第三十五話
2023/10/12 一部を修正、加筆しました。
【第三十五話】
まずいことになった。
先日の『サクラジェム盗難事件』に加えて、昨日俺とドラコで『枯れ木の森』を攻略した『枯れ木の森事件』によって、一時は最高潮にあった俺の名誉が著しく低下してしまった。
以前は尊敬の眼差しを送っていた周囲のプレイヤーたちは、一転してゴミを見るような目で俺を見るようになった。
過去の栄光は次第に忘れられ、積み上げてきた信頼は一瞬で崩れ去る。今回の件でよく分かった。
ならば、どうするか。
忘れられたのなら、再び知らしめればいい。
崩されたのなら、もう一度積み上げればいい。
「それでここにやってきた、と。盗人で『ダンジョン破り』の貴様が」
俺は懇切丁寧に心の内を力説するも、アカネに心無い罵倒を食らう。
『水晶の洞窟』、『キノコの森』、『大図書館地下』、そして『枯れ木の森』。
現在攻略された四つのダンジョン全てに絡んでいるので、俺は『ダンジョン破り』とかいう二つ名を新たに授与されていた。
全くもって嬉しくない。
「まあそう怒るな、アカネ。どうしようもない下衆でも、戦力にはなる」
「あ、あの。二人とも、そんなにトーマさんを目の敵にしなくてもいいんじゃないですか?きちんと反省しているみたいですし」
ガイアの追撃に、シャボンが慰めの言葉をかけてくれる。
「彼女の言う通りだ。過去に何があろうが、ここでは皆が戦友だからな」
そして、【英雄の戦禍】のクランマスター、マスターさんも助け舟を出してくれる。
「マ、マスター殿がそう言うなら…」
「…私たちも矛を収めるしかないな」
二人は、マスターさんの言うことには素直に従う。
それだけ、彼の功績は計り知れないのだ。
人ゴブ戦争に毎日のように参加しているマスターさんは、プレイヤー陣営のリーダー的存在。
俺たちが動きやすいように指示を出してくれるし、毎回、敵将のハイゴブリンを討ち取っている。
頭を失ったゴブリンたちは敗走するので、無駄に長引くことなく戦いを勝ちで終えることができる。
そして戦争に勝利できれば、ゴブリン領との境界をゴブリン領側に大きく後退させられる。
そうなれば、『始まりの街』がゴブリンに支配されるという恐れもなくなるというわけだ。
まさに、マスターさんはOSO内の人類にとって、なくてはならない存在となっている。
「まあ、なにを言ってもこいつの根っこは変わらん。腐ったままだ。それよりも、もっと有意義な話をしよう」
Yもひどいことを言ってくる。
その隣では、Zがうんうんと頷いている。K、I、Lの三人は苦笑いだ。
少し前の『空き巣』では彼ら、【アルファベット】のクランハウスからもジェムを頂戴したため、俺はメンバー全員から距離を置かれている。
「偶然にも、大きな戦力である僕たちが終結した。これは、今日が最初で最後の機会かもしれない。だから、一気にゴブリンたちを一気に叩いてしまおうというわけだね?」
今のところゴブリンよりも叩かれている俺を無視して、アールが周囲を見渡しながら言う。
『ダンジョンジェム』に関する情報を漏らした件と『サクラジェム』を盗んだ件が災いし、俺はアールにも嫌われてしまったと思う。
だがこれこそ、罪を憎んで人を憎まず、じゃないか?
