第三十八話
2023/10/19 一部を修正、加筆しました。
【第三十八話】
サイド:トーマ
ああ…。
ああ、暇だ。
何者かに檻の中へと閉じこめられ、あまりにも退屈だったのでログアウトした後。
十分ほど経ち、のこのこと再ログインしたものの、状況はちっとも変わっていなかった。
灰色の格子と黒い天井に囚われた軟禁、いや、監禁状態のままだった。
「……流石に、ずっとこのままってわけじゃないよな」
内からも外からも破れそうにない檻。
物理的な攻撃を無効化する効果があるのか、それとも格子の耐久値が桁外れなのか。
術者も分からない俺には見当もつかない。
ただ、強力なスキルには制約がつきもの。
檻の展開中は魔力を消費し続けるとか、なんらかのデメリットがあるはずだ。
「グルウゥゥゥッ!!」
「ギャッ、ギャギャアッ!」
それにしても、ゴブリンの鳴き声がうるさい。
未だにゴブリン領の方角からどんどんと湧いてきている。
そのほとんどが緑色の通常種だが、たまに桜色の体色をした『ゴブリン・サクラ』も見かける。
ただ、どちらのゴブリンも、檻をどうすることもできないということを学んだようだ。
どいつもこいつも、俺のバカにするように喚いて横を通り過ぎるだけだった。
「………」
今まで、魔物に対してこんな感情を抱いたことはなかったが。
「ギャアッギャアアッ!!!」
「グッグルルゥゥアッ、グアアアァァッ!」
いや、こいつらは俺をバカにしてる。絶対に。
揃いも揃って醜悪な顔をさらに歪め、俺をおちょくっている。
「ギャルウアア!」
「グエッ、ギャアルエエッ!!」
「待ってろよ」
こんなにも…。
こんなにも、ゴブリンの煽りはいらつくものなのか…!
「この檻から出られたら……」
お前ら、お前ら全員…!
「ぶちころ………」
「やっほーっ!!!」
顔真っ赤になった俺が宣言する寸前。
グギギギギギギッという音が鳴るとともに、誰かの声が聞こえた。
「…?」
檻には誰も干渉できないはずだが…。
俺は突然の事態に口を開けたまま、音の発生源である真後ろを振り向く。
「お、お前はっ!?」
「やっぱり知ってる?……まずったなあ、もっと顔いじればよかったか」
「いや、それは後で聞くっ。後ろだ!」
女性のプレイヤーがなにか言っているが、俺は遮って声を張り上げた。
なぜか、後ろに張られていた格子がぐちゃぐちゃに捻れ曲がっているが、今はどうでもいい。
問題はその奥。
檻の外、俺を救出しに来た女性プレイヤーの背後で、一体の『ゴブリン・ファイター』が拳を固めていた。
「ん大丈夫だって!」
だが、謎の女性は声色を崩さないし、ペースも乱さない。
死角から魔物が襲ってきているというのに、俺の顔を見てのんきに喋っている。
「なんたって、私は…」
自慢じゃないが、俺はゲーマーだ。OSOだけじゃなく、これまでに数多くのゲームを遊んできた。
そんなゲーム中毒者であるなら、誰もが知っているであろう有名人。
それが…。
「VRプロゲーマーの、セツナちゃんなんだからっ……ねえっ!!」
セツナというプレイヤーが名乗りを上げたかと思うと、目にも止まらぬ速さで動いた。
まず、迫る『ゴブリン・ファイター』の拳を、後ろを向いたままサイドステップを踏んで回避。
そして、パンチの後で伸び切った腕を脇に挟み、勢いを利用して前に投げ転がす。
最後に、地面に這いつくばる姿勢になったゴブリンの首を踏み抜き、トドメを刺した。
「………」
流れるように仕留めたその腕に、俺は言葉が出ない。
これが、プロゲーマー。
ここでプロゲーマーというものを簡単に説明すると、要は企業に所属する特定のゲームのトッププレイヤーのことだ。
一言に縮めると、めっちゃゲームが上手い人、だな。
ゲームのプレイで人を魅了し、練習風景を放送する配信や猛者が集う大会に参加して、リアルのお金を稼ぐ。
細かくは違うかもしれないが、外部というか、ただの外野の一個人である俺はプロゲーマーをそのような職業だと認識している。
