじゃないよっ!」
そう言うと同時に、強烈なフルスイングを放つ。
『悪魔』に当たって抵抗を感じたけど、構わず左まで振り切り、ホブゴブリンもまとめて殴り飛ばす。
「………!」
「ギャギャッ!」
両者は大きく吹き飛ぶ。
手応えからして、ホブゴブリンは倒せただろう。
けれど、『悪魔』はタフだ。
きっと起き上がってくるはず。
「………」
ほら、やっぱり。
相変わらずなんにも言わないけど、ピンピンしてやがる。
『悪魔』は人の形をしているといえ、魔物に分類されるらしい。基本的にウチらプレイヤーよりも頑丈にできてる。
こいつは、杖術だけでは倒しきれない。
「ギュガアルアアッ!」
「ギャアアアッ!」
「グッグッギャギャギャッ!」
ちっ、追加のゴブリンたちのご案内だ。
これじゃあ、『悪魔』に集中できないよ!
「くっそー!猫の手も借りたい!」
たまらず、ウチは叫んでしまう。
ロボーグさんと別れて、【英雄の戦禍】のクランハウス前から移動した後。
どこかで戦闘中の味方に合流しようと思ってたんだけど、その前に『悪魔』とかち会ってしまった。
「あっ…」
自称IQ180のウチの頭が弾き出した一つの結果を前に、呆けた声が出ちゃった。
よくよく考えたら、プレイヤーの大半がクランハウス前に集まってたんだから、単独で飛び出さなくてもよかったじゃん!
「ギャッギャッ、ギャッ!」
うっせえ、バカにすんな!
「グギャッ!?」
ウチは、いつの間にかすぐ近くまで来ていた一頭をぶっ叩いた。
人が考えごとしてる間に、不意打ちなんて卑怯なりよっ!
「別にいぃ!?ウチは一人……で…も……」
言い訳ではない正当な主張を繰り広げようとしたんだけど、言葉が萎んでしまった。
そうだ。
この『悪魔』は、スキルを使っていなかった。
ウチにはよく分からないけど、『悪魔』は頭がいいんだって。
ゴブリンのような他の魔物と協力し、高度な戦い方をするってトーマが言ってた。
だから他と息を合わせるため、このままスキルを使わないでしょって、油断してたのかも。
「うっ……そっ、でしょ!?」
目の前の黒い人型が棒立ちのまま、ぐんぐんと大きくなっていく。
ぐんぐん、ぐんぐん。
間違いない。
この『悪魔』のスキルは、巨大化だ。
「ふざけんなっ!こんなの、どうやって倒せってんだっ!」
みるみるうちに、ウチの背丈の倍、三倍、四倍。
黒い人型の大きさは、五メートルは超えただろうか。
ズルじゃん。
こんなの、せっかく開花した『爆杖術』が通用しないじゃんっ!
「………」
大きくなりすぎて、もう分かんない。多分十メートルくらいじゃないですかね?
どうやら巨大化中は行動できない制約があったっぽいけど、ウチはただ馬鹿正直に見てただけだから、実質ノーコストでスキルの発動を許してしまった。
ホント、お茶目なところが多いね、ウチは。
でも、それが可愛げであり、チャームポイントだよね?
「ってやばっ、逃げんとっ!」
ズズズと空気を揺らしながら、ジャイアントな『悪魔』が拳を構える。
まずい。地面を殴りつけて、衝撃でゴブリンもろとも吹き飛ばそうって魂胆だ!
でもそれって、ウチが強いからなりふり構っていられなくなったってことだよね!
