第十五話
2021/09/13 一部を修正、加筆しました。
2023/06/16 一部を修正、加筆しました。
【第十五話】
コースケが家の中で剣を振り回したり、ライラが怯えたりと色々あったが、めんどくさいので割愛する。
俺は今、ニヒルと四人とともに商人の護衛依頼を受けている。
商人の護衛依頼というのは、二台の馬車でユルルンからオースティンと呼ばれる街に荷物を運ぶというものだ。
オースティンはユルルンの南にある宿場の街。宿屋や商店に加えて、馬を扱う店が多い。
この街では自分だけの馬を購入することができるのだが、テレポートが便利すぎて現状あまり人気がない。
さて、今の状況を整理しよう。
現在、一台目の馬車には依頼主の商人とニヒルが前の席、馬を操る運転席のようなところに座っている。
そして、荷台部分に俺とマモルが座っている。といってもイスがないので、床にベタ座りだ。
二台目には運転席に御者とコースケが、荷台にライラとリン、そしてアクロムさんが座る。
アクロムさんというのはプレイヤーで、一言で言うとマジシャンのおじさん。初期装備を黒のスーツとシルクハット、ステッキにするくらい、筋金入りの奇術師だ。
出発前にマジックを見せてもらった。月並みな感想だが、すごかった。
なお、彼はただの賑やかしではなく、プロのソロプレイヤーだ。
NPCとのコミュニケーションを大事にする人で、依頼を積極的に受けているらしい。
OSOのあれこれを雑談する掲示板上では、彼と一緒に依頼を受けて大成功を収めた、という感じのコメントが多くあった。
掲示板なんか人の評判を下げることにしか使われないと思っていた俺は、これらの称賛を見て大いに驚いた。
それほど卓越したプレイヤーなのだろう。話を聞いてみたいが、彼とは別の馬車だ。
「なあ。トーマって、ニヒルと仲が良いのか?」
恐る恐るといった様子で、マモルが訊いてくる。
「まあ良い方だな。一緒に『悪魔』を倒したりしている」
「……そうか」
それっきり、黙り込む彼。
聞くところによると、彼ら、マモル、コースケ、ライラ、リンの四人は護衛依頼でニヒルにキルされた。
それが原因であの話し合いの後、コースケがニヒルにリベンジしようとしたり、ライラが過剰に委縮したり、リンが彼(彼女)を目の敵にしたりなど、色々あった。
一人だけ大きなリアクションがなかったが、マモルはどう思っているのだろう。
「失望したか、俺がPKプレイヤーとフレンドで?」
少し意地悪な訊き方をしてみる。
「意外だな、とは思った。プレイヤーキラーなんてイカれたやつしかいないと思っていたからな」
それはその通りだ。ニヒルは頭のネジがぶっ飛んでいる。
「でも、プライベート、というのとはちょっと違うが、普通のプレイヤーとしてのニヒルを見たとき、根っこというか、ゲームを楽しく遊びたいっていう根幹の思いみたいなものは、どんな人でも変わらないということに気づいたんだ」
「ああ。ようは遊び方が違うだけで、楽しんでるのは同じってだけだろ?」
「そうだ!そういうことが言いたかった」
マモルは、他の三人よりも大人びているな。
「俺はニヒルを許すというか、やつの遊び方を許容する。コースケたちも同じように思ってくれると思うか?」
「さあな。そんなのやつらの勝手だろ。マモルが一人でそう思ってるだけでもいいんじゃないか?」
「そうか……」
まだ納得できていないようだ。
「コースケ、ライラ、リンが一歩成長して、懐が広くなるのを見守るだけでいいんだよ。逆に言うと、それ以外何もしなくていい。人の魂に他者が干渉する必要なんてない」
まあ、俺はスキルで干渉するんだが。
カッコいいことを言った、感を出していると、マモルがくっくっくっと笑い出した。
「懐が広くなるって、なんだ。……だが、言いたいことは分かった。ありがとう、俺は俺のままでいるよ」
「それがいい」
さて、真面目な話はこれで終わり。
「来るよ、PK。プレイヤーが2人」
ちょうどニヒルが格子窓を開け、後ろの俺たちに注意喚起してきた。
同時に、ヒヒ―ンと馬の鳴き声が轟く。
「ちっ。馬が射抜かれた。…おじさんは荷台に避難して」
