悪役令嬢はプレ結婚生活を満喫する
レオが御者に化けて一緒に来ていることは、当然ながらクリスとミアは知っていた。
私を驚かせたくて秘密にしてもらったと得意気に言うレオはまるで子供のようだった。
色々言いたいこともあるし、聞きたいこともある。
でも、取りあえず新居(?)に入って落ち着こうというレオの提案に全員が賛成した。
新居は綺麗に掃除されていて、キッチンには食材も補充されている。自炊も問題なさそうだ。
寝室の数は十分にあったが、誰がどの部屋にするかで少し揉めた。レオが私と同じ寝室にすると主張するのを止めるのが大変だったが、何とか彼を説得し私の隣を彼の寝室にすることで落ち着いた。
自分に割り当てられた部屋に入り、荷物を開けて整理していると少しずつ頭が動き出した。
レオの顔を見たら、それだけで胸が一杯になってしまって理性的に考えることが出来なくなっていたんだ。
まずはここでの生活を確立して、そして今後のことを話し合わないといけない。
荷物の整理が終わった後、キッチンに行ってアップルパイを焼くことにした。新鮮な材料が揃っている。両親が手配してくれたんだと思う。お父さま、お母さま、本当にありがとう、と心の中で手を合わせた。
アップルパイが焼ける甘い香りに誘われるようにレオ、クリス、ミアがやって来た。
私はウキウキした気持ちでお茶の準備をした。当然ながら王宮で拘束されている間はお茶なんて飲めなかった。
焼き立てのパイと一緒に香り高いダージリンを飲む。嗚呼、美味しい。泣きそうだ。
そんな私をレオは悲しそうな表情で見つめる。
「ソフィア・・・苦労したな。ろくでもない奴らのろくでもない陰謀に巻き込まれて・・・。俺のせいだ。すまなかった」
そう言うと、レオは私の頬に手を当てて指でそっと撫でた。
「う、ううん。レオのせいじゃないよ。でも・・・ローズ・フレンチは亡くなったって聞いたよ。何か大きな陰謀のような気がするんだけど・・・」
レオは頷いた。
「そうだな。狙いは俺だったのかもしれない。ソフィアを婚約者に選んだ責任を取れとか、王太子も連座で罪人だとか色々言われたな」
う・・・胸が痛い。
「ソフィアは全然悪くない。心配するな。王太子派と呼ばれる貴族たちは婚約破棄をして保身を図るように言い続けていたけどな。ああ、くだらねー」
レオは心底辟易している様子だ。
「でも・・・私は有罪で国外追放になったし、こんなところに王太子のレオが来て大丈夫なの?」
「俺は王太子の地位を返上してきた。王太子を辞めたんだ。全く後悔はない。ソフィアがいない人生なんてあり得ないからな」
レオの発言に私は呆気に取られて、口に運ぼうとしていたパイの欠片がこぼれた。
「ええ!?・・・え?え?どういうこと?じゃあ、アビントン王国の王太子は・・・?」
と尋ねると、レオは何でもないかのように無造作に答えた。
「ああ、第二王子のエドワードが王太子になった。王妃は喜色満面だったよ。はっ!そして、すぐにエドワードとヨーク公爵家のキャサリンの婚約が発表された。用意周到に準備されていた計画だったんだと思う」
レオの言葉に私は絶句した。
「そ、そんな・・・アビントン王国はこれからどうなってしまうの・・・」
私は罪悪感で泣きそうだった。
「ソフィアが気にすることじゃない。あいつらの責任だ。ソフィアがいなければ、俺にとって王太子なんて意味がない。俺の人生の優先順位はソフィアと一緒に過ごすことだ。もういいよ。俺たちはここで自由に楽しく暮らそう!」
というレオは何だかスッキリした顔をしている。
黙って聞いていたクリスは
「ソフィアの心配も尤もだ。だが、ブロンテ公爵が君の無実を証明するために動いている。『最も得した者を探せ』というのは陰謀の定石だからな。もし、この事件で一番利益を得たヨーク公爵家がソフィアを陥れたという証拠が見つかれば、全てをひっくり返すことが出来る。ノアやジェフリーもそのために協力しているし、僕達はまだ諦めてはいない」
と穏やかな口調で語った。
ミアはパイを頬張りながら
「なんとなくだけど、今回も例の黒い靄が関わってる気がするんだよね~。だって、この事件に関係している人、みんな話が通じなかったもん。とにかくソフィアを悪者にして有罪にするっていうことは最初から既定路線だったみたいでさ。キモ!気味悪かった」
と怒りをあらわにした。
「黒い靄・・・か」
と私が深く溜息をつくと
「でもさ、現状私たちに出来ることはないから、取りあえず自由な生活を楽しもうよ。貴族の制約なんてないしさ。軍資金もたっぷりある訳だし。さすがブロンテ公爵、太っ腹だね~。レオとソフィアにとっては結婚前の同棲生活みたいなもんじゃない?楽しみなよ。あたしたち、お邪魔しないようにするからさ!」
とミアが明るく言った。
「いや・・・結婚前の男女はやはりある程度節度を持ったお付き合いをするべきで・・・」
というクリスの言葉を遮り、レオは目を輝かせた。
「そうだよな!さすがミア、いいこと言うな!」
レオはスクっと立ち上がって私をお姫様抱っこすると、そのまま自分の寝室に連れ込んだ。
連れ込んだという表現が正確なのは、レオが私をベッドに優しく横たえるとその上に覆いかぶさってきたからだ。
ええええ!?まさか!き、既成事実?ここで?今?
