第二十九話
2023/09/13 一部を修正、加筆しました。
【第二十九話】
サイド:トーマ
「うええ、気持ち悪い」
「どんまいっすよ、トーマ。蛇に丸呑みにされて生きてたんすから儲けもんっす」
あの後、突如現れた二匹目のヘビに飲み込まれた俺は、腹の中で【魂の理解者】を発動。
失われゆく意識の中、なんとか体の内側から魂を抜き出すことに成功した。
心ここにあらずとなってヘビが動きを止めた後は、ナナに腹を掻っ捌いてもらい、無事脱出を果たしたというわけだ。
「しっかし、どうなることかと思ったぜ。しっかりしてくれよ、トーマよお!」
「すまない」
危ない場面があったが、なんとかなった。
魔物が二匹だけだったのもよかった。狼に食べられた赤ずきんよろしく、彼女が外科的処置をする時間が必要だったからな。
改めて、二人には感謝だ。
「とにかく、もう大丈夫そうなら再開するっす」
さて、ハプニングはあったが、俺とナナとファーストの三人は攻略を再開。
えっちらおっちら、塔の階段を昇り始める。
「ま、俺もグロテスクなもんは御免だけどな。人間の形に膨らんだ腹なんて見なくてラッキーだったわ」
「おい」
せっかく心の中で誉めたのに、ファーストが茶化してくる。
こいつ、本当に子どもっぽいな。
「まあ、こうして無事だったっすからよかったじゃないっすか。気楽にいくっすよ」
「それもそうだな」
「変わり身が早くないか!空気の抜けた風船かよ!」
「は?意味分からん例えを持ってくるな」
「全くもって同意っす」
「おい!今のは小粋なジョークだっただろ!」
こんな感じで愉快に喋っているが、魔物に襲われる心配はないので大丈夫だ。
俺のスキルでヘビを配下にして周囲を警戒させているので、全く問題ない。
これも【魂の理解者】のことを知っていたファーストが、もう一匹のヘビを生かしておいてくれたおかげだ。
この男、戦闘面では頼りになるな。
戦闘面では。
「しっかし、このヘビの魔物は優秀だな」
「今のところ、出会った魔物全てを絞め殺してるっすからねえ。こんな魔物を味方にできるなんて、やっぱりトーマのスキルは強すぎるっす」
丸呑みにされるとアイテムをドロップしないので、配下のヘビには魔物を絞め殺すように指示してある。
ちなみに一匹目のヘビ、俺を飲み込んだ方は腹を掻っ捌いた影響で、あえなく命を落とした。
「消化されかかってたけどな」
それを言うな。
今回はたまたま上手くいったが、本来なら俺は胃液で溶かされてデスしていた。
九死に一生を得る、というやつだ。
「それにしても、誰にも会わないな」
「魔物に足踏みさせられてるパーティがいそうなもんっすけどね」
ただ、楽観してはいられない。
攻略を始めて一時間。
ここまでひたすら階段を昇ってきたが、一人のプレイヤーの背中も見えない。
ということは、前のプレイヤーたちが軒並み全滅したということだ。
最も『ここまで』と言ったが、もはや何階分昇ったのか分からない。
ちゃんと数えておくべきだったな。
「なあ、二人は何階分昇ったか覚えてるか?」
「それなら、これに記録してあるっすよ」
気になって後ろのナナに聞くと、彼女はポケットから万歩計のような小さな機械を取り出す。
これも『ナナ's道具』か。
「『あっち向いてホイ!カウンター』っす!このナナ's道具は、私が特定の方向を向いた数を記録してくれるっす」
胸を張って解説してくれるナナ。
ダンジョン内は空間がねじれており、高度や方角を直接機械で計測しようとするとおかしな数値が出る。
そのため、ナナの道具のような特定の回数を計る機械や、『大図書館地下』の攻略ルートのようなアナログ式の地図が重宝される。
「これで私が左を向いた回数、つまり途中の小部屋を見た回数が分かるっす」
なるほど、『螺旋の塔』では一階ごとに必ず左手に小部屋があるから、左を向くことが階数をカウントすることになるのか。
ナナは意外と頭が良いな。
スキルを活かして、戦闘以外の部分もしっかりサポートしてくれている。
自分のことしか考えてなさそうなファーストとの相性は抜群だろう。
「戦闘中に向いちゃった回数を誤差に含めると、だいたい二十階くらいっすね」
「もう二十階も昇ったのか」
「いや、まだそれだけしか、っすよ」
ナナによると、プレイヤーの最高到達階数は百階らしい。
また、さらに上にも階層があるようで、『螺旋の塔』が何階まで続いているのかは未だ明らかになっていない。
「まあ、攻略してしまうと魔物が湧かなくなるから、色んな素材を集めたい俺にとっては都合がいいがな」
ファーストがボソッと呟く。
そうだな。こればっかりは同感だ。
別に俺たちは、『螺旋の塔』を攻略しに来たわけではない。桜色の素材と『サクラジェム』が欲しいだけだ。
ただ、ヘビに掃除させて順調に進んではいるが、未だ『サクラ個体』に出会えていない。
ちゃんと出るようになってるよな?