そう言い、ニヒルと商人が馬車から出る。俺たちも出よう。
「行こう」
「ああ」
荷台後方の扉を開けると、商人が待っていた。
「頼んだぞ、二人とも!」
商人の声に頷きだけを返し、急いで外に出る。
地面に降り立つと、少し後ろの位置で止まった二台目の馬車から、コースケと御者が出てくるところだった。
「何があった!?」
「敵襲だ。数は二人。プレイヤー」
コースケの質問に、短く返すマモル。
PKをする人間の種類は、NPCから成る数十人規模の盗賊と、数人規模のプレイヤーの二つがある。
人員の種類によって戦い方が全く違うので、PKがNPCによるものか、それともプレイヤーによるものなのか、しっかり情報を伝達しなければならない。
御者を一台目の馬車の荷台に乗せ、俺とマモルが前方に向かう。コースケには、商人たちと荷物を守ってもらう。
「やあ、トーマにマモル」
馬の前にたどり着くと、ニヒルが二人の男と睨み合いながら言葉をかけてくる。
「ニヒルか。ちと荷が重いが……」
「大丈夫だ、G。俺がすぐに終わらせる」
襲撃者たちはフードを目深にかぶっており、人相が分からない。
「隠そうとしてるけど、グリッドとカローンでしょ?【強奪&鏖殺】の」
「………」
「………」
コソコソしていたが、ニヒルに呆気なく看破されるPKプレイヤーたち。
なんだ。Gって本名じゃなかったのか。アルファベット一文字のプレイヤーが属する【アルファベット】というクランの存在があるから、プレイヤー名だと思った。
【強奪&鏖殺】とは、またすごいクラン名だな。初めて聞くが、十分なインパクトだ。
「バレたら仕方がない」
諦めた様子の襲撃者の一人があっさりとフードを脱ぐと、イケメンの顔が現れた。
OSO内では大体皆、美男美女だから驚きはない。顔は好きにいじれるからな。
「俺がグリッドだ」
「俺がカロ―ン」
もう一人の男も顔を晒すと、何故か自己紹介してくれる。
「トーマだ」
「自己紹介する流れなのか?」
俺も乗って挨拶をしておいた。
すると、隣にいるマモルが素っ頓狂な声を上げる。
「そこのでかいのは、なんという」
「俺か?……マモルだ」
「そうか」
「それでは…、始めようか」
謎の圧力により名前を聞き出し、カロ―ンとグリッドがそれぞれ杖を構える。
PKプレイヤーとの戦いが、今始まる!
と思ったのだが、背後からライラとアクロムさんがやってきた。
「……アクロムは知っている。そこの女、名前は」
「ひっ、えっ?なんですか?」
「名前を聞いている」
「え、えーと…。ライラです」
どこか締まらないな。命のやり取りを始めようかというときなのに。
「そうか」
「それでは………、始めようか」
新しい人が来ないかどうか、充分に間を置いてから戦いの始まりを宣言するカロ―ン。
今度こそ、PKプレイヤーとの戦いが始まる!
「初めから全力でいく。火の精霊よ!獣となれ!」
カロ―ンが何事かを唱え、杖を掲げる。
するとぼんやりとした赤い炎に顔がついたような精霊が現れたが、突如として姿形を変え、炎の獅子となった。
「気をつけて、カロ―ンのスキルは精霊を精霊獣に変身させ、使役する」
ニヒルが教えてくれる。相手の素性だけじゃなく、スキルも知ってたんだな。
ちなみに、精霊とはそこら辺を漂っている、属性の力を有した霊体のことだ。
基本的に人間の目に写らず、何もしてこない存在だが、一部のスキルで可視化したり、使役できたりする。
「さらに、二倍化!」
さらにグリッドが炎の獅子に杖を構え、宣言する。
すると、獅子の数が増え、二頭になった。
「グリッドのスキルは対象の個数を倍加するスキルだよ」
なるほど、精霊獣の頭数を二倍にしたのか。
「これが俺たちのコンビネーションだ」
「いけっ!炎の精霊獣たちよ!」
倍になった獅子が同時に走り寄ってくる。
精霊は一般的に、肉体の代わりに肉体よりも存在が希薄な、霊体を魂に纏わせている。
つまり普通の物理攻撃は通用しないが、俺のスキルの適用対象ではある。
「俺がいく」
短くそう伝え、前に躍り出る。
OSO内では熱さを感じないので、怯むことなく飛び込んでいける。だけど火傷にはなるので、注意は必要だ。
