第二十三話
2022/09/20 一部を修正、加筆しました。
2023/08/09 一部を修正、加筆しました。
【第二十三話】
最深部まで俺を連れてきてくれたが、俺の仲間を侮辱した『魔王』の肉体にトドメを刺し、そこら辺に転がっていた『ゴブリン・ワイズ』の肉体にもトドメを刺し、ついに『大図書館地下』は攻略された。
これにより、ダンジョン『大図書館地下』は大図書館の一部に戻った。
これが意味することは、更なる情報の獲得だ。
一階より上の階層で手に入らなかった情報が、地階で得られるようになった。
ただ前にも言ったが、『大図書館地下』を攻略せずとも、一階より上の階層だけでOSO内の大抵の情報が手に入っていた。
では、地階にはどんな情報が眠っているのか?
答えは、OSO外の情報だった。
開発元の会社『チェリーアプリ』の歴史や、昨今のVR業界の変遷に対する白峰社長の思い、OSOの制作秘話などが綴られた本が、地下一階から地下九階に収められていたのだ。
そして『ゴブリン・ワイズ』がいた地下十階には、ボス部屋がそのまま残っていた。
ボス部屋は、縦、横、高さが際限なく存在する空間。まさしく無が広がっている。
そりゃあこんなとこに閉じ込められたら、『ゴブリン・ワイズ』もおかしくなるわけだ。
あと、地下十階は本も本棚もない平坦な床が無限に広がっているだけなので、図書館の要素が一切ない。
運営はなんでこんな場所を用意したんだろうか?それともバグか?
そう考えていたが、それは勘違いだった。
「ありがとう!本当にありがとう!!」
珍しく声を張り上げて感謝の言葉をくれるシークさん。
「なんの邪魔もなく、なんでも検証できる!!我々にとっては天国みたいな場所だよ!」
攻略の数日後の今日、俺は地下十階を彼に案内していた。
その前に、ここについて運営に問い合わせてみたが、「仕様です」と返された。
それで途方に暮れていると、ここの存在を聞きつけたシークさんが連絡をくれたのだ。
「地階の資料も、有意義なものばかりだった」
「そうですか?正直本筋から外れた内容ばかりだと思いましたが…」
「どんな情報にも価値はある。受け取り手がそれに気づいてないだけだ」
深い言葉だ。
情報を話す前に俺をキルしようとしてくる、とある二名のプレイヤーにも聞かせてやりたい。
「たった今から、【検証組】はトーマに全面協力する。どんなことでも言いつけてくれ。また、多少の後ろ暗いことにも協力しよう。それを差し引いても、これは多大なる貢献だ」
言いましたね、シークさん?
俺に言質を取らせたら、まずいことになりますよ?
「ありがとうございます」
とはいえこれで、最硬ともいえる後ろ盾を手に入れた。
犯した罪以上の貢献をしたことで、世論も俺に味方する風潮になっている。
現金なやつらだ。以前は俺をリスキルすることに使命感を燃やしていたプレイヤーたちが、手のひらを返したように笑顔で接してくる。
名誉というものが、これほどまでに絶大な効力を発揮するとは。
………。
もしかして、『魔王』は名誉が欲しかったのか?
