悪役令嬢は城に侵入する
「レオ!」
私は泣きながらレオの胸の中に飛び込んだ。
「ソフィア・・どうしてここへ?」
レオは更に髪が伸びてやつれたようだ。でも、シャープになった顎も少し細くなった頬も男らしさが増して、ますます精悍になった。
「ここには精霊の結界がありますね。早くその中に。索敵されたくありません」
というフィンの言葉にレオは頷いて、私たちを森の奥に導いた。途中、レオが魔法を唱えた。フワッという感覚を覚えて足がふらつき、レオが私の腰を支えてくれる。きっと今結界の中に入ったんだろう。
入るまでは見えなかったけど、結界の中には多くの人達がいた。
ここで一時的なテント暮らしをしているようだ。人々の中に見覚えのあるブロンテ公爵家の使用人を見つけると、みんな我先にと私のところに駆け寄って来た。マリアや料理長たちが、涙を浮かべて私を抱きしめてくれた。
「ソフィアお嬢様!お元気そうで良かった!」
無事の再会を喜び合った後、レオが森の更に奥に私たちを連れて行く。
そこには意外そうな表情を浮かべるクリスとノアが立っていた。
クリスはこんな森の中の生活でも相変わらず貴公子然とした立ち居振る舞いで緋色の瞳を輝かせている。久しぶりに会うノアは全体的にキリッと引き締まって、頼りがいのある騎士団長という印象になった。軽さが無くなったというか。
二人とも感極まったように私を抱きしめて、温かく迎えてくれた。
私がここに至った経緯を説明すると、彼らはアビントン王国で何が起こっているかを語り始めた。
**
レオとクリスが戻った時、アビントン王国の王宮は既に異常事態だった。
前国王は幽閉され、王宮は国王のエドワード、王妃のキャサリン、前王妃のイザベルの意のままであった。更に主戦派が我が物顔で王宮を練り歩き、戦争に反対する穏健派貴族は全員排斥された。
戦争に強く反対していたブロンテ公爵(=お父さま)は唐突に国家反逆罪を突き付けられ、公爵夫妻と養子のジェフリーは牢獄に監禁された。しかもブロンテ公爵家の財産は国家に没収されてしまった。
レオとクリスが戻ってきた時、ブロンテ公爵夫妻とジェフリーは王宮に捕縛され連れ去られた直後だった。更にブロンテ公爵家の護衛騎士達も全員王宮に連行されていたことが判明した。
その後、非合法の人身売買組織が公爵家を襲い、残った使用人たちを奴隷として売り払おうとしていることを聞きつけたレオとクリスは、ノアと協力してそれを阻止した。ブロンテ公爵家の使用人だけでなく、他にも売られそうになっていた人々を救い、深い森の中に隠れることにしたという。
私は両親とジェフリーのことを考えて、胸が鉛のように重くなった。もしかしたら、私が罪人になったせいかもしれない・・・。
どうしよう・・・私のせいだ。
そんな私の表情を読んだのだろう。レオが
「ソフィア。誤解するな。元々ブロンテ公爵は戦争反対の姿勢を貫いていたし、反エドワードの急先鋒だった。ソフィアのことがなかったとしても同じ結果になっていたと思う」
と強く私の肩を抱いて言ってくれた。
それでも私の心に沈む罪悪感はなかなか無くならない・・・。
「・・・ちちう・・・いや、リッチモンド公爵も自宅謹慎を命じられている。今王宮に居るのは戦争を礼賛する主戦派ばかりだ。そして、戦争の準備は着々と進んでいる。周辺国を巻き込んでソロモン帝国を一斉に侵略するつもりだ。『ソロモン帝国包囲網』なんて悦に浸っている愚か者ばかりだ!」
クリスが言葉を吐き捨てた。
「ミアのジョーンズ子爵家や俺のところのブラウン伯爵家も戦争反対派で自宅謹慎を命じられている。でも、今のところ死者や怪我人などの被害はないし、みんな無事だ。人身売買組織もまだ手を出してきていない」
というノアの言葉にミアがほっと息を吐く。
ノアは騎士団長を辞してレオについてくることに決めたらしい。
「何故だかエドワードの魔力が異常に強くなっている。元々あいつの性格は粗暴だったが、そこまで魔力が強いと感じたことはなかったんだ。それなのに・・・指一本で吹っ飛ばされた。咄嗟にノアとクリスが助けてくれなかったら危なかった」
レオが悔しそうに拳を握り締めた。私はそれを聞いてある光景を思い出した。
黒い靄(=鬼)に操られたジェフリーなりすましトーマスがそんな状態だった。圧倒的な力を誇っていた。私を守ろうとしたジェフリーが指一本で吹っ飛ばされた場面を思い出す。
その時のことを口に出してみると、ミアが考え込んだ。