俺は悠々と歩き、獅子たちの眼前に到着した。
たちまち一匹が飛び込んでくる。もう一匹は俺をスルーしてマモルたちの方へ向かった。
「ここだ」
俺は迷わず獅子に手を伸ばす。
全身が炎に飲み込まれる寸前、【魂の理解者】の効果により、獅子の中の魂を掴む。
「焼け死ぬがいい!」
だが、動ける。
俺は怯むことなく獅子の魂を抜き取ると、炎の精霊獣はぐったりと動かなくなった。
「なにっ!?」
カロ―ンが驚きの声を上げる。そりゃそうだろうな。
「動け!焼き尽くせ!炎の精霊獣よ!」
再び動くように指示を飛ばすカロ―ン。だが、俺の目の前にいる獅子はうんともすんともしない。
実際に精霊に対して使ったことはなかったが、普通の肉体に侵入するときより、霊体に侵入するときの方が抵抗がない。
良い検証になった。
もっとも、右腕が焼け焦げて炭化するという代償はあったが。
「こ、こちらは任せてください。水の精霊さん!」
ふと、ライラが精霊を呼び出す声がした。彼女も精霊使いだったのか。
水滴に顔パーツがついた水の精霊が、水の奔流を生み出し炎の獅子の突進を受け止める。
「頑張ってください!精霊さん!」
「マモルは彼女の側に。私とアクロムで術者を……」
続けてニヒルが指示を出すが、
「レディースアーンド、ジェントルメーンッ!」
「え?」
「本日皆様にご覧頂くのは、瞬間移動マジックです!」
アクロムさんが一人芝居を始めた。いや、一応正面の俺たちに向かってなんだろうが、意味が分からない。
「コチラに取り出したるは、人一人入れそうな大きな箱!もちろん、中に人なんかいませんよ?今は、ね!」
そう言って瞬時に出現させた縦長の箱の扉を開け、中に人がいないことを見せるアクロム。
ちょっとイラっとくる話し方だ。さっきマジックを見せてくれたときはこんなんじゃなかったのに。
勝負に集中しているライラとマモル、カロ―ン以外の全員が、呆気に取られて彼のマジックを眺めている。
が、一足先に我に返ったグリッドが杖をしまい、弓を取り出した。
何かするつもりだ?
やつの挙動に俺以外は気づいていない。
「それではマジックの始まりです!扉を閉めて、いきますよ~?スリー、トゥ…」
扉を閉め、指を一本ずつ曲げながらカウントダウンを始めるアクロムさん。
急いで矢を番え、彼に向かって射かけようとするグリッド。
何かを察し、投げナイフを取り出して箱に向かって構えるニヒル。
アクロムさんを守るため、矢の射線に入るように駆け出す俺。
「…ワン!」
OSO随一のマジシャンの声が響く。
すると、矢を放つ寸前のグリッドの姿が瞬時に消失する。
「っ!」
まさか!
俺は急いで振り返ると、ニヒルが箱に向かってナイフを投擲した。
「じゃじゃーん!」
アクロムが扉を開け放つ。
さっきまで誰もいなかったその箱の中には、矢を構えたグリッドが入っていた。
「っ!?」
俺が驚くと同時に、飛んできたナイフが胸に深々と刺さったグリッドは、箱から出るようにして崩れ落ちた。
「以上、瞬間移動マジックでした!皆さんのご視聴厚く御礼申し上げます!」
アクロムが演目を締めると、箱が消失した。
「なるほど」
これが彼のスキルか。面白い。
特別な口上が必要だが、周囲の人間を強制的にマジックに参加させる。
今回の場合は、グリッドに対して瞬間移動マジックを行った。
グリッドはアクロムさんのスキルを知っていたんだろう。矢で妨害しようとするも、一歩遅かった。
同じくスキルを把握していたニヒルも、瞬間移動マジックを利用してグリッドを倒したというわけだ。
「これであとは……」
ニヒルがライラたちの方に目を向ける。俺もつられてもう一方の戦いを見る。
「複数体の精霊を使役できるなんて、聞いてないぞ!」
「使役ではありません!精霊さんの力を借りているんです!」
なんと、水の精霊が五、六体ほど集まって、炎の精霊獣に放水していた。
ライラのスキルでは精霊二体以上呼べるんだな。結構強くないか?
「まさか、敵にも精霊使いがいたとは…」
そんな過剰な消火活動により、遂に炎が消される。
霊体である炎が消えて魂だけになったら、どうなるんだ?
