第三十四話
2023/10/06 一部を修正、加筆しました。
【第三十四話】
俺がナナとファーストに騙され、手柄を全て横取りされた次の日。
クランハウスに保管していた『サクラジェム』が盗まれたという報告が各所から上がり、『空き巣』を働いた犯人探しが始まった。
当然、昨日のアリバイがない俺も疑われた。
アリバイがないという事実は覆しようがないので、俺はパーティを追放された腹いせに、ヴァーミリオンたちと協力してジェムを集めていたことを証言した。
これにより、『ゾンビ燃焼式サクラジェムマラソン』の全容が明るみに出た。
これで、同じようなことをするプレイヤーたちが現れるだろう。
いいぞ。そうなれば狩場が減り、ヴァーミリオンたちの首が締まる。
俺をクビにした罰だ。
ついでに、イベント前日に透明になるアイテムを使って俺の家に忍び込んできた、ファーストとナナという二人組がいた、ということも広めておいた。
これにより、【ランキング】の二人が『空き巣』をしたのではないか、と周囲のプレイヤーたちから疑いの目が注がれるように。
二人は必死に無実を主張したが、許してもらえるはずはない。
そしてつい先ほど、彼らの潔白を証明するための家宅捜索が行われた。
だが、結果はシロ。
クランハウスのストレージボックスからは、彼らが真っ当なことをして集めたとみられる少量の『サクラジェム』しか見つからなかった。
そんなわけでこの事件、『サクラジェム空き巣事件』は暗礁に乗り上げてしまった。
だが…。
今ここに、事件を解決すべく一人の男が立ち上がる。
「なあ、本当に【ランキング】の二人が潔白だと言い切れるか?俺が犯人だったら、ジェムをどこかに隠すと思うんだが」
その名は、トーマ。
つまり俺だ。
「た、確かにそれもあり得るな…」
自信満々な俺の態度に押され、被害者の一人、アカネが頷きながら賛同する。
「流石、犯罪心理学者トーマだな。その道のプロは言うことが違うぜ」
そんなものになった覚えはない。
冷やかしてくる、同じく被害者のYは無視する。
「本当に、トーマじゃないんだな?」
エリクシルにクランハウスがあるため、空き巣の被害者ではないが、リスキルしたいがために事件解決に前向きなガイアが俺を疑ってかかる。
今は、俺、アカネ、Y、ガイアの四人で【ランキング】のクランハウス前にいる。
家宅捜索が不発に終わり、次はどうしようか、という話し合いの最中だ。
「そんなに疑うなら、俺の家もくまなく探せばいい。ああ、周りの土も掘り返していいぞ」
「分かった。それじゃあやってみるか」
俺は冗談のつもりで言ってみると、アカネが乗ってきた。
え?
もしかして俺って、そんなに信用されてないのか?
「ま、やっとくか。ジェムの他にもやべえのがあるかもしれないし」
「そうだな。余罪があるかもしれない。一度、隅から隅まで探っておいた方がいい」
Yもガイアも乗り気だ。
ちょ、ちょっと待ってくれ。
「おい、今のは冗談で…」
「ごちゃごちゃ言うな、行くぞ」
俺以外の三人は、すでにクランハウスの方向へ向かって歩き始めている。
抵抗を試みるも、駄目そうだ。逆らえば、大義を名目にキルされるだろう。
ここは大人しくついていくしかないか。
というわけで、全員で俺の家に移動し、本日二度目の家宅捜索が始まった。
※※※
ということで、まずは家周辺の地面になにか埋められていないかをチェックすることになった。
OSOはリアル志向のゲームだ。シャベルなどを使えば、簡単に地面を掘ることができる。
そして大きさにもよるが、大抵のアイテムは穴に埋めて隠すことができる。
この『アイテム埋め』は、場合によってはストレージボックスに入れておくよりも安全な保管方法になる。
と説明しても、家宅捜索される運命からは逃れられない。
「土よ!」
ガイアが杖を掲げてハウス近くの地面を指定し、魔法を唱える。
こうすることより、彼女のスキル【大地参照】が発動し、指定範囲の土を自在に動かすことができる。
これを上手く使えば、周囲の地面を根こそぎ掘り返せるというわけだ。
まあ、そんなことしても無駄だけどな。
『サクラジェム空き巣事件』においては、俺は加害者でもあり、被害者でもある。
実際に『サクラジェム』を盗んだのは俺だが、手柄を得たのは俺じゃない。
いわば俺が実行犯で、ナナとファーストが主犯と言っても過言ではない。
だから掘っても掘っても、なにも出るはずがない。ただの時間の無駄。
俺は内心そう思いながらも、土が掘り返される様子を見ていると…。
「なあ、これはなんだ?トーマ?」
見るからに怪しげな袋が一つ、発見された。
さらにその中には、およそ二百個近くのジェムが。
「は?」
理解ができなかった。
そんなはずない。見つかるわけがない。
ジェムは二百個。俺が盗んだ量の半分くらいしかないが、それでも十分な量だ。
クラン単位では分からないが、プレイヤー単位でこれほどの量のジェムを持つ者はいない。
となると、犯人は…。
「くそっ!」
ちくしょう、ナナめ!二回も嵌めやがった!