性善説という言葉もあるだろう?たまたま俺の悪事が立て続けにバレただけで、俺という人間はそこまで悪いやつでもないはずだ。
ああ、俺は罪が憎い。
「イベントが始まって十日経つ。ゴブリンたちは【爆発魔法】の使い方と『ゴブリン・サクラ』の強さを学習したといえるだろう」
マスターさんの言う通り、本日はイベントが始まって十日目。
そんでもって今は、デイリーイベントと化している人ゴブ戦争の戦闘開始直前。顔合わせの時間だ。
「………」
余計な発言をすれば叩かれるので、俺は無言で周りにいるプレイヤーたちを眺める。
アカネ、カオルさん、ダンジュウロウさん、シノブさんで構成される【文明開花】。
ガイア、アール、シャボンなどの魔法使いが多く在籍するクラン、【知識の探究者】。
Y、Z、K、I、Lといったアルファベット一文字のメンバーを集めた【アルファベット】。
人ゴブ戦争で最も活躍している、マスターさん、ウェザーさん率いる【英雄の戦禍】。
そして、クランではないが、俺とハッパの【OSOソロ連合】。
その他、大勢のプレイヤー。
総勢数十名の実力者が今、一堂に会している。
「おそらく、戦いはより苛烈なものになるだろう。それでも、皆はついてくるか?」
マスターさんが、全員を見回して最後の確認をする。
「今更、死ぬのを怖がってる人はいないでしょ?」
多分、戦いの中で一番味方を殺しているハッパが素知らぬ顔で言う。
その言葉に反応し、皆が頷いたり、「おうっ!」という声を漏らす。
「皆の覚悟は伝わった。ありがとう。それならこのまま、今日の作戦を伝える」
プレイヤーたちの揺るがぬ意志を汲み取ったマスターさんは、この後の説明を始める。
長いので内容を簡単にまとめると、まずはウェザーさんの【天候魔法】をぶち込む。
その後、各自で戦闘を行い、ゴブリンたちを殲滅するという感じだ。
最初の魔法の段取り以外大雑把だが、これを作戦といっていいのか?
俺は疑問に思ったが、口に出すのは野暮だ。全てを理解したという風な顔をして黙っておく。
人ゴブ戦争は、OSOの中で一番ホットなイベントの一つ。
運営が用意するイベントという意味ではなく、プレイヤーの間でめちゃくちゃ盛り上がっている祭りのような催しものといった意味だ。
なので、その場の温度感が重要視される。余計なことを言って水を差すのは興冷めというものよ。
「それじゃあ、早速いくとしよう。一同、準備はいいか?」
「「「おうっ!」」」
再度マスターさんが号令をかけると、皆が同時にかけ声を上げた。
今、人間とゴブリンが繰り広げる、一大決戦が始まる。
※※※
「一分後、【天候魔法】いっきまーすっ!」
殺伐とした戦場に、ウェザーさんの大きな声が響く。
現在、俺たちは境界の数百メートル手前に沿って横に並び、列の中央にいる彼女が放つ魔法を待っているところだ。
「ハッパ。誤爆には気をつけろよ」
「なんで?そんなこと気にするより、一体でも多くゴブリンを倒した方がいいじゃん!」
釘を刺したが、ダメだ。
殺される。
俺とハッパは、横に並んだ隊列の左側よりに待機している。
「ま、まあまあ。俺たちが彼女より前に出なければいいじゃないか」
そして、俺の隣にいるのは【英雄の戦禍】のクランメンバーであるロボーグさん。
彼も中々の戦闘狂だ。
「それは、そうですね。ハッパに薙ぎ払ってもらうのが手っ取り早いですから」
「トーマ、だったか。会うのは今日で初めてだが、敬語はいいぞ。仲良くいこうじゃないか」
「そうか?それならそうさせてもらう」
「ウチも!!」
戦友の間に、余計な礼儀は不要のようだ。
「いけーっ!『サン・アプローチ』!!」
俺たちがごちゃごちゃ話している間に、準備が完了した。
ウェザーさんが大声で魔法を唱える。
「皆、後退しろっ!」
続けて、彼女のそばにいるマスターさんが叫ぶ。
どうやら、【天候魔法】の余波がここまでくるらしい。
だったら、最初から後ろにいればよかったんじゃ…。
「下がろう」
「ああ」
「うん!」
ま、まあいいか。
俺たちは指示に従い、プレイヤーの列全体がじりじりと後ろに下がる。
「しかし…」
『サン・アプローチ』。
日本語に直すと、太陽の接近。
字面だけでも、恐ろしい魔法ということが分かる。
この間、戦争に参加したときの経験やハッパの話を考慮すれば、【天候魔法】はスケールが大きすぎる。
その上、味方にも魔法の影響が及ぶため、発動の際は十分な注意が必要だ。
ということは理解していたが、これはいくらなんでもスケールが桁違いじゃないか?