「ねえ、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ。ここに閉じ込められていただけだから」
呆けていると、明るい声で話しかけられる。
セツナという名は、あるプレイヤーのハンドルネームだ。
日本有数のプロVRゲーマーチーム、『ネクストフェーズ』の一員。
その中でも『最凶の一匹狼』として恐れられ、数多のVRゲームで頂点に君臨する絶対的な強者。
「そ、ならよかった」
「………」
それが、目の前の彼女。
セツナというプレイヤーだ。
「自己紹介は、いらないよね?私のこと知ってるみたいだし」
「ああ、セツナでいいんだよな。集団行動と指図が嫌いな『最凶の一匹狼』、だろう?」
「ちょっと!?それ本人の前で言う?……でも、うーんまあ、その通りだからいっか」
正確には『自分よりも弱いやつ』との集団行動と指図らしいが、今はどうでもいい。
なぜなら、俺もこのゲーム…。
OSOでなら、そこそこやれる方だと思うからだ。
「すまない、嫌だったら言わないようにする。…それで、どうやってここまで来た?」
おっと、ゆっくり話している暇はないな。
セツナによって破られたためか、檻がパッと消失する。
それに伴い、周りのゴブリンたちが殺到してきた。
「…っ!」
俺は答えを待たず、走り寄ってきた『ゴブリン・ソードマン』の剣閃を半身になってかわす。
そしてすれ違いざま、魂を盗み取る。
最後に右手を開き、寄魂鉄の鎖帷子に魂をくっつける。
これで、ストック1だ。
「マディウスの魔物に…」
「ギャアゥアアッ!」
「…乗ってきた。空から」
セツナも平然と答えながら、闇雲に突っ込んできた『ゴブリン・ウォリアー』に裏拳を叩き込む。
マディウス。『魔王』のプレイヤーネームだ。
本名を知っているということは、面識があるのか。
それか、他のゲームでつながりがあって以前から知り合いだったとか、か?
「それじゃあ…」
「ギャッッ!!」
「…マディウスはどこだ?」
俺は沈黙したソードマンの手から剣を奪い取り、迫る『ゴブリン・アサシン』の眉間に向かって投げつけながら質問した。
クリーンヒット。
短い鳴き声とともに、緑色の斥候は後ろに倒れる。
それを確認しつつ、静かに接近していた『ホブゴブリン・ファイター』の拳を寸前でかわす。
「マスターを…」
「ギャルルッアッ!!」
「ギャアラアッ!」
「ギャアアアッ、ギャアアッ!!」
「…助けにいったよ?」
当たり前のように背後を取ってソードマンの首を折った後。
剣を握る腕ごと乱暴に振り回し、周囲のゴブリンを切り払うセツナ。
「それなら…」
「ギャンッ!」
「誰から…」
「ギャギャッッ!」
「…今の戦況を聞いた?」
「ギャンッ、ギャアアッ!」
「…ハッパか?」
「ギャルウウンっ!?」
俺は『ホブゴブリン・ファイター』のラッシュを紙一重で回避し、抜き手を差し込んだ。
あっさりと魂を抜き、鎖帷子に接着。
ストック2。
「ハッパ?」
「グギャアッ!」
「ああ、赤いローブの…」
「ギャギャガッ!!」
「魔法使いの子のことなら…」
「グルグギャアッ!」
「…それで合ってる」
刃こぼれの目立つ古い剣を手にしたセツナは、時代劇さながらの殺陣を繰り広げる。
一太刀、二太刀、三太刀。
軽快なリズムで、ゴブリンどもを切り捨てた。
「はあっ!」
俺は彼女の妙技に感心しながら、魂を抜かれて棒立ちになったファイターを前方の集団めがけて蹴っ飛ばす。
久しぶりに暴れられて、心地が良い。
有象無象のゴブリンなら、何匹かかってこようが無力化してくれるわ。
「ギャルアアアッ!」
しかし、前に生じた空白の地点に、桜色のなにかが飛び込んできた。
『ゴブリン・サクラ』だ。
「………」
相手は、おそらくハイゴブリンよりも身体能力の高い桜色の魔物。
ああ…。
大ピンチのはずなのに、負ける気がしない。
「どうする?…ヘルプいく?」
どうやら、セツナも『サクラ個体』のことを知っているようだ。
今のは、俺を気遣っての言葉だろう。