不具合という可能性もあるかもしれない。心配になってきた。
「待った」
なんて考えていたら、きた。
俺はすぐさま立ち止まり、右手を上げて後ろの二人に合図を送る。
ヘビが歩みを止め、しきりに胴体を左右へ動かしている。
魔物と戦っているな。
「……」
そうあたりをつけた俺は、階段を少し昇り、ヘビが接敵した相手を確認する。
「っ!」
すると予想通り、魔物を締め上げていた。
しかも、桜色の魔物。
ヘビの図体が大きくて魔物の頭しか見えないが、毛並みがピンク色をした犬や狼系の顔だ。
「『サクラ個体』だ。犬っぽい見た目をしている。警戒してくれ」
壁と俺の体に隠れて二人には前の様子が分からないので、口頭で伝える。
「はいっす」
「まあ、蛇で倒せるだろ」
残念ながらファーストがフラグを立てたせいで、それは叶わなかった。
ヘビの丸太のような太い胴体で何重にも締め上げられていた桜色の魔物は、拘束から逃れるようにゆっくりと両腕を横に広げる。
その瞬間、大きな破裂音が響く。
「うおっ!」
「きゃあっ!!」
俺とナナは驚いて声を上げてしまう。
「……」
俺は腰を落として戦闘の体勢を取る。
桜色の魔物は、ただ両腕を広げただけ。
たったそれだけの動作で、ヘビの胴体が引きちぎられた。
「ヘビが死んだ。こっちにくる」
「いけるっすか、トーマ?」
「この強さ、お目当ての『サクラ個体』で間違いない。なんとかする。もし俺が死んだら、後は頼んだ」
「了解っす」
「そんときは一発くらいぶん殴りてえが、分かったよ」
俺たちが頼りきるくらいに信頼を寄せていたヘビが、瞬殺された。
ということは、少し先の未来で俺たちも同じ目に合うかもしれないということだ。
二人もそれを理解してくれているのか、真剣モードになった。
「……」
俺は前に向き直り、固唾を飲んで集中する。
死亡したヘビがアイテムに姿を変え、目の前の視界が晴れる。
これで、魔物の姿がはっきりと確認できる。
「………」
誰も一言も話さない。
ちょうど犬のような顔の魔物が俺を視認し、ゆっくりと階段を下りてくるところだった。
人間のような体つきで、二足歩行で階段を踏みしめている。
それほど大きくない。体長二メートル五十センチくらいか?
全身が桜色の毛に覆われており、顔はオオカミみたいだ。鋭い鼻先とキリっとした目をしている。
一番近いキャラクターは、ワーウルフ。
名付けるとしたら、『ワーウルフ・サクラ』か。
「人狼って分かるか!?そんな感じの見た目をしている!ワーウルフとか狼男みたいな魔物だ!」
俺は声を張り上げ、ナナに情報を流す。
今、俺と『ワーウルフ・サクラ』の距離は数メートルほどしかない。
わずかな隙も見せられないが、これくらいなら心配ない。
この魔物は一度ヘビに締め上げられている。
ということは、ヘビの接近を許すほど緩慢な動きをするということだ。
だから、こいつはスピード型ではなく、生粋のパワー型。
どちらにしても近距離で戦いたくないが、ここの地形がそれを許さない。
俺から動くと、間違いなく反撃を食らってしまう。
なので、待つ。
カウンターで決めるしかない。チャンスは一度きりだ。
「こい」
挑発に触発されたか、『ワーウルフ・サクラ』がゆっくりと右腕を振りかぶった。
俺はそれをひきつけるため、注視するのみに留める。
絶対に、この一撃はかわす。
かわして、魂を抜く。
「……」
最高点まで腕を振りかぶった『ワーウルフ・サクラ』は、斜めに腕を振り下ろしながら突っ込んでくる。
これなら避けられる!