俺はやけに明るい空を見上げながら、そう思った。
「あ、あそこ!」
ハッパも気づいたようだ。
抜けるような青空の中、上空に位置する太陽がどんどん大きくなっている。
いや、大きくなっているんじゃない。近づいてきている。
文字通りの、太陽の接近。これが、『サン・アプローチ』か。
って、あれ?
これ、まずいんじゃないか?
俺たち、こんなところで太陽なんか眺めてる場合じゃないんじゃ…。
「なあ、ロボーグ…」
「言うな、トーマ。俺も同じ気持ちだ」
プレイヤーである俺たちは暑さを感じないが、リアル志向のOSOには脱水症状という状態異常がある。
具体的には、喉が渇きすぎると唐突に死ぬという仕様だ。
え、全然具体的じゃないって?
まあ、それはどうでもいい。これは脱水以前の問題だからな。
とにかくこの分だと、俺たちは脱水する前に太陽の熱で死ぬ。
「間近で見るとこんな感じなんだ。太陽ってすごいね」
「ああ、リアルの太陽そっくりに作り込まれているな」
俺たち三人は死期を悟っている。今更慌てたりなんかしない。
ふと、大きくなった太陽の表面からプロミネンスが炸裂した。別の位置には、黒ずんだスポットが浮かんでいる。あれが黒点というやつか。
そういえば、これだけ太陽をまじまじと見ても失明しないんだな。
いや、これもどうでもいいか。
どうせ皆焼き尽くされるんだから。
「なあ、こんなことってよくあるのか?」
「それはだな…、同じクランに所属する者として謝罪しておきたいんだが…」
俺が静かに呟くと、ロボーグがもったいぶる。
「…結構ある。割と頻繁に」
「そうか」
いや、あるのかよ。
大人数でゲームを遊ぶ上で、フレンドリーファイアは一番にケアしなければいけない問題だろう。
と、ソロプレイヤーの俺が言っても無駄だ。
お迎えの時間がやってきてしまった。
「せめて、少しくらいはゴブ…」
『少しくらいはゴブリンを道連れにできればいいな』と、言い終えることはできなかった。
人間ごときが多少距離を取っただけでどうにかなるわけもなく、俺たちプレイヤーとゴブリンたちは、迫りくる太陽がもたらす熱に溶かされて死んだ。
※※※
フレンドリーファイアにより、ウェザーさんが多数の命を葬った数十分後。
ユルルンでリスポーンした俺たちは、ぼちぼち戦線に復帰し始めた。
リスポーン地点の街から戦場まではかなり遠い。なので、基本的には一度デスしたプレイヤーが再び戦争に参加するかどうかは、本人が自由に決めていいことになっている。
だが今回は、戦いが始まる前に全員が死んだ。
それは流石に消化不良のため、プレイヤー全員が再集結する予定になっている。
「皆、すまない。ウェザーの魔法が強力すぎた」
「ごめんなさい…」
「でも、ゴブリンのほとんどを倒せたと考えれば、必要な犠牲だったということでいいんじゃないかな」
マスターさんが俺たちに向かって謝罪するとともに、ウェザーさんが頭を下げた。
その様子を見て、アールがフォローを入れる。
マスターさんとアールは元々同じパーティだったこともあり、相性がよさそうだ。
「気にしないでいい。ゴブリンも結構倒せたんだろ?万々歳じゃないか」
Zがおちゃらけながら言う。
そういえば、βテスターのよしみでZも二人と面識があるのか。
周りのプレイヤーも大体彼と同じようなリアクションで、怒っている様子はない。
今回は特別に許したのか。それとも、日常茶飯事のことで怒る気になれないのか。
どちらなのかは定かではない。
さて、そんなやりとりから数分後。
プレイヤー全員の準備が完了したところで、再度開戦の段取りが組まれる。
「すごかったね、さっきの!あんなにきれいな太陽が見られるなんて!」
「しかし、太陽までしっかり作られてるんだな。紫外線とかもあるのか?」
「あるかもな。日焼けもすると思う。OSOはそういうゲームだ」
持ち場に着いた俺たちは、雑談を再開した。
遠くを見ると、ゴブリンたちも列になって左右に広がっている。
だが、明らかに先ほどより数が少ない。
『サクラ個体』である『ゴブリン・サクラ』がちらほらといるけどな。
『サン・アプローチ』で倒せなかったのか、それとも控えていた戦力なのか。
『ゴブリン・サクラ』はスポーンした段階で特殊個体扱いなので、普通のゴブリンのように後天的に職業に就いて特殊個体になることができない。
要するに、『ゴブリン・サクラ・ソードマン』や『ゴブリン・サクラ・ウォリアー』なんかは生まれないということだ。
したがって、『ゴブリン・サクラ』は武器を持たず、ゴブリンの中では標準的な体の大きさだ。
しかし、通常種と違って筋力が大きく発達しており、圧倒的なパワーとスピードを持つため、注意しなければならない存在であることに変わりはない。
「全員、突撃だ!」
おっと、開戦の号令がマスターさんから入った。
「いくよっ!トーマ、ロボーグ!」
「ああ」
「初撃は任せたぞ、ハッパちゃん」
一度仕切り直しがあったが、やっと人ゴブ戦争が開幕した。
予定通り、ハッパを先頭にし、俺とロボーグさんが後に続くといった陣形で進んでいく。
だが、対面からはウォリアー、ソードマン、アサシン、サクラなど、多種多様な特殊個体のゴブリンが押し寄せてくる。
「ハッパ、正面のウォリアーを頼む」
「あいよっ」
ゴブリンとはまだ距離がある。先制攻撃はこちらがしかける。
俺の指示を聞いたハッパがすかさず、手近な距離にいた一体のウォリアーに向かって杖を構える。
「ロボーグ!」
「おうっ、目と耳だろ!」
俺とロボーグは急いで目をつぶり、耳を押さえた。
「ええい、爆発しろっ!」
そのすぐ後、ハッパのかけ声とともに、大きな音とまばゆい光が発せられる。
バアアアアアッ!!
………。
数秒後。
俺はゆっくりと目を開け、彼女に視線を送った。
”ハッパ、下がって回復してくれ”
”おうよ!”
ハッパは杖で片手が埋まっているため、両耳を完全に塞ぐことができない。
なので、爆発で聴力がなくなることを考慮し、『爆発魔法』の発動直後はアイコンタクトでコミュニケーションを取ることにしている。
「ロボーグ、もう大丈夫だ」
「分かった。…おっ、すごいな!」
俺はロボーグに呼びかけ、目を開けてもらう。
前方では、爆発が直接ヒットしたウォリアーに加えて、近くにいたソードマン二体とアサシンが吹き飛んでいた。
しかし…。
「ギャウウウ…」
サクラは後ろに跳躍してかわしたようだ。
爆発を回避するって、どういう反射神経をしているんだ?常日頃から爆発を食らっていないとできない芸当だと思うが。
それだけ、『サクラ個体』は手強い相手ということか。
「俺がサクラに攻撃する。二人は吹っ飛んだ三体の相手をしてくれ」
目の前の光景を見て、瞬時に状況を理解したロボーグさんが指示を出す。
彼のように、【英雄の戦禍】のクランメンバーたちは戦闘だけでなく、指揮にも優れている。
「了解」
「はいよっ」
俺とハッパは返事をしながら、前に躍り出た。
「ギャアアウウッ、ギャアッ!」
「ギャルルアアアッ!!」
俺の目の前には、二体の『ゴブリン・ソードマン』。
ぎゃあぎゃあ言いながら、同時に斬りかかってくる。
俺は放たれた一の刃を半身になってかわし、二の刃を腕で受け止めた。
「くっ…!」
ミシッと音を立て、錆びた刀身が左腕に食い込む。
だが、問題ない。放っておけば回復する。
あらかじめ【自己再生】をコピーしているからこそ、できる戦い方だ。
「ギャルアッアアッッ!!」
「はあっ…」
俺は刃を腕に食い込ませたまま、二体目のソードマンに体を寄せる。
「終わりだ」
そして、がら空きの腹に右手を突っ込み中の魂を抜く。
「問題ないな。しっかり動ける」
手を離すと、宙に浮かんだ魂が引き寄せられるようにして俺の胴にくっつく。
これこそ、寄魂鉄の鎖帷子の効果だ。
「……」
ドサッと、魂のなくなったソードマンがその場に倒れる。
これで一体目が終わり。
「ギャアアッ!?ギャアアアアアアッ!」
そうこうしているうちに、体勢を立て直したもう一体のソードマンが切り込んでくる。
「………っ」
俺は呼吸を止め、瞬時に集中の糸を張る。
一秒がゆっくり、ゆっくりと流れていく。
「ギャアアアア…」
まず、こちらに向かって振り下ろされる刃を、右手を添えることで横に払いのける。
「アアアアア…」
次は密着するくらい距離を詰め、右腕をソードマンの腹に突っ込む。
「アアアアアッ…!」
そして抵抗される前に、素早く魂を抜き取った。
「ふう、はあ…」
俺は深呼吸をし、集中の糸を解く。
と同時に、右手を広げて魂を鎖帷子に付着させる。
よし、二体目も無力化が完了した。
少し余裕ができたので、ハッパの方を見る。
助太刀はいるか…?
「今!」
「っ!」
その瞬間、彼女の声がしたので目を逸らす。
ハッパの『今!』という言葉は、【爆発魔法】を使うときの合図だ。
バアアアアアア
一拍遅れて、小規模の爆発が右奥で生じ、斥候職のゴブリンである『ゴブリン・アサシン』が地に付す。
「あ、あ。…駄目か」
自分の声が聞こえづらい。
耳がやられたが、鼓膜が破れるほどではないな。少し待てば治癒する。
ハッパの方は片付いたみたいなので、今度はロボーグの方を見る。
「中々の強さだな、『サクラ個体』」
「ギャウッ!ギャアアウウウッ!!」
『ゴブリン・サクラ』は猛攻をしかけるが、ロボーグは機動力のある脚部で全てをかわしていく。
「だが、俺にはかなわない」
「ギャッ!」
そしてお返しとばかりに、右腕の砲身で『ゴブリン・サクラ』の頭を殴りつけた。
「お……ぅ、らっ!」
「ギャウンッ!」
続けて、よろめいたサクラに左腕の剣で切り払う。
ロボーグは、全身機械人間のサイボーグだ。
スキル名は【機械の体】。そのまんまだな。
両手両足、背部や腹部など、様々な身体の部位に機械や兵器のパーツをセットし、それらを自在に発動したり、使用したりできるスキルとなっている。
これが本当に強い。
スナイパーライフルやロケットランチャーによる遠距離攻撃、大砲や小銃による中距離攻撃、剣や散弾銃による近距離攻撃というように、全てのレンジに対応できる強力な戦闘能力を持っている。
だが、あらかじめ使うパーツを決めて体に搭載しなければならないのと、活動に電力を必要とするのが難点だ。
説明はこれくらいだな。
「よっ…、と」
再び目の前の光景に集中すると、ステップを踏み、一歩後ろに下がるロボーグ。
体重を後ろに預けながら、大砲の照準をサクラに定めた。
「これで終わりだ」
そして、ドンッと鈍い音が響く。
彼の右腕から、砲弾が発射された。
「ギャウ!?」
二度の攻撃を受け、瀕死状態の『ゴブリン・サクラ』に避ける術はない。
「ギャウウウウゥゥゥ…!」
見事、胸部にクリーンヒット。
爆発し、大きく吹き飛んでいったサクラは、二度と立ち上がることはなかった。
「ロボーグも強いな」
俺は本人に伝えるわけでもなく、ただ呟いた。
純粋な戦闘力の高さと、飽くなき闘争心。
【英雄の戦禍】には、この二つを持ち併せたプレイヤーがゴロゴロいる。
とはいえ、彼らばかりに活躍されては困る。
すっかり忘れていたが、名誉を回復するためにここに来ているのだから。
「負けてはいられないな」
俺は思考から脱すると、ソードマンたちの魂に俺の魂を混ぜ込み、肉体に戻す。
「向こうのゴブリンを攻撃しろ」
さらに、プレイヤーのいない方に向かって戦うように命じ、俺自身も次の戦闘に移る。
「さて…」
「ゴア、ガアアアアアアウッ!!」
お次は『ゴブリン・ウォリアー』一体が相手のようだ。
叫びながら、俺の方へ一心不乱に突っ込んでくる。
「ふむ…」
視線を落とし、傷口を見る。
ソードマンの斬撃を受けた左腕は徐々に回復しているが、完全に治っていない。まだ動かせそうにないな。
この戦闘では、右腕一本で戦わないといけない。
可能か不可能か、ではない。
殺って名誉を得る。勝って栄光を掴む。
「やれる…!」
俺はそう意気込んで、右腕を構える。
だが、次の瞬間…。
「檻よ」
聞いたことのない、女性の声が聞こえた。
そしてさらに…。
「なっ!?」
視界が、縦に並んだ金属製の格子で覆われる。
なにかおかしい。今すぐここを離れなければ。
そう思って、足を動かそうとしたが…。
「くっ…」
駄目だ。遅かった。
格子が四方の壁を形作り、それが終わると黒い屋根が頭上に現れる。
俺は逃げる間もなく、檻のような空間に閉じ込められた。
なんだ、これは?
「ハッパ、ロボーグ、緊急事態だ!檻に閉じ込められた!」
「えっ!?」
「……分かった。そちらに寄る。トーマは脱出を試みてくれ」
俺の突然の報告にハッパは驚いたが、ロボーグは冷静に指示を飛ばしてくれた。
「多分、スキルだ。術者の声が聞こえた」
俺は格子を掴んで揺さぶったり、蹴ったりしながら、推測を伝える。
「じっとしててね!…えいっ!」
「少し離れてくれっ。…はあっ!」
そうこうしているうちに、二人が檻の近くまでやってきた。
ハッパが爆発で、ロボーグが大砲で檻を破ろうとしてくれるが、効果はない。
もしかして、物理的な力では檻を破れないのか?
なにもできない俺は考え込むが、さらにその最中…。
「檻に閉じ込められた!プレイヤーキラーの襲撃の可能性がある!一度退いてくれ!」
戦線の中央で戦っていた、マスターさんの大声がこちらまで届いた。
マスターさんまで檻に入れられた?
あの、近接戦最強のマスターさんが?
もしそれが事実なら、プレイヤーの何者かが乱戦に乗じて接近し、なんらかのスキルを発動して俺とマスターさんを檻に閉じ込めたということになる。
だが、なんのためにそんなことをする必要がある?
分からない。
彼の言葉を聞いて、格子の破壊を試みるハッパとロボーグが手を止める。
「マスターもやられたとなると、組織的で計画的な襲撃の可能性が高い。…トーマ、本当に申しわけないんだが、置いていってもいいか?」
こんな状況になってなお、律儀に聞いてくるロボーグ。
彼はどうやら、たとえ残酷な判断であったとしても、ためらうことなく下すことができるようだ。
勝利のためならなんでもする。味方を巻き込んでも、犠牲にしてもかまわない。
これが、彼らが『戦闘狂』と言われる所以か。
「ああ、俺は大丈夫だ。なんにかして脱出するから、先に戻っててくれ」
「でも、それじゃあトーマが…!」
珍しく、ハッパが逡巡している。
こいつ、躊躇なく人を爆殺するくせに、こういうときにはしおらしくなるのか。
「心配するな、ハッパ。すぐ追いつく」
「…分かった、待ってるからね。絶対戻ってきてね!絶対だよ!」
意を決したハッパとロボーグ。
二人は俺の入った檻から離れ、【英雄の戦禍】のクランハウスの方角へ退却した。
「さて、これからどうするか…?」
ゴブリンの軍勢は、未だ勢いが衰えない。
むしろ人間たちが退いたことで、より活気づいた。
「ギャアアアアウウウウッッ!!!」
あっという間に、緑色と桜色の波が檻の周りを埋めていく。
「はっ!…ふうっ!……ダメか」
内と外の両側からかなりの力を加えても、一切びくともしない格子。
おそらく、大きなデメリットを持つ代わりに強力な効果が付与された、特製の檻だ。
よって、閉じ込められた俺にできることは、なにもない。
ただ、この展開をどう打開するかということを、頭の中で考えることしかできなかった。