第三十七話
2023/10/17 一部を修正、加筆しました。
【第三十七話】
サイド:ロボーグ
やれやれ、なんでこんなことになったのやら。
せっかくトーマやハッパちゃんと一緒に戦おうと思っていたのに、とんだ肩透かしだ。
「なあ、お前。どうしてくれる」
「…【英雄の戦禍】の、ロボーグか」
そう、俺はロボーグ。
サイボーグ人間で、全身に兵器や装置を搭載している。
だから、長距離の移動もお手の物。
トーマとマスターが檻に閉じ込められた後、怪しい人を見つけてくれたハッパちゃんと別れた俺は、足裏のジェットエンジンでこいつの元まですっ飛んできて、現在は膠着状態というわけだ。
「……」
「……」
今は十メートルくらいの距離を置いて、互いに睨み合っている。
『悪魔』を引っ張り出したことを考慮すると、こいつのスキルはブラックホールのような裂け目を生み出し、中にものを収納する。そんな感じの能力だろう。
よって、油断は禁物。
『スキルジェム』を使った変わり種や、とんでも装備を隠しているかもしれないしな。
「よく知ってるな」
「こんなことを起こすんだ。事前に調べないはずがないだろう」
『こんなこと』、ね。端から隠す気はないってか。
依然として、こいつは余裕綽々と言った表情だ。
両手に武器を持っておらず丸腰だが、何か企んでいるのか?
「じゃあ、トーマとマスターを檻に閉じ込めたのもあんたらの仕業か」
「ああ、そうだ」
『トーマとマスター』、『檻に閉じ込める』、『あんたら』。
あえて言わないことで、こいつが口を滑らせたときの手札にも使えたが、その必要はないと判断した。
こいつは、俺と話したがっている。
「それなら、俺のスキルも知ってるよな。どうして、近づかれる前に逃げなかった?」
「逆だ。知っていたからこそ、逃げなかったんだ。逃げられる手立てがない」
手立てがない?
ということは、こいつ自身は裂け目に入れない。そういうことか?
いや、俺にそう思わせるためのブラフかもしれない?時間を稼いで俺の隙を誘い、この場から逃げようとしているのか?
「ならば聞こう。なぜ『悪魔』を放った?なぜ、ゴブリンの味方になるような行動をした?」
「なぜ、か。強いて言うなら…」
今、やつの周りに裂け目はない。
つまり、スキルを発動していない状態。
普通、常時効果があるようなものを除き、ほとんどのスキルは一度に二つ以上発動することができない。
だから、『スキルジェム』でコピーした別のスキルによる攻撃も考えられる。
「その方が面白い…、からだろおっ!」
問答の途中で力を込め、急に動き出した男。
肩の辺りまで右手を持ち上げ、手のひらを上に向けて空中にかざす。
その瞬間。
彼の手の上で裂け目が発生し、ぽとりと、なにか小さなものが中から出てきた。
あれは、なんだ?
「っ!」
俺が確かめる間もなく、彼はそれを握りしめ、投擲の構えを取る。
間違いない。あれはグレネードだ。
多分、ヴァーミリオンの野郎からせしめたものだろう。
「………」
俺は、決して焦らない。
右手の大砲で撃ち落とすのは、リスクがある。
グレネードの威力が未知数だ。下手をすれば、爆発に巻き込まれてしまう。
だから、俺は防御姿勢を取る。
平均男性の腕よりも一回りほど太い右手の砲身と、厚さ一センチ強の特殊合金でできた左手のブレードで、頭と腹をガードする。
「…っうらあっ!」
俺が両腕を動かしてから少ししてから、男はめちゃくちゃなフォームでグレネードを投げた。
しまった。予想よりも動きが緩慢だった。
これなら、男が投げる前に砲弾をぶち込めたような気もするが、まあいい。
残念だったな、謎の男よ。
一度グレネードをいなしてしまえば、やつは隙だらけ。
見たところ、これといった武器を手にしていない。
便利さに甘えて、得物すら裂け目にしまっていたのが仇になったな。
となると、俺の返す刀で、やつが砲弾をまともに浴びるのは確実。
俺の、勝ちだ。
カッ、コロコロコロ…。
「……っ!」
足元に転がったグレネードが破裂した。
そこまでは、俺の想像通り。
だが、爆発は起こらない。煙すら立たない。
キイイイインッッッ!!