「う~ん、と…」
変なこと考えてる場合じゃないよ、ウチ。
逃げ先を考えないとね。
まず、後ろは駄目だ。ゴブリンの群れの中を突っ切ることになる。
ウチの戦い方だと『悪魔』に気を配りながら、すし詰めのゴブリンたちを相手するのは厳しい。
次に、前は論外。『悪魔』の攻撃に巻き込まれて死んじゃう。
なんとか耐えられても、巨大な手足から繰り出される面の暴力で死んじゃう。
だから、前は論外だ。
「じゃあ、こっちだ!」
悩んだ末にウチが選んだのは、右。
【英雄の戦禍】のクランハウスがある方向で、ウチが走ってきた方向でもある。
もはや、巨大化を果たした『悪魔』は、ウチにはどうすることもできない。
全力全開の【爆発魔法】でも、せいぜい傷を与える程度のダメージしか入らないと思う。
しかも、残りの魔力が心許ない。
他の『悪魔』やゴブリンたちだっているのに、今ガス欠に陥ったら死んだも同然だよ!
「誰か……誰か、いない!?」
ウチはきょろきょろと辺りを見渡しながら、がむしゃらに走り続ける。
右からは緑の波が押し寄せている。
左は、空と地平線と地面。時折、遠くに『悪魔』らしき人影。
後ろは見ない。
立ち止まれないし、どうしたって巨人と化した『悪魔』の攻撃から逃れられないから!
「ギャギャアアアッ!」
「グルルルルアアアアァァァァァッ!」
今のウチから見て、右から右奥にかけてゴブリンの波がどっとあふれてくる。
視界が徐々に塞がっていき、やがて緑一色に染まる。
「くっ!」
ゴブリンが多すぎる。
とてもじゃないけど、無視して走り抜けられない!
結局、巨大『悪魔』から全然距離を取れないまま、ウチはブレーキを踏まざるを得なかった。
「……!」
動きが鈍重なのか、黒い拳が中々振り下ろされないのは救いだけど、離れられなきゃ意味がないよ!
「なら、一体でも多く…」
ゴブリンだけでも倒す。
人ゴブ戦争は、チーム戦だ。『サクラジェム』が手に入るイベント期間内でも、それは変わらない。
たくさんいるゴブリンを倒して侵攻を食い止めないと、ゴブリン領から一番近い街『始まりの街』が魔物の手に落ちてしまう。
それだけは、なんとしてでも阻止しないと!
「こおいっ!」
ウチは、大声を上げて自分を発破した。
ハッパだけに、ね。
空気の唸る音がどんどん大きくなってきてる。
間もなく、『悪魔』の鉄槌がウチらを破壊し尽くすだろう。
でも、恐怖なんてないよ。
【爆破の魔女】に、そんなものは不要!
「はああああっ!」
杖を構え、突撃する。
押してダメなら、もっと押す!
それがウチ、ハッパの本懐だから!
「うおおおおおっ!」
勢いを殺さずに、緑の群集に突っ込む。
殴る。
「グギャアッ!」
蹴る。
「ゴゴゴアッ!」
杖で叩く。
「ギリリリリィイイッ!」
【爆発魔法】で爆発させる。
バアアアアアアア
「ゴバギャッ!」
ありったけの攻撃手段を用いて、暴れ尽くす。
「うにゃああああっっ!!」
「ギャッ!」
「ギャンッッ!」
「グガッギャアッッ!」
青い空、緑色の魔物の体、深紅の杖、爆発の黒い煙。
全てを視界に入れつつ、ぼんやりと見つめる。
ゴブリンの断末魔、自分の息遣い、地面を蹴る音、爆発の轟音。
そして空を揺らしながら迫る、死のカウントダウン。
全てに耳を貸し、聞き流す。
戦う。
ウチがやるべきことは、ただそれだけ…!