と動揺する私に
「大丈夫だ。無理に奪うようなことはしない。でも・・・ずっと会いたくて、会いたくて堪らなくて・・・ソフィアが足りていないんだ。少しだけ、ソフィアを補充させてくれ」
と言って、レオは私を抱きしめた。
ベッドに横になって抱きしめられる経験は前世でも今世でもない。体がより密着するので、レオの心臓の鼓動まではっきり聞こえる近さに私の心臓も破裂しそうに脈打っていた。
「ソフィア・・・不安だったろう。怖かったろう。守ってあげられなくて・・・すまなかった。俺は本当に不甲斐ない男だ」
泣きそうな声で耳元に囁かれて、私の心も震えた。
「レオは・・・私を信じてくれて、全部を捨てて私と一緒に来てくれた。それだけで十分だよ」
言いながら涙が溢れてきた。ああ、私はずっとこの腕が、この胸が欲しかった。ずっとレオに抱きしめてもらいたかった。
レオの背中に手を回して強く抱きしめると、レオの腕にも力が入る。
このまま一つになってしまうんじゃないかと思うくらい、二人の体が重なった。
「キスしたいけど・・・したら止まらなくなりそうだから我慢するよ」
レオが自分の額を私の額にくっつけて囁いた。
甘すぎるくらいの微笑みを至近距離で喰らい、私はもうどうなってもいい!くらいの気持ちになったけれど、まさかこんな時にそんなことをする訳にはいかない。うん。理性理性。
でも、レオに抱きしめられていると気持ち良いので、私は彼の胸に頭を押し付けた。そのままお互いの体温を感じ合う。
しばらくして、トントンと躊躇いがちなノックの音が聞こえたので、私とレオは慌てて起き上がり、身なりを整えた。
ドアを開けるとミアがニンマリと
「あーーーー、二人とも顔赤い~!!!や~らしいことしてたでしょ!」
と私たちを指さした。
クリスが
「ミア・・・君はもう少し恥じらいというものを・・・」
とお説教を始める前に、レオが
「俺は自分の我慢強さと耐え忍ぶ力を褒めてやりたい!」
と胸を張った。
「あら・・・じゃ、ホントに何もなかったの?」
「キスもしなかったぞ」
何故かドヤ顔のレオにミアが
「・・・それは確かに我慢強いわね。まぁ、でも、いいわよ。いちゃいちゃしてたって。もう王族の縛りもないんでしょ。やっちゃえばいいのに」
と宣った。
レオの顔が一旦青ざめた後、完熟トマトのように真っ赤になった。
「や・・・やっちゃえ・・・・」
と狼狽えるレオを見ながら、クリスがミアの頭に軽くゲンコツを食らわせた。
「ミア・・・可哀想だから止めてやってくれ・・・」
そんなやり取りを見ていたら、ついクスクスと笑ってしまった。
あぁ、国からは追放されたけど、私には大切な友達がいてくれる。それはとても幸せなことだなと実感した。
*****
私たちの追放生活は、思いがけなく楽しいものになった。
朝早く起きて朝食を作っていると、まだどことなく眠そうなレオが降りてくる。
レオはエプロン姿で料理をする私を見るのが好きらしく、そのままテーブルについてボーっと私をひたすら眺めているのだ。
「まだ眠いんじゃない?無理して起きて来なくていいよ」
「いや、こんなお前の姿を見られる特権を諦めるつもりはない」
レオは何故かとても満足そうだ。
「それに・・・なんか、新婚っぽくないか?こういうのって・・・」
と照れながら言うレオに私の顔も熱を帯びる。
「う、うん。そうだね・・・。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな」
そんなやり取りをミアに聞かれると
「うえっ。甘!!!甘すぎ。砂糖吐くわ!」
なんて言われるんだけど(汗)。
ミアとクリスは情報収集と称してしょっちゅう出かけている。そのため、私とレオは二人きりで屋敷に残されることが多く、必然的にいちゃいちゃする結果になってしまうことは否定できない。
もちろん、レオはキス以上のことは求めてこないが、それでも胸焼けしそうなくらい甘々な生活に『こんな幸せな追放生活でいいんだろうか?』と疑問が浮かぶこともある。
「俺はさ・・・ソフィアとこんな生活をするのを、子供の頃からずっと夢見てきたよ」
そう言ってレオは蕩けそうに甘い表情で私を腕の中に閉じ込める。
そして甘くて熱い口付けを受け入れながら
嗚呼・・っ、もう追放されたままでもいい!
と思ってしまった私は弱い人間です(恥)。