そう思いしばらく見ていると、精霊の魂は人間や魔物のそれと同じように、ゆっくりと外側から瓦解し消滅していった。
「くそっ、覚えていろ!」
打つ手がなくなったカローンは、驚くべき行動をした。
懐から短刀を取り出し、自刃したのだ。
「きゃあっ!」
ライラが鋭い悲鳴を上げた。流石に見たことはなかったか。
PKプレイヤーが逃げ切れないときの最終手段が、自害だ。
捕まって尋問され、全てを吐くよりかは死んで全ロストした方がマシ、という考えらしい。
「変なところで芯があるんだな」
自刃の意味を悟ったマモルがぽつりと呟く。
とにもかくにも、PKプレイヤーとの戦いはこれにて幕を閉じた。
※※※
一台目の馬車の馬が亡くなってしまったので、積み荷を二台目に全て移し、馬車一台で先に進むことになった。
仕方がないが、一台目はここに放置する。
過積載のため、馬は歩かせてゆっくり進む。
馬車が一台になり、狭い荷台に押し込まれるようにして、俺たち七人が座っている。
ただ、俺とマモルはあえてニヒルとコースケ、ライラ、リンを近くに座らせ、執拗に話を振った。
「コースケとライラは出番がなかったが、気を落とすな。出番がなかったということは、上手くいったということだ」
「おう、分かってる。それよりよお…」
お?
適当に話していると、ニヒルの隣に座らせたコースケが早速食いついてきた。
「今回は機会がなかったが、次会ったときは絶対に勝つからな!」
ニヒルの方を真っ直ぐ見つめて言い放つコースケ。
それに対し、彼(彼女)は…。
「まあ気長に待っとくよ」
とドライに応える。
「あ、あの」
「ん、なに?」
今度は、ニヒルの正面に座るライラが話しかける。
リンが何か言いたげにしているが、俺が目で黙らせる。
「私はあなたにキルされたとき、とっても怖かったです。殺意を浴びて、リスポーンした後も、パニック状態でした」
「うん、それで?」
「で、でも、振り返って考えてみると、悪意はなかったように思いました。人を陥れたい、されて嫌なことをしたいという思いは伝わってきませんでした」
「あのときは依頼で襲ったからね。そんな気分じゃなかったのは確かだよ」
「そ、そうですよね。………だから、だから、私とフレンドになってください!」
「え?急に話が飛んでない?」
俺も思った。
ライラが言いたいのはつまり、良い人だと気づいたから友達になりましょう、ってことだろう。
「まあいいけどね。フレンドは多い方がいいから」
「ニヒルさん、ちょっといいかしら」
今度は、ライラの隣に座るリンの番だ。
「なに?」
「私ともフレンドになりなさい。…じゃなくて、あ、いや、なってくれる?あなたを超えるために」
「超える?」
「あなたに戦い方を教わりたいってこと。もちろん人殺しの技術じゃなくて、体術の方よ。それでいつか、私はあなたを倒す」
「……いいねえ、面白い。前戦ったときに伸びしろを感じたからね、立派な人殺しにしてあげるよ」
「だから違うっての!」
微妙に話が噛み合っていないが、何故か師弟関係が出来上がった。
まあ俺は関係ないし、どうでもいいか。
「皆さんいいですねえ。これぞ青春、って感じがします」
切りのいいところで、アクロムさんが話に参加してきた。
「ニヒルのフレンドが増えただけだけどな。……それより、アクロムのマジック。すごかったな」
手品の前語りがイラっときたので、この人もタメ口でいいだろう。
「ご覧頂いたように時間がかかるので扱いが難しいですが、効果は覿面ですよ。【稀代の魔術師】ってスキル名です」
彼から詳しく話を聞くと、先の制約の他に、タネはないが、発動できるのは必ずマジックでなければいけないという縛りがあるらしい。
例えば、箱に人を入れて剣を何本も刺す串刺しマジックは、『剣を刺すが中の人は無傷で出てくる』というマジックなので、結果はピンピンした人が箱から出てくる、というものになり、妨害手段にはなれど攻撃手段にならないといった感じだ。
中々ピーキーなスキルだな。使うのが楽しそうだけど。
「おっと、そろそろ時間のようだ」
「ん、まだじゃないか?オースティンまではかなりあるだろ」
ここで俺は自分の右肩を指差した。
「あっ。……ここまでありがとう、トーマ。きっと依頼を成功させる」
「ああ。頑張れよ、マモル、コースケ、ライラ、リン。ニヒル、アクロム。四人を頼む」
「はーい」
「承りました」
当たり前のように皆と話していたが、俺は右腕を失っている。
火傷と腕の欠損によるダメージが蓄積され、死が訪れるのはもうすぐだろう。
「それじゃ」
最期の一言を残し、俺は馬車の中でひっそりと息を引き取った。
俺、まあまあの頻度で死んでないか?