俺という目撃者を立て、『魔王』が『大図書館地下』を攻略する。
俺が断れない状況になったところで、俺の罪が軽くなるような条件の取引を持ちかけ、代わりに『魔王』が最も攻略に貢献した者であると俺に証言させる。
これで、『魔王』は名誉を手に入れることができる。
最後に、その名誉パワーで過去の悪行、具体的に言うとβテストで犯した大量のプレイヤーキルという罪をチャラにする。
こんなシナリオなんじゃないだろうか。
クズだな。人間の風上にも置けない。
ただ一つ確かなのは、これからどんな悪いことをして金を儲けようかと考えている俺も、同様にクズであるということだ。
※※※
ちなみに、『ダンジョンジェム事件』の定義が変わり、俺が『大図書館地下』を攻略したところまでが事件の概要となった。
実にどうでもいい。
シークさんに地下十階を紹介し、無罪放免となりユルルンへと帰還することに成功した俺。
自宅に着いてまずやったことは、ジャーナへの連絡だった。
連絡を受け取った彼女は多少驚いていたものの、オースティンの例の場所で落ち合うことを約束してくれた。
「それでなんでしょう?特ダネとは」
「ああ…」
静かな雰囲気の宿のバーで、テーブルを囲んだ俺とジャーナ。
俺は、簡潔に『大図書館地下』を攻略したことを彼女に伝えた。
「そんな重要なこと、エリクシルで会って話せばよかったじゃないですか!」
珍しく焦るジャーナ。その顔が見たかった。
情報は、時間が経てば経つほど鮮度が落ちる。
それに、新鮮な情報に飢えているメディア系クランは【OSOすぎる速報】だけではない。
「【じけおこ!】に先を越される!急いで号外を作るので、失礼します」
ジャーナは急いで出ていった。
【じけおこ!】はクランの正式名称ではなく、ふざけた名前である【事件は現場で起こっている!】の略称。
そして【事件は現場で起こっている!】は、【OSOすぎる速報】の次に勢いのあるメディア系クランだ。
このクランは足でスクープを取りに行くタイプで、全ての街に記者を配置して日夜事件がないか、目を光らせている。
そのおかげで、『大図書館地下』が攻略されたという情報は入手済みだろう。
この前はめられた仕返しだ。
これに懲りて、八方美人はやめるんだな。
オースティンの宿屋を出て俺が次に向かったのは、ユルルンにある自宅だった。
街のテレポートクリスタルに転移し、自宅前に到着すると、扉の前にガイアが立っていた。
「本物だな?観念して投降してきたというわけか」
彼女もアカネと同じく激怒状態だが、アカネよりかはこちらの話を聞いてくれる。
なので、ひとまず対話を求めてみた。
「殺すのは少し待ってくれ。司法取引がしたい」
「しほう、とりひき?」
嘘だろ、知らないのか?
「減刑に値する功績を持ってきた、という意味だ」
「なるほど。嘘だな」
言葉の意味を説明しただけなのに、俺は岩に押し潰されて死んだ。
そうだった。こちらの話を聞いてくれるが、すぐ殺してくるところはアカネと同じだった。
何回かリスキルされた後、俺は若干落ち着いたガイアにストップを出す。
「そろそろばらまかれるはずだ」
「ばらまかれる!?また口から出まかせを……」
再度俺に杖を構えてくる彼女だったが、パラッ、と一枚の紙が目の前に落ちてきた。
号外だ。
すぐに拾ってざっと中を見てみる。
タイトルは「大罪人トーマ、『大図書館地下』を攻略す」。
良い見出しだ。流石、二番手だがなかなかやるな。
俺は号外をガイアに手渡す。
「逃げるなよ。えーと、我々は『ダンジョンジェム事件』の犯人で、現在逃亡中のトーマに話を聞くことができました…」
読めという意味で渡したが、なんで読み上げてるんだ?
ニヒルと喧嘩しているところをよく見るし、案外ガイアって幼稚…?
なんて考えていると、またリスキルされそうだ。思うのはこれくらいにしておく。
「…以上のことからトーマは、我々プレイヤーにとって大きな貢献を果たした人物となった」
たっぷり一分以上かけて、ガイアの音読が終わった。
「………」
『た』の発音のまま、フリーズする彼女。
俺に対する、驚愕、恐怖、疑念、畏敬。
きっと頭の中で、様々な感情が入り乱れているのだろう。
「…その、悪かった。私はトーマを、簡単に情報を漏らすクズだと思っていたが、改めよう。トーマは我々の誇りだ」
この掌返しである。
気づくと、剣呑な視線を刺していた周りのプレイヤーも、まるでヒーローを見るかのような熱い眼差しに変わっていた。