俺の家が捜索されることを見越して、半分を地面に埋めてやがった。
完全に、俺に罪を擦りつけるつもりだ。
「言い訳はないな?」
答えは出たとばかりに、般若の表情で杖をこちらに向けてくるガイア。
「ま、待て。これには事情があるんだ。そもそも、これはナナとの共犯で…」
「では、盗んだことは認めるんだな?」
同じく、鬼の形相で刀の柄に手をかけるアカネ。
「待て、盗んだ数はこれで半分だ!あとの半分は…」
「俺たちの分まで盗むなんて…」『最低だな』
冷たい声で言いながら、Yが変身する。
「待て、やめろ!俺は被害者な…」
最期の言葉は、最後まで言えなかった。
俺は岩に潰され、居合で両断され、猛スピードで轢かれ、数えきれないほどリスキルされた。
※※※
俺が言うのもなんだが、どのクランも強欲だ。
というのも、被害に遭ったクランは揃いも揃って、盗まれたジェムの個数を実際の数よりも過剰に申告したため、盗まれたジェムの総数が分からなくなってしまったのだ。
そのせいで、見つかった二百個が総数でいいのか、それとも俺の証言通り、ナナとファーストも共犯で他に盗品が存在するのかどうかも分からなくなった。
俺は何度も【ランキング】の二人に罪をなすりつけようとしたんだが、これ以上騒いでもイベントの時間がもったいないということで、俺が犯人という形で『サクラジェム空き巣事件』は幕を下ろした。
実に不服だ。もしこれが裁判だったら、徹底抗戦の構えを取っていただろう。
あと、見つかった『サクラジェム』は被害にあったクラン全てに均等して返還されることになった。
そして、俺が持っている『サクラジェム』の個数は0。
今回の件の罰として、全てのジェムを没収されてしまった。
ひどすぎる。こんなことがあっていいのか。
盗んだジェムをナナとファーストに奪われ、全ての罪を背負わされてリスキルされ、名誉を大きく傷つけられた。
俺はただ、ジェムを盗んだだけじゃないか。そんなに悪くない。
「なあ、そう思うよな?」
「いや、お前が悪いだろ」
オースティンの近くにあるダンジョン、『枯れ木の森』にやってきた俺は、門番のごとく立ちはだかる男にこれまでの経緯を話した。
「自業自得とは、まさにお前のことを言う」
この男の名は、ドラコ。
クラン【魔王軍】に所属する、『四天王』と呼ばれるクランメンバーの一人だ。
リスキル祭りが終わった後、ユルルンに居続ければ追いリスキルされかねない。
なので、ゼロからの『サクラジェム』集めを兼ねて、『枯れ木の森』までやってきたというわけだ。
だが、彼が何人たりともダンジョンには入れないと言うので、暇つぶしがてらに俺の話し相手になってもらっている。
「それより、ドラコは暇じゃないのか?というか、『魔王』の言うことなんて無視して、どこかに行かないか?」
「俺は暇じゃない。ここを見張るのが仕事だから、お前とはどこにも行けない」
俺は適当なことを言うが、彼は低い声でノーというだけだ。
ちっ、強情だな。
「じゃあ、俺と一緒にダンジョンに潜らないか?」
「断る。それだと、ここを見張れないだろう」
「『魔王』に言われて、『サクラ個体』を独占しようとしているのは知っている」
「知っているなら…」
「それなら、こうは考えられないか?もし、ここのトレントを狩り尽くせば、他のプレイヤーはこのダンジョンから『サクラジェム』を手に入れられないし、ドラコが見張る必要もなくなる」
「…本当に、『魔王』みたいに口が回るな」
失礼な。あんなのと一緒にしないでくれ。
「だが、それならいいだろう。確かに『魔王』の望む結果になる」
しかし、なぜか得心がいったようだ。
ドラコは微笑みながら体を前のめりにして、寄りかかっていた太い枯れ木から離れる。
そしてその足で、ゆっくりとダンジョンの入口へと向かった。
いや、いいのかよ。