「ガウッ!」
ふいに、一本の腕が伸びてきた。
右側から差し出された腕は、ウチの右腕をガシッと掴む。
「きゃあっ!」
そこら中を駆け回っていたウチは、慣性で下半身がすっぽ抜け、尻餅をついてしまった。
視界がひっくり返り、ほとんど空の青一色に染まる。
「グルルルアアアァァ…!」
そして、気持ち悪い唸り声がすぐ近くから聞こえた。
ウチはゆっくりと顔を傾け、声の発生源を見る。
桜色の腕、胴、顔。
『ゴブリン・サクラ』、か。
何体いるんだよ…。
「………」
杖は落としてしまった。
すっ転んだときか、『ゴブリン・サクラ』の握力で拘束され、反射で手放してしまったか。
どちらにせよ…、ここまでだね。
「グッルルルルアアアアアアッ!」
勝ち誇ったような『ゴブリン・サクラ』の叫び。
それに共鳴し、周りの通常ゴブリンたちも勝鬨を上げる。
「………」
一方、敗者のウチは無駄な抵抗をやめた。
今はせいぜい喜んでればいいよ。すぐに仲間が、お前を倒しに来るんだから…。
そんときまで、油断してろっ!
「……!」
いや、諦めていいのか?
杖はないけど、ウチの『爆杖術』はまだ死んじゃいない。
まだ、自分の体がある。
リーパーに教わって、杖術と同じくらいに練習してきた体術がある。
まだ、できることがあるよね?
それなら、のこのことこんなところで…。
「死んじゃ…、いられないよねっ!」
「グルアッ!?」
『ゴブリン・サクラ』に二の腕を掴まれて寝っ転がったままのウチは、再度発破をかけるように両足を上げて、大きく弾みをつける。
さらに両足を地面に叩きつけながら、腰を浮かせて立ち上がった。
「ふっふっふっ…!」
呆気にとられたゴブリンたちに見つめられながらも、ウチは不敵に笑う。
サクラ個体の強靭な腕力で固定されていた右腕は、ウチの動きについていけずに引きちぎれた。
「ふっふっふっふっふっ…!」
でも、それがどうした!
ウチには、これがあるもんね。
「じゃじゃーん、『スキルジェム・【自己再生】』ぃっ!!」
ウチは残った左手でインベントリを開き、一個の石ころをつまみ上げた。
これこそ、とっておきの最終兵器。
グレープのスキル【自己再生】をコピーした『スキルジェム』。
これを飲めば、四肢の欠損すら修復する、最強の回復スキルを手に入れることができる。
「残念だったねっ!ちゃんとトドメを刺さないからこうなるんだよ!!」
形勢逆転だ!
勝ち誇ったウチはさっきの仕返しとばかりに、あっかんベーをしようとした。
「あ」
しようと、しちゃった。
いつものように目元に手をやろうとして、ポロッと…。
指の間から、小石がこぼれちゃった。
「あっ…、あああああっ!!」
ウチの手を離れたそれは、カッ、コロコロと愉快な音を鳴らしながら、『ゴブリン・サクラ』のつま先に当たった。
全く、どこまでおっちょこちょいなんだろうね、ウチはっ!
でも、それが可愛げであり、チャームポイントだよね?
「あ、あのー。ちょっと、よろしいでございましょうですか?一度乱暴なことはよして、お話…」
「グリャアアアアッ!」
下手に出たウチの提案を遮って、『ゴブリン・サクラ』が再び絶叫する。
またもや、形勢逆転。
オセロじゃないんだから、ほいほいひっくり返らないでよ、形勢さんよう!
ねえ…。
そう思うよね?
「リーパーっ!」
ウチが大声でその名を呼ぶと同時に、一つの大きな影が辺りを覆う。
そして、一人のプレイヤーがウチの隣に降り立った。
「はいはい、また後で聞いてあげるから。どうせくだらない話だろうけど」
「あっ、本当にリーパーじゃん!?」
「えっ!?あなた知らなかったの?」
実はさっき転ばされて上を向いたとき、青のキャンパスの端っこに、こっちに向かって翼を羽ばたかせた大きな生き物が見えたんだよね。
だからてっきり、リーパーがウチを助けに来たんだと思って、あてずっぽうで呼んだみたんだけど、正解だったみたい。
つくづく、ウチって豪運の持ち主だね!