見てから対応できるスピードだ。
「…はあっ!」
攻撃の軌道を確定させ、フェイントや二撃目がないことをしっかりと確認。
俺は右側の壁に背をこすらせながら体をひねり、右半身を前にした姿勢で攻撃をよける。
そしてステップの勢いを利用し、右腕を前に伸ばす。
『ワーウルフ・サクラ』の左肩に触れ、そのまま手を突っ込む。
さらに魂を掴む。
最後に、ひきぬ…。
「っ!」
どうやら、完璧に攻撃をよけきれていなかった。
ただ、『ワーウルフ・サクラ』の右腕の小指が、腿にかすっただけだった。
たったそれだけで、俺の両足がちぎれ飛んだ。
「ぐっ」
右手から魂が離れる。
そして続けざまに、右腕が魔物の内側から抜けてしまう。
視界が揺らぐ。体を支えていた下半身の感覚が消失し、宙に浮いた状態になった上半身が、ゴトリと音を立てて階段に落ちる。
「………」
この瞬間、俺の死が確定した。
だが、焦らない。
OSOはリアル志向が強いが、痛覚はない。これっぽっちも痛くないので、冷静さを欠くことがない。
それに、死にかけは死にかけなりに、やれることがある。
俺は首を動かし、なんとか周りの様子を探る。
ちょうど、戦闘不能の俺に興味を失った『ワーウルフ・サクラ』が、ゆっくりとした足取りで横を通り過ぎていくところが見える。
「逃げろ…、二人とも……」
「はいっすよ!」
「おうっ!」
俺は最後の力を振り絞り、ナナとファーストに危険を知らせると、カッカッカッという靴音がせわしなく聞こえ始めた。
たとえ足をめちゃくちゃにされても、生きてさえいれば仲間を逃がすことができる。
『ワーウルフ・サクラ』は動きが鈍いから、十分に距離を取っている二人は無事に逃げられるだろう。
「これから、どうするか…」
しかし、失敗した。
『ワーウルフ・サクラ』は、まともに戦っちゃいけないタイプの相手だった。
脳内で反省するが、もう遅い。
俺は薄暗い階段の上に、一人取り残されたのだった。
サイド:グレープ
『魔王』の命令を受け、十の狼が放たれる。
俺を吞み込もうと、風のように突っ込んでくる。
「ぐうっ…」
数が多すぎる。剣で戦うには不利だ。
そう判断した俺は、最終手段に出る。
「やられてたまるかってんだ!」
俺は『スキルジェム・【爆発魔法】』をインベントリから取り出し、飲み込んだ。
その瞬間、正面、右、左、上。
様々な方向から狼が迫ってくる。
「少し待てえっ!」
コピーしたものであっても、魔法系のスキルを使うときには、座標を指定する杖を必要とする。
だから、急いでインベントリから杖を取り出す。
牙が、爪が、今まさに俺を抉らんと猛スピードで繰り出される。
間に合うか!?
いや、少し距離を稼げれば…!
「…いける!」
さらに、俺は急いで後方にステップを踏みながら杖をかざし、目の前の空間を指定。
最大出力の【爆発魔法】を発動する。
あと数センチで、狼の攻撃を食らってしまう。
「間に合えっ!」
バアアアアアアッ
大きな爆発が轟き、けたたましい音とまばゆい光が辺りを支配する。
最終手段、『スキルジェム』を利用した【爆発魔法】。
最初に師匠の回想をしたからって、剣を使った戦いをするとは限らないぜ!