俺はちょっと不思議に思いながらも、彼の後を追って『枯れ木の森』に入った。
自分で言うのもなんだが、もう少し流されない心を持った方がいいぞ。
※※※
森の中には枯れ木しかない。寒々しい枝の数々が青空いっぱいに広がっている。
まあ、『枯れ木の森』だから当たり前か。
「ドラコはここに来たことがあるか?」
「何度かある」
話しながら、ドラコがトレントの太い胴を叩き切る。
メキメキと悲惨な音を上げながら、トレントは真っ二つになった。
彼の武器はシンプルなつくりの剣だ。今はスキルを使わずに戦っている。
防具は初期装備。以前の俺と同じで、あまり装備に頓着しないタイプのようだ。
「じゃあ、このダンジョンの特徴も知っているわけだ」
「ああ」
迫る枝を払いながら、トレントの肉体に手を入れて魂を握りつぶす。
沈黙したところに、短剣を顔に突き刺してトドメを刺す。
「だったら、このまま俺とこのダンジョンを攻略してしまわないか?ドラコは自由になるし、俺はボスが倒せて嬉しい。一石二鳥じゃないか?」
「それはそうだが、このダンジョンはダンジョンのままであった方がいい。プレイヤーの練習場なのだから」
ドラコは極悪PKプレイヤーの『魔王』の下で遊んでいるくせに、変なところで良識的だ。
とはいえ、他の『四天王』もわりかしこんな感じと聞く。だから、彼ら四人はそれほどプレイヤーたちに嫌われていない。
結論としては、『魔王』個人の人間性がひどすぎるというだけになる。
また、ドラコが言った『プレイヤーの練習場』というのは、以前の『水晶の洞窟』の扱われ方みたいな感じだ。
俺はクランに所属していないからその辺は疎いが、実は第三陣のプレイヤーたちが参加してから、まだ一週間も経っていない。
彼らや魔物との戦闘を苦手にしているプレイヤーたちにとって、ちょうどいい相手がトレントになるのだ。
だからこそ、このダンジョンは重宝されており、ボスの詳細な情報が判明しているにもかかわらず攻略がされていない。
「でも、『ダンジョンジェム』が手に入るぞ?欲しくないか?」
「それは、確かにそうだが…」
『ダンジョンジェム』の存在が公表されて、というか俺が公表してから、ダンジョン攻略が積極的に行われたかというと、そうでもなかった。
ほとんどのプレイヤーはダンジョンが作れるからどうした、という感じの冷めた反応を返すだけだった。
だが、『魔王』は欲しがっていると聞いた。
どうせ、くだらないことに使うんだろう。
「それに、このダンジョンも普通のフィールドに戻れば、プレイヤーにとって有益な素材をもたらす可能性が高い。決して、悪いことばかりではないだろう?」
「そうだ。そのことに関しては異論はない。だが、今がそのときかと言われると…」
なんだかんだ、ドラコは俺の話を聞いてくれる。
どこかのリスキルマシーンのような、冷たい心の持ち主なんかじゃない。
そんな相手をたぶらかすのは、俺としても心苦しい。
だが、これも必要なこと。勝つためには、心を鬼にして厳しく当たらないといけないときだってある。
「じゃあ、俺だけで攻略しに行ってくる。ドラコは入口の見張りに戻っていいぞ」
「……ジェムは折半だ」
戦闘中に聞くことで冷静な判断力を奪い、『魔王』と相談させない。
有無を言わせぬ一言に、ドラコはついに折れた。
「もちろん」
へっ、ちょろいな。
俺は心の中でほくそ笑む。
なにはともあれ、これで交渉は成立した。
今日この場で、『枯れ木の森』を攻略する。
「やはり、末恐ろしいな…」
トレントにトドメの突きをねじ込みながら、ドラコはそう呟いた。
※※※
行く手を阻むトレントを倒しながら、歩くこと数十分。
俺とドラコは『枯れ木の森』の最深部に到着した。
最深部にはバカでかい木の魔物である、ハイトレントが佇んでいる。
ハイトレントは図体が大きく、根を這わせて移動することができない。そのため、他のボスよりは楽に倒せる。
と思われがちだが、実はそうでもない。
なぜなら、配下のトレントを召喚したり、枝をしならせて叩きつけたり、根を下から突き上げてきたりと、多彩な攻撃手段を持っているからだ。
なので、倒すには苦戦するだろう、と攻略Wikiに書いてあった。
しかし、そんなことは関係ない。
「面倒だ。俺が変身して倒す」
「頼む」
俺が返事をするより先に、ドラコが竜に姿を変えた。
彼の持つスキルは、【変身(竜)】。
効果はそのまんまで、竜に変身するというもの。
竜というのはいわば西洋モチーフのドラゴンで、もちろん火を吹けるし空を飛べる。戦闘にも移動にも使える強力なスキルだ。
『ガアアアアッ!!!』
細身の竜が咆哮を上げる。
変身したドラコの体色は茶色で、翼膜が濃い青。全長五メートルほどの大きさになる。尻尾を含めたらそれの倍くらいはありそうだ。
渋くてかっこいいな。後で乗せてもらおうか。
『いくぞ』
竜と化したドラコが、くぐもった声で言う。
Yと同じで、変身中も喋れるんだな。
バサリと翼をはためかせて空を舞ったドラコは、ハイトレントの近くまで飛んでいき、宙をうねる枝に向かって炎を吐いた。
「………っ!!」
トレントにもハイトレントにも、鳴き声は存在しない。突如生まれた炎に成す術もなく、ただ静かに燃えるしかない。
ゴオオオオッという音とともに、ハイトレントが炎に包まれていく。
「一方的だな」
いくつかの枝を覆った炎は瞬く間に幹にも燃え移り、勢いを増していった。
ダンジョンボスとはいえ、戦闘における相性は存在する。特に、植物の魔物となれば炎を扱う相手には無力に等しい。
「………!」
枝と根の届かない空中で炎を吐き続けるドラコに攻撃する手段がなく、ハイトレントは一分くらいで灰になった。
「おお…!」
俺は、気の抜けた声しか出せなかった。
まさか、こんなに簡単に倒せるとは。
まあ初心者向けみたいなダンジョンだし、こんなものか。『水晶の洞窟』も似たような感じだったからな。
そんなことを考えているうちに、一分が経過。
元はハイトレントであった、ダンジョンボスの燃えカスの灰が全て消失した。
俺は変身を解除したドラコと一緒に、ボスが根を下ろしていた場所に向かう。
「収穫は…、こんなものか」
ドロップは、ハイトレントの灰と『ダンジョンジェムの欠片』が二つだけだった。
ゾンビのときにも言ったが、魔物は倒し方でドロップするアイテムが変わる。火攻めは便利だが、不利益が生じるため、あまり好まれていない。
俺は、灰はいらないのでドラコに押し付けたが、『ダンジョンジェムの欠片』を一個もらった。
「ボスに関してはなにもしてないが、もらってもいいのか?」
「トーマがいなければ、俺はボスを倒そうとは思わなかった。それすなわち、俺にボスを倒させたのはトーマということだ」
「そうか…」
意味不明だが、追及するのはよそう。俺も同じようなことを言ってる自覚がある。
それに、もらえるものはもらっておいた方が得だ。
「じゃあ、帰るか」
「ああ」
俺とドラコは一仕事を終え、元来た道に向かって一歩踏み出した。
※※※
こうして『枯れ木の森』は攻略され、普通のフィールドの一部となった。
もはや当たり前となったが、ダンジョン攻略の犯人探しが行われ、あっという間に俺とドラコが犯人とバレた。
そしてこれも当然のように、俺たちはリスキルされた。
「今考えても、なぜ攻略したのか分からない。やはり、トーマの甘言に乗ったのが間違いだったか」
「いやいや。俺が主犯、ドラコが実行犯。どちらも同じくらい悪いんだから当然の帰結だ」
「…これは、『魔王』よりひどいかもしれん」
こうして、新たな事件『枯れ木の森事件』がOSOの歴史に刻まれることになった。