自分でも恐ろしいくらいだよ。
「ん?知らないって、なにを?」
「その様子だと、トーマからドラコのことを聞いてないのね」
「ドラコ?それって、プレイヤーの名前?」
ウチが白を切っていると、リーパーの方からから自白した。
語るに落ちるとは、このことだね。
「ウチのクラン仲間よ。あれ」
「えっ?」
リーパーはそう言いながら、大鎌を持っていない方の手の人差し指をピンと立て、上を指した。
「…え、うわああっ!?」
それは、影を作っていた正体だった。
恐竜のような頭と、ほっそりとした首。
鋭い爪が生えた前足に、バッサバッサと柔らかそうな翼。
ぷにぷにしてそうなお腹。どっしりと大きな後ろ足。
そして、細長くしなやかな尻尾。
まさに、ドラゴンっ!
伝説上の生き物の、ドラゴンだあああっ!!!
「彼はドラコ、【変身:ドラゴン】のスキルでドラゴンに…」
「乗せて乗せて乗せて乗せて乗せて…!」
「はあ、ハッパ。本気で言ってる?今、この状況でそんなこと…」
「乗せて乗せて乗せて乗せて乗せて…!」
「………」
「乗せて乗せて乗せてっ…むぐっ!」
もはや、ゴブリンや『悪魔』などそっちのけだ。
リーパーはごちゃごちゃ言ってるけど、ウチはどうしてもドラゴンに乗りたい。
だからごり押ししてみたんだけど、いきなり手を突っ込まれた。
麗しき乙女になにすんのさ!!
「もがもごっもがああ…」
「いいから、これ飲んで落ち着きなさい。後は私たちでやるから」
むぐむぐ。
この味、『スキルジェム』だね。多分【自己再生】の。
本当は味なんて全くしないけど、スキルジェムを食べ慣れてるウチには分かる。
「もごっごほっりゅああ…」
「ちょっと、離してよ!」
ウチにはお見通しだよ。
リーパーは甘い言葉を吐いて餌付けして、言いくるめようとしてるんだ。
だから、ウチは口をすぼめて、指を抜かせまいとする。
こうなりゃ徹底抗戦よっ!
絶対に、ドラゴンに乗ってやるんだから!
「もう、汚いじゃない!とにかく今はやめなさい。そういうのが好きなら後で…」
「ううっ!?」
ウチは左手でリーパーの腕を固定しながら、軽くえづいた。
このウチの口の中が汚い、だって!?
ひどい!ひどいよリーパー!!
麗しき乙女になんてこと言うのさ!
「なに驚いてんのよっ!それより、手を離して早く飲み込みなさい」
「ほごっはがっもおおっ…」
洗いざらい水に流そうったってダメだよ。
即刻!
ウチの口に手を突っ込んでおきながら、口内を汚いと侮辱した件について謝罪を求めるっ!
「じゃないと、ハッパ、あなた…」
「もがもがごおお…」
じゃないと?
なにさ。
いつも、いっつもリーパーの口車に乗せられてばかりだから、今日こそは下剋上だよ!
今こそ、ウチとリーパーの戦国時代ってわけ!
「あなた、死ぬわよ」
あれ?
だんだんと意識が…。
「もご…」
最近さ、真剣勝負が多いじゃん?
トーマとかロボーグとかのパートでさ。
ちょうど、笑いが足りてないと思ってたんだよ。
だから、これはわざとというか、ね。
分かるよね?
「ばか。…これじゃあ、なんのために私が来たのよ」
力を失って倒れ込むウチの体を抱きかかえ、リーパーが呟いた。
右腕を失っていたというのに、【自己再生】のスキルジェムを使わずにリーパーと話していたせいで、ウチは見事に失血死したのだった。
あ、今ばかって言ったね!
麗しき乙女になんてこと言うのさ!