だが…。
「いや、いい。余裕だ」
だが、その必要はない。
「そ。なら、周りは任せてよ」
「頼む」
なぜなら俺が、絶対に勝つからだ。
「来い」
俺は警戒しつつ、構える。
五体満足。
ウォーミングアップは、すでにゴブリンたちで済ませている。
「ギャアッ、ギャギャギャッ!」
地面を蹴り、『ゴブリン・サクラ』が肉薄する。
速い。ハイゴブリンよりも何倍も速い。
「…っ!」
集中。
俺のスキル【魂の理解者】は、対魔物では一撃必殺の性能を誇る。
相手の体内に腕を入れることができれば、魂を奪って勝てる。
「ギャアアアアア…」
「……」
空中で拳を作ったゴブリンは、体を反らしながら突っ込んでくる。
が、俺はただ待つ。
一瞬だ。
極限まで集中し、一瞬で勝負を決める。
「…アアアア!」
耳障りな小鬼の鳴き声が鳴り響く。
「………っ!」
かけ声すら不要。
むしろ、口を動かすことにリソースを吐くのがもったいない。
俺は右腕を前に突き出す。
高速で詰め寄る桜色の体に、右手が浸透していく。
「アアアッ…!!」
『ゴブリン・サクラ』は、俺の一手に構うことなく攻撃を続行してくる。
空気を唸らせ、上半身全体を捻るように繰り出された右ストレート。
速度を上げながら、俺の顔面を貫かんとばかりに迫る。
だが…。
「よっ。……すごいね、きみ」
数秒後。
片手間にゴブリンの露払いをしたセツナが、俺の方を見て言った。
俺の右手には、テニスボールほどの大きさの魂。
速かったが、動きが単純すぎた。
どんなに速い攻撃をしかけようが、一瞬で蹴りをつけられてしまうと不発に終わる。
「プロのセツナに言われても、お世辞にしか聞こえない」
こいつみたいにな。
自身の異変に気づくことなく、『ゴブリン・サクラ』は意識を閉ざした。
ストック3。
「そこは女の子からの誉め言葉なんだから、ありがたく受け取っておくのが普通じゃん」
「それ、本気で言ってるか?」
「言ってない」
「なら、よかった」
セツナは、誰にでもフランクだ。
年齢や階級が上の相手であっても、気軽に砕けた言葉遣いで話しかける。
そのせいか、ネット上の一部の層から反感を買っているが、俺は特に気にならない。
余計な気遣いが不要だから、手っ取り早くていい。
「で、これからどうするつもりだ?」
俺は『ゴブリン・サクラ』が倒れる音を聞きつつも、短剣を抜刀。
「ギャアッ!!」
「ググゥウッ!?」
近寄ってきた二体のゴブリンの喉を掻っ切った。
「ちょうど、迎えが来たよ」
一方、セツナがゴブリンを殴り飛ばしながら、上を指さした。
上…、ということは『魔王』か。
「ちっ、くたばっていなかったな」
「生きていたか、トーマ」
ドンッと鈍い音を立て、二人のプレイヤーが俺の近くに着地した。
『魔王』と、マスターさんだ。
上空では、大きな鳥のような魔物が羽ばたいている。
セツナの言う通り、飛行できる魔物に乗ってきたようだ。
「『魔王』!グレープとニヒルと、鉱山に行ってるんじゃなかったのか?」
「お前らが楽しそうなことをしてたからな、ノーフェイスを替え玉にしてこっちに来た」
俺が気になったことを聞くと、『魔王』は全く悪びれた様子もなく白状した。
こいつ、仮にもニヒルのクラン【暗殺稼業】のメンバーであるノーフェイスをこき使うとは。
バレたら大変なことになるだろう。
ノーフェイスと『魔王』の両方が。
「この有様だから…」
「グギャアアッ!」
「…手短に言うぞ」
早速、初期装備の刀を振るい、近くのゴブリンを切り伏せながらマスターさんが告げる。
その様子だと、無傷で檻から出られたんだな。
並の攻撃では傷一つつけられないはずだが、『魔王』は一体どんな手を使ったんだ?
「なんですかっ…」
「ギャリュウアアアッ!!」
「…マスターさん?」
俺はゴブリンの相手をしながら、聞き返す。
四方八方から迫りくる、魔物の軍勢。
通常種のゴブリンのみならず、ハイゴブリンや『ゴブリン・サクラ』も混じっている。
そんな状況で、撤退する以外の選択肢があるのか?