とにかく、これで大多数のプレイヤーから支持をもらった。
その後、遅れてやってきた激昂状態のアカネも、号外を読むと人が変わったように俺を褒め称えた。
このとき俺は、人間の心こそが、どんなものよりも恐ろしいものなのだと思い知った。
※※※
リスキルマシーン1号2号には、速やかにお帰り頂いた。
それから、さらに取材をしにやってきたジャーナにダンジョンの攻略過程を細かく聞かれたので、【魂の理解者】の仕様と併せて詳細に話した。
ちなみに攻略過程は、一回目の『ゴブリン・ワイズ』の魂を抜いたまでのところと、二回目の肉体にトドメを刺したところをくっつけて話した。
これによって、『魔王』は今回の件に全く関わっていないことになった。
さらにソロで『大図書館地下』を攻略したことになった俺は、栄誉ある称号『魂使い』を授かった。
ハッパは『爆破の魔女』、グレープはスキルの情報が知れ渡ったせいで、少し前から『自己再生』とスキルの名前で呼ばれるようになっている。
まさか【OSOソロ連合】の三人全員、異名が着くなんてな。
ひっそりと暗躍しながら遊びたかったが、もう世間が許してくれないだろう。
そう考えながらくつろいでいると、インターフォンが鳴った。
「はい、誰でしょう」
人も確認せずにドアを開けるのは危険だ。
俺は玄関に着くと、初対面のプレイヤーであることも考慮に入れて誰何を尋ねた。
「俺だ。『魔王』だ」
「留守だ」
「さっさと開けろ。家が家でなくなってもいいのか?」
脅迫されたので、仕方なくドアを開ける。
こいつとはフレンドにならなかったし、住所も言わなかった。
どうしてここが、と一瞬思ったが、プレイヤーの間ではここが俺の家だってことは常識になっているのか?
それなら納得……、はできないが、まあ今はいい。
俺のテリトリーに踏み込んだこの男の排除を、第一に考えなければならない。
「レーションをくれ。多分空腹度が高い」
こいつはここを自分の家と勘違いしてるのか?
補足すると、空腹度は確認できない隠しパラメータで、マックスになると餓死する。
プレイヤーは空腹を感じることができないので、スキルを使いすぎて力尽きる過労死みたいに唐突に死ぬ。
「すぐ話を終わらせれば、家に戻って食べる時間があるだろう」
当然、『魔王』の要求は断る。
招かれざる客に出すレーションはないし、何より一刻も早く帰ってもらいたい。
「あくまで抵抗する気だな。地下十階まで連れていった恩を忘れたか?」
「好きに食べろ」
そう言われると返す言葉がない。
俺は洋間に向かい、冷蔵庫から出したレーションを『魔王』に振る舞う。
「助かる。…それで用件だが、次のイベントで俺と勝負しろ、トーマ」
急に何を言い出すかと思えば、次のイベントか。確かにもうすぐ始まるだろうが。
第一回イベント終了後、一か月に一回イベントを開催する、と運営が発表した。
前回が月初めの日に始まったことを踏まえると、次のイベントがあと数日で開かれることが簡単に予想できる。
「まだ内容も分かってないだろ。そんな勝負は受けない」
「恩を忘れたか?」
「食料は出した、その脅迫はもう効かん。好きに吹聴して回ったらどうだ?『俺も攻略に貢献したんだ』ってな。誰も信用してくれないと思うが」
「よく口が回る悪魔め」
配下を駒としか思っていない『魔王』に言われたくはない。
「それじゃあ、何も賭けなければどうだ?」
「そんな勝負に、なんの意味があるんだ?」
「俺が勝って優越感を得たい。前回はお前にしてやられたからな」
器小さすぎるだろ。本当にこいつが『魔王』なのか?
「お前が勝つこと前提なのは理解できないが、それならいいぞ」
「……これはいいのか。俺はお前の線引きが分からん」
別に分からなくていい。俺は俺だ。
「とにかく、イベントの内容にもよるが、プレイヤー同士が競えるものであった場合、俺とお前の勝負の始まりだ」
「分かった」
だが、真剣にやるとは言っていない。
適当に接戦のように見せかけて、わざと負けてやればこいつの気が済むだろう。
「それだけだ。イベント、くれぐれも逃げるなよ」
「逃げるわけないだろ、イベントなんだから目一杯遊ぶだけだ」
軽口を叩き合い、『魔王』が帰る。
これくらいの話の長さだったら、よっぽど限界じゃない限り餓死しなかっただろう。
宣戦布告に見せかけ、レーションを悪戯に食べて帰るという嫌がらせだな。
本当に器が小さすぎる。
俺はもう二度と、『魔王』を家に入れないことを誓うのだった。