代わりにモスキート音のような、耳障りな高音が響き渡る。
なんだ?俺はなんの攻撃を受けた?
「…………!」
これは、ただのグレネードじゃない!?
なぜ!?
なぜ、俺は動けないっ!?
「まともに食らってくれるなんて傑作だな。お前の姿を見て、普通のグレネードを投げると思うか?」
「……っ!」
投げ方がへたくそなくせに、自信満々の口ぶりで嘲笑う男。
俺は言い返すこともできない。
というより、口が動かせない。
「種明かしをしよう。対電子機器用グレネードだ。爆発と同時に、特殊な電磁波を拡散する。爆発に巻き込まれた電子機器は電気信号の伝達が阻害され、機能を停止する」
先ほどグダグダなピッチングを見せておきながら、男はよく回る口でペラペラと喋り続ける。
対電子機器用グレネードだと?
そんなもの…。
「………っ!」
「その顔は、そんな兵器なんて聞いたことがないって顔だな。まあ、俺もそうだった」
男は俺の顔を見つめながら、話を続ける。
ちなみに今の俺は表情を変えられないはずなので、こいつは自分が説明したいがために適当なことを言っている。
「現代の科学技術をもってしても製造が困難な代物らしいが、ゲームの中であれば関係ない。ある程度仕様を決めてしまえば兵器として形にできると、あの男が言っていたな」
あの男。
十中八九、クラン【繁栄の礎】のクランマスター、ヴァーミリオンだろう。
彼のスキル【軍需産業】は、軍用の兵器や備品を生み出すことができるという能力で、現在判明しているオリジナルスキルの中でもトップクラスの利便性を誇る。
銃火器、兵器はもちろん、OSOの食糧問題を解決に導いたレーションや、一部のダンジョン攻略に役立ったガスマスクなど、軍用の物資と言えるような物品まで調達できる。
ただ、こうした生成系スキルの場合、大きな問題が一つある。
頭の中でイメージしたものを、どのようにしてゲーム内でアイテム化するのか、という問題だ。
OSOにはプレイヤーの思考を読み取る機能も、思考情報を具現化する機能もない。
であれば、スキルの保有者はどうやってものを生み出しているのか。
答えは簡単だ。
生成系スキルを持つプレイヤーは、ゲーム外で運営に向けて、生成するものの仕様書を発行しているのだ。
公式サイトにある専用の投稿フォームから、スキルで生み出したいものの大きさ、重さ、能力などを書いた文章とともに、ものの外見のデザインを添付した仕様書を運営に投げる。
その後、運営が具現化できるように仕様を調整し、審査を通過した仕様書がプレイヤーに返信される。
そこまでいってようやく、自分のスキルでそのものを生成できるようになる。
少し長くなったが、なにが言いたいのかというと……。
運営の審査をパスしてしまえば、現実に存在しなくても、好きなものを生成できるということだ。
だからOSOでは、『対電子機器用グレネード』なんて、イカれた兵器が登場してしまう。
「ふん。動きを止めてしまえば、ただのがらくたに過ぎない。これ以上話すこともない、終わらせるか」
男はそう言って、開いたままだった裂け目に手を添える。
ちくしょう、ずいぶんと余裕だな。
どうもこの男は喋りたがりというか、他人に説明することで自己顕示欲を満たすのが好きなようだ。
最後の発言も、話すことがあればずっと話していたいとでもいうような口ぶりだし、なんとか話を引き延ばせないだろうか?
せめて、グレネードの効果が切れるまで…。
「……っ」
だが、手足も口も動かせない今、俺にできることはなにもない。
せめて、話せるようになれば…!
「っと、流石に重すぎるな」
俺が歯がゆい気持ちでいる中…。
彼が裂け目から取り出した、というか地面に落としたのは、ハンマーだった。
柄が黒く、打撃部分が紫色に光る宝石でできた、大きなハンマーだ。
「………?」
OSOでほとんど人ゴブ戦争しかしていない俺が言うのもなんだが、見たことがない素材だ。
こいつ、もしくはこいつの属するクランはもしかして、『フロンティア』の攻略をしているのか?
「見たことがない武器だ、とでも言いたげな表情だな。まあいい、冥途の土産に教えてやろう」
俺たちプレイヤーは死んでも一分後にリスポーンするんだから、冥途もクソもないだろう。
絶対、『冥途の土産』ってワードを言いたかっただけだ。
こいつ、かぶれてやがる。
「その名も、ケイジジュウリョウショウだ。時間が経つの『経時』に、重さの『重量』、最後に水晶の『晶』だ」
なるほど、『経時重量晶』か。
これ、鉱石の性質をそのまま名前にしただけだろ。ダサすぎるわ。
OSOでは、スキルの力を借りなければアイテムの名前を知ることができない。
なので、初見のアイテムや新しく手に入れた素材などは、【検証組】のシークが持つ【鑑定】のようなスキルで調べる必要が出てくる。
だが、こいつらはそれをしていないから、とりあえずダサい名前をつけた。
そんなところだろう。
「経時重量晶はその名の通り、空気に触れている時間に比例して重量が増す。まずお前らの街では出回らないような、希少な鉱石だ」
説明している間にも経時重量晶はどんどん重くなっているようで、ハンマーはミリミリと音を立てながら地面にめり込んでいく。
「さて、そろそろお前をスクラップにできるくらいの重さになったか?」
「………」
「せーの、……っ!…ふっ!」
「………」
「…はあっ!……さて」
男は力を込めて何度もハンマーを持ち上げようとするが、びくともしない。
使えないなら、なんで出したんだよ。
「ばれたのなら仕方がない。俺のスキルは【次元の門番】という。簡単に言うと、中にアイテムを収納することができる裂け目を作るスキルだ」
おい!
俺はなにも気づいちゃいないのに、勝手に話し始めたぞ。
「普通のインベントリと違い、裂け目に収納できるアイテム数に上限はなく、重量の影響も無視できる」
そうか!
こいつは、バカみたいに重いハンマーを裂け目から取り出したから、俺が裂け目の特性に気づいたと思い込んでいるのか。
俺が話せないことが災いして、自分からスキルの内容を漏らしているわけか。
「『悪魔』を出したように、生き物を入れることも可能だ。プレイヤーは無理だが」
こいつの口は止まらない。明らかに言わないでいいようなこともどんどん言ってしまう。
オリジナルスキルは、もちろんスキルの能力自体も大事だが、スキルに関する情報も同じくらい大事だ。
自分のスキルが相手に知られている場合は、知られていない場合に比べて幾分不利になる。
相手は自分のスキルを見越した戦い方をしてくるし、そうなると、自分はスキルという切り札以外で勝負を決める必要が出てくる。
「ただ、経時重量晶とは相性が悪かったようだ。裂け目の中にも空気があり、時間も普通に流れているからな」
武器を使うことを諦めたのか、男は地面に沈み続けるハンマーを裂け目に収納した。
勝手に話を進めていたが、ようはハンマーが裂け目の中でも重くなり続けていたから、重くなりすぎて持ち上げられなかったということでいいんだよな。
結局この男は、ハンマーと自分のスキルの情報を漏らしただけだ。
それに、時間も十分に稼げた。
「これで、鋼鉄の体を持つお前を倒す手段がなくなった。もうすぐ、グレネードの効果も切れるだろう」
初撃で、俺に有効な対電子機器用グレネードを投げたくらいだ。
俺の体がタフな金属製だということもお見通しってことだな。
しかし、男は未だに落ち着いている。
今までの時間を無駄にしたというのに、一切の焦りも見せない。
これは、どういうことだ?
「それなら、逃げるしかあるまい。またどこかで会おう、【英雄の戦禍】のロボ…」
長すぎる話を終えて、男が逃げようとした、その瞬間…。
ポポポポンッ。
この場に不釣り合いであるポップな音が、連続して鳴った。
これは…、シャボン玉が弾ける音!
「シャボンの…【泡沫魔法】かっ!」
男が思い出したかのように叫び、顔を上げる。
救世主は、右でも左でも、前でも後ろでもなく…。
上からやってきてくれた!
「はあああああっっ!」
「くっ…」
まず、アカネちゃんが落下しながら強襲。
男に向かって一閃を放ったが、すんでのところでかわされた。
「…それに、【文明開花】のアカネか」
アカネちゃんは、先ほどまで男がいた位置に着地した。
一方、男は俺の方に近づく形で身を投げ出し、瞬時に体勢を立て直した。
上手い。対人戦に慣れているのか?
シャボンちゃんの魔法を見て、他にも魔法使いがいることを警戒。
そして、一撃必殺のアカネちゃんの居合いは小回りが利かないという弱点がある。
この状況だと、高確率で近くにいる俺を巻き込んでしまうだろう。
だからこいつは、俺を盾にした。
「ロボーグさん、大丈夫ですか!?」
「あの様子だと、動けないみたいだね」
「この男がロボーグになにかしたのか。そういうスキルか?」
遅れて、シャボンちゃん、アール、ガイアちゃんがアカネちゃんのそばに降ってきた。
【知識の探究者】と【文明開花】から、四名の増援。
『悪魔』とゴブリンを避けるため、シャボンちゃんの【泡沫魔法】で作った泡に入り、空から奇襲したということか。
「【知識の探究者】クランマスターのアールと、サブマスターのガイア」
「………ナ……イス……だ」
やっと、声が出せるようになってきた。
強さは、単純に戦闘能力の高さで測れるものではない。
スキルとスキルの組み合わせによって、何倍も強くなれる。
だから、プレイヤー同士が結束すれば、無限の強さを発揮できる。
「形勢逆転なわけだけど、どうする?まだやるかい?」
「目的は知らんが、容赦はしないぞ」
「えっと、その、一度倒されてくださいっ!」
「貴様が『悪魔』を放った不届き者だな?大人しく斬られろ」
四人の表情は本気だ。
ウェザーの魔法で死を遂げた後、やっと戦えると思ったら、謎の檻にマスターとトーマが封じられてしまい、撤退せざるを得なかった。
よって、ほとんどのプレイヤーがまともに戦えていない。
皆、闘争本能を持て余している。
ゴブリンにぶつけるはずだったエネルギーを、この男にぶつけている。
「まあ、そういきり立つな」
「この期に及んでなにを…」
「流石の俺でも、お前ら全員を相手取って勝てるなんて思っていない」
だというのに、なんだこの余裕は?
これからキルされるというのに、なぜ澄ました顔でいられる?
「それなら投降し…」
「なに、簡単な取引だ」
男の声色は変わらない。焦りも緊張も、一切感じない。
それに、取引?
「なに…が…ねら……いだ…?」
「そろそろ時間か。少し急いだ方がいいな」
声を取り戻しつつある俺の方をちらりと見て、わけ知り顔で頷いた男。
その顔には、うっすらと微笑みを浮かべている。
全く意図が読めない。こいつはなにがしたいんだ?
「要求はなに?まさか、逃がしてくれって言わないよね?」
「…そのまさかだ」
アールが先に言ってしまったためか、男はばつが悪そうに呟いた。
「そんなこと……」
「俺を見逃せ。俺を殺せば、裂け目に入れてある全てのものがあふれ出す」
「……っ!」
アカネちゃんの言葉を遮り、男は衝撃の事実を口にした。
やはり、大きなデメリットがあったか。
なんでも好きなだけ収納できる異次元空間、なんて能力は強すぎる。
普通、こういうスキルには大きな弱点が設定されているもの。
それが、デスと同時に内容物を全てロストする、ということだったわけだ。
「…皆、多分こいつの言うことは本当だ」
「やはり、そうかい?」
「ああ。少し話したが、こいつは嘘を言うようなタイプじゃない。デメリットの話も、恐らく真実だ」
体を動かせない俺がまずするべきことは、報告だ。
アールたちにスキルの情報を流し、最善手を打ってもらう。
「まあ、そうだな。俺は嘘を言わん。正直に言わないと、フェアじゃないだろう」
今、男は俺と四人に挟まれた状態であり、四人の方を警戒する形で俺に背を向けている。
さっきは声を上げたために回復していることを悟られたが、俺がいつ体を動かせるようになるかは分からないはず。
だから、俺が回復すれば、男を挟み撃ちにできる。
「………」
俺は左手のブレードを少し動かした。
ポーカーフェイスの上手いアールとコンタクトを取り、機を計らって男の前後から同時に攻撃する狙いだ。
恐らくだが、両腕を拘束してしまえば裂け目を作れないはず。
「フェアじゃないかどうかは置いておくとして、君はなにをしてくれるんだい?」
「そうだな、なにもしない、というのはどうだ?」
は?
こいつはなにを…。
「なにを言って………」
「いいのか?俺はまだ『悪魔』を持っているんだぞ?」
…そういうことか。
この男は、自分の命を人質に取っている。
「つまり、これ以上『悪魔』を召喚されたくなかったら、俺を安全に逃がせってことだね」
「そうだ」
恐らくこいつは、命を惜しまない。
約束を反故にされたら、躊躇なく自刃して全てをぶちまけるだろう。
「………」
俺は、ブレードを再び動かす。
”次の合図で、魔法を撃ってくれ”
”分かった”
同時に、男に悟られないよう、アイコンタクトで会話する。
俺に背を向けているこいつは無手。
自刃するにしても、まずは短剣を取り出す必要がある。
だとすれば、短剣を取り出すために裂け目を展開するのにも時間がかかる。
絶対に、大きな隙ができるに違いない。
「どうだ?お前らなら、今いる『悪魔』とゴブリンの相手など余裕だろう?悪い話ではないと思うが」
「うん、そうだね…」
アールはわざとらしく顎に手を乗せながら、考え込むふりをした。
あれは、俺の合図を待ってくれている。
アカネちゃんたち三人も察してくれたようだ。
口を挟まず、俺たちのやり取りを静観している。
「きみから…、話を聞いて考えるよっ!」
アールが言い終わる前に、俺はブレードを動かした。
三回目の合図。
攻撃のサインだ。
「『アース・ボール』っ!」
「吹っ飛べっ!」
瞬間、パッと杖を構えたアールが土の魔法を放ち、俺は右腕から砲弾を発射した。
アールのスキルは【賢者の叡智】。
あらかじめ登録しておいた魔法を使うことができる、万能のスキルだ。
先ほど説明した生成系スキルのような手続きが必要だが、準備ができればどんな魔法でも使えてしまう。
ただ、火や水などの自然界に存在する物質や現象しか登録できないという制約がある。
他のプレイヤーの魔法が使えたら、全ての魔法系スキルの上位互換になってしまうから、制限が設けられているのだろう。
っと、脱線したな。
「この俺が、気づいていないとでも?」
魔法と科学による挟撃をしかけるも、男はピクリとも動かない。
まさか、これもブラフか!
わざと俺の合図に気づかないふりをして、俺とアールに攻撃させるのが目的。
端から、生き延びようなんて思っちゃいなかったんだ!
「ではな、五人とも。またどこかで会おう」
鈍い音を立て、『アース・ボール』と砲弾が男の体を直撃した。
右の肩と腰の上部。
どちらも威力を落とし、急所を外している。
普通なら、死なないくらいの攻撃。
だが、こいつは…。
「がりぃぃっ!」
グレネードを投げる身のこなしが素人だったから、甘く見ていた。
もしや、あれも計算ずくだったのか?
こうなることを見越して、俺を油断させるための罠だったのか?
「っひゃあああっ!」
シャボンが黄色い声を上げる。
そりゃそうだ。慣れてないとショッキングだよな…。
「………」
人が舌を噛んで自害する瞬間なんて。
「逃げろおおおおおおっ!!」
男がばたりと倒れる。
その瞬間、俺は叫んだ。
小さな裂け目が、遺体の上部に湧いた。
「アカネとガイアは全力でここを離れて、プレイヤーにこのことを伝えて」
「分かった。土よ!……逃げるぞっ!シャボン!」
「あ、わっ!ちょっと気分が…」
「分かりましたっ、アール殿!」
アールが素早く指示を出すと、ガイアちゃんが【大地参照】を発動。
土の鎧をまとい、シャボンちゃんを抱え上げて走り出した。
「…しかし、アール殿と、ロボーグ殿はどうなされるんですか?」
アカネちゃんも二人とともに駆けだ出そうとしたが、俺とアールが動かないことに気づいたのだろう。
つっかえそうになりながら急停止し、俺たちに聞いてきた。
「心配いらない。僕とロボーグはね…」
「安心しろ。俺とアールはな…」
これから始まるは、百鬼夜行。
あの男のことだ。『悪魔』の他にも、凶悪な魔物をしまっているに違いない。
ここでなにも手を打たなければ、多分、というかほぼ間違いなく、俺たちは全滅する。
それを阻止するためには、誰かが殿を務めなければならない。
「「ここで戦うっ!!!」」
もう、猶予はない。
宇宙を思わせる漆黒の大輪が、音もなく花開いた。