疑問に思うと同時に、手近の『ホブゴブリン・ソードマン』の肩に短剣を突き刺し、隙に乗じて魂を抜き取る。
ストック4。
「マスターには敬語なのか…」
「ギャラアアッ!」
「…いじらしいな」
「ギョアアアアンンッ!」
「マディウスは黙ってろ」
「その名で…」
「グリャアアグラアッッ!!」
「…呼ぶなっ!」
「ギャルッルアアアッ!」
「ガアアリュウアッ」
「ギョオアン!」
俺と『魔王』がいがみ合い、ゴブリンの叫びが交錯する。
俺は続けざまに『ホブゴブリン・ウォリアー』の一撃をよけ、魂を抜き取った。
そして、鎖帷子にくっつける。
ストック5。
これくらいで十分だろう。
「…続けてもいいか?」
「すいません、『魔王』がうるさくして」
「後で覚えていろ、トーマ」
同胞の屍がそこら中に転がっているためか、ゴブリンたちが二の足を踏み始めた。
直にアイテムになって消滅するが、少しの隙ができたな。
「それでは、簡単に言おう」
「はい」
「これから、ゴブリンの頭を狙う」
「っ!!」
マスターさんが発したのは、衝撃の一言。
四人で。
たった四人で、ゴブリンの波を割って進み、最奥でふんぞり返っているであろうボスを倒す。
この人は、本気で言っているのか?
「俺はこの四人なら、可能だと思っている」
「確かに、いけるかもしれませんが…」
「なにより、意表を突くことができる。自分たちが攻勢に出ている間に、敵が少数で本陣に攻め入ってくるなど、思いもしないだろう」
「なるほど」
それは、一理ある。
手下の大半を戦線に送り出している今、ゴブリン領にある頭の根城は手薄のはず。
だから、カウンターさながらこちらから襲いに行くのは、割と効果的だ。
「なにを日和っている?……まさか、怖いのか?」
「いや、【魔物図鑑】は使わなくていい」
『魔王』が俺を挑発しがてら、スキルを使おうと本を開いた。
だが、俺はそれを止める。
「おい、どういう意味だ?この量なら魔物を使わなければ…」
ごちゃごちゃ御託を並べ始めた『魔王』は無視。
俺は鎖帷子にひっついてる魂を寄せ集め、一つに混ぜ合わせる。
「これで、充分だ」
「…そうか」
次に自分の胸に手を入れ、俺の魂を少しちぎり取る。
と同時に一分が経過し、ふっと、周囲のゴブリンの遺体が消えた。
「トーマはなにをしてるの?」
「魂をいじっているらしい。トーマにしか見えない魂を」
最後に、放心状態で倒れている『ゴブリン・サクラ』の肩を持ち上げ、大きくなった魂を入れる。
まとまったスペースが空き、耳障りな鳴き声を上げながらゴブリンが全方位から押し寄せてくる。
「『五重魂一体』」
これこそ、【魂の理解者】の極致。
複数個の魂を重ねて一つの肉体に収める、禁忌ともいえる所業。
「もちろん、俺はマスターさんの作戦には賛成だが…」
魂とは、理性と本能で構成される、経験の記憶。
今、この『ゴブリン・サクラ』には、ゴブリン四体分と俺一人分の記憶を上書きされた。
「…こいつに手柄を取られないようにしないといけない。そう思っただけだ」
目的は果たした。
俺は締めとばかりに、パンッと背中を叩いてピンクのゴブリンを突き飛ばす。
「ッ!……」
新たな『ゴブリン・サクラ』はなんの抵抗もせず、前にすっ転んだ。
いや…。
名づけるなら、そう。
『フィフスソウルゴブリン・サクラ』。
洗練された魂と強靭な肉体を持つ、『ゴブリン・サクラ』の強化個体だ。
「…、グギャアアアアアアアアアッッッ!!」
「逃げるぞっ!マスターさん、案内お願いします」
「分かった」
「セツナ、『魔王』、いくぞっ!」
「は~いっ!」
「命令するな」
『フィフスソウルゴブリン・サクラ』の産声が轟いた後。
俺、セツナ、『魔王』、マスターさんは一斉に駆け出した。
ゴブリンの長を倒すために。
それと、俺が生み出した化け物から逃げ出すために。