「がっ……、はっ!」
だが、【爆発魔法】は諸刃の剣だ。
至近距離で使えば、自分もただでは済まない。
俺は爆発に巻き込まれ、鉱山の傾斜をゴロゴロと転がる。
「うわああああっ!わあああっ!わあああ…」
ぐわんぐわんと、視界が激しく揺れる。ジェットコースターに乗っているときみたいだ。
数秒ほど転がり続け、やっと止まった。
「少し、酔った……」
気持ち悪くなったけど、なんとか生きてるな。
生きていれば十分だ。俺の活躍はまだ終わってない!
「えーと……」
まずはけがの確認だ。
とりあえず、体を動かしてみる。
手足の動きに伴って、地面を叩く音や防具の擦れる音がしない。
四肢が吹き飛んでなくなっているのは確定か?
だが生きているということは、胴体はかろうじて無事みたいだ。
俺が身に着けている鎧には、高い防爆性が備わっている。
ハッパと行動するときのリスクと、今みたいな使い方を想定して用意しておいた。
まさに備えあれば患いなし、だ!
まあ、そこは上手くいったからいいんだが…。
「あれ、俺これからどうすりゃいいんだ?」
爆発の衝撃で失明したのか目が見えないし、鼓膜が破れて音も聞こえない。
情報を得る手段が、一切ない。
…。
……。
………。
どうしよう。
いくら待っても、周囲の状況が把握できない。
一応、【自己再生】で徐々に回復しているはずだが、受けたダメージが大きすぎた。
四肢の欠損のような重傷だと、再生に時間がかかる。
でも、今俺が無事でいられるということは、狙い通り狼たちを全頭倒せたんじゃないか?
そこに気づくとは俺、頭いいな!
「うおっ!」
なんてことを考えていると、誰かが俺の脇腹を掴んだ。
急な浮遊感がやってくる。
さては、誰かが胴体を持ち上げたな。
「誰だ!」
ぼんやりと、本当にぼんやりとだが、視力が回復してきている。耳が周りの音を拾うようになってきた。
「……だ。………された。……らいてもらうぞ。……ためにな」
街道と、抜けるような空の青がうっすらと見える。
さらに声が聞こえてから少しして、リズミカルな振動と共に周りの景色が変化し始めた。
どうやら、誰かが俺を抱えながら移動しているようだ。
「やめろっ!離せ!」
「…いているのか?…前は俺の駒に…ってもらうぞ。…りきりは…らけ」
もう少し、もう少しで聞き取れる。
依然として手足は回復しないが、視覚と聴覚が戻りつつある。
今までトーマの非道な人体実験に付き合わされたので、俺は自分のスキル、【自己再生】について詳しくなっていた。
原理はよく分からないが、肉体の回復より五感の回復の方が優先されるらしい。
「そうか。…くはつの影響で聞こえて…ないのか。でもこい…の場合、【自己再生】がある…ら」
というかこの声、ついさっき聞いたぞ。
『魔王』だ!
引き返してきやがったのか!
とは思ったけど、そりゃあ近くで大きな音が聞こえたら戻ってくるよな。
「おい、聞こえるようになったら頷け。いいな?」
「誰が頷くか!」
「よし、聞こえているな」
「……あっ、だましたな!」
「だましたんじゃない。お前が勝手に引っかかったんだ」
屁理屈言いやがって!
「お前、俺を持ち帰ってどうするつもりだ!」
「もちろん、【自己再生】を利用して、奴隷のようにこき使おうと思っている」
「そんなこと思っていたとしても、本人に言うなよ!少しは隠すなりさあ…!」
「ああ、そういえばスキルの使いすぎで過労死する仕様があったな。ならばお前は、観葉植物だ。手足が生えそうになったら間引きして、死ぬまでクランハウスの窓辺に飾ってやる」
こいつ、頭のネジが外れてやがる…。
本当にトーマみたいだな。
「しかし今度は、鑑賞する時間が俺にはないという問題がある。…しょうがない、埋めるか。土の中にいれば手足が生えることなく死ぬまで…」
俺の抗議をよそに、『魔王』が恐ろしい話を展開している途中で…。
急に視界が広がった。
多分『魔王』が左に飛び跳ねて、右を向いたんだと思う。
街道の右側にあたるフィールドが見える。
そしてそこには、一人のプレイヤーがいた。
あ、あの人は……!
「ちょっとそれ、置いてきなよ…」
も、もし、もし、も、もしかして…!
「…私が育てるからさ」
に、ニヒルちゃん!?