「でも、ソロモンが王宮に行ってもエドワードの態度は変わらないと言っていたよね?」
ミアの言葉に私は頷いた。
「父上と違ってエドワードは元々ろくでなしだったから、態度が変わりようないんじゃないか?」
なるほど。レオの言うことにも一理ある。
「あるいは鬼が近くに居て、エドワードが強くなったように見せかけているとか・・・?」
総合的に考えて私はそう言った。
まだ・・・自信はない。けど、私の中にある仮説が固まりつつあった。
「やっぱり私たちは王宮に行くべきだわ。間違いなく罠が張ってあるとは思うけど・・・。お父さまとお母さまとジェフリーを助けないといけないし、そこに鬼もいるはず。戦争を回避するには何よりも鬼を退治しないと・・・」
「ソフィア?心当たりがあるの?」
ミアの質問に私は躊躇しながらも頷いた。
*****
翌朝、まだ明るくならないうちに私たちは王宮の城壁付近に転移した。今は直接王宮内には転移出来ないような結界が張られているらしい。ソロモンくらいの魔力があれば、それでも直接転移出来るらしいけど・・・。
私たちはこっそりと城壁を乗り越えて王宮内に侵入することにした。
私とミアは普通のドレスを着た状態で機能的に動ける服装ではない。だから、レオが私を、フィンがミアをお姫様抱っこしながらの侵入劇だ。
レオは本当に逞しくなった。私を抱いたままでも全く体幹が揺るがないし、魔法を使って軽々と塀を超えることが出来る。小柄なミアに比べると私は大分重いはずなのに(汗)。
レオの長くなった黒髪は丁寧に櫛を通して後ろで一つに結ばれている。凛々しい横顔を見つめながら、敵陣に侵入するとは思えないくらい不安を感じない自分に驚いた。レオの腕の中にいるだけで、気持ちが落ち着くのだ。
音もなく王宮内に入り込むと、ノアが物凄いスピードで警備の兵士たちを昏倒させた。あらためてノアの強さに感動する。騎士団長は伊達じゃない。
クリスのトンボ型魔道具が私の両親とジェフリーのところに案内してくれる。クリスは密かに彼らと連絡を取り、無事を確認してくれていたらしい。
王宮の地下に政治犯を収容する牢獄があると聞いていた。あのお父さまとお母さまが牢獄に入れられていると想像しただけで、胸が苦しくなる。クリスによると二人とも無事だというが、それでも辛い思いをしているだろう。
地下牢の入口を守る警護の騎士らはノアがあっという間に気絶させた。さすがだな・・・。
そこでレオは名残惜しそうに私を降ろした。ふぅ、足で土の感触を確かめる。
フィンが魔法で音もなく鍵を壊し、私たちはゾロゾロと地下牢に足を踏み入れた。
小さな空気穴から僅かに月明りが差し込むだけの暗闇に微かに衣擦れの音がした。
「・・・誰!?」
お母さまの声だ。
「お母さま!ソフィアです!ご無事ですか?」
「ソフィア・・・ソフィアなの?本当に?」
クリスがホタルのような魔道具で明かりを灯してくれる。暗闇の中で星が降るような微かな灯りが私たちを照らした。
お母さまは私を愛おしそうに見つめて、そっと頬を撫でてくれた。そのまま、檻越しに二人で抱き合う。泣いている場合じゃないと思うものの、目の奥が熱くなるのを止められなかった。
お母さまは窶れてはいるものの表情には生気があって、私は少し安堵した。
「ソフィア!良かった・・・無事で・・・」
お父さまとジェフリーも奥から顔を出し、私たちは檻越しに手を握った。
「お父さま、お母さま、ジェフリー、今から助けます。危ないから檻から離れて」
と言いつつフィンに合図を送った。
フィンは瞬時に檻を破壊した。す、すごいな。
その後フィンは恐る恐る牢から出てきた両親とジェフリーの手を取り
「彼らを安全なところに送り届けたらすぐに戻ってきます」
と言って、そのままお父さま達と一緒に城壁を越えて去って行った。城壁を越えたら転移出来るし、私たちの中で人を連れて安全に転移できるのはフィンだけだ。
はぁ、良かった。まず第一の目的である両親とジェフリーの救出は達成できた。
しかし、フィンたちが消えた瞬間、城の真上の空間に大きな魔法陣が生じた。黒い星空に魔法陣の強い光が反射する。
私たちは息を飲んだ。
その魔法陣からクリスタルのように透明な半球型の結界が王宮を取巻くように出現したのだ。
この結界は・・・通常の結界よりも遥かに強い。
フィンは戻ってこられないかもしれない・・・。
同時に多くの騎士や兵士がなだれ込んできて、私たちを取り囲んだ。
私は恐怖を感じなかったと言ったら嘘になる。
逃げ場がないことは